第27話:7日目③ ~喪失~
「ブリーズは左側! シキナは右側! それぞれウィンドアローだ!」
走りながら指示を出す。ブリーズとシキナも走りながら詠唱をし始めた。
近づくにつれ、火のエレメンタルの傷がよく見えてくる。だいぶボロボロだ。
「「ウィンドアロー!」」
2人が同時に放ったウィンドアローはそれぞれ左右のゴブリンに命中し、一瞬で命を奪う。それを見て他の魔物が怯んだ。
幸い火のエレメンタルを囲んでいた魔物達はゴブリン9匹とオーク4匹だったので、数は多いが質は低い。全体がウィンドアローに怯んだ今、もはや勢いはこちらにある。
「火のエレメンタル! 無詠唱でファイヤーボールをばら撒け! ブリーズとシキナは加護ギリギリでもう一発ずつウィンドアローだ!」
正直なところ、ブリーズとシキナのMPが心配だった。何せそれぞれ午前中に家を建てたばかりなのだ。いくら加護の中で過ごしていたとはいえ、そんなすぐに回復するわけがない。
しかし2人は文句を言わないどころか、当然のように俺の指示に従ってくれた。その心意気に答えるためにも必ず目の前の魔物を倒してエレメンタルを助ける。
ブリーズとシキナが追加で放ったウィンドアローはそれぞれゴブリンに当たり、またも一瞬で命を奪う。
そして火のエレメンタルが全力で連発したファイヤーボールはオーク4匹とゴブリン1匹を倒すことに成功した。その余波はかなりの威力があり、周囲の生草をも燃やした。
有利だった自分達が瞬く間に不利になった状況をやっと理解したのか、しばらく唖然としていた残ったゴブリン達は我に帰ると一目散に逃げ出した。
追おうと思えば追えた。これからの安全を思えば追うことが正解だっただろう。
しかし俺は精霊たちの余力と風のエレメンタルの行方を鑑みて追わない選択をした。
「火のエレメンタル!」
俺は地面に崩れ落ちた火のエレメンタルに駆け寄った。
「主、様⋯⋯すみません⋯⋯主様の⋯⋯狩り、を⋯⋯台無しに⋯⋯」
「そんなことはいい! 無理に喋るな!」
火のエレメンタルは浅く細かい呼吸で絶え絶えに俺への謝罪の言葉を紡いだ。
日本でヘルパーという職を長年続けて、死というものが身近にあった俺にはわかってしまう。この呼吸は危ない。
このままでは命の灯火が消えてしまう。そう直感し
「ブリーズ! シキナ! 頼む! 回復魔法を⋯⋯」
回復魔法をお願いしようと振り返った瞬間、2発の回復魔法が火のエレメンタルに飛んできた。どうやら俺がお願いする前から詠唱を開始していたようだ。
回復魔法に包まれた火のエレメンタルは乱れていた呼吸が少し落ち着き、苦悶の表情を浮かべていた顔は穏やかさを取り戻した。どうやら一安心していいようだ。
「ありがとうございます⋯⋯少し楽になりました。」
「礼なんかはいい。それより風のエレメンタルはどうした?」
俺が問うと、火のエレメンタルは深い悲しみの表情を浮かべる。
うすうすそうではないかと勘付いていた。しかし一縷の望みをかけて確認したのだが⋯⋯
「すみません⋯⋯僕たちはたくさんの魔物に奇襲にあって⋯⋯風のエレメンタルは『加護の近くまで行って兄さんにこの事態を知らせてくれ』と僕に言って僕を逃がすために盾になって⋯⋯なす術もなく魔物達に袋叩きにあって⋯⋯それで⋯⋯」
「もういい。もうそれ以上無理して話さなくていいんだ。」
火のエレメンタルは涙を流していた。その涙には色々な感情が込められているだろう。
つまり風のエレメンタルは死んだのだ。気を抜けば俺も溢れ出てきそうだ。
「すまない⋯⋯俺がもう少し早く来れていれば⋯⋯2人をこんな目には合わさずに済んだ。俺が2人を帰還して拠点に戻っていれば2人をこんな目には合わさずに済んだ。俺がもっと的確な指示を出していれば⋯⋯」
「レインのあんちゃん。それは違うぜ。」
俺の言葉をブリーズが遮った。振り返るとやはりブリーズも無理をして魔法を使っていたのだろう。その表情は辛そうだ。
しかしその表情には確かな意思を宿している。
「レインのあんちゃんは優しすぎてオイラ達も勘違いしちゃいそうだけどさ、そもそもオイラたち精霊は主の命令を忠実に聞く道具みたいなもんなんだぜ? その2人はあんちゃんが出した命令に従ったんだろ? その結果がどうなろうと、オイラ達には関係ないんだ。オイラ達にとって大事なのは主の命令に従えたかどうかなんだぜ。だからあんちゃんが気に病む必要はないんだ。」
「それこそ違うぞブリーズ! 俺にとって大事なのはみんなが幸せに暮らすことだ! 例え今日の狩りの間だけの付き合いの精霊だって苦しい思いはしてほしくないんだ! それなのに⋯⋯それなのに風のエレメンタルは死んだんだぞ!」
話しながら我慢できずに涙が溢れてきた。感情は爆発していた。
「あんちゃん。オイラたち精霊は死なないんだ。ダメージを受けて形を保つことができなくなってマナに還るだけなんだぜ?」
「違う! 痛みを受けて苦しんで姿を消す⋯⋯それは死と同義だ!」
もはや叫んでいた。俺が召喚した精霊が俺の判断ミスのせいで死んだ。それなのに気に病むなと言うのだ。納得できるものか。
たっぷりの沈黙の後、火のエレメンタルがゆっくりと口を開いた。
「主様⋯⋯僕は彼と同じタイミングで召喚してもらって同じ命令をもらったので、彼の気持ちがわかります。彼はきっと主様を守る行動を取って還ることができて幸せだったと思います。たとえ数時間でも主様と一緒に行動ができてよかった。少しでも役に立つことができてよかった。彼は確実にそう考えています。」
火のエレメンタルの言葉が頭に入ってくる。妙に説得力があった。涙が止まらない。嗚咽を伴うほど泣いたのはいつぶりか。
ひとしきり泣き、少し落ち着きを取り戻した。
「取り乱してすまなかった。もう大丈夫だ。しかし申し訳ないが今日はもう狩りは続けられそうにない。すまないが帰還してくれるか?」
火のエレメンタルは気持ちの良い笑顔で快く肯定してくれた。
帰還はしたことがないが、やり方はなぜかわかる。帰還させたい精霊に手をかざして『帰還せよ』と言うだけだ。
俺は火のエレメンタルに手をかざす。
「火のエレメンタル。今日は俺に協力してくれてありがとう。お陰で助かった。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。あまり役には立てませんでしたが、呼んでもらえて嬉しかったです。」
たった3時間程度しか共に行動してなくても、やはり名残惜しい。
火のエレメンタルにも風のエレメンタルにも、あまり感情が移らないように敢えて名前を付けなかった。
しかし目論見は見事に外れたようだ。
俺は最後に
「またどこかで」
と口にして帰還を実行した。
火のエレメンタルの体が淡く光ったかと思うと、そのまま強く発光して粒子状になって宙に消えていった。
俺の最後の言葉が聞こえたかどうかは定かではないが、火のエレメンタルは最後の最後まで笑顔だった。
「さて、ブリーズ。シキナ。お前達にもみっともない姿を見せた。すまなかった。それに家を建ててMPがほとんど残ってないのに無理に魔法を使わせてしまった。重ねてすまない。」
「まったくだぜ! 情緒不安定な主を持つと苦労が絶えないぜー!」
「ブ、ブリーズ君! そんな口きいたらダメじゃない!」
シキナがブリーズを叱るが、ブリーズは全く意に介していない。
ブリーズの言動は当然俺を気遣ってわざと明るく振舞っているのを俺もシキナも理解しているのでみんな笑顔だった。
「さて、帰るか。2人も疲れただろうが、俺も疲れた。今日はもう休ませてもらおう。」
そう言って家に向かって歩き出すと、ふと右肩に重みを感じる。
「無理に魔法使わされてヘトヘトでもう動けないぜー。家まで連れてってくれよなー。レインのあんちゃん!」
ブリーズが俺の右肩に乗っていた。
俺は精霊達に気を使わせる天才かもしれない。
「しょうがないな。今日だけだぞ。」
俺は落ちないように右手でブリーズの足をしっかりと持ち、歩き出した。
が、後ろから視線が刺さった。振り返るとシキナが実に羨ましそうに俺とブリーズを見ていた。どこからどう見てもシキナも俺の肩に乗りたいようだ。
「あー⋯⋯シキナも無理に魔法を使って歩けないだろう? 俺の左肩に乗らないか?」
するとシキナはパーっと笑顔になり、俺の左肩に乗ってきた。
そして家に向かって再度歩き出す。
(今日は俺が弱いせいで風のエレメンタルを失った。俺は弱い。ならもう何も失わないくらい強くなる。失いたくないなら強くなるしかないんだ。)
守るべき重さを感じながら俺は帰路についた。




