第21話:5日目⑥ ~夜襲~
「ちょいと! ちょいと! 大変だよ! 大変だよ! 大変なんだよー!」
気持ちよく寝ていたが、カイエの切羽詰まった声に叩き起こされた。腕時計を見るとまだ日が変わってない時間だった。
「どうした? そんな慌てて。何かあったのか?」
「敵襲だよ! ゴブリンが大挙して押し寄せてきたんだよ! かなり強いみたいで加護の中に入ってきちゃったんだよ! 今はマナトちゃんやブリーズちゃんが抑えてるんだけど、ジリジリ押されちゃってるんだよ!」
カイエが早口でまくしたてた。一気に目が覚めた。加護の中に入ってきたとなると相当に実力があるのだろう。おそらくそれがゴブリンロードだと推測できる。
「すぐに行こう。みんなが戦闘しているところまで案内してくれ。」
「違うよ! アタシはマナトちゃんから『主様を安全なところまで逃がしてください』って頼まれてるんだよ! だから逃げるよ!」
「⋯⋯ちょっと待て。今、ゴブリン達が攻めてきてるんだよな?」
「そうだよ!」
「みんなが戦ってるけど旗色が悪いんだよな?」
「そうだよ!」
「だから逃げろって言うのか?」
「そうだよ!」
「ふざけるな! 俺は仲間が窮地に追い込まれてる時に逃げるなんて真似はできないぞ! 確かに俺は戦うことができないかもしれないが、俺になにか出来ることがあるかもしれないだろ! 召喚主としての命令だ! 戦闘しているところに案内しろ!」
久しぶりに声を荒げた。しかしそれほど腹が立ったのだ。確かに俺は精霊たちにとって守るべき存在かもしれないが、俺にとって精霊たちは守るべき存在なのだ。
たった数日しか過ごしてないが、彼らはもう家族も同然。もう二度と家族を失いたくはない。
カイエは少し考えた後に大きくため息をつき
「まったくしょうがないねぇ。こっちだよ!」
と案内を始めた。
家の外に出ると、前方の暗闇から戦闘の音と思われる音が聞こえてくる。
「カイエ! みんなは暗闇の中で戦っているのか!?」
「そうだよ! 見張りのマナトちゃんが向かってくるゴブリン共にいち早く気付いてね、加護に入ってきたところで戦闘を始めることができたんだよ。でも魔物は夜目が効く。暗闇では魔物のほうが有利なのさ⋯⋯」
なら簡単だ。暗いなら明るくすればいい。
「カイエ! さっき作ったかがり火を一つ持っていってくれ! 俺も一つ持っていく! 上の籠は乗っかっているだけだ! 落として自分に当たらないようにな!」
「了解だよ!」
かがり火の火はしっかりと燃えていた。警備の際にマナトがしっかり絶やさないようにしていたのだろう。
俺とカイエで一つずつかがり火を持つ。籠の部分を落とさないように気を付けながらなので速く走ることができないが、その範囲内で全力で走る。
進むにつれ少しずつ状況が見えてくる。まず目に入ったのはファクトだ。非戦闘員である彼は戦闘の中心から外れたところにいた。そんな彼は俺にいち早く気付き
「⋯⋯ふむ。逃げろと言ったのに逆に危険地帯に来るとは。どういうつもりかね?」
「それはこちらの台詞だ! 状況は!?」
「ふむ。そのかがり火で戦闘の中心を照らしてくだされ。それだけで多少は好転するじゃろうて。」
ファクトへの返事もせず急いで前進する。
続いて目に入ったのはサフラだ。サフラは俺に目もくれずノータイムで回復魔法を連発していた。
その姿を見て血の気が引いた。回復魔法を連発しているということはそれだけダメージを負っているということだ。
そんなサフラを横目にさらに前進し、戦闘の中心を照らせるところにかがり火を置いた。
そして目に入ってきたのは結界の中に入れずに外側にびっしり張り付いているゴブリンの大群。そして二ヵ所で行われている戦闘。
一ヵ所ではブリーズとシキナが一匹の大きな棍棒を持った大柄なゴブリンと戦っていた。ブリーズはおそらくファクトに作ってもらったであろう石の短剣を持ちゴブリンを素早さで翻弄しながら戦っていた。シキナは武器を持っていなかったが、そんなブリーズを魔法で援護していた。
勝負は一進一退といったところか。ゴブリンはシキナの援護もあってなかなかブリーズに攻撃を当てられない。ブリーズは攻撃は当たるものの与えるダメージが少ない。互角に見えた。
そしてもう一方では、マナトが同じく大きな棍棒を持った大柄なゴブリン二匹と戦っていた。マナトはやはりファクトに作ってもらったであろう石の長剣を持っていた。
しかし相手は二匹。マナトは防戦一方にもかかわらずゴブリン達からの攻撃を受け続けていた。サフラの絶え間ない回復魔法でなんとか動けているだけであって、状況は圧倒的にゴブリンに傾いていた。
ブリーズとシキナはとりあえず大丈夫だろう。しかしマナトはこのままでは危ない。まずはマナトのほうをなんとかしないといけない。
どうすればいい。考えろ俺。大事な仲間を守るんだ。
俺はアイテムボックスから木を取り出し
「ファクト! カイエ! その木でそれぞれ簡易的な盾を作って俺に渡してくれ! それが終わったらファクトは石で槍を作って! カイエはもう一つかがり火を持ってきてくれ!」
と指示を出す。
2人は即座に取り掛かり、あっという間に二つの盾が完成した。一つは俺の左手に着け、一つは
「マナト! 受け取れ!」
マナトの足元に放った。マナトは本来なら片手で持つ長剣を両手持ちして敵の攻撃を防いでいた。盾があればもっと捌きやすくなると思ったのだ。
マナトは足元に放られた盾をチラリと見るが、手に取る余裕がなく変わらず剣でゴブリン達の攻撃を受けていた。
「ファクト! 槍は!?」
「ふむ。今完成したが、手元に石の在庫が無くての、スマンが木で作らせてもらった。」
そうして木の槍をファクトから受け取った。この槍はマナトに渡すのではなく、俺が使う用に作ってもらったものだ。マナトが盾を受け取る余裕が無いことは容易く想像できた。なのでゴブリンの注意を引くために俺が槍で攻撃する。
倒すのが目的ではないので木でも問題ない。そもそも最初から俺の攻撃が加護に入ってくるような魔物に通用するなんて思ってない。
左手に盾を、右手に受け取った槍をしっかり持ち、ゴブリンを真っ直ぐ見据える。そしてマナトと戦っている向かって左側のゴブリンに
「くらえー!」
注意を引くために敢えて大きな声を出しながら槍を突き出した。槍の穂先はゴブリンの脇腹に浅く突き刺さり、わずかな出血を残した。
しかし注意を引くにはそれで十分だった。俺が攻撃したゴブリンは思惑通り標的を俺に変え、持っている棍棒を大きく振り上げた。
「マナト! 今だ! 盾を拾え!」
そう叫びながらゴブリンの棍棒の軌道上に盾を構える。ゴブリンの振り上げが大きなモーションだったので軌道は簡単に読めた。
予想通りの軌道でゴブリンの棍棒が振り下ろされ、俺の構えた盾に当たった。しかしその攻撃力は俺の予想を上回っていた。
力がかなり強く、盾で防いだにもかかわらず俺の体は吹き飛ばされた。2メートルほど吹き飛ばされた俺の体は至る所を擦りむき、攻撃を受けた左手には鈍い痛みが残った
折れてはいないだろうが、マナトはこんな攻撃を受け続けていたのだ。そう考えるとマナトへの心配とゴブリンへの怒りが同時に湧いてくる。
俺を吹き飛ばしたゴブリンは俺を弱者と捉えたのだろう。醜悪な笑みを浮かべながら俺との距離を縮めようとする。
俺はまたも明確な命の危険を感じる。キラーグリズリーの時以来だ。日本では味わうことのないシンプルな命のやり取り。しかしこの世界ではそれが常。率直に言えば恐かった。恐ろしかった。
しかしその感情は絶対に表には出さない。俺の大事な仲間を痛め続けた憎きゴブリン。こいつらには力で勝てなくても気持ちでは負けたくなかった。
醜悪な笑みを浮かべながら俺との距離を詰めるゴブリン。そのゴブリンを地面に倒れたまま睨み付ける俺。その両者の間に人影が割って入ってきた。
その人影は、左手に盾を装備したマナトだった。




