閑話 ~"正義の白翼"スコープ編~②
この話で閑話を終わらせるつもりでしたが、長くなってしまったので次回も閑話が続きます。
出立の日。僕たちはビリーフェさんと決めた集合時間に商業区の正門に集まりました。
少し早めに集まったのですが、すでにビリーフェさんは集合場所で馬をブラッシングしていました。
ずいぶん立派な馬です。明らかに普通の馬より体格が良いです。近くには立派な幌馬車もあります。
「移動に使う馬車や物資はこちらで用意しますぞ。私物がありますので。皆さんは手ぶら⋯⋯とは言いませんが、必要最低限の物だけ持ってきてください。」
と言っていたので、この馬と馬車はおそらくビリーフェさんの私物なのでしょう。
さすがは元Sランク冒険者。持っているものがワンランクもツーランクも上です。
「ビリーフェさんおはようございます! お待たせしてしまってすみません!」
「皆さんおはようございます。いえいえ、まだ約束した時間にはなってないので待ってはいませんよ。年を取るとせっかちになるのでいけませんな。若者に気を使わせてしまった。」
と言いながらビリーフェさんは額をペシペシと叩きました。
自分では「年を取った」と言っていますが、確かまだ50歳くらいだったはずです。50歳でもまだ現役で冒険者をやっている人もいるので、そういった意味ではビリーフェさんもまだ「年を取った」と言うには早いはずです。
「紹介しましょう。御者のガリムと我が愛馬、グルービー号です。」
御者台からガリムと紹介された人が降りてきて大仰にお辞儀してきました。僕たちも自己紹介します。
「ではさっそくですが出発しましょうか。時間は有限ですからね。」
ビリーフェさんに促されて幌馬車に乗り込みました。
幌馬車の中は外から見るより広く、快適だった。貧民街の家くらいの広さはありそうです。
「ではガリム。頼みましたよ。」
ガリムさんがグルービー号に声をかけると馬車は正門へ向けてゆっくりと動き出しました。
そして正門を出て開けた道に出ると一気に加速しました。速い。とても速い。今まで生きてきて幾度となく馬車には乗ってきたが、ここまで速い馬車には乗ったことがないです。
バッグスがおもわず「は、はえぇ!」と漏らしていたが、僕たちは全員同じ感想を持っていたと思います。
「はっはっは。そうでしょう。この馬はただの馬ではなく、ウォーホースですからね。通常だと今回の目的地までは徒歩だと約10日前後。普通の馬車だと約3日程かかりますが、この馬ならおそらく2日程で到着できるでしょう。」
「す、すごいですね……こんなすごい馬車を個人で持っているなんて、さすが元Sランクですね。」
「高ランクになると自然と依頼は国から遠い場所になりますからな。こういった馬車は必須になってくるのですよ。皆さんも近い未来、個人かパーティで馬を買う日が来ますぞ。」
確かに今でも「自由に動かせる馬車があればな」と思う場面は結構ある。が、やはり馬や馬車といった物は決して安くないのです。頑張ってお金を貯めよう。
それからの旅路は非常に快適なものでした。
スピードが出てるので足の遅い魔物は襲いかかってきても無視して振り切れます。ホーンラビットやゴブリンなんかはいちいち戦っているとキリがないので非常にありがたいです。
たとえ進行線上に魔物がいたとしても、そこは流石のウォーホース。ある程度までの弱さの魔物ならその勢いのまま軽く蹴散らしてくれます。
足で振り切るのが難しく、一定以上の強さの魔物に出くわしたらちゃんと止まってくれます。
そうしたら僕たちの出番⋯⋯と言いたいのですが、僕たちが戦闘の準備をしている間にビリーフェさんが風のように馬車から出て行って全て一撃で倒してしまいます。拳士は身軽ですね。
ビリーフェさんは擦り傷一つ負わないので、僕たちはビリーフェさんが倒した魔物の血抜き要員と化してます。
「しかし大した魔物が出てこないですね。これではあまり貴方たちの勉強にはなりませんね。」
いやいや、そんなことはありません。
ビリーフェさんが魔物を一瞬で倒してしまうため勉強にならないという点には同意しますが、出てくる魔物は決して弱くはありません。
グリズリー、トレント、ハイオーク、ポイズンクロウラーなど、Dランクの魔物ばかり出てきます。
僕たちでもDランクの魔物は倒せますが、メンバー一人ひとりの力ではおそらく勝てません。
そんな魔物を一撃で倒してしまうビリーフェさんはやっぱりバケモノです。
「いや〜、私も衰えました。もはや“鉄拳”ではなくて、せいぜい“石拳”くらいですね。」
と言って笑ってましたが、全盛期はどこまで強かったのでしょうか。想像すらできません。
ビットア共和国を出て荒野を進み、川を越えて平原を進み、湿地帯を通って森を抜けて草原に出た所で
「グレイウォールが見えましたよー」
とガリムさんから声がかかりました。
遠くにうっすらとそびえ立つグレイウォールが見えます。西から東に目一杯続いている壁。人族領と魔族領を隔てる石と岩と硬い土でできた巨大な壁です。
ここまでの行程で2泊しました。国を出立してから丸2日後の朝にここまで来ました。
普通の馬より1日早く到着したと考えると、やはりウォーホースは凄いですね。
馬車は昨年計画が中断された掘りかけのグレイケイブへと向かいます。
グレイケイブが目視できるようになり、近づくにつれて人影が見えてきました。
最初は魔物かと思いましたが、人の形をしていたし火の魔法を使って何かを作っていたので人間かと思いました。
しかしどんどん近づくにつれて違和感を抱きます。赤いのです。全体的に赤色をしているし、見た目は完全に幼い少年です。そもそもこんな所に少年がいること自体がおかしいです。
「あの赤いは何だ? 魔物か? 見たことないが⋯⋯」
「いや、魔物ではないだろう。魔法を使って何かを作っているということは、知性があるということだ。もしかして⋯⋯あれが噂の魔族ですか? ビリーフェさん?」
「いや、魔族ではないだろう。奴らはもっと禍々しいオーラを纏っている。あの幼子はむしろ神々しさを感じるオーラがある。⋯⋯もしかして⋯⋯いや、まさかそんな⋯⋯」
ビリーフェさんが慌て始めます。ビリーフェさんが慌てるのですからただ事ではないのでしょう。僕たちはいつでも動ける準備をしておきます。
馬車が進むにつれ、赤い人物がクッキリ見えるようになります。
「ま、間違いない⋯⋯あれは、彼の方は精霊様だ!」
ビリーフェさんが大きな声でそう叫ぶと、僕らは全員驚きの声を上げました。
精霊。それはアスガルゲイン各地に稀にできる魔力溜まりと呼ばれる地にさらに稀に顕現するマナの集合体。
特殊能力を持つこともあり、MPがあれば不眠不休で活動できる。基本的に人族に友好的であることから人々は精霊に感謝し、敬っている。
ビットア共和国にも土の精霊様がおり、祀られている。
精霊様の近くに馬車を停め、全員で馬車から降ります。精霊様は驚いた表情でこちらを見ています。
「もし⋯⋯あ、貴方様は精霊様⋯⋯でしょうか?」
ビリーフェさんがそう声をかけると、精霊様は一目散にグレイケイブの中に入っていってしまいました。
その場に気まずい空気が流れます。思い切ってグレイケイブの中に入ってみようか。そんな話しをしていると、グレイケイブに中から4人の人間が出てきました。
否、4人のうち3人は精霊様のようです。残る1人はどうやら人間らしいですが、珍妙な服を着ています。見たことない恰好です。
赤い精霊様だけでも驚きなのに、さらに青い精霊様と緑の精霊様まで出てきました。もう全員言葉を失っています。
「ア、アナタは誰ですか!? それにアナタ以外の方は⋯⋯も、もしかして精霊様⋯⋯ですか?」
中途半端ですが、今回はここまで。続きは明日か明後日に更新します。