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プロローグ

初投稿作品です。よろしくお願いします。

「今日も疲れた」


 花咲京介は独りごちる。


 時刻は22時を回ったところ。遅番の仕事を終え、幾らかの残業をこなしてようやく帰路に着いたのだ。


 京介は老人介護施設で働く32歳。いわゆるヘルパーだ。

 勤続10年目という離職率の高いこの業界では文句なく大ベテランと見られるポジションにいる。

 業務をこなす能力はある程度高く、介護の技術に関しては高い部類だと自負している。


 しかし京介はこの仕事に対して不満を抱いており、モチベーションがいまひとつ上がらないでいた。

 というのも京介は大ベテランというポジションにありながらもいつまでたっても昇進できず、いわゆる平社員のままだったからだ。


 入社当時は頑張っていた。

 入居者のことを考え、上司の評価を上げるべく身を粉にして働いた。

 しかし京介は頑張れば頑張るほど空回りした。

 もともとが不器用な性格。それなのに入社して間も無い、技術も知識もない新人が分もわきまえずに頑張ったって空回りするのは当然だ。


 空回りして周りの職員に迷惑をかける。上司の評価も下がる。要領のいい同期や後輩が先に昇進していく。モチベーションが下がる。また上司の評価が下がる。

 といった負のスパイラルから抜け出せずズルズルと仕事を続けた結果、今に至る。


 それでもこれまで仕事を辞めなかったのは単に京介に仕事を辞める勇気がなかっただけでなく、介護という仕事ではなく現代日本の「会社」という組織の在り方そのものに不満を抱いており、どんな会社に行ったって根本は変わらないという考えであったこと。

 そして「途中で落伍したら負け」という京介の妙な負けず嫌いな性格からくるものであった。


 京介はこれまでの人生、学校、習い事、アルバイト、友達付き合い、恋愛等々、自分からフェードアウトしたことはなく全て自然な形での終わりを迎えていた。


 そしてそれは京介の密かな誇りとなっていた。



「しかし寒いな。こう寒い日は早く家に帰って風呂に入ってビールを飲むしかないな。うん。」


 季節は冬。新年を迎えて半月程経過した頃だ。

 京介は凍える手をポケットに突っ込み、足早に職場の最寄りの駅に入っていった。

 ホームで寒さに耐えながら電車を待つこと約3分。電車が到着し、開いたドアから暖房で暖められた空気が京介の頬を撫でる。

 わずかに暖められた頬をさすりながら電車に乗り込み、疲れた体を少しでも休めるように近くの席にやや乱暴に座り込み、目を瞑って大きく息を一つ吐く。



 その瞬間





 ー世界の音が止まったー






 電車の中の少ない乗車客の話し声や電車の機械音。きぬ擦れのわずかな音や空気の流れる音。さらには自分自身の心臓が打つ鼓動音まで全く聞こえない。


 完全なる無音。


「え?」と思い京介は目を開ける。

 するとそこは京介が乗り込んだはずの電車内ではなかった。

 いや、電車内ではないだけでなく、おおよそこの世界の景色ではなかった。

 少なくとも京介はこんな景色を見たことはなかった。

 なんせ京介の目に飛び込んで来た景色は一面真っ白な世界。

 右を見ても左を見ても後ろを見ても一面真っ白。上下前後左右全てが真っ白だった。

 おまけに席に座っていたはずの京介はいつのまにか立ち尽くしていた。

 京介はこの状況を一生懸命分析しようと努力したが答えなど出るはずもない。


 表情は無表情ながらも頭をフル回転させ、混乱の境地に陥っている京介に向かって


「あ、あの~⋯こ、コンバンワ⋯」


 と声がかかる。声のした方に視線を向けると、白い人がいた。

 近くにいるはずなのになぜか輪郭がボヤけ、姿形をハッキリと見ることができない。

 男なのか女なのかも判断できない。

 なのに、えらく挙動不審な様子はしっかりと伺えた。


「こ、こんばんは。あなたも気付いたらここに居たのですか?」


 混乱する頭を最低限だけ落ち着かせ、やっとの思いで言葉を紡いだ。


「いえ⋯私は元々ここにいました。あなたは⋯その⋯私がここに呼びました。」


 白い人から発せられた新しい情報を加味し改めて頭をフル回転させてみるが、余計に混乱するばかりであった。


「えーと⋯ココはドコでアナタはドチラサマでしょうか⋯?」


 やっとの思いで紡がれた言葉は何故か片言だったが、京介が現時点で抱いてる疑惑のほぼ全てを網羅した内容だった。


「ここは⋯私はの部屋というか⋯私の世界のような所です。で、私は京介さんのわかりやすい言葉でいう所の、神様です。」


 自称神様は「あ、まだ成り立てで見習いの神様ですけどね」と付け加えるが、普通に考えれば衝撃的な言葉を発した。

 が、京介には抵抗なく納得できる言葉だった。


 例えば街中で誰かが急に「俺は神だ!」なんて叫び出したらただ白い目で見られるだけだろう。

 しかしこれだけ不可解な状況が揃っており、さらに名乗ってもいないのに自分の名前をさらっと呼ばれたり等されたら納得せざるを得なくなる。


「なるほど。で、その神様が俺なんぞに何の用ですか?」


 もちろんまだ混乱の真っ只中にいる京介だが、ようやく少し落ち着きを取り戻し質問する。

 目の前の自称神様は自身を落ち着かせるように大きく息を吐き(ボヤけてよく見えないが京介にはそう見えた)、語り始めた。


「はい。まずはいきなりこんな所に呼んでしまってすみませんでした。」


 神様は一つおじぎした。⋯ように見えた。


「端的に言います。京介さん。あなたには私が創った異世界で魔王を倒してもらいたいんです。」


 神様は続いて説明する。


 ・転移先の異世界は魔法が存在する世界であること。


 ・見習い神様が送り込んだ転移者が何らかの行動をして無事に魔王を倒すことができれば晴れて一人前の神様として認められるということ。


 ・これは見習いの神様から一人前の神様になるために先輩神様から与えられた試験であること。


 ・その世界は人間側と魔王側が均衡した勢力を保っており、転移者が助力することで魔王は倒せるはずだということ。


 ・本来なら転移者は一度異世界に転移してしまうと原則として元の世界には戻れないが、今回は神様の見習い卒業試験のため目標を達成したらちゃんと元の世界に戻れるということ。


 ・もしこの提案に応じてくれるなら、転移時に何かしらの能力を授けるとのこと。


 ・もしこの提案に応じ転移した場合、転移中は日本での時間は進まない。そして無事に戻ってこられた場合は転移前の状態で戻ってくることができる。



 そして最後に


「転移先の異世界でもし死亡してしまった場合、生き返らせる等の措置は取れません⋯残念ながら神といえど人の生き死にまで操作することはできないのです⋯もし、もしそれでも良ければ協力していただけないでしょうか⋯?」


 と申し訳なさそうに訊いてくる。



 京介は説明の途中から震えていた。恐ろしいからではない。

 体の底から湧き上がってくる喜びを抑えきれなかったからだ。

 その喜びを目の前の自称神に悟られないように言葉を紡ぐ。


「答えを出す前にいくつか質問させてください。」


「はい。もちろんです。どうぞ。」


「この提案を断った場合、俺はどうなりますか?」


「その場合はこの話しの記憶を消させてもらい、全て忘れた状態で電車の中から今まで通りの生活が始まります。」


「ふむ。では次の質問。なぜ俺なんです?星の数ほどいる人間の中でなぜ俺に声をかけたんですか?」


「それは、様々な人の思想、思考、嗜好、今現在の境遇や置かれている立ち位置、その他諸々の全てを引っくるめて適任者を探した結果、京介さんが最適者であると判断したからです。」


 京介は「なるほど」と思う。


 京介の両親は7年前に事故で他界している。兄弟はおらず、祖父母もすでにいない。結婚もしていないので、女房子供もいない。

 一番近い親戚でも電車で3時間の距離におり、もともとが疎遠であった故に両親が死んで以降も疎遠のままである。


 つまり、京介は天涯孤独といって差し支えない状態だ。


 加えて、京介の趣味である。京介の趣味は二つ。

 一つはゲーム。オンライン、オフライン問わずにRPGが大好きだった。

 二つ目は小説(ラノベ)を読むこと。

 二年ほど前からとある小説投稿サイトで小説を読み漁っていた。

 読むのはもちろん異世界もの。読破した小説は30作品を超えるだろう。

 そのどれもが面白く、それぞれの主人公に自分を重ねて楽しんでいた。


 そして、叶うなら。もし叶うなら自分もそんな冒険がしてみたいと妄想していた。

 そして今、そんな妄想が現実になろうとしている。


 それがなぜ喜ばずにいられようか。


 さらにこの度の自称神からの提案は非常に魅力的だ。

 やること、目標がハッキリしている上に元の世界に帰れる可能性まである。

 京介が今まで読んできた小説と同列に考えていいのかわからないが、少なくとも京介の知識にある異世界ものと比べると至れり尽くせりな条件である。


 故にこう答えた。


「わかりました!神様の試験とやらに協力させていただきます!」


 と元気よく答えると、神様は明らかに嬉しそうなオーラを出し


「ホントですか!?やったぁー!うわぁ~!嬉しいなぁ!」


 と大喜びしていた。

 その様子はまるで小さい子供のようで、最初の方のような挙動不振な様子はすっかり消えていた。


「で、俺が行く異世界ってのはどんな世界なんですか?」


 もはやワクワクを抑えきれない様子で京介が尋ねる。


「すみません、攻略のヒントになるようなことは私の口からは言えないんですよ⋯でも、なるべく地球、日本と似たような世界は創ったつもりです。」


 まぁそうだよなと納得する。


「では、さっき何かしらの能力をくれるって言ってましたが、どんな能力をくれるんですか?」


 京介は一番気になっていた質問をした。


「それなんですが、私もどんな能力を授けたらいいのかよくわからないので⋯今回はある程度京介さんの意見を聞きたいなと思います。どんな能力が欲しいですか?」


 京介は驚愕した。

 異世界転移のキモともなる能力の内容が自分の意見が反映されるというのだ。


 ずっと異能に憧れていた。

 ただ、実際にどんな能力がいいかと聞かれるとすぐには答えが出ない。

 とりあえず


「チートな能力!人知を超えた最強の能力が欲しいです!」


 と言ってみる。それに対しての答えは


「すみません⋯やはり今回は私の試験なので、あまり突出しすぎた能力では簡単に魔王を倒せてしまって色々と問題が出てしまいます。できればどんな能力が欲しいかの方向性みたいなことを言ってくれると助かります⋯」


 とのことだった。

 しかし京介としてもその答えはわかっていた。

 もし通ったらラッキー程度のダメ元で言ったみた要望だったので、ショックはなかった。


 そして本格的にどんな能力がいいかを考える。

 なにせ、今後の自分の異世界生活が左右されるのだ。ここは慎重に考えねばならない。


 たっぷり時間をかけて、京介はゆっくりと口を開けた。


「まず。右も左もわからない異世界に放り出されるので、ある程度の情報が得られる能力は欲しいです。」


「ふむふむ。」


「そしてせっかく異世界に行くのだから、魔法は使ってみたいですね。」


「なるほど。」


「それと、魔王を倒すというのが最終目標だしモンスターなんかもいるなら戦闘に役立つ能力がいいですね。なんなら生活にも使える能力で!」


「え⋯意外とたくさん要望があるんですね。全部盛り込めるかな⋯」


「それと⋯」


「まだあるんですか!?」


 自称神様は呆れたように言った。しかし京介は続く言葉を飲み込んだ。


 神様に呆れられたからではない。

 言いかけて、続きを口に出すのが恥ずかしいことに気付いたからだ。



 まさか「独りにならないような能力が欲しい。独りで寂しい思いはしたくない」なんて、いい年したオッサンが吐く台詞ではない。



「あ、いや…やっぱいいです。そんな感じでお願いします。」


 と一礼する。


「わかりました。京介さんの意見を全て反映できるかはわかりませんが、善処してみます。

 さて、異世界に転移してしまうと魔王を倒すまでは原則的に私から京介さんに関わることはできませんが、他に何か聞いておきたいこととかありますか?もしなかったら早速転移させてもらいますが。」


 京介の心臓がひとつ高鳴った。いよいよ冒険の始まりだ。


「いや、何がわからないのかがわからない状態なんで、大丈夫です。」


 京介の言葉を聞くと、自称神様は咳払いをして


「では、花咲京介さん。私の見習い卒業試験に参加してくださったこと、改めてお礼を言いたいと思います。本当にありがとうございます。京介さんの異世界での生活が良いものであることを祈っております。ではいってらっしゃいませ!」


 自称神様がそう言うと、京介の視界は白い世界においてさらに強い白い光に覆われホワイトアウトした。



  京介はいつの間にか意識を手放していた。






自分のペースで更新していきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

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