39 『駒』
ああ、やはり。
人間というものは愚かだな。
こんなふざけた戯曲のために、自らの生命すら犠牲にするというのか。
しかも、それで何かを守れるわけでもない。
ああ、無意味無意味。
彼は特別だと思っていたが、少々期待し過ぎていたようだな。
まあ良い。
とにかく今はこの耳障りな笑い声を消すとしよう。
私は意識を彼の肉体に宿し、立ち上がった。
「ホタ……ルン? どうして? ……テレス、後ろ!」
偽天使などと称していた少女が、笑い続ける少年に注意喚起する。
少年テレスはそれを聞いて後ろを振り向くが、遅い。
私は銀製の短剣を自らが支配する肉体の胸部から引き抜くと、お返しに刺し返してやった。
「ぐはっ! ……?!」
理解できない状況に驚き、鋭い痛みに顔をしかめるテレス。
なかなか良い表情だ。
「どうかね? 自称偽天使、神に近しい力を持つ者よ。痛みと共に存在を失ってゆく気分は?」
「どうして……、君は」
「なぜかだと? それを知ってどうする。もうすぐ世界から消えるというのに」
「嫌だ、消えたくない! 僕はただ、アリスと一緒にいたいだけなのに……」
地面に倒れもがくテレス。
「大丈夫よ、テレス。どういう理由かわかんないけど、ホタルンは短剣の毒を無効化したみたいだし。そこまで強い毒じゃなかったのかも」
アリスがテレスに向かって術式を施す。
「最大解毒施術!」
アリスの手からテレスの胸部に向かって光が降り注ぐ。
しかし、その光はテレスの傷口に到達する直前で弾かれた。
「効かない、どうして? ホタルン、あなたは一体どうやって解毒をしたの?」
「ははは、アリスよ。まず私を蒼祈ほたるだと思っている時点で間違っている」
「あなたはだぁれ?」
「その質問には答えよう。しかし、その前に見たまえ。相棒が消えるぞ」
もがき苦しんでいたテレスは、いつの間にか静かになり、そしてその実体が薄れていった。
「どうして? テレス、消えないで!」
アリスはただ叫ぶことしかできない。
何だか少しかわいそうな気がするな。
「そんなにも彼という存在を失うのが怖いのか。ならば、彼が存在したという記憶くらいは残すとしよう」
私はそうアリスに言うと、冬条久遠の方へと足を進めた。
「冬条久遠、いや会長と呼んだ方がいいかね。すまないが君のデバイスを借りるよ」
「蒼祈君、いいえ。蒼祈君の肉体を支配する者! このデバイスは私専用だから他の人には扱えないわ」
「分かっているよ。人には扱えない」
私は彼女を抱きしめ、手を回すと彼女の背中に装備してある剣型のデバイスを鞘から引き抜いた。
柄の部分だけのデバイスを手にした私に会長が言う。
「刃の無い時空間ソードで何をする気ですか?」
「そうだな、刃が無くては」
私はポケットからチップを取り出すと、デバイスにセットした。
「……トランスフォーム、エクストラモード」
私の呼びかけに呼応し、実体化した黄金の刃が形成される。
「エクストラモード? 私の知らない形態。しかも、私の出来ない実体化をこうも容易く行うなんて」
驚く会長。
色々と説明し、さらに驚かせたいところではあるが今はひとまず。
「神の力をお見せしよう! 吸収」
時空間ソードを消えかかっているテレスにかざす。
するとテレスは時空間ソードに吸い込まれていくのだった。
「これでよかろう。彼の存在ごと吸収させてもらった。どうだね? 彼の消失は回避できないが、記憶は残っているだろう」
「ええ、確かにテレスの記憶はあるわ。でもこんなことができるなんて、あなたは一体。もしかして私達と同じように神に似た存在なの?」
「おっと、一緒にしないでくれたまえ。それに君達が神に似た存在などとは笑止。なぜなら私自身が紛れもない『神』だからね」
「神様?」
「そうだ。この地帯一帯は不思議な力で満ちていて実に興味深い。ゆえに蒼祈ほたるの肉体に憑依して人の世に降り立ったのだ。ただ彼の行動にも興味があったからね、普段は意識を乗っ取ることなく、彼を介して世界を覗く程度にとどまっていたわけだ」
「つまり、ホタルンの存在が薄れたのをきっかけに意識を乗っ取ったのね」
「その通り。私の存在を丸ごと取り込めるほどの貴重な人間だ。こんなところで失うわけにはいかないからね。入れ替わってすぐに守護の力で解毒をした」
蒼祈ほたるは貴重な人間だ。
本当に人間なのかと疑うほどに。
彼がこの学園に入学すると同時に憑依したわけだが、今でも分からない部分が多い。
特に時空間エネルギーの容量が以上に大きい点。
どういうシステムなのか検討すらつかないな。
「神と称する者よ! 蒼祈君はどうなっているのですか?」
「そうね、いきなり神とか言われてもピンとこないわ」
「本当に神様なの~?」
「それより、エロ兄ちゃんは無事なんか?」
「蒼祈さん……」
テレスの消失と共にバインドが解けたせいか、一斉に生徒会の諸君が話しかけてきた。
「相変わらず騒がしい連中だな。安心するがいい、彼は私の中で生きているよ。ただ、意識は私が支配しているがね」
「神だか何だか知りませんが、それで安心などできるはずないでしょう。蒼祈君を返してください」
何を言い出すかと思えば。
「狐型全身デバイスなどと可愛い格好をしているから舐められているのだろうか? 勘違いするなよ、学園生徒の長たる者よ。私が表に出なければ彼は死んでいた。そして、私は神だ。圧倒的な力の前では、人間の反論など無意味だよ」
「はぁ……、神とはこんなにも傲慢な存在なのですか。もっとこう、神聖で高貴なイメージだったのですが、がっかりです」
冬条久遠。
以前から蒼祈ほたるの次くらいに興味があった人物だが、やはり面白い。
私の力を目の当たりにしながらも、愚弄するとは。
「面白い。口だけ威勢がいいのは良いが、ではどうするというのだ? 人より力を持ったテレスですらこの有様。君達人間にできることなどありはしない。所詮この世界は神にとってのゲームボード。そこにいる存在は全て単なる駒に過ぎないのだよ」
そうだ。
何を論じようと、強大な力を止めることはできない。
力こそすべてなのだ。
私が冬条久遠に認識を改めさせるため論じていると、後ろからアリスが話しかけてきた。
「ねえ、神様。私達は、ただのゲームの駒なの? 神様のおもちゃなの?」
彼女はテレスが消える瞬間まで横たわっていた場所をじっと見つめたまま問いかけてくる。
「その解釈で問題ないだろう。神は存在を創り、育て、時に破壊する。自由自在だ」
「じゃあ、神のお遊びに巻き込まれてテレスは消えたの?」
「厳密には私の中でエネルギーとして溶け込んでいるが、結果的にはそういうことだな」
それを聞いてアリスが負の時空間エネルギーを纏うのを感じた。
双子なだけあって、壊れゆく様もよく似ているな。
「私達は神のおもちゃで、私がホタルンの力に惹かれたのは神のせいで……。神のせいでテレスは嫉妬して、狂って、反撃を受けて、消えて……。テレスのいない世界、神にもてあそばれるだけの世界。……そんな世界、いらないっ!」
アリスは上空三十メートルほどの所まで上昇すると、そこで大きく翼を広げた。
そして負の時空間エネルギーのせいか、純白だった翼は漆黒に染まった。
「ほう、自称偽天使の堕天か。これはなかなか面白いが、どうするつもりなのかね?」
「テレスのいない世界なんて……消えちゃえ! 消えちゃえ、消えちゃえ、消えちゃえ~!」
やれやれ、どうやらまともに会話もできないようだ。
とはいえ、こうなったのは私の責任なのだろう。
何とか鎮静化しなくては。
それにゲームの盤上にゴミがあると、遊びの邪魔になるからね。




