矢継ぎ早に繰り出されるネタに最後までリアクション取らなかった奴が異世界転生
気が付けば、僕は真っ白くだだっ広い部屋にいた。
どうしてここにいるのかはわからない。
確か僕は、通り魔に刺されて病院に運ばれたはずだ。薄れゆく意識の中救急車に乗ったことだけは覚えている。
「おい、ここどこだ」
「俺、交通事故でトラックにはねられて……」
「私は自殺したはずだけど……」
周りには、同じように事情がわからなさそうな男女が十人いる。
僕を入れて十一人だ。
『みなさんこんにちは。突然ですが、みなさんには異世界に転生してもらいます』
いきなり、部屋に響き渡る女の人の声。
「なんだ!?」
「声が……」
どよめく室内。僕も戸惑いながら耳を傾ける。
『ただし、こんなに多くは転生できないので、こちらから振るいにかけることにいたしました。転生して人生をやり直せるのはこのうちの何人かです』
「おい、どういうことだよ! 誰だお前は!」
筋肉質の男が叫んだ。
『神です』
こともなげに答える声。
どよめきがさらに広がるが、自称神は構わず続ける。
『こちらからイベントをいくつか用意しました。……が、あなたがたはそのすべてに反応を返してはいけません。常にスルーしてください。最後までスルーできた方が転生できます。そのほかの人はそのまま死んでもらいます』
「はあ!?」
『ただし出される食事は普通に食べていただいて結構です。食事はイベントには含まれませんので』
自称神は淡々と言った。
『ではスタートします。この十人のうち、異世界に転生できるのは果たして何人でしょうか』
「え? 十一人いるけど?」
シュゥーン。
質問した男が消え失せてしまった。
「!?」
いや、僕も同じこと言おうと思ったよ。
どういうこと?
『言い忘れていましたが、その中に一人こちら側の仕掛け人がいます。なので十人とプラス一人なのです』
……か、確信犯だ! たぶんこの人(?)わかっていて黙ってたな!
僕らにツッコませるために!
僕はボケかツッコミかといったら後者。ツッコミを誘うなんてそんなのずるい!
『出口を用意しましたので、出ていきたい方はどうぞ』
部屋に茶色いドアが現れた。
さっそく、若い男が一人、そこに駆け込む。
「ふざけるな! 俺は帰るぞ! ……いやこのドア開かねえじゃねえか! ここから出せ!」
あかないドアノブをガチャガチャやる男。
シュゥーン。
消えた。
もうすでに八人(と仕掛け人一人)だ。
『はい、とてもいいペースですね。今日のノルマは達成しましたので、食事を用意しました。ごゆっくりどうぞ』
神様は心なしか上機嫌だった。
何もないところから食事が現れる。
何の変哲もないご飯だ。
「これは食べてもいいんだったかな」
やせぎすの男がなんともなしにつぶやいた。
誰も何も言わない。
こいつが仕掛け人かもしれない。みんな警戒している。
「これ食ってもいいのかなあ」
中年の男が同じようにつぶやいた。
なるほど。
独り言を言っている体ならリアクションにならないのか。
「私おなかすいちゃったわ」
二十代後半くらいの女の人がつぶやいた。
たしかに。
僕も妙に空腹だった。
でもさすがにまだ警戒心が抜けない。
「私、食べます」
やせぎすの男がパンを手に取って食べ始める。
消えない。
本当に大丈夫のようだ。
いや、この人が仕掛け人だっていう可能性もあるけど。
でもこの空腹感、抗えない。
「食べよう」
小さくつぶやいてから、僕は置いてあったパスタを手に取った。
「とりあえず食うか」
「とりあえず食おう」
「食おう」
「食おう」
そういうことになった。
食べている間、ほとんど無言だった。
最後に出された麦茶を飲みながら、一息。
「!?」
しかし神の用意したイベントとやらは、いきなりやってきた。
麦茶が飲み込めなかったのだ。
なにか不思議な力に支配されて、飲み込むことができない。
同じような事態に陥った人が複数人。
そうじゃない人は、ひとりでに浮き上がった麦茶のコップから無理やり中身を口に含まされていた。
「はいどうもー」
「はいはーい」
九人全員の口に麦茶が行き渡ったとき、部屋のなかに突然男二人が出現した。
しかも頭の上には光る輪っか。背中には翼。モジャヒゲ。かなり清らかなオーラ。
「どうも神でーす」
二人は同時に言う。
確かに見た目神っぽいけど!
でもさっきの女の声と違う人だよね!?
「神様二人のショートコント」
そしてにわかにはじまった自称神二人による漫才。
これはあれか。
笑ってブーって麦茶吐き出したら消えるっていう。
もう麦茶口に含んでる時点で含んでいる方はある程度面白いのに、さらにコントに耐えなきゃいけないのか。
いきなりちょっとハードル高くない!?
「ちょっと道に迷っちゃったな、どうしよう」
「トントン、トントン」
神様が後ろから、道に迷った神様の肩をたたいている。
「トントンワシントーン!」
「パクリじゃねーか!」
僕の隣で麦茶を吐きながら叫んだ男がシュゥーンと消え去った。
早くもイベントは終わった。神様二人も一拍置いて同じように消え去る。
「ブフーッ!」
ツッコミが面白かったのに耐えられなかったのか、さらに一拍置いたあとに麦茶を吐き出してしまった中年の男性。道連れになって消えてしまう。
僕は浮かんできた汗をぬぐった。
笑いを取るなんて生易しいものじゃなかった。これは、参加者にツッコませるのが真の狙い!
しかもこのコントの恐ろしいところは、神とか名乗っているのにコントに何ら神ネタを引っ張ってこなかったことだ。
なんてむごい。
僕だってすさまじくツッコミたかった。
イベントは終わりかと思われたが、まだ麦茶を飲み込めなかった。
まだ続くのこれ!?
いつまで続くの!?
「…………」
しかし何か来るのを待っていたが、何も来ない。
ここにきて動いたのは、僕と同じくらい……十六歳くらいの年齢の少女だった。
ちょっと無表情で、ショートヘア。顔はかなりかわいい方だと思う。
少女は、無表情のまま、口に含んだ麦茶をヴぇーっと吐き出していた。
「飲み込めはしないけど、吐き出すことならできる」
そして涼しい顔で言った。
こっ、こいつ天才か!
盲点だった。そういえば消えた男たちは普通に吐いていたんだった。
「本当だ! 大丈夫だ! 賢いねきみ!」
「すげーじゃねえか、よく気が付いたな!」
同じように吐き出しながら少女の肩をたたいた男二人。
シュゥーン。
消えてしまった。
――彼女が仕掛け人だった!
十一人目ここにいた! 仲間のような言動をとっておいて、じつは神の用意した罠だった!
ヒロインだと思ってたのに!
この子が知略で神に挑んでみんなを転生に導く展開期待してたのに!
少女は改まって、全員を見渡して言った。
「トントンワシントーン」
「それさっきやったやつだろ!」
シュゥーン。また犠牲者が一人。
無表情の、アニメのヒロインっぽい少女がやるとシュールだな。
「脱ぎます」
脱ぐなよ!
なんだよいきなり! 痴女か!
「…………」
そして服の裾に手をかけたまま止まり、僕らをうかがうように見ていた。
絶対何も言わないからな。
すでに残り三人だ。
脱ぐのをやめて、ピンクの手帳を取り出した少女。
「えー、ここに秦野紗英さんの日記帳があります」
「!?」
二十代後半の女性がびくりとなった。
「ポエムが書かれたページを抜粋して読みます」
「やめてえええ!」
シュゥーン。
どんだけ恥ずかしいポエムだったのだろう。ていうか理不尽すぎる。
残り二人。
ここにきて、
「さて、私の役割も終わりね」
と少女は言った。
「今回は思ったより減るのが早かったわ」
『早すぎだよ! まだ用意してたネタいっぱいあったのに、もー!』
神様もキャラを忘れて慌てている。
残ったのは僕と筋肉質の男の人。もちろん無言。
だが同時に、僕たちの中で安堵の気持ちが芽生えつつあった。
すでに二人。
転生の人数制限はこれでクリアされたようだ。
僕らは目くばせをし合って、確信に満ちた顔を向けあった。
『では予定を変更しましょう。最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいます』
えっ!
まじで!?
約束違うくない!?
筋肉質の男の人は唇を噛みながら、僕を殺気のこもった目で見つめた。
恨むなよ、って言いそうな顔だ。
これ体格差で僕が超不利だよね!?
『不慮の事故や自殺で亡くなった方々には、本来ちゃんと寿命を終わらせてもらうための救済措置として、全員異世界への転生を選択してもらうことになっているのです。
ですが、転生させるにはかなり力を使います。現代人は自殺が多すぎなのです。ですから少し前から、こうして抽選制にしました。
転生する数は少なければ少ないほどいい。なので、せっかく早く減ったのだから、こちらとしてはもう一人減らしたいのです。心苦しいですがお願いします』
男の覚悟は決まったらしい。
よどみない力の入った顔つきでファイティングポーズをとる。
待って! これが神の罠だって可能性もあるんだ!
僕は目で男に訴えた。
だが無言の説得は間に合わない。男はこぶしを振り上げ――僕の顔にたたきつけた。
「ぐぼお!」
頬に激痛が走って僕は倒れる。
シュゥーン。
同時に、殴ったほうの男が消えてしまった。
あ、あっぶねええ!
やっぱりリアクション取らせる罠だった!
これ僕もその気になってたら共倒れだったじゃないか。でも殴る前に消えてほしかった!
『最後のひとりになりましたね。これで転生者が決まりました』
「おめでとう。今回は楽でよかったわ」
二人の女神に祝福されて、僕はガッツポーズをとった。
「やった! よくわからないけど勝った!」
『あ』
ん?
『ちょっと、それは……』
まさか。
『まだ「おしまい」って言ってなかったんですけど……私たちの声に反応されてしまっては……』
「いや、終わりでしょ!? 最後の一人になったんだから!」
神様もここまで生き残った僕がリアクションをとってしまったのが予想外だったらしい。かなり気まずい雰囲気が流れる。
いやこれもう僕が転生で決定でしょ。
いいじゃん。それで。
『うーん、私もこれはちょっと見逃してあげたいけど……』
「見逃すも何ももう終わりでしょ!? なんで!? 続いてるの!? ルールを捻じ曲げてのフェイントなの!? 理不尽すぎだよ! だいたいさっきの神を名乗る男二人なんなの!? おっさんじゃん、ただの! ヒゲモジャの! 古いんだよやってるネタが! それに麦茶含むとか何!? テレビか! テレビの影響か!? あと人の日記出したり! 個人をピンポイントで攻撃とかだめでしょ! しかもポエムって! 禁じ手だよ! それに最後! 殴る前に消そう!? ボタン間違えたの!? すごい痛いんだけど! あとここにいる女の子かわいい――」
シュゥーン。
そして誰もいなくなった。