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主人公は空気

「さて、話は聞かせてもらったが、あれらはわたしへの侮辱か? それともファームル伯への侮辱かな?」

 カイトは店の主のごとく椅子に座ると権蔵に詰問を始めた。

「とんでもございません! カイト様への誉め言葉でございますとも」

 一方の権蔵は心外であると驚いた様子であった。

「先ほどのやり取りがか? 説明してもらおうか」

 カイトは感情が動いた様子も見せずに権蔵を詰める。

「カイト様がアンリ様に忠誠を誓っていると申し上げていたのでございます」

 権蔵は淀みなく、つらつらと答えた。

「よくわからんな」

 カイトがさらなる説明を求めた。

「アンリ様の望みであればカイト様は信用を失うことも厭わないと言っていたのです」

「……」

「逆にお聞きしましょう。カイト様はご自身がなされた約束とアンリ様の望むもの、それらが両立しなくなった時にはどちらを優先なさるのですか? あるいは、ご自分がなされた約束等の自身の都合でアンリ様が望むものに対して最高の効率を出せなくなった時、それでも自身の都合を考慮して効率を捨てるのですか?」

「……」

 無言で聞いていたカイトは腕を組むと椅子にもたれ掛かった。

「なるほど。それなら納得である」

 なぜか納得したカイトは顎を触りながら意地悪な笑みを浮かべた。

「だが、それはアンリ様の望みとウマさんを我々が雇うことが両立しない関係にあればという話だ。その前提に至った理由をきちんと説明してもらおうか」

「なるほど。もっともでございます」

 権蔵は微笑みでこれに応じた。

「前提の説明が抜けておりました。まことに申し訳ありません」

 そして権蔵はカイトに頭を下げた。


「まずはアンリ様の望んでいらっしゃることについて考えましょう」

「アンリ様の考えを図ろうとはおこがましい」

 権蔵の提案にカイトは不愉快さを隠さなかった。

「そう仰らないでください。僕らの考えが及ばないのは承知の上で深遠なお考えの足元くらいにはという方向性の話でございます」

 カイトは仕方がないといった感じで不機嫌に頷き権蔵の発言を許す。

「アンリ様の望みは大きく二つ。もっとも二つとも元の願いは同じなので一つであるとも言えるでしょう」

 権蔵はカイトの顔色を窺いながら続ける。

「アンリ様の根源的な願いはファームル伯領が変わらずにあり続けること。そこには領民の幸せや神話の時代から入れ替わることもなく続くファームル伯ザルグ家の血統が続いていることが含まれています」

 権蔵はそこまで言ってカイトに確認をとるかのような視線を送った。カイトは無言でそれに応じた。

「そこから具体的な望みは二点になります。一つは変化をもたらす異物の排除。もう一つは魔血病の克服です」

『魔血病』の言葉に反応してカイトの眉間が動いた気がした。

「もちろん、アンリ様がご自分の為に魔血病を克服したいと思っているわけではありません。カイト様もご存知だと思いますが魔血病は血統によって発病率に差があります。優れた魔力を有する血筋と頑健とはいえない肉体が組み合わされば発症率が高まるので当然といえば当然なのですが……」

 権蔵の言葉にカイトは当然のことといわんばかりに深く息を吐いた。

「アンリ様もそうですが、ザルグ家に生まれる者は不思議と女性が多く代々婿を迎え入れています。魔血病は体力的に劣る女性に発症しやすく、そこに王国でも屈指の魔法力を誇る名門貴族の血が組み合わされば、ザルグ家にとって魔血病は不可避の病気でしょう?」

「……」

 権蔵の確認に対してカイトは黙って目を閉じた。

「魔血病を発症した女性にとって出産は命がけです。体力的負担から産めるのも一人が限界とされています。実際、アンリ様もご息女を出産後は……」

権蔵はそこまで言うとわざとらしく咳払いをした。そして「失礼しました」とカイトに軽く頭を下げる。

「魔血病は神話の時代より続くザルグ家にとっては一族の存亡を脅かす血の呪いともいえるでしょう。一族の代表として、あるいは娘を持つ母としてこのくびきからの解放を望むのは至極当然な思いです」

 アンリ様って子持ちだったのか。知らなかったがカイトのおしめを換えたくらいの年齢ならおかしくもないよな。顔を見たことすらないから年齢の想像がつかないけど……声は若かったよな? 俺がそんなことを考えていると机を強く叩いた音が部屋中に響いた。

「仮にそれが事実としてもウマさんを我々が受け入れない話と関係があるとは思えないが? 意味のない話は止めて頂こう!」

 黙って聞いていたカイトが机を叩くと苛立ちの籠った声を上げたのだった。

「いえいえ、これが大事なことなのです」

 権蔵はカイトの迫力に気圧されることなく続けた。

「伝統を重んじるザルグ家にとって変化は好ましくないが、魔血病を克服するためには変化が必要という相反関係に陥ってしまっているのです。カイト様も自覚してらっしゃるのか、無自覚なのかは知りませんが、最近のカイト様らしからぬ“行動の揺らぎ”もそのせいでしょう」

「口を慎め。なんなら無礼打ちにしてもいいのだぞ」

 アンリ様の話が出た途端にカイトは余裕を失ったかのように苛立ちを隠さなくなった。権蔵はというと、それを鼻で笑って受け流した。

「いいえ。カイト様には無礼打ちという選択肢はございません」

 権蔵はそう言い切った。

「理由は二つ。僕を殺した場合、アンリ様の魔血病克服という悲願が遠のくこと。もう一つはウマさんを敵に回しかねないこと」

「お、俺⁉」

 傍観していたらいきなり話を振られて焦ってしまったのは最高機密だ。心の動揺は悟られていないはずだよな?

 権蔵は俺の動揺を見越しているのかいないのか、俺を横目で見ると少し笑みを浮かべた。

「単独の戦闘能力でカイトさんと同等以上、さらに揉めたらどのような背後関係が出てくるかわからない危険人物ですから。領内から追放するくらいなら兎に角、名目上とはいえ雇用者を殺してしまえば敵に回る可能性が俄然高まるので迂闊にはできないのです。アンリ様の為に不要なリスクは冒さない。カイト様はそういう人なんですよ」

 権蔵は俺にそう言い終えるとカイトを再び見据えた。

「説明を続けましょう」

 カイトを挑発するわけでもなく淡々とした口ぶりであった。

「先ほども申し上げましたようにアンリ様の望みは相反関係にあります。これはアンリ様が変化を拒否し、庶民に先駆けて新たなものを受け入れることはないという『模範的貴族』であるための宿命でしょう」

「まるで『模範的貴族』が好ましくないかのような言い草だな」

 カイトが吐き捨てるように反発した。

「まさか! 僕は王国民として現体制を支持していますよ。ただ、少なくともここファームル伯領においては最低限の……他の貴族たち並みの変化を受け入れなければならない時期に来ているのだと思います」

「愚かだな」

 カイトは権蔵の提案を切って捨てて見せた。

「わたしは各地の貴族領や王の直轄領に人を派遣して色々と情報を集めさせた。それらの情報をまとめた結果、ここファームル伯領の現状を維持しようと腐心なされているアンリ様の素晴らしさを再認識したのだ」

 カイトはようやく反撃の糸口を掴んだかのように饒舌になる。

「いいか? まず治安だ。ここファームル伯領においては犯罪、特に強盗や窃盗、あるいは金銭の絡んだ殺人等は極めて少ない。ほかの貴族領では野盗や山賊が職業として成り立っているというのにな。それに貧富の差が小さい」

 カイトの自慢には俺も同意だ。富蔵さんが焚きつけたにしろ、ここファームル伯領に来るまでの盗賊の襲撃率は異常だったからだ。もし、ゲームならエンカウント率が高すぎてクソゲー扱いだろう。

「領民たちは素直で従順。ここファームル伯領では当然の心持だが、純朴で善意に満ちた庶民は他の貴族領では貴重な存在だ」

 安寿とか五月女とかはいい人だったけどなぁ……。あれは王都だったから? それとも時間の流れ? いや、そもそもあの子らは魔法力が認められた準貴族だったっけ。

「景色だってそうだ。これだけ豊かな自然が大貴族領の中心地に残っている場所は他にはない。そして豊かな自然から生み出される農産物にそれらを使った伝統料理。多くの貴族が伝統料理のレシピを喪失している中で我々ほど残している家はない。財政だってそうだ。凡百の家は借金だらけで伝統どころか貴族の権威を失っている中で当家は伝統を残しながら借財も一切存在しない神代からの貴族の権威を保っているのだ」

 カイトはどうだと言わんばかりに熱弁を振るっている。それに対して権蔵が深いため息をついた。

「なにか不満があるのか?」

 それを目ざとく見つけたカイトが権蔵を問いただした。

「そうですね」

 権蔵は続ける。

「金銭に絡んだ犯罪が少ないのは確かでしょう。なにせファームル伯領はその段階にまで達していませんから。金銭の価値が低いのです。使い道がありませんし、仮に盗んだ金を派手に使えてもすぐに犯人が明らかになります。貧富の差が小さいので派手に遊べば目立ちますし、大量の現金を持ち歩いているだけでも異常です」

 それでも寝る間もない盗賊とのエンカウントを体験した俺としてはファームル伯領の方がいいな。だけどお金が使えないのも不便か。いや、ここで貴族みたいな生活をしていたらお金は必要ないな。なにせファームル伯の厄介になってからは買い物をしたことがないし。なんてことを考えている俺を横において権蔵が話を続けていた。

「ここの人たちが素直で従順で純朴なのは認めます。良くも悪くもスレていませんから。ただそれは僕ら外の人間に言わせれば、ものを知らないだけです。お金の価値がないから騙してでも儲けようとはしません。仮にやる気を出そうと思っても変化を嫌う風土からむしろ白い目で見られるだけです。もっとも前者に関してはお金の本質は信用であるとすれば、田舎で信用を失えば生きてはいけないので、ある意味では根源的には同じなのかもしれませんが」

 権蔵の独演は続く。

「さて、その結果どうなったか? 知識を与えられず、余計なことを考えれば邪魔者扱いされる。そんな社会に残るのは何も考えない、考えるのを止めた人ばかりです。言われたことはやるが回転が鈍い。なにぶん考える習慣がありませんから当然です。これは社会の安定性を考えれば悪いことばかりではないでしょう。むしろ住みやすいかもしれません。しかし、外には別の社会があります。王の直轄領があれば発展目覚ましいマサラ子爵領もあります。蛮族との小競り合いが続く北方辺境伯領やそれらを有する九伯家、灌漑や橋などの整備に努めているナウル伯などは労働力を外に求めたりしています。ですから能力のある者、やる気のある者はここからそれらの領土へと流れていっています。ファームル伯領の現状では人口流出は止められませんし、そもそも止める気もないのでしょう。そして他の領地との開発格差はますます開いていっています」

 権蔵はカイトを見据えると覚悟を決めたように深い息を吐いた。

「自然が多く残っているのが自慢の様ですが客観的には自慢できるものではないでしょう。領地の中心地に手付かずの自然が多く残っているのは未開発なだけです。僕に言わせると停滞の象徴です。王都にも自然はありますが、あれは計画的に残してあったり、後から造った自然です。王都の郊外の自然ですら保護区として開発をさせなかった場所です。放っておいても誰も開発しないから残っているファームル伯領の自然とは違うのです。料理を筆頭に伝統が残っているのも自慢なのでしょう。しかし、他の土地では時代に合わせて淘汰されたり、変化していったのです。流行の味付けや人の好みは変化しますし、それに応じて社会の“美味しい”も変わります。料理そのものだって野菜一つとってもレシピが考案された当時と今では味や手に入りやすさや鮮度が同じはずがないのです。ですから変化もすれば淘汰もされる。逆に新しい物も生み出されます。それなのにここでは時代の変化を無視してレシピだけは遥かな昔と同じ料理を出しているだけです」

 カイトはそれらの言葉を顔色一つ変えずに黙って聞いている。

「財政状況が良好なのも自慢のようですが、財政状況が良いのもそのはずでしょう。税金だけとってやるべきことをやっていないのですから。……いえ、違いましたね。貴族の体裁を保つための出費はしています。それこそがファームル伯にとってはやるべきことなのでしょう。ですから、手間と金のかかる古くからの貴族料理が残っていますし、その他のことでもそうです。ほとんどの貴族領では廃止になっている娘たちの税金に代わる貴族の屋敷での年季奉公、不必要なまでの奉公人の雇用、他にも様々な儀式や催し。それらが全て残っています」

 若いメイドさんたちが多いと思ったら税金代わりに働く伝統だったらしい。視覚補正でそう見えているのかと思ったが実際に若かったようだ。

「残っていて何が悪い。伝統を否定すれば良いとでも思っているのか?」

「若いメイドさんを屋敷から奪うな!」という少年の主張なわけではないだろうが、さきほどまで黙っていたカイトが反発をみせた。

「いえ、とんでもございません! ファームル伯ザルグ家は王家の儀典局を上回る古典と伝統を今に伝える名家です。もしザルグ家が伝統をないがしろにしていたら、今に伝わる儀式や古典のうち七割は失われていたでしょう」

 権蔵の弁にカイトが頷く。

「しかしながら、その代償として、生産活動に従事せずに生産力を大きく奪い、しかも税金から給与の出る不必要に多い奉公人が発生しています。これは裏を返せば、それだけの人数を安く雇うことが可能なほどな低賃金が許されるほどに生産活動が低水準にとどまっているということでもあります」

「伝統の保持はザルグ家の家訓だ。伝統は失われたら取返しがつかんぞ」

 カイトが憮然と答えた。

「ええ、ええ。仰る通りです」

 対する権蔵はにこやかに応じる。

「歴史と伝統を伝えていくのは大切なことです。しかしファームルの……統治者としてはどうでしょう? 予算の多くはザルグ家の伝統維持の為に使われています。健全な財務状態を誇りにしておられるようですが、統治者は支出をしなければ黒字になるのです。予算の大部分を貴族としての生活の為に使い、かつ、健全な財政を保った結果はどうなったかご存知ですか?」

 カイトは目を瞑った。

「道路などのインフラは未整備で経済は停滞、退屈で貧しい領地からは領民は逃げ出し、豊かな農産物で飢えはしないが健全とはいえない栄養状態や医療の水準と普及率の低さから、他の貴族領よりも平均寿命は短く新生児の死亡率は高くなっております」

 ……俺の優雅な貴族生活の裏でそんなことになっていたとは知らなかった。ファームル伯の屋敷で贅沢三昧をしていた俺はなんだか非常に居たたまれないというか申し訳ない。

「世界がファームル伯領だけなら良いでしょう。しかし実際には違います。事実、カイト様の子飼いの諜報部隊だって都市の空気には負けました。彼らは僕らにも情報を流しているのです。いえ正しくは我々が与えた情報をカイト様に伝えていたというべきでしょう。……カイト様も事情は知っているでしょうが、彼らを責めないでください。そうせざるを得なかったのですから。なにせここから送られる……カイト様が捻出したわずかな資金、それでも苦労なさったのでしょうが、あれでは生活することすらままなりません。彼らの活動は僕らの与えた資金と情報によって支えられているのが実情なのです」

「なるほど。当家への批判、あるいは苦言なり諫言なりはわかった。それでは本題に戻ろうではないか。」

「いえ。これこそが話の根源でございます」

 仕切り直そうとするカイトを権蔵が制して続けた。

「一つ目はザルグ家としては変化を望んでいないのにザルグ家が命脈を保つためには変化の産物である魔血病の解決策を講じなければならないことです。二つ目はウマさんは伝統を横紙破りにする余所者で排除対象です。もう一つおまけに加えるのならば、どこかの大貴族がウマさんの身柄を求めた時に今のファームル伯の国力ではその要求に抗いきれないでしょう。もっとも所詮は余所者ですし、異物なので渡りに舟かもしれませんが」

 権蔵がなんだかわかるような、わからないような話をして俺が追い出されると熱弁を振るっている。

「それならそもそもウマさんを誘ったりしないだろ」

 カイトがもっともな突っ込みを入れた。

「ええ。ですから初めは読み切れませんでした。カイトさんらしからぬ一貫性のなさでしたから。ですがウマさんの『山菜汁』をアンリ様に大過なく通した時点で気が付きました」

 権蔵がサスペンスドラマのクライマックスよろしくカイトに確認を取り始めた。

「カイト様はザルグ家に仕えているのではなく、アンリ様に仕えているのだと」

 当のカイトは今更かと鼻で笑った気がした。

「多くの場合、個人に仕えていてもその主人が所属する家等への配慮があるものですが、カイト様の場合は、主家への配慮も全てアンリ様を通しての配慮なのです。カイト様はアンリ様が望むからザルグ家の家訓を尊重しているに過ぎず、もしアンリ様がザルグ家の断絶を望めば心に何の痛痒も感じずにそれを実行に移すでしょう」

 なんだかどこかで聞いたような価値観である。この世界だと割とよくある忠誠の在り方なのか?

「ですからアンリ様が新たな料理を望めば変化を嫌うザルグ家に対しても新たな料理を提供する手はずを整えます。魔血病の件も同じです。アンリ様はザルグ家として変化を嫌っている一方で魔血病克服の為に変化の必要性も感じているのでしょう。ですからカイト様はその願いを実現するために変化の受け入れの方向に動いているに過ぎません。魔血病克服の暁にはどのような混乱や被害があったとしてもその過程で変化した全てを禁止し、弾圧し、徹底してなかったことにして元に戻すでしょう。ウマさんは魔血病克服に伴う変化の過程においては僕らに対しての人質、そして何よりも社会を元に戻すときに敵対されないように囲っておくのが最大の目的なのでしょう?」

 俺自身が求められていなかったとする権蔵の意見に軽いショックを受けつつカイトの様子を覗き見た。カイトは平然とした表情で頬を掻く。

「そこまでわかっているのならば仕方がないな。私はほら……この通り」

 カイトはそう言って懐から一枚の紙らしき物を取り出すと広げて見せた。

「それは……執事の穴への推薦状ですね。やはり交付を受けていましたか」

 権蔵はさして驚く様子も見せずに頷いた。

「先日亡くなったバトラーさんからな。奇しくも竜安寺富蔵夫妻がマサラ鉱山に来ていた時だ。アンリ様を置いていくのは不安だったが、推薦状を貰った方が良いとアンリ様が仰られたのでレオン様について行ったのだ」

 カイトは感慨深げにそう言ったが、俺は驚いていた。もしかして俺が地下室に居た時の客人の一人だったのか?

「アンリ様を置いて執事の穴へなど行く気はなかったから無意味な推薦状だと思っていたのだが……。ウマさんを見て考えが変わった。もしウマさんが私の誘いを受けてくれれば魔血病を解決した後に社会を健全な方向に、アンリ様の望む世界に戻すための障害はなかっただろう。しかし、そうでないなら、いや、その後のことも考えると私の……自分自身の実力不足を痛感させられたのだ。従って、私は近々執事の穴で鍛え直してもらうことにしたのだ」

 カイトは権蔵に対して一方的に宣言すると、次は俺を直視した。

「お気を悪くしないで聞いていただきたい。確かにウマさんは権蔵の言う通りにファームル伯領の異物としての側面が非常に強いです。一方で私はウマさんを非常に信頼もしているのです。少なくともウマさん自身は誰かを好き好んで罠にはめたり、危害を加えたりする人じゃないと確信をもって言えます。だから私はここファームル伯領に、アンリ様のお近くにウマさんを置くことが出来たのです。もし、少しでも危険な人物だと思ったら刺し違えてでも排除していたでしょう」

 横で権蔵も頷いている。俺ってば人畜無害に見えるらしい。役にも立たないみたいだけど。

「ウマさんが私の邪魔をしないのならば、遠からずアンリ様の魔血病の問題は解決するでしょう。しかし、仮にウマさんが今はその気持ちだとしても、将来に亘って気持ちが変わらない確約はありません。ならば私自身の力でいかなる困難をも排除できる実力を手に入れなければならないのです。そのような事実に目を向けさせていただいたウマさんには感謝しております。もしウマさんと出会わなければ、私は自身の力不足を自覚することなく、執事の穴へ向かうこともなかったでしょう」

 そしてカイトは俺に対して深々と頭を下げた。

「願わくば私が戻ってくるまで滞留していただき、一回り成長した姿を見て頂きたいところです」

 言いたいこと一方的に言ったカイトはもう一度頭を下げると「では失礼します」と満足気に出て行った。

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