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権蔵とウマ

「ウマ~、これ美味しくなーい!」

 渋い顔を作った節子ちゃんから率直な感想を貰った。

「う~ん……、あたしもこれはちょっと……」

 幸子さんも困った顔をしてフォークを皿に置いた。

 俺が振る舞った料理は二人の口には合わなかったようだ。

 俺が何を食べさせたかというと『てんぷら』と命名されている料理だ。

「典型的な貴族風の味付けですね。僕は……もう少し味がハッキリとしている方が好みかなぁ……」

 権蔵の手も止まる。そりゃ煮詰めた焼き肉のタレが美味しいって感じる味覚なら物足りない味だろうよ。

 俺がなんで『てんぷら』を振る舞っているかというと、これは単純な理由である。俺がファームル伯の屋敷で出されて美味しいと思ったから食べてもらいたかった。ただそれだけである。だからこっそりと創り出して食べてもらった。それだけにこのリアクションは残念だった。一方でどこか予想もしていたものでもあった。

 なにせ貴族向け以外の料理が地球人、少なくとも日本人の俺には基本的に合わないのは従前から承知していたことだし、その貴族向け料理は一般の受けが悪いのも知っていたからだ。とはいえ、幸子さんが作るクラムボンは俺好み料理だった。王都で作って貰ったクラムボンもそうだがここの材料で作って貰ったクラムボンもそうだった。そのため、もしかしたら貴族向け料理が口に合うのではないのかと思ってみたのだ。ところが結果は散々なものだった。

「ウマちゃんもクラムボンとかが好きなのかしら?」

 幸子さんが口元を拭きながら聞いてきた。

「ええ。あれは美味しいですよね」

 幸子さんの自慢の料理なのだろうが、お世辞抜きで割と好みの料理なのである。

「そう……」

 褒められたはずの幸子さんはどこか憂いた様な表情を見せた。

「あれはダーリンに頼まれて作ってただけなのよねぇ……」

 ため息交じりであった。

「幸子さんは好きじゃないと?」

 思わず聞いてしまった。

「……」

「そりゃ貴族向けの味付けですから」

 答えにくそうに沈黙する幸子さんの代わりに応じたのは権蔵である。ファームル伯領の材料でクラムボンを作って欲しいと幸子さんに依頼したのは権蔵である。例によってファームル伯夫妻への手土産のつもりだったのだろう。実際、そのクラムボンと同じものを創り出して伯爵夫妻に食べてもらったところ、大変に喜ばれて返礼として先ほどの『てんぷら』で供応してもらった次第なのである。『てんぷら』は俺が知っている『天ぷら』の様に具を衣に包んで揚げたのではなく、むしろ、衣で蒸したといった感じであった。具材は柔らかくてジューシーで甘くって揚げ物の考えを変えさせるほどの一品だったのだが幸子さん達には“貴族向けの味付け”は受けないようだ。そしてクラムボンも“貴族向けの味付け”なので口に合わないのだろう。ようは口には合わないが富蔵の為に作っていたということだ。家長が偉い世界の様だ。親父が知ったら引っ越そうと言い出しかねない。もっとも引っ越したところでやはりお袋に虐げられるだろう。


「隙あり!」

 いきなり俺の指が掴まれた。掴んだ犯人はもちろん節子ちゃん。節子ちゃんが俺の指の骨コレクションを増やそうとしてきたのだ。

 しかし、いつまでもむざむざと指を千切られている俺じゃない。カイトとの朝練によって俺の認知範囲外の相手への対処方法はある程度は習得済みである。節子ちゃんは暇さえあれば俺の指を千切ろうとしてくるのは生まれた頃から知っている。攻撃してくること自体はお見通しなのだ。そうとなれば話は簡単でナノマシンの結界を事前に張っておけば、動きが単純な幼児の攻撃など問題なく無効化できる。はたして指千切りの悪魔アングリーマーラーは悔しそうに顔を真っ赤にしながら俺の指を握っているだけの幼女に早変わりである。

 いや、案外なにも考えていなかった頃よりも“千切れなくて悔しい”のような感情が読み取れるようになった今だから容易に攻撃を防げるようになったのかもしれない。

 数分間俺の指を相手にして四苦八苦していた節子ちゃんはやがて諦めたのか面白くなさそうに指を放して不愉快そうな仏頂面を作った。

「おなかすいた! ママ行こう!」

 不貞腐れたままの節子ちゃんは幸子さんの袖を引く。幸子さんはというと『てんぷら』をちらりと見た後「ごめんなさい」と俺に頭を下げると節子ちゃんの手を引いて逃げるように出て行った。


 おそらくこれは天祐。良い機会なのだろう。あの話を相談してみよう。

「節子はあんな態度をとってますけど、あれでもウマさんが来てくれるのを楽しみにしてたんですよ」

 俺が話を切り出す前に権蔵が話し出してしまった。

「ところでですね……」

 機を逸した俺に対して権蔵が話を振ってくる。

「カイト様から仕官を勧められませんでしたか?」

「え? ああ、うん」

 俺が話そうとしていたことを権蔵が聞いてきた。こうなると引き抜きを隠していたようでなんとも居心地が悪い。

「僕らにも便宜を図るからって誘われたんですよね?」

 権蔵の口調は問い詰めるようなものではなく、淡々と確認をとるようなものだった。

「なんでも没落した後に富蔵さん以外の三人を保護するって話だったよ」

「なるほど。もう没落まで見越していましたか。さすがはカイト様です」

 言葉とは裏腹に権蔵は想定済みと頷いてみせる。

「それでウマさんはどうしたいのですか?」

「節子ちゃんたちの安全が保障されるなら悪くないかなぁ~って……」

 権蔵がかぶりを振る。

「それじゃあ、まるで務めたくないのに節子達の為に仕官するみたいじゃないですか。そんな犠牲で安全になっても節子は喜びませんし僕としても悲しいですよ。僕はウマさん自身がどうしたいのか聞いているのです」

 そして軽くため息をついた。

「気持ちはすごく嬉しいですし、色々と無理なお願いもしています。だけどウマさんに犠牲になって欲しいわけじゃないんです」

「いや……犠牲になるとそんなのはないよ。食べ物は美味しいし、平和だし、この土地は割と気に入ってるしさ。富蔵さんも保護してもらえるなら二つ返事で了承したいくらいだよ」

 俺の自己犠牲精神と勘違いしてる権蔵に正直なところを伝えてみた。途端に権蔵の顔が曇る。

「う~ん……。たしかに今の待遇はいいんでしょうが、十中八九、約束は反故にされますよ?」

 権蔵は伝えにくそうに続けた。

「ウマさんの魔法は明らかに異質です。父から伝えられたことや僕が見たウマさんの魔法、それらを僕の知る限りの魔法と照らし合わせた結果です」

 老紳士にも指摘されたことだが、同様のことを権蔵も導きだしたようだった。

「ファームル伯やアンリ様は異質なものを嫌います。異質性に気が付き、それが確信に変わればウマさんは追い出されるでしょう。そうなれば僕らはどうなるでしょう?」

 権蔵は俺の目をじっと見る。

「それにファームル伯領の現状はウマさんの異質性を外部から守れるほど強くはないです。僕らに関してもリスクを冒してまで守り続けるとは思えません。その能力にも疑問が残りますし」

「それは随分な言い方だな」

 権蔵の説明を止める人物がいた。

「ウマさん、惑わされないでください。わたしが嘘をつくと思いますか?」

 その人物はカイトであった。カイトは制止する店員を押しのけて店の奥にまでやってきたのだ。そして無遠慮に椅子に腰かけた。権蔵はそれを黙認する。

 貴族とその縁者が一般市民に対して如何に優位であるのかを目の当たりにした気がした。

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