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だいたい文庫本二冊分くらいの厚さ

 カイトに『水』から『山菜汁』を創ったことを見破られたが以後何かあったかというと別段何もなかった。いや、むしろフォローをしてくれたりで妙に慕ってくれている節さえある。

 例えば、『山菜汁』に納得ができずに、あるいは、純粋に料理人としての好奇心、または、ファームル伯に使える料理長として以後も提供できるようにと、執拗に作り方の開示を求めてきた杉料理長を「客人に対して失礼です」と黙らせたのはカイトであった。

 以後も『魚汁』等々をファームル伯に提供する機会があったが、カイトはそれらの創造を深く追求せずに、むしろ陰に陽に支援するようになっていた。


 そうこうしているうちに三か月ほど経った。ファームル伯レオン様やその奥方であるアンリ様と席をともにしたのは屋敷に招かれた日の一回だけでそれ以来会ってはいない。だからと言っても大した問題はなく『クラムボン』が美味しかったとカイトを介してお礼を言われたり、やはりカイトを介して料理のリクエストがあったりした。

 もっとも、それとは別の大問題が発生しつつあった。相変わらずの上げ膳据え膳生活の影響が腹部を中心に表れたのだ。問題の部位を軽くつまんでは運動しなければならないとの思いを強くしつつある今日この頃である。その一方で今日の昼食へと思いを馳せる。思えば今朝のローストビーフを贅沢に挟んだサンドイッチは中々に美味しかった。誤解を招かぬように補足しておくならば、俺は屋敷に全く貢献してないわけではないし、運動らしきものをしてないわけでもない。と、自分で自分をフォローしてみる。


 俺の屋敷での仕事は主に二つある。

 一つは前述の通りの『魚汁』やら『山菜汁』やら『クラムボン』やらといった料理の提供である。アンリ様は病弱であり遠出はできない。そのためレオン様の土産話に出てきた料理に興味を持っても食べられなかったらしい。でもって、俺はそこを埋めるように各地の料理を提供しているわけだ。最近じゃリクエスト以外の料理も提供している。日本じゃ授業以外では包丁一つ握ったことがないのにお笑いである。料理人が苦労して獲得したであろう技術とその発現たる料理の数々を食べただけの俺が完全にコピーして提供する。そしてそれを称賛されて感謝される。他人の褌で相撲を取るとはまさにこのことだろう。

 もっとも、日本に居るときに食べていた料理は提供していない。貴族料理の味付けは俺好みだし、日本で食べていた料理と共通する部分が多い。おそらく味覚上の問題は発生しないだろう。問題は別の点にある。この世界への文化の悪影響や未知の料理が出されているなんて風聞が怖い。いや、それよりも怖い事態が想定できる。なによりも怖いのは地球人にとって問題がなくてもここの人らにとっては毒ではないなんて保証はどこにもない点だ。下手に地球の料理を出して、病人とは思えない高笑いを発するアンリ様の病状に悪影響を及ぼしたら大変である。


 俺のもう一つの仕事はカイトとの組手である。カイトに「できましたら朝の訓練に付き合って頂きたい」と始めたことだ。もっともカイト本人に言わせると「仕事ではない」そうだ。なるほど、主人たるファームル伯たちへの料理の提供と比べれば仕事には入らないだろう。ただ、運動不足が気になりだした俺としては断る理由が見つからずに渋々と……、もとい、断る理由もなく毎朝組手の相手をしている。それなのにお腹が以前よりも太ましくなったのには、やはりというか当然の理由がある。

 その理由とは、一言でいえば“運動にならない”である。目でも追いきれないカイトの動きに合わせて~なんていうのは一般的地球人である俺にはできないのである。そうなると時空コンピュータやナノマシンに100%頼った手合わせとなるわけだ。エネルギーを質量にしたりとか、ああいう奴ね。俺の運動になるわけがない。手合わせ以外にもジョギング的な何かにも付き合うわけだが……軽いジョギングで自動車並みの速度を出す人種のジョギングに付き合えるはずがない。ってなわけで、気圧をいじって体を浮かせて、磁力を使ってカイトにつかず離れずの移動をするわけだ。……うん、俺ってば運動不足になるわけだ。肉体の完全性の維持とかで体形を保てないものなのかね? いや、それはそれで困るけど。なんでかっていうと、そうなったら最後、どんなに鍛えても青っ白い貧弱な坊やのままになるし。まぁ、地球人がいくら鍛えてもこの世界じゃ焼け石に水な気がするのも事実なのだが。


 そんな感じで自堕落ながらも結果として時空コンピュータやナノマシンの使い方の練習をしつつ、ここで出される貴族料理の数々を記録して創造できる料理のレパートリーを増やす日々を過ごしていた。そんなニートのポジティブな言い訳。

 そして今日もカイトとの訓練を終えて昼ご飯を心待ちにしていたのだが、いつもと少し違うイベントが待っていた。

「竜安寺商会の権蔵様から『店の方に来て欲しい』との使者が参りました」

 風呂上りの俺にうら若きメイドさんが恥ずかしがる様子も見せずに着替えを用意しながら連絡を寄越してきた。あー……そういえばファームル伯とのパイプを作ったり、料理から文明開化を促す的な仕事を任されてたっけ? 経過報告を求められるんだろうけど、レオン様やアンリ様とは一回しかあったことないし、正直なところよくわからないな。まぁ、そう報告するしかないよな。



 そんなことを思いながら向かった竜安寺商会の支店において出迎えた権蔵の用事は俺の予想とは異なるものであった。

いてぇ!」

 俺は半年以上前には日常的に味わっていた痛みを小指に憶えた。そして思い出したのだ。幼児に指を折られる恐怖を。人類の脆い肉体の屈辱を。

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