いざ料理
料理長に要求された『クラムボン』と『山菜汁』はいつでも提供できる状態であった。それもそのはずで物質を変換して“創造”すればいいだけなのだ。しかし、以前にこの時代のバトラーであった老紳士より受けていた警告から人前での“物質変換は控えるべき”との節制は保ちたい。ならば、権蔵に手配してもらったかのように振る舞う時間は必要だった。
権蔵との話し合いから一週間後、一台の馬車が竜安寺商会のファームル伯領支店前に停まった。領外からやってきた馬車の荷台には厳重に封をされた樽が数個積まれている。中身は普通の『水』である。
馬車到着の連絡を受けていた俺は支店で権蔵とともにその荷の積み下ろしを見守った。
「……言われた通りに手配しました」
人目があるせいか、権蔵は内心の不安を微塵も感じさせない満を持したといった表情である。
「性質上長期の保管はできませんがいつ料理するのですか?」
権蔵は『山菜』が運ばれた体を守るために辺りに聞こえるように言ってきた。この様子では運び出しの段階から積み荷の機密は保持してくれたことだろう。たとえ密室で“物質の変換”をしても、原材料を追跡調査してみたら『水のみ』から料理を生み出していたなんていうのが判明すると不自然だから非常に助かる。
「そうだなぁ、とりあえずカイト達からの連絡待ちだな」
そんな返事をしていたら馬の蹄の音が近づいてきた。噂をすればなんとやらでカイトが馬に乗ってやってきたのだ。
「荷を拝見させていただきたい」
挨拶も早々にカイトは馬上から権蔵にそう命じた。馬車の到着の情報を聞いてやってきたのだろう。
「『山菜』は空気に触れると劣化いたします。不要な開封はご容赦願えませんか?」
いけしゃあしゃあと権蔵が返答した。
「不要ではない。領内に違法物が運ばれていないか調べる必要があるのだ。それに『山菜汁』に使うのならばアンリ様やレオン様の口に入るものだ。念入りに調べるのは当然であろう」
カイトは問答無用と馬から降りた。水が入っている樽を調べられては困るな。さて、どうしたものか? やったことはないが適当な草に“物質変換”するか? それとも思い切って山菜汁にするのも手だろうか? 俺が手を考えている間に対応したのは権蔵だった。
「これは妙なことを仰いますね」
権蔵はわざとらしく首を傾げて見せた。
「妙なこととは?」
カイトが権蔵の真意を問いただす。
「違法物もなにも、ここファームル伯領には持ち込み禁止物の規定がないはずですが?」
カイトが眉を顰める。
「……確かに規定はない。だが、すべての行政はファームル伯のために運用されている。多くの地方において禁止されている害毒になる薬物やここでは歓迎されない新技術を用いた物品が持ち込まれていないか調べる必要があるのだ。なにせ竜安寺商会は『サスペンション』や『着火棒』を持ち込んだ前歴があるからな」
「これまた異なことを仰います」
権蔵がすかさず反論を加えた。
「それがファームル伯の為になるか判断するのはレオン様自身であるはずですが……。カイト様は委任状でもお待ちなのでしょうか?」
「……臣下の一人としてだ」
カイトが苛立った表情で答える。
「レオン様やアンリ様に『山菜汁』を献上したいという衷心を邪魔するのが臣下の務めでございますか?」
カイトは一思案といった感じで顎に手を当てた。
「……なるほど。主張はわかった。荷の改めは止めておこう」
そしてカイトは俺の方を見た。
「この荷で『山菜汁』と『クラムボン』を作るんですよね?」
カイトは権蔵と対峙していた時は打って変わってフランクに聞いてきた。
「ま、まぁ、そうなるのかな?」
いきなり言われてドギマギしてしまった。
「彼の言う通り、荷の改めでアンリ様に不完全な料理が提供されることになっては、わたしとしても不本意です」
カイトは仕方がないと主張するように肩をすくめた。
「しかしながら、それよりも安全は最優先したいところです。ウマ殿もそう思いませんか?」
「ま、まぁ……そうかな?」
食の安全は大事だよね? ここの食べ物は地球人には毒なのが多いけど。
「ええ、ええ! ウマ殿ならかならずそう言ってくれると思っていましたよ」
嬉しそうに微笑むカイトの後ろで権蔵が額に手を当てていた。
「そこでですね。今日のうちに一度作って頂き、わたしと杉料理長の方で毒見をしたいのです」
「え? 別にいいけど……」
「そうですか! それでは屋敷の方でお待ちしております」
満足したのかカイトは軽やかに馬に跳び乗ると、これまた軽やかに去っていった。……なんかミスした?
カイトの姿が消えると権蔵が声をかけてきた。
「う~ん……。まんまとって感じですね」
権蔵は横目で俺を確認すると言葉を続ける。
「あちらさんは山菜の劣化の為に封を開けさせたい。ってことで目的は達したわけですか」
権蔵は観念したかのように目を瞑った。
「もっとも、こちらは荷を調べられたくない。不思議に思われたくない。ってことで双方の目的は達せられましたね」
ああ、『毒見の為に作れ』っていうのは開封のためだったのか。
「あとはウマさんの手腕次第ですね。どうやるのかは知りませんが頼みましたよ」
権蔵が労わるように肩を揉んできた。力加減がおかしいのですごく痛いです。
昼過ぎには厳重に封がなされた『水入りの樽』が屋敷の厨房へと運び込まれた。機密保持の為に権蔵と俺だけでおこなった秘密の作業だ。
「どうせウマさんは『重い』とか言って運ばないんでしょ?」
前言撤回、権蔵が一人でおこなった作業である。
「レオン様やアンリ様への料理を命じられるのは三日から一週間後です」
荷を運び込んだ権蔵はそう断言した。
「もっとも、それが関係あるとは思えませんけどね」
樽の中身を知る権蔵が微笑んだ。
「おや、これは一声かけてくれればよろしいのに」
作業を終えるのを待っていたかのように料理長が厨房へと入ってきた。手伝う気もなかっただろうによくも言うものである。もっとも荷物が『水』と思われても困るので手伝われない方が好ましかったが。
「さて、腕前拝見といきますかね」
上から目線の料理長は厨房に入るなりそう言った。たしか何もできない俺と違ってちゃんと料理を作れる年上の料理人だから上から目線でもいいんだけどさ……。それにあれからも俺への毎日の食事には一切の手抜きが感じられないし、職人としての矜持は持っているのだろう。
「申し訳ありませんが俺一人で料理したいんで皆さん出て行ってくれませんかね?」
“物質変換”は見せない方がいいらしいから仕方がないよね?
「……」
そんなことを知らない料理長が俺を睨んでいる。そりゃ、これだけ清掃と手入れが行き届いてる自分の城から出ていけと言われたら気分を害するだろう。かといって、俺としても“料理を創ってる”ところは見せたくない。
睨んでくる料理長をしばらく見た。先に目を逸らしたのは当然ながら俺である。生来の気の弱さに加えて、向こうに分があると考えてしまっているのだから角刈りの厳しそうな中年男性を黙らせる迫力など出せるはずがないのだ。
そんな俺に助け舟を出したのは意外な人物であった。
「杉さん、不満はわかりますが我々は頼んで料理を作って貰う身です。ここは従いましょう」
厨房の入り口からこちらの様子を伺っていたカイトである。
「ですが……」
「料理というのは秘密にしたい部分も多いと聞きます。それを盗まれても困るのでしょう」
カイトは穏やかな口調で料理長に声をかけながら厨房へと入ってきた。
「それでも厨房を預かる身としては余所者に完全に任せるのには抵抗があるんでさぁ」
料理長はなおも食い下がる。カイトはそんな料理長の肩に手を置いて耳元で囁く。
「へそを曲げられて樽の開封の機会が失われては元も子もありませんよ」
時空コンピュータの能力がなければ聞き逃してるところだろう。そんな小声が料理長には大きな影響を与えたのか、彼はこちらを見ることなく「道具は勝手に使え」と投げ捨てるように言うと大股歩きで出て行った。別に道具は使わないけどね。
一同が出て行ってから三十分。俺は何をするわけでもなく椅子に腰かけていた。『クラムボン』は幸子さんが作っていたから完成までの大まかな時間はわかるが『山菜汁』はさっぱりである。
それでも三十分で二品は早すぎる気がするが、退屈に負けた俺は『クラムボン』と『山菜汁』の準備に取り掛かった。もっとも準備といっても特別にやることはない。樽の水に手を付けて器ごと『あの時の山菜汁』と『幸子さんに出されたクラムボン』を再現するだけである。
毒見は料理長とカイトがするんだっけ? それだと二人前だが権蔵の分を含めて三皿も創れば十分だろう。大量に創って鍋などに貯めていてもいいのだろうが……強アルカリの山菜汁などで鍋を傷めたりしたら料理長にどやされそうだから止めておこう。アルカリで鍋が傷むかどうかは知らないが、変な化学反応も起きそうだからね。
そしてやってきた毒見タイムである。
「……」
一目見て絶句したのは料理長である。
「どうですか?」
そんな料理長にカイトが問いただす。
「実物は見たことありやせんが……」
料理長は二の句が継げないといった様子で言葉を詰まらせた。
「これは父と度々食べた『山菜汁』と同じですね。『クラムボン』も母が実家で作っていたオリジナルと同じです。少なくと見た目はですけど」
料理長の代わりに答えた権蔵は驚いた様子でカイトに説明した。
「……味はどうかね?」
カイトは先に食べろと権蔵に促す。
促されるままに着席した権蔵は『クラムボン』をかぷかぷする。
「すごい! これは母が作ったのと食べ比べてもわかりませんよ!」
そりゃ“再現”したんだし。っていうか、『煮詰めた焼き肉のタレ』を『クラムボン』と言い張る権蔵に太鼓判を押されても……なぁ?
権蔵は続いて『山菜汁』に口をつける。
「うん! これは父が『数十軒廻ったうちで最も気に入った店』と同じ……? いや、最も貴族向けと父が評していたあの店よりも貴族向けのような? 少なくともレオン様が父の推薦の店に立ち寄ったのならこの味で満足のはずです」
権蔵はやはり味覚オンチのようだ。全く同じものだというのに。いや『山菜汁』を料理長が食べたことがないことを知って俺を上げるためにハッタリを効かせてくれたのかもしれない。権蔵が驚きつつ確認をとるかのように『山菜汁』をもう一度口に含んだ。しかし、よくもあんなに苦い物を何度も口に入れられるものだ。
料理長は恐る恐る、両方の料理を味見すると「この苦みのバランスは噂通りだが……ありえねぇ……」小さく呟いたまま固まった。
続いてカイトがスプーンで双方のスープを一啜りすると布巾で口元を拭った。
「なるほど。味についてはわかりませんが毒は入っていないようですね」
そして青ざめたまま固まっている料理長と嬉々として料理を貪る権蔵を一瞥する。
「わかりました。今夜にでも料理をお願いします。レオン様の話を聞いて興味を膨らませていたアンリ様もお喜びなることでしょう」
それを聞いた権蔵のスプーンが止まった。代わりに動いたのは料理長である。
「今夜ですって⁉ それじゃあ、開封させた意味が……」
「これでいいのですよ。わたしとしてはアンリ様に満足していただくのが最優先なのですから」
どこか吹っ切れた様子のカイトは料理長に取り付く島を与えなかった。それを聞いた権蔵はどこか納得した様子で頷いた。
「それではお願いしますね」
カイトは俺に握手を求めてきた。俺が思わずそれに応じるとそのまま引き寄せられた。そして耳元に顔を寄せてくる。
「水から『山菜汁』を作れる相手に開封なんて無意味ですからね。感服いたしました。このことはわたしの胸にしまっておきますよ」
そう耳元で囁かれた。




