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権蔵と相談

 わずか三日の怠惰な生活で怠け癖が復活した俺は昼過ぎになりようやく活動を開始した。優雅なる貴族ニートの生活を守るため権蔵の元を訪れたのだ。

「ああ、ウマさんようやく来たんですか?」

 竜安寺商会の支店では権蔵が待ってましたとばかりに挨拶をしてきた。

 しかし、わずか三日で貴族生活に染まった俺には今の竜安寺商会の支店の建物がみすぼらしく見えた。真新しい石造りの建物で辺りの建物よりは立派なのだが、いかんせん比較対象がいけなかった。

「随分と無茶な賭けをしてしまったみたいですね」

 権蔵が半ば非難の色が混じった口調で愚痴ってきた。そしてため息をつくと続ける。

「たしかに食べ物で突破口を開くのが一番手っ取り早いのですが……。よりによって『山菜汁』と『クラムボン』ですか……。いや、そう誘導されたというべきでしょう。カイトさんの目的がいまいち読み切れません」

 権蔵はすでに料理の課題の話を知っていたようで、なんとも歯切れが悪く悩みながらも言葉を紡ぐ。

「それでどうする気なんですか?」

 どうするもこうするも『山菜汁』と『クラムボン』を提供するしかあるまい。

 俺のそんな気持ちを察したのか権蔵は鍋を一つ運ばせてきた。

「これ……僕がここで手に入る材料で作った『クラムボン』です」

 いままでの振りはなんであったのだろう? 権蔵はすでに『クラムボン』を用意しているではないか。


 権蔵が鍋の蓋を開けると部屋いっぱいに甘辛い匂いが充満した。焼き肉のタレを百倍くらいの濃さになるまで煮詰めたような匂いである。これでは『クラム』ではなく『モラン』である。

「『クラムボン』は元々は母が父の味覚に合わせて作った貴族風料理なんです」

 そういえば富蔵さんは貴族のハーフだっけ?

「これといった形があるわけではなく、その土地で手に入る材料で作る創作貴族風料理を『クラムボン』と称しているのです」

 権蔵はそう言うがこの匂いは俺の好みと一致する〝貴族風料理“ではない。なにせ俺はしゃぶしゃぶ派。ただ、世の中は焼き肉好きの方が多いので案外と間違えてはいないのか? だけどいくら何でも匂いが強すぎだよな? 匂いだけで腎臓が悪くなりそうである。

「ウマさんはもう気が付いていると思いますけど、これは貴族好みの『クラムボン』じゃありません」

 権蔵は鍋からドロリとした黒い粘液を皿に移すと俺の方に寄越してきた。

「『クラムボン』は貴族、それも上級貴族の受けが非常に良くって父は接待の道具として利用していました。それはここのファームル伯レオン様と会った時も同様で、随分と気に入ってもらったようです」

 権蔵は自分の分の粘液も皿に注ぐ。

「ところが、僕が『クラムボン』を作ろうと思ってもやはり上手にいきません。僕としては完璧な味付けだと思うのですが、なにかが少し違うようなのです」

 権蔵は何が違うのかわからないといった感じで首を傾げながら粘液をスプーンで啜っている。

 俺も体が受付けないだろうとの半ば確信に近い予感を抱きつつスプーンで粘液を掬う。……匂い、色合いは完全に焼き肉のタレである。いや、普通のタレよりも遥かに濃くって体に悪そうだ。そんな粘液を思い切って口に入れた。これによって濃すぎる味は痛いと知ることができた。それでも毒判定が出ないだけマシなのだろう。

「やっぱり違いますか?」

 違うもなにも俺が知ってるクラムボンとの共通点が見つからない。どこら辺が『かぷかぷ』なのか。これではまるで『ビュッビュッ』ではないか。これを百倍に希釈して焼き肉のタレとして利用すれば、お肉や火力次第では「「「おいしー! おかわりー!」」」とパーティの中心になれるかもしれない。だけど残念ながら希釈はしないし、火がなければお肉もない。煮詰めた温かい濃厚すぎる焼き肉のタレを直で飲むのは一般的な日本人にはなかなかハードルが高い。

「この違いが庶民に近い味覚を持つ騎士階層の皆様には逆に受けたみたいなんですよ。おかげで彼らを中心にウマさんのアイデアから作った『着火棒』に新しい料理、文化が普及しつつあります。ただ、所詮は騎士階級。文化・技術の需要に消極的なレオン様の顔色を窺いつつこっそりと楽しむ、文化受容や魔晶石等の輸入のための道路整備等も自分の領地内で目立たぬ範囲でって感じで、ファームル伯領全体として見たらインフラ等の経済発展や文化啓蒙は遅々として進んでいません」

 『騎士階層』が何なのかよくわからないが、レオンなるファームル伯の郎党的ななにかだろう。必要なら後で時空コンピュータで検索することにしよう。それよりも煮詰めたタレを啜るのが好きなのは……俺のような一般的日本人とはかけ離れているだろう。


 俺の表情を伺っていた権蔵は得心したように数度頷いた。

「どうやらウマさんには違いが判るみたいですね。それなら『クラムボン』は何とかなるかもしれませんね」

 そういう権蔵の表情に希望を得た様は窺えない。っていうよりは、違いが判ることと、望み通りの物が作れるのは別の話ですよ? そんな俺の気持ちを無視して権蔵は浮かない顔で続けた。

「問題は『山菜汁』です。こればっかりはどうにもなりません」

 権蔵は聞いてもいないのに話を続ける。

「あれは特定の山菜を使う必要があるのですが、この山菜が問題なんです。空気に触れると一気に劣化して風味が完全な別物になってしまうのです。ただでさえインフラに問題があって輸送に手間取るのに、あの山菜の特性を考えると入手は不可能なんですよ。無理難題を押し付けられたってことです」

 ところがなんとかなっちゃうんだな、これが。

「あ~……。そこら辺を含めて俺が何とかするよ」

 饒舌な権蔵の隙を見て、ようやく口を挟めた。

「権蔵は『いかにも』って感じの厳重に梱包された『水』でも屋敷に運んでくれ。『それ』から作った感じにするからよ」

 権蔵は理解ができない様子で首を傾げているが仕方がない話だろう。『水』のみから『山菜汁』を作れるとした手品か魔術だからだ。もっとも実際に『創れて』しまうのだから仕方がない。

「権蔵。俺を信じろ」

 自分を信じて欲しいと英語で言った総理大臣のような抜群の信頼感の持ち主である俺は、元総理と同じくそう言って権蔵を押し切った。

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