表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/73

貴族の屋敷

 馬車が着いた先の屋敷は広大な敷地を持つ二階建ての屋敷であった。その門をくぐってからも建物は見えず、馬車で十五分ほど走ってようやく屋敷に着くほどであり、庭は道なりに見える限りは手入れの行き届いた芝生と木が全てである。

 ようやくにもたどり着いた屋敷は乳白色した大理石調の石造りの豪邸だった。その屋敷を松明が赤く照らす。広い玄関を持つその建物はお嬢様の屋敷や将来の富蔵さんの豪邸をして陳腐なウサギ小屋に感じさせるほどだった。

 そしてその広い玄関に俺を迎え入れるように数十人のメイドさんたちが立ち並ぶ。馬車から降りてみたその風景はなかなかに圧巻であった。映画で見た社員総出で出迎えられる社長さんはこんな気分なのだろうか?


「それではご案内いたします」

 カイトはそう言って俺を先導する。そのカイトの後ろを歩くこと三十分、一つの洋間に案内された。そこはいままでに見たいかなる部屋よりも広く豪華であった。

「弁解をさせて頂くならば、貴族ではないという扱いなのでこの部屋が限界でございます。申し訳ありません」

 天蓋付きのベッドをアホみたいな顔をして眺めていた俺への謝罪がそれである。

「早速ですが我が主と会食をして頂きたいのですが、流石にそのままでは我が主の前に出すわけにはいきません」

 カイトが手を叩くとゾロゾロとメイドさんたちが入ってきた。

「それでは再びご案内に参ります。それまでごゆるりと」

 カイトは恭しくお辞儀をすると部屋から出て行った。


 カイトが出ていくとメイドさんたちがわらわらと寄ってきた。女性免疫が限りなく0な俺は「あ、あの……」と言いながら硬直状態へと陥った。

 彼女たちの手管はかなりのもので、どこをどう脱がせたのか、俺はみるみる間に真っ裸、生まれたままの姿へと豹変させられた。

 アンリなる領主夫人に完敗を喫したばかりの俺は堪らず羞恥心に襲われるが、メイドさんたちは一切関心なしといった感じで濡れた温かいタオルで俺の全身を拭き始める。それも全身くまなくだ。男性自身を隠す余裕すら与えてくれない。そういえばそんな感じの名前の女性誌があったな。小学生の時に美容室で意味も分からずに手に取ったことがあるけど。……なんてことを考える程度の余裕はあったが。

 女性たちは俺の体を拭い終わると一斉に離れて、第二陣のメイドさんたちと入れ替わる。第二陣は俺に花の香りのする油を床が汚れるのも構わずにふんだんにかけていく。そして俺の頭のみならず顔にまで油を塗りたくると第三陣と交代する。

 第三陣は俺の体を揉むように油を拭き取っていく。問題は……痛い。メイドさん達でもこの世界の住民である。脆弱な地球人の体を揉みほぐせば肉が骨からさようならだ。俺の場合は例の能力で痛いで済んだが、普通ならマッサージで実際の天国へと旅立たされていたことだろう。

 油を拭き取られた俺の体に新たなメイドさんたちが次々と服を着せていく。俺は仁王立ちだというのに、どうやっているのか知らないがまことに器用なものである。

 そして着せ抱え人形状態の俺が黒のスーツに身を包まされると、見計らっていたかのようにドアが開いた。

「主がお待ちです。案内いたします」

 カイトであった。


 カイトに案内された場所は非常に長いテーブルとそれを収められるほどに広い部屋であった。

 テーブルの座席数は何席だろうか? 少なくとも五十席や六十席ではないだろう。俺はその下座に案内された。ほかに着席している人はいない。輝くような魔晶石の灯りに慣れた俺にとっては懐かしい火の灯がテーブルと部屋を赤くほのかに照らしている。

 テーブルの上や壁に掛けられた燭台の炎が一斉に揺らいだ。テーブルの奥、上座の扉が開いた影響だろう。

 扉から二つの人影が並んで出てきたかと思いきや、それに付き従うようにぞろぞろと人が出てくる。付き従う人々がろうそくを持っていたために一気に部屋が明るくなる。しかし逆光となり主らしき二つの影の姿かたちは窺えない。

 ろうそくを持った人々が二手に分かれて壁沿いに次々と並んでいく。やがて部屋は炎の暖かな光に満遍なく照らされる。それでも遥かな上手に座った主二人の様子を伺うには光量が足りない。かろうじて男女であることがわかるくらいだ。

 もっとも時空コンピュータの手を借りればハッキリと見えるのだろうがそれには及ばないだろう。なにより、このなんとも言えない雰囲気が気に入ってしまったのだ。


「よくぞ参られた。ゆるりと滞在なされよ。……と、レオン様は仰っております」

 俺の横で立っているカイトが耳元で囁いた。

「『サスペンション』なる物はそなたの発案と聞いたがまことか? ……と、レオン様はお聞きになられております」

 カイトは続けざまにそう言った。

「え⁉ あの……え、えっと、その……」

 いきなりの質問に加えて、誰に返答すべきか、等々で混乱に陥った俺は挙動不審そのものだったろう。

「……」

 カイトと目があったが彼は特にどうするということもなく俺を黙って見ているだけだった。

「あの、えっとですねぇ? 一応は俺の発案というか、少なくとも富蔵さんに見せたのは俺みたいな感じ? ですかね?」

 まかり間違っても俺の発明ではないし、なんとも返答に困った俺はカイトにそう説明した。

「次からはレオン様の方を見てお願いします。言葉はわたしの方から伝えますから」

 カイトはなんの感情を見せずに冷たくそう言い放った。どうしていいのかわからない。

「なるほど、おかげで妻の移動が楽になった。礼を言う。……と、レオン様は仰っております」

 カイトは借りてきた猫状態の俺にそう伝えてきた。

「アンリは利用を嫌がったが民に普及してからは嬉々として利用しておる。それまでは使うのを拒否しおったのでな。中々に難儀な性格なのだよ。……と、レオン様は仰っております」

 カイトの言葉に合わせて遥かな上座の影が笑っているかのように震えて見えた。

「わたくしの悪口よりも食事を楽しみましょう。……と、アンリ様が申しておられます」

 カイトの通訳に合わせて手を拭くためらしい布巾とともに食事が次々と運ばれてきた。


 それらの食事はどれもが俺の口にあった。食事のマナーなどはわからないが、もはや気にしては負けである。わからないことはわからないと、気にせずに食べることに集中した。

 前菜の彩鮮やかなテリーヌ風のなにかにコンソメ系っぽく感じたスープ。焼かれた肉には塩と胡椒っぽい風味の下味が付けられて、ワインと柑橘系風味のする果物で作ったソースだろうか? 苦みと爽やかな酸味、それにわずかな甘みの残ったソースが赤みを残した絶妙な焼き加減の肉にかかっていた。肉も異世界の庶民用の地球人では嚙み切れない肉と違って、皿の上で溶けるような硬さなのだ。サラダの野菜も新鮮でシャキシャキとしており、野菜の苦みと甘みを楽しめる。デザートも何かのシャーベット。それらのいずれからも地球人にとっての毒は検出されない。

 美味しくて毒もない。いわば地球人のための食事とも表現できる完璧なものだった。いや、豊かな日本の一般家庭育ちの俺からしても間違いなく高級の部類に入るであろう食事だと理解できた。行ったことはないが、もし日本にいるときに高級フランス料理店に連れて行かれてこれを出されたら『さすがは高級料理』と納得したものだろう。

 

 ともあれ、カイトを介した他愛のない雑談を間に挟みながら、この世界に来てから初めての大満足と言える食事にありつけた。もっとも美味しすぎてファーストフードがご馳走だった俺からするとリチャード様に貰ったサンドウィッチの様に涙を誘うものではなかった。唯一の不満点を挙げれば体に塗られた香油の匂いが食事の邪魔だったことくらいだろうか?


 こうして晩餐の時は過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ