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一名様ご案内

 街についたのは日が暮れてからであった。

 結構な時間を歩いたがまだまだ体力は余っている。これは時空コンピュータやナノマシンの影響だけでなく、俺自身にも結構体力がついたからだろう。横を平然と歩くこの世界の住民からしたら目くそ鼻くそであろうことが惜しまれるが。


 その薄暗い街で俺を迎えたのは馬車と数人の人影であった。

 権蔵の手配した迎えの馬車かと思ったが、どうにも違うようだった。人々の注目が俺に集まっていたからだ。権蔵配下の竜安寺商会の従業員なら主である権蔵への配慮が一番になるはずだ。これは富蔵さんとその従業員を観察してきた結果だからほぼ間違いないだろう。

「想定の中では最速です。さすがはカイト様、判断が速いです」

 俺の想像を裏付けるように権蔵がそう呟いた。

「おそらくですが、料理関係の話だと思います。これなら貴族料理が口に合うウマさんにとっても得な話だと思いますよ。なにせファームル伯はその保守性のおかげで伝統的貴族料理が古い形を残しながら大量に存在していますから」

 権蔵は俺を横目で見ると自信をもって続ける。

「他にも武術・魔法・引き抜き・身上調査、色々な餌を巻きましたが、なんにしてもファームル伯からの使者でほぼ間違いないはずです。別経由でウマさんの捜索願などが出てれば別ですけどね」

 弟の口ぶりからすると捜索願は出ているはずだ。ただ、日本の警察がいくら優秀とはいえ、ここまで探しに来ることないだろう。なんてことを俺を貴族か何かと思っている権蔵に対して心の中で答えておいた。


「こんばんはウマ殿」

 馬車の外で少年御者こと、カイトが待っていた。

「先ほどは失礼いたしました」

 カイトはそう言って頭を下げる。

「主の言いつけでお迎えに上がりました。同行をお願いします」

 あまりにも権蔵の言う通りなので出来レースを疑って横を見た。当の権蔵は真っ直ぐ真剣な表情でカイトを見ていたが、俺の視線に気が付くと少しだけ口元を緩めた。

「ウマさんは当商会にとって必要不可欠な存在。命令とあれば我々としては拒否できませんが、できることならば理由をお聞かせ願えないでしょうか?」

 権蔵はカイトに対して仰々しく尋ねた。何が必要不可欠だ。何が理由を聞きたいだ。全くもって白々しい。

「……」

 カイトは一瞬の逡巡の後に嫌な顔を一つ見せずに口を開いた。

「なるほど、質問はごもっともだ。この外部との交流の乏しい我らの土地にまでその噂が届き、竜安寺商会の代理人である権蔵殿が常々自慢しておられた方だ。寄越せと言われて『はい、そうですか』という訳にはいかないだろう」

 誰のことを言っているのかはわからないが、カイトは子供に似つかわない口調で続けた。

「聞くところによれば、ウマ殿は方々の食に精通しているとか……」

 俺も初耳だ。

「ええ、ウマさんはこの三週間だけで500万メル以上を飲食費として計上していますから」

 ここの通貨単位はメルっていうらしい。って、名付けたのは時空違いの過去の俺か。

 カイトは権蔵の弁を聞き満足そうに頷いた。

「高い料理が良いというわけではないのだが……。それでも少しは参考になるだろう。料理に関して話があるのだ」

「ウマさんは料理ができないかもしれませんよ?」

 いいえ、できないのです。煮込みなら自信があるけどね。タイマーとセンサー頼りだけど。

「それでも構わない。用が済めば帰ってもらうがそれまで屋敷に滞在してもらいたいのだ」

 カイトは権蔵の意見を意に関さずといった感じである。

「断れば?」

 権蔵がカイトの様子を伺う。

「断らんだろ?」

 カイトが権蔵の腹はお見通しと不敵に笑った。権蔵も釣られるように笑みを浮かべる。

「レオン様、アンリ様によろしくお伝えください」

 権蔵はそう頭を下げた。カイトはそんな権蔵を鼻で笑う。

「わたしが諸君の存在に否定的なのは知っているだろう?」

「それでもウマさんを紹介しなければならないと」

 今度は権蔵がカイトに挑戦的な眼差しを送る。

「主のめいだからな」

 カイトは仕方がないといった感じ馬車のドアを開けると、俺に乗れと言わんばかりの態度をとってきた。

 やはり俺には拒否権はないらしい。ドナドナ気分で馬車へと進む。

「貴族料理を存分に味わってきてください」

 そんな俺の背中に権蔵の一言が飛んできた。

 うん、頑張ろう。食べ物が合わないって結構深刻な問題なんだ。それはここへの旅路で散々に知ったことだった。胃袋を掴まれている俺は割と足取り軽く馬車へと乗り込んだ。


 カイトは御者台に行かずに俺と同じ馬車に乗り込んだ。そして俺の対面に座った。それから間をおかずに馬車が動き出す。

「先ほども申しましたがウマ殿には各地の料理を教えていただきたい。それまでは屋敷に客人として逗留していただけると主も喜ぶことでしょう」

 カイトはまるで馬車の車輪の音のように心の籠っていない言葉を吐いた。

「それが人にものを頼む態度なのか?」

 さすがに頭にきた俺は珍しく言い返した。それが意外だったのかカイトは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情を作った。

「なるほど。貴族の従者を畏れない態度、わたし以上の実力、竜安寺商会の損得とは関係のない姿勢。やはり、普通の家の出ではないようですね」

 カイトは一転して態度を軟化させた。父親は市役所の係長っていう極普通の中産階級の家なんですけど。

「随分と前から権蔵があなたを我が主に対して接近させようとしていたのは知っていました。わたしとしては氏素性の明らかではないどこの馬の骨ともわからぬ輩を主に近づけさせるわけにはいかないので、四方八方に手をまわして調べさせました」

 お嬢様からは馬野骨造なんて名前も付けて頂いたんですけどね。

「しかし、あなたに関する情報は一切出てきませんでした。」

 カイトはそう言って関係のないことを考えていた俺の顔をジッと見た。

「どう考えてもあり得ないのです。権蔵から聞いた話や世間に出回る噂、失礼ながら貴族崩れの魔法使いを雇って襲撃させてみたこともあります。何よりもわたしを一蹴した実力。普通に考えれば貴族、それもかなりの格の貴族のはずです」

 だから地方公務員の息子だってば。そんな俺の心の中の突っ込みを無視してカイトは続ける。

「没落貴族にあなたに該当する者はいませんでした。名門貴族の放蕩息子が家出をしているという話もない。残りは庶民からの突然変異で強力な魔法力を持っているか暗殺者ギルドの脱走者か執事の穴出身者かですが……そのいずれでもないでしょう。突然変異者なら当然有名なはずですが該当者はなし。暗殺者ギルドに照会しても該当者なし。執事の穴は年齢的に未開催で出身はあり得ない」

 日本を調べないと駄目だよね。うん。

「わたしの出した結論はわたしの諜報網では手も足も出ないクラスの大貴族が情報の隠ぺいをしているということです」

 ブッブー! 大外れ! 節穴です。その不正解者はさらに続ける。

「そうなると警戒すべきはあなたを通じてその貴族の干渉を招くことですが……」

 カイトは俺の目を真っ直ぐに見つめ続ける。

「……あなたにそんな複雑なことができるとは思えません。信じましょう」

 微妙に馬鹿にされたような気がするが、きっと気のせいだろう。


「それでは胸襟を開いて申し上げたい」

 カイトは言葉とは裏腹に畏まった。

「わたし……、いや、主のアンリ様やその夫であるレオン様も竜安寺商会がファームル伯領でやろうとしていることには反対なのです」

 いきなり何を言っているのだろう? そんな思いが表情に出ていたのかカイトは咳払いをして解説を始めた。

「失礼。おそらくはあなたは無関心で事情を理解していないのでしょう。かいつまんで言いますと、竜安寺商会は我らの領土に変革をもたらそうとしております」

 カイトは苛立ちを隠せない様子でさらに解説していく。

「現状でも領民は食べるに困らず、神話時代から続く健全で理想的な思想も維持しているのですから不要な変化は止めて頂きたいのです」

「それなら追い出せばいいじゃないか。貴族っていうのは偉いんだろ?」

 思わず突っ込んでしまった。

「ええ、ええ、何度そうしようかと思ったことか」

 カイトは俺の発言に同意して数回うなずく。

「ただ……アンリ様の為には新技術が必要なのです。それを口実に竜安寺商会、権蔵は足元を見てきているのです。あなたも貴族なら庶民に見くびられるこの苛立ちはわかりますよね?」

「わからないね」

 だって貴族じゃないもの。俺の返事を聞いたカイトは「そうですか」と元気なく項垂れた。

「魔血病だっけ? アンリ様の病気」

 なんとなく間が持たず俺から質問を出してしまった。それを聞いたカイトはハッと顔を上げて「いや……その……」と口ごもる。

「そんなに難しくなさそうなんだから治してしまえばいいじゃないか」

「たしかに王都の技術なら難しくはないでしょう」

「ああ……。アンリ様が嫌がるんだっけ?」

 権蔵の受け売りをそのままぶつけた。

「早い話がそうですね」

 カイトが憮然と応じる。

「それなら仕方がないじゃないか」

「……まぁ、そうなのですが」

 カイトはどこか釈然としないようだった。

「そうですね。権蔵とわたしの考えは真逆。一種の敵なのでしょう。一方で目的こそ違えども……わたしはアンリ様の治療のため、権蔵はそれそのものが目的で一定の技術発展、経済伸長を目指しています」

 呉越同舟とはこのことだろう。俺が今乗っているのは馬車だし、舟のない世界だけど。

「このことは知っておいてもらいたいと思い伝えておきました。ただ、当面はアンリ様やレオン様の好奇心を満たすため。その後も心ゆくまで貴き血を持つ客人としてごゆるりと滞在してくださいませ」

 俺を貴族と勘違いしているカイトはそう締めくくった。

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