現状確認
なんとなく、松尾さんと二人で牧場を歩いたあの日との既視感を感じながら権蔵と二人で町までの道のりを歩いた。
運動不足で青息吐息だったあの時とは違って今は散策気分である。
「あ~……ウマさん」
そんなピクニックに水を差す小姑が遠慮がちに声をかけてきた。また小言を言うつもりだろう。ズボンを履いたっていうのに、まだ文句があるようだ。
「今更ですが、ご無沙汰していました」
と、思いきや挨拶であった。
「ウマさんのことは父からの連絡で度々伺っております」
先ほどまでと違って随分と畏まった物言いである。こういう風に距離を置いたりへりくだったりした物言いをするときって、無理難題を押し付けられる前触れが多いんだよな。
「父や母、それに節子が随分と迷惑をおかけしたみたいで申し訳ありませんでした」
権蔵はまだ見たことがないはずの妹の分まで謝罪してきた。これはかなりの無茶振りをされる予感である。
「ここまでの道中もお疲れさまでした。盗賊がしょっちゅうやってきて大変だったでしょう?」
随分と慇懃に労われたものである。
「実はあれは父が『竜安寺商会の従業員が財産のほとんどを持って一人で旅をしている』って噂を流したせいなんです」
……あの富蔵とかいう爺はなんなの?
「いや~、馬車からファームル伯の私有地に降ろされたおかげで人の目を気にせずに色々と言えて助かります。ウマさんがなんで私有地を歩いていたのかは……聞かないでおきます。結果としては良い方向に働いたのですから。」
権蔵は権蔵でサバサバとしたものであった。なんで私有地に紛れ込んだのかは俺の方が聞きたい。
--13時間34分52秒前より私有地に侵入。原因は窪地となっていたために滑り落ちたから。
サンキュー! 時空コンピュータ! って遅いわ! おかげで権蔵と合流できたからいいけど。
俺の突っ込みを知らない権蔵は申し訳なさそうに話を続けていた。
「ウマさんには謝るしかないのですが、父に言わせると『おかげで道中の襲撃がほとんどなくて楽だった。ウマが真っ直ぐに目的に向かって短期間でファームル伯領に到達したのが誤算だった』ってことらしいです」
富蔵め! ろくでなし過ぎる。
「ウマさんなら絶対に大丈夫だし、自分たちよりも強いって確信があったんでしょうね。いまだに信用されきれていない僕からしたら羨ましいですよ。ウマさんが短期間でここまで来たのには僕も驚きましたけど」
権蔵からフォローだか、誤魔化しだか、素直に褒めてるんだか貶してるんだかわからない言葉を贈られた。
「それと妙に高い飲食費にも驚きました」
悪ガキのように笑った権蔵は「それでもウマさんへの報酬を考えたら安いんですけどね」と付け加えた。やっぱり貴族風の料理店は高かったらしい。
「さて、そろそろ本題の話をしましょう」
一転して権蔵は真顔になった。
「僕の手伝いということなので、軽くファームル伯領の話から始めましょう。もしかしたら知っているかもしれませんが……一応ですね」
そして権蔵はつらつらと説明しだした。
「代々ファームル伯領を預かっているザルグ家は最も古い貴族の家柄の一つです。建国神話の時代にも名前が見受けられる名門で、その功績により神話時代に広大で豊かな土地を与えられたとされています。その土地の広さと農作物の生産能力は現代に至っても変わらずに高い水準を保っています。一方で住民の心は神話時代で止まっているのではないかと思えるくらいに保守的で古風な精神風土が形成されています。これは庶民から統治者である歴代のファームル伯に至るまでほぼすべての人に言えることです。神話からの名門意識や美徳である努力の放棄を維持しても食べるのに困らない高い食糧生産力、現状への満足が変化の必要性を放棄させているのでしょう。また、元来の生産力の高さや名門ゆえの“血の力の強さ”等で容易に強大な領主となってしまうので、変化や技術革新を放棄した方が王や公爵家から警戒を抱かれなくて済むなどという政治判断、そういったものが長期間積み重なった結果でもあるのだと思います」
説明に一段落ついたのか若干の間を開けたのちに権蔵はさらに続ける。
「その結果、ファームル伯領は最も豊かでありながら最も貧しい領地であると評価できます。矛盾の理由は豊かな農業生産と経済的な困窮にあります。困窮と言っても農業生産力は高いので飢えなどは発生していません。道路等のインフラの悪さ、技術的な遅れ、現代とはかけ離れた商慣行。例えばカードが使えない唯一の地方なんて呼ばれたりしています。要するに物は運びにくいし農作物だから悪くなる、技術の遅れで輸出競争力はない、輸入は意欲も金銭もない、取引慣行が異なり商売はし難い、物々交換か現金のみ等々で交易を放棄しているから貧しいのです。経済の輪から完全に取り残され『盗賊からも見捨てられた地』なんて呼ばれたりもします」
権蔵は無人の牧草地であるにも関わらず、一応辺りを探ってから続けた。
「ザルグ家は勢力の増大を望んでおらず、しかも現状の勢力では僕たち竜安寺家の庇護者となるには力不足です。それと庇護者になる気もないでしょう。ただ両方の点で付け入る隙が一つあります。それがさきほどのアンリ様です」
権蔵は無人の地で声を潜める。
「アンリ様はご病気でいらっしゃいます」
先ほどの高笑いからは想像できないが、権蔵によればそうらしい。
「魔血病って病気です。強すぎる魔法力が自家中毒を起こして肉体を蝕む病気らしいです。魔法力が強い有力貴族ほどかかりやすい病気なので、パトロンが多い分研究が進みかなり昔に治療方法は確立しています。しかしアンリ様は領民への手前もあってか、新技術の流入は認められないと百年前の治療方法でさえも拒否をなされています」
権蔵は「ちなみに」と前置きした上で治療方法の説明を加える。
「北方の蛮族は王国の貴族よりも強力な魔法力を持ちながら『魔血病』に掛かる者はいません。その理由は彼らにとって努力が禁忌ではないことです。詳しく言えば、体を鍛えて魔法力に負けない肉体を作る、または、戦闘訓練で適度に魔法力放出を度々繰り返す。実はこの二つが『魔血病』治療の最善手なのです。……が、アンリ様は極めて誇り高い『貴族』なので、肉体を鍛えたり戦闘訓練等の『努力はできない』のです。それは他の貴族も同じなので魔晶石や魔鉱石に魔法力を移すという外部的手法が確立されましたし、ファームル伯に接近したい僕もそれが可能な技師を推薦したのですが……『新技術は嫌だ』と拒絶され現在に至っています」
ここで権蔵は少し笑みを浮かべた。
「しかしファームル伯の現当主は従来の当主よりもやや柔軟な上に、なによりもアンリ様を深く愛しておられます。そこで当主への説得、当主からのアンリ様への説得、等々の紆余曲折を経て『庶民もその治療を受けられるようになったら自分も受ける』といったところまでは妥協を得られました。もちろん庶民がかかる病気ではないのでほとんど無理な条件なのですが……。僕の方ではこれを奇貨として領土に新技術を導入させたりインフラを整備させます。ウマさんの方は……父がウマさんの活躍を期待していたような荒事はない土地です。なにせ『盗賊からも見捨てられた地』ですから」
散々に説明を受けたうえでまさかのお役御免であった。荒事は嫌いだから別にいいけど。
「代わりにお願いしたいことがあります」
お役御免と思いきや新たな仕事である。
「アンリ様やファームル伯レオン様にどうにかして接近して仲良くなってください。そして、なんとか新たな妥協点を探れるようにお願いしたいのです」
その『どうにか』が問題ですよ? 『なんとか』もできないと思いますけど。
「一応はいくつかのとっかかりは作ってありますし、早ければ今日か明日にでもファームル伯からの使者がくると思います。よろしくお願いします」
権蔵はそう言って深々と頭を下げた。
態度こそ低姿勢であるものの、すでに段取りを進めており、俺に拒否権はない感じだった。この強引さは間違いなく富蔵さんの子供である。




