誤解
俺を攻撃している炎はかなりの威力だった。ここまでの道中に多くの襲撃にあった。中には魔法を使ってくる相手もごく少数ながらも混じっていた。しかし、そのいずれも富蔵さんが使ってくる魔法の足元にも及ばないレベルだった。富蔵さんが自身を『並みの貴族よりも強い』と評していたのはまんざら誇張ではなかったようだ。かと言って、貴族からまともな攻撃を受けたことはないし、過去にきてからはオットー様と老紳士以外の貴族にあったことがないからそれが正しいかどうかは判断できない。
しかし一つだけ確実に言えることがある。今現在、俺の顔面を包んでいる炎の火力は富蔵さんの炎よりもかなり強い。早々に俺の肉体が限界を迎え、時空コンピュータによる痛み止め、その他が発動して冷静に考えられるようになっているのがその最たる証拠だ。富蔵さんの弁が本当なら、今現在俺を攻撃している相手はほぼ間違いなく貴族、それも『並ではない貴族』ってことになるのだろう。
相手が貴族なら事は慎重に運ばなければならない。一歩間違えて相手の機嫌を損なえば富蔵さんたちに迷惑がかかるのだから。火ならいつでも消せるし、そもそも消さなくても問題は生まれないので、しばし火はそのままで様子を伺うのが吉だろう。
燃え盛る炎にもかかわらず視界は補正されており、状況確認には影響がなかった。そして馬車の確認である。真っ白な豪奢な馬車に、これまた立派な白馬が三頭。馬車の中は窺えないが、御者は十三、四の少年。その身なりは仕立ての良い黒の燕尾服である。泥が跳ねて汚れたり、擦れて服が傷む御者には不釣り合いな恰好であった。
「カイト、やりすぎです」
落ち着いた女性がそうたしなめる声が馬車か聞こえた。
「いいんです。下郎にはこれくらい、いえ、もっと痛めつけて舐めた真似が二度とできないようにわからせてやるのが情けです」
御者台の少年が俺から視線をそらさずに答えている。どうやらあの十二、三歳の少年が俺を攻撃した犯人の様だった。
「カイト」
再びたしなめる女性の声。
「大丈夫です。あとで治しますから」
「私の言うことが聞けないのですか?」
馬車の中の声は平然としており、落ち着いた様子で御者の少年にそう問う。
「……」
御者の少年は無言で俺を見ている。状況はほぼ把握した。御者の少年は俺を不審者だと思って攻撃した。一方その上司と思われる女性は少年の問答無用の攻撃を注意している。すなわち、話し合いは可能である。
そうとなれば話は早い。とりあえず炎を消そう。いくら富蔵さんよりも強力な炎といえども所詮は火である。消す方法はいくらでもある。肺が焼けただれて呼吸をしてない俺としては一番簡単な消火方法は……酸素を断ち切ることである。合成なりで酸素をなくす方法でもよいのだが、温度の低下もかねて炎の周りの空気を酸素ごと丸々消し去った。分子運動の制御でもよかったと思ったのは消した後の話である。
「ちょっと、いいかな?」
火を消し去り、瞬時に毛や皮膚の再生を終えた俺は顔の両面焼きなどなかったかのように低姿勢に声をかけた。
そんな俺に対して少年御者は先ほどまでと打って変わり、まさに警戒度100%といった緊張感で満ちた表情を作った。
次の瞬間、少年の顔が俺のすぐそばにまで来ていた。御者台から俺までの距離数十メートルを一足飛びに詰めてきたのだ。間違いなく攻撃してくる気だ!
魔力の偏りは左足! 筋肉の緊張、視線の先、それらの全てが少年の攻撃目標が俺の右頬だと告げていた。格好良く右手で防ぐ余裕はない。是非もなく頬で蹴りを受けて、それ自体を無効化させるように準備をナノマシンに命じる。
次の瞬間には攻撃がきたのであろう。俺にはなんの衝撃もないからわからないが、少年がハイキックをした状態から、驚愕の表情とともに後ろ飛びに距離をとったからだ。
しかし困った。攻撃どころか動きすらほとんど見えない……。
「貴様……なにをした」
少年御者が睨みつけながら声を低く聞いてくる。
「君の方こそなにをしたんだい?」
思わず質問に質問で返した。だって攻撃が見えませんでしたから。ハイ。
俺の質問を聞いた少年御者のこめかみに青筋が走った。しかし、それは一瞬で消えると極めて涼やかな表情となった。
「なるほど。私の攻撃など攻撃のうちに入らないということですか……」
俺の質問をそのように解釈したらしい。貴族(?)を怒らせてしまったようだ。
「アンリ様! 私が時間を稼ぎます! お逃げください!」
俺よりも圧倒的強者の少年御者がなぜか叫んだ。と、ほぼ同時にその姿が消えた。殺る気満々だったようだから、どこからか襲い掛かってくるつもりなのだろう。さっきのは偶然防げたようなものだから、次は無理。攻撃の場所とかタイミングが計れないとどうしようもないんだもん。
次善の策として、俺は全身の摩擦係数を限界まで低めた。これは道中、襲われた時に偶然見つけた防御方法で……すっごい滑るよ! 柔軟剤のヌルヌルなんか目じゃないスベスベ具合で刃物じゃ傷がつかない、殴られても滑る、掴まれても逃げれるっていうか掴まれない。そんなスベ山スペシャルである。強盗とはエネルギー量が違うし、滑らない中心点を攻撃してきそうな気がするのでどこまで通用するかわからないが……いや、中心点を攻撃してくるとわかってれば無効化ができるか。
「おい、変態! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
背後から少年御者の罵声が飛んだ。いつの間にか後ろにいたようだ。時間を稼ぐって言って後ろに行っちゃ駄目でしょ。アンリ様とやら襲うつもりだったら後ろを無視して真っ直ぐに馬車へと行っちゃうよ? 俺相手には関係ないだろうけどさ。
「誰が変態だって?」
そして誠実な俺は罵声に対してもきちんと対応する。
「いきなり下半身を丸出しにする奴は変態って言うんだこの露出狂め!」
そんなことを言われても摩擦がないのだからズボンやパンツが重力に負けて落ちるのはある程度仕方がないじゃないか。
「露出狂の強い人だって⁉」
一方で馬車の中からは若者の素っ頓狂な声がした。
人影が馬車から慌てて飛び出してきた。その人物には見覚えがあった。誰であろう権蔵である。俺が知ってる彼よりもずいぶんと男らしくなっていたが、間違いない。
「ウマさん! なにをやってるんですか!」
やはり間違いなかったようで、権蔵元少年は俺を見るなり名前を呼んできた。俺はそんな名前じゃないんだけどね。
「アンリ様! 大丈夫です! 知り合いなので問題ありません! ただ、景観上問題があるので外は見ないようにお願いします」
権蔵は大きくため息をつくなり、馬車に向かって声を張り上げた。そして俺を見るなり大きく頭を振った。
「ウマさんの趣味なのはわかりますけど、そういうのは場所と相手を選んでください!」
ものすごく真剣な顔だった。何を注意されているのかわからないが、とにかく丸く収まりそうでよかったと思う。うん。




