伸びきったラーメン~それは人生と真逆の味だった~
伸びきった麺を啜ってみた。思った通りの味と食感だった。
実は既に正規の時間で作った“創造したカップラーメン”も食べたことがある。これもまた“思った通りのカップラーメン”であった。
それ以外にも懐かしい地球の食べ物、それこそ母親の作ってくれたハンバーグから宅配のピザまでも造って食べた。地球の食べ物だけじゃなく、リチャード様に貰ったサンドウィッチも造ったし、この世界の各地の名産料理の山菜汁やら魚汁やら色々と試しに創ってみたがどれも思った通りであった。
おそらくだが、これらの食べ物(?)を知っている人が俺が創ったモノを口に入れれば、十人中十人が間違いなく、創造元の料理(?)名を言うであろう。
だが、俺にとっては思ったものと全く同じ、概念としての『それ』ではなく、個別具体的な特定物としての『それ』だったのだ。
そして俺は思い知った。想像と寸分違わぬ食べ物のなんと面白くないことかと。これは俺の想像力の貧困さも影響しているのであろう。それこそ料理人なら想像した味を出すために試行錯誤をすることもあるのだろうから、想像した通りの味が必ずしも面白みに欠けるものとは思えない。
しかし、乏しい味覚の経験と料理に対する見識から生み出される味は極めて発展性に乏しく、一口目から既に『飽きた』状態だったのだ。
『飽きた』食べ物がここまで退屈で食べることが苦痛であるとは思いもしなかったことである。
俺は食べるのを諦めて爪切りを創り出すと、当然のようにその用途に従って己の爪を切り始めた。
別に伸びた爪が急に気になったわけではない。バックアップ作成である。セーブポイントと言ってもいいだろう。
俺の肉体が粉みじんにされた時に、このように俺の肉体の一部をばら撒いておけばそこから再生できるという発想だ。
肉体の塊は大きければ大きいほど好ましいらしい。意図的に肉体をばら撒き始めたのは28代目かららしいが、それ以前の時に肉体を完全粉砕された時には、完全再生まで三か月かかったようだ。ちなみに犯人は『ハガン候』らしい。「ついカッとなって本気を出した。後悔はしていない」とは再生後の俺に語った言葉だという。それを受けて再生を意識してからは『王様』が超距離から放ったと思われる火球で肉体が燃やし尽くされたことがあるという。その時は指先大のバックアップから三日間で再生したという記録が残っている。
ここで一つ疑問が生じる。今の肉体が消滅して形質的には同じだが、それまでとは別の肉体にそれまでと同一の経験と知識を詰め込んだ場合、それは果たして誰なのか? 以前と同一と言っていいのか、経験や肉体の形質は以前と同じだが以前とは異なる存在なのか? 今まで考えたことはなかったが、例えばゲームで全滅して教会で蘇った場合は、ゲーム内の経験値や装備等を全滅時から引き継いでいれば同じといえるかもしれない。だが、全滅してセーブした場所からやり直した場合は? ゲーム内のデータは以前と変わらず、プレイヤーの経験だけが異なる時のことだ。
ゲームの主人公がプレイヤーと考えれば、異なる人形を動かしてても繰り主たるプレイヤーが一貫して同じであれば、キャラが教会で蘇ろうがセーブポイントからやり直そうが同じなのだろう。
だが、それでも人形視点に立った場合どうなのだろう? セーブポイントからやり直しの場合は異なる人間が異なる道を辿ったケースとなるのか、あるいはSFのように同じ人間だが、ある場所で違う道を選んだIFルートってことになるのか? 教会で蘇ったとしても、途切れた人生を誰かが引き継いでいるとも考えられるのではないだろうか? それこそゲームなら同じセーブデータを途中から別の人間をやってるような話になるのではないか?
あるいはゲームの主人公がプレイヤーと考えた時に、同じキャラを違うプレイヤーが動かしていた場合はどうなるのか?
そして俺の場合は? この時空コンピュータの記録に残ってる『俺たち』は少なくとも自分からしたら『俺』ではない。それでは第三者からしたら? 第三者といっても全てを知る第三者と事情を知る第三者となにも知らず『俺』のことしか知らない第三者とじゃ話は違う。
あるいは、俺のこの肉体が消滅して、今さっき切った爪が辺りの土を取り込みながら俺の肉体を再構成した場合は? 記憶や経験は時空コンピュータ経緯で同じだとして記憶や経験を『引き継いだ』別の存在なのか、『傷が治った』の延長線上で一貫して同一の『俺』なのか?
などと柄にもなく哲学的なことを考えた。そして埒があかないし、結論が出ようとも関係がないと割り切った。考えるのは生来から弟の役割で俺は即物的にあるがまま、流れるまま、流されるままに生きてきたのではないか。まさか、こんな場所、こんな人生に流されるとは思ってもいなかったが。
しんみり気分と、不味そうな見た目、そして実際の味・食感から、土より作り出した伸びきったカップラーメンを口にすることができず、しばらくの間睨めっこを続けた。そして「食べ物を粗末にするな」と「そもそも創っただけで食べ物じゃない」というせめぎあいの後、俺は意を決してカップラーメンを容器ごと『水』にして地面に染み込ませた。そして同じようにやかんやカセットコンロの痕跡を地上から消し去った。
ため息を漏らしながら天高く広がる青空を見上げた。美しいまでのコバルトブルーの空を堂々たる入道雲が我が物顔で動いていた。そして、感動的なこの空さえも俺に合わせたまがい物の風景なのかと少し寂しくなる。
そしておそらくは空と同じく現実とは異なる色彩、植生を見せている緑のカーペットに目をやった。北海道のような風景を前に俺はここに飛ばされてきたときのことを思い出した。
「あの場所もこんな感じだったな」
独り呟くと自然と苦笑いが漏れた。
「あの時はガタガタと馬車の車輪の音が聞こえたっけ」
後ろから何か重い物が跳ねる音とそれを受け止める木材のやかましい音が近づいてきた。
「そうそう、こんな感じの。って言ってもここまではうるさくなかったけど」
あれ? なんで音がしてるんだ? 素朴な疑問とともに振り向いた俺の視界には三頭立ての馬車が映った。
馬車が近づいてくる? と、思った次の瞬間には跳ね飛ばされた。別に馬車に跳ねられたわけじゃない。厚い空気の塊をぶつけられたかのような衝撃が右からきたのだ。
たまらず十メートル以上吹き飛ばされる。おそらくは魔法だ。だが、魔法かどうかの確認よりも先に被害の状況の確認の方が先である。
右腕の骨は粉々である。肋骨もかなりやられて、内臓にも深刻なダメージがあるだろう。油断するとこれだ。まったくもって難儀な肉体である。痛みよりも呆れるやら悔しいやらで涙が出そうになった。そんな気持ちを冷静に抑え、回復を確認する。右手の平を閉じたり、開いたりし、肩も回す。動く。問題ない。回復の速さはありがたい。
そして状況確認と、おそらく攻撃元である馬車を視界に収めた。
次の瞬間視界がオレンジ色に染まった。富蔵さんに度々やられたのでわかる! これは顔面への火炎攻撃である。それを証明するかのように、酸素不足と肺の火傷により呼吸が苦しくなった。
「おい、貴様! 何者だ! 名乗らぬか、無礼者!」
声が出ない状況の俺に無茶な要求をした怒鳴り声は、男にしては甲高く、女性にしてあまりに生意気で、おそらくは子供のそれだった。




