カップラーメンにお湯を注ぐ~異世界の治安事情は深刻だった~
お湯が沸いたようなのでコンロの火を切ってカップラーメンに注ぐ。なんともチープで懐かしい香りが鼻をくすぐる。このチキンコンソメ風の匂いがいいんだよな。そんな感想とともに蓋をテープで閉じた。
しかし、このファームル伯領は長閑でいい。圧倒的に平和だ。いや、日本人の感覚的には今が普通で道中が異常だったのだ。
野宿していると襲われる。歩いていても襲われる。歩いていなくても襲われる。挙句の果てには宿屋に泊まっていても襲われる。そんな場所ばかりだった。椅子に座って滑る様に移動し始めてからは魔法使い(=強い)って思われたのか襲われなくなったが、それまでは盗賊、っていうか強盗の襲撃頻度が酷かったのだ。ここと比べたら一番治安が悪かった頃の南アフリカでさえ平和の極みだろう。なにせネット上の南アフリカの治安の悪さのネタが普通に、しょっちゅう、日に何度も訪れたのだから。しかも襲ってくる連中は地球人なんか鎧袖一触レベルの生き物なんだし。
そんなわけでこの世界においては、屋外で横になってのんびりと湯を沸かし、カップラーメンの完成を待てるなんていうことは信じられないくらい治安が良いということなのだ。
なぜそこまで襲われたかというと地球人の常識的には金銭である。ここでも強盗の目的はその常識の範囲内といえるだろう。ただし現金ではない。っていうよりか、俺は現金を持っていない。もっといえば、いまだに現金を見たことがない。金貨なのか銀貨なのか銅貨なのか紙幣なのかその他なのか、いまだにこの世界の通貨に関しては無知なのだ。それではどうやって旅をしているかというと----食べ物を創れるし、そもそも食べなくても平気とかいう事実は別にして----富蔵さんから預かった現金代わりのカードがあるのだ。
このカードは「出張には経費が必要だろ? 今までの給料分含めて好きに使っていいからよ。全部竜安寺商会の支払いだから道中うまいもんでも食っていけや」って渡されたものだ。これは数年前、どこぞの貴族が自分のことを知らない店にツケ払いを拒否されたので、腹立ち紛れに魔法で作ったシステムらしい。カードには信用情報が刻まれていて、初めは貴族、やがて大商人、いまでは都市部の中流以上の一般庶民ならたいてい持っているらしい。そして店ではいつ貴族が訪れてもいいように、ド田舎だろうが全ての店でカードの対応ができるらしい。……ってクレジットカード?
富蔵さんに言わせると「貴族連中は『このカードのおかげで現金を持ち歩く必要がなくなった』って程度の認識だが本当の意味はかなり違う」らしい。なんでも信用によって金が生まれるシステムだから実際に存在している以上の金が流通することになるらしい。さらには翌年度の作物の収穫、翌年度の以降の税収、それらも全てを織り込んで資金が流通する結果になるから云々と小難しいことを言っていた。たしか「これから積極的に商売をしていく自分には有利で自然と野心を持ってしまうし、積極的にならないとすぐに置いて行かれる社会になった」とかとも言っていた気がする。
まぁ、そのおかげで道中はお金に困ることはなかった。だけど、問題はそれ以降だ。仮定の話として、右も左もわからない自信なさげな若者が一人で限度額が青天井なカードを使って買い物していたとする。日本みたいな国なら問題は滅多に発生しないだろう。ところが……だ。『ねんがんのアイスソードをてにいれたぞ!』『→殺してでも奪い取る』なんて世界だったら、そんな美味しい情報が入り次第鴨葱状態で強盗やらコソ泥やらが集まってしまうのは自明の理だと思う。実際、俺はそんな目に遭った。富蔵さんに言わせるとセキュリティがしっかりとしているから盗まれても使われる額は微々たるものらしいが……、その『微々たる』が多くの悪党にとっては『人を殺すには十二分な金額』だったことが問題だった。
おかげでしょっちゅう襲われたわけだ。お店側も個人情報保護なんて概念がないのか『竜安寺商会の限度額がものすごいカードを見たわよ!』なんて感じで噂を広めてしまったらしい。なんでそんな噂が広がっているのを知っているかというと、情報源は襲ってきた強盗達だからだ。今の俺からしたら強盗如きは人差し指で剣をピッピッと防いで「まだやるか?」って感じで余裕なのだ。襲ってきた強盗をキャッチ&リリースで『襲うのは無理』という噂が広がるのを企図したが、俺は富蔵さんとは違うので思ったように噂が広がらず、来訪者は後を絶たなかった。まぁ実際問題としては、襲われても追い返せるし必要なら姿も消せるから強盗は問題ではなかった。
強盗よりもコソ泥が問題だった。こっちはちょっと油断すると盗んでいく。掏ったり、「決済の為にカードをお預かりします」なんて騙して持っていこうとしたり、留守中の宿屋の部屋が荒らされたり、置き引きされたりと油断できない。四六時中注意していないといけないので当然疲れるわけだ。それにカード以外の他の物が盗まれたりと間接被害も酷かった。人が少ない道中なら初めから姿を消して移動したり、レーダー的な何かで人の居場所がわかるので問題は少なかったのだけど、街中ではそうもいかないので事前に防ぐのが困難だったのだ。時空コンピュータの観測と分析のおかげで嘘をついて騙そうとしているとか悪意があるとか、相手の視線が荷物に集中しているから狙われているとかと教えてくれるからだいぶ楽だとはいえ、いや、だからこそ実行に移さなかった人の悪意までわかってしまい警戒以外の面でも疲れた側面もあった。さらに面倒なことに、このカードは魔法の塊らしく、魔法が全く理解できない俺には時空コンピュータを利用しても複製ができないのだ。そんな理由もあって盗まれない工夫をする必要が出た。その結果、カードを磁力で体に張り付けるという乱暴にして単純な解決策をとることにした。
しかし、なにが良い方向に転ぶかわからないもので、そのような方法をとっていたおかげで、摩擦係数を0にして服が俺から自然と脱げた時でもカードだけは俺から離れなかったのだ。
さて、そろそろ三分は経ったかな?




