カップラーメンの為にお湯を沸かす~ウマはいかにしてファームル伯領に到達したか~
小高い丘の斜面に腰かけて一休みの態勢をとった。物理的には疲れない体であっても、なんとなく休んでぼんやりとしたい時もあるのだ。
燦々と降り注ぐ太陽の光を受けながら、眼下に広がる草原を無意味に眺める。昨日が雨だったのか、あるいは朝露なのか、緑の絨毯の所々がキラキラと輝いていた。
その様な牧歌的な風景を見ながら飯にしようと俺はカップラーメンを創造することにした。銘柄はもちろん国内トップシェアのアレだ。似たような名前の大手製粉会社とは全く関係ないってことを知ったのは中学に入ってからだったな。考えてみれば、カップラーメンの方の創業者は台湾系の人だし、そんな企業の経営陣の娘さんが皇太子への輿入れすることは難しいだろうってわかりそうなものだった。
関係のないことを思いながら、懐かしのカップラーメンの味を思い浮かべる。味はそうだな、醬油というよりはコンソメベースがメインの『醤油味』のあれだ。せっかくなら一番オーソドックスなのがいいだろう。
そして辺りに誰もいないのを見計らって、物質合成で思った通りのカップラーメンを創り出した。
蓋止めのテープを剥がし、そこにできた穴から外装のビニールのフィルムをくるりと剥ぎ取る。
続いて蓋を剥がし、醤油とチキン系の混じった匂いを嗅ぐ。懐かしの匂いに郷愁を抱きつつ、蓋に先ほどのテープを着ける。
「あれがないと話にならないよな」
誰に言うでもなく独り言をつぶやくとカセットコンロにやかん、それとやかん内に水を創造した。別に初めから熱湯を創造すれば手っ取り早いのだがそれではいくらなんでも風情がない。そんな気分でカセットコンロに火を着ける。火を着けてから考えた。「あれ? いちいち沸かしてたっけ? 沸かしてないよな? 電気ポットのお湯を注いでただけのはずだもん」そんな事実に気が付きつつも、やかんが温められてチリチリと鳴いているのもいいものだと思いなおした。
やかんの音をBGMに遠くを見ていると彼方に街らしきものがあることに気が付いた。けっこうな距離を動いたが、ようやくファームル伯領の中心地域にきたようだった。俺はなんとも感慨深く、道中のことを思い出していた。
ここの世界、正確にはこの大陸は思っていた以上に広かった。具体的な広さはオーストラリアくらいだとの調べた結果が記録されていた。
当然ながら海から離れている内陸部は乾燥している。だからといって砂漠化も進んでいるかというとそうではない。魔法の力で気候を変えたり水を大規模に供給したり、灌漑を進めたり、植樹を進めたりと自然の摂理vs魔法の力という条理と不条理が争った結果、多くの地域では不条理がまかり通っているようだった。
そのため食料や飲料水等の供給という意味ではあまり問題がない。ここの人らが船を持っていないのは大陸で十二分な豊かさを得ている為に海に出る必要がないというのが大きいのだろう。必要は発明の母というが、必要がなければ発明されないのも仕方がない話だ。
富蔵さんが急いで俺を旅立たせたのも無理はない話で、ラグビーボールとまではいかないが、レモン型の楕円形の大陸の西の端から南東部中央まで行かなければならなかったのだ。「乗合馬車じゃ間に合わねぇ。途中で支店に相談すれば馬は用意するが……」なんて富蔵さんは明らかに走って行けと言わんばかりの目配せで俺に言っていたのを思い出す。もちろん、俺は走っていない。っていうよりも走っていたら到着はいつになるやらって話だ。なにせ北海道から鹿児島まで日本列島を縦断するよりも長い距離を走らないといけなかったのだから。
そんなわけで、せっかくだからと俺は色々な移動方法を試してみた。
ケース1
音波を使った移動方法。
体から強力な音波を発生させ、地面にぶつける。そうすることによって空中に浮かび低い摩擦抵抗を得られ、爆発等の推力を利用して一気に移動する。
結果。速いがコントロールが難しい。また音波の出方次第で体に大ダメージが発生する。なにより地面に強力な音をぶつけているため静音性等に大きな問題があり、地面に耳でもつけられては一発で不可解な存在がわかってしまう。音波の衝撃や壁への衝突で全身を複雑骨折すること32回。
ケース2
磁力を使った移動方法。
早い話がリニアモーターの理屈だ。磁力を使って浮いて、磁力を利用して進む。磁場を操れる俺にピッタリだと思ったんだ。実際にやってみるまでは……。
結果。コントロール不能で激突事故。もしくは超高速で地面と激突、ひどく体を擦って大惨事等々。磁場のコントロール可能範囲とそこを抜けるまでの時間のバランスが俺の認識能力の限界を超えていた。
ケース3
気圧差を使った移動方法。
以前に谷を渡った方法だ。気圧差を使って浮かび、進むのにも気圧差って奴だ。
結果。シンドイ。目立つ。冷静になってみれば気圧差で強引に浮かんでいるのだ。乗り物でもない生身でそんなことをしたら肉体も精神も疲れ切るに決まっているではないか。さらには空に人間が浮かぶのだ。目立たないはずがない。空を飛ぶのは鳥か飛行機かスーパーマンか北野武かって相場が決まっている。この世界では鳥の存在は微妙だし飛行機もなければ北野武もいないだろうから、ますます相場が狭まる。一般的地球人からみたらスーパーマン並みのこの世界の住民にとっても空を飛ぶ人間は相当に珍しいらしく度々子供に指をさされては貴族の魔法と勘違いした親が慌てて子供を注意する場面に何度も遭遇した。それと速度を出すと体力的にも精神的にもシンドイから速度を落とす。よって遅い。そして遅いから逆に辛い体勢が長引くなんて負の連鎖も経験した。
ほかにもコッソリと自転車を創ってみたりとか色々としてみた。そして一つの結論に達したのだ。肝心要は抵抗なんだってね。どのケースも宙に浮くのは抵抗を減らしてエネルギーを有効に使うためなんだ。自転車もそう。足で走るよりもエネルギーロスが少なくて追加のエネルギーを有効に使えるからなんだ。って、ことで俺は体表や服の摩擦抵抗を0にして気圧差から推力を得て進むという力業で移動した。この方法だと速度の調整がしやすいし、より強いエネルギーで引っ張ればすぐに方向転換ができること、自分の周りを操ればいいのだからコントロールも容易だった。ちょっとした段差で跳んだりするが空中を滑ってると思えば問題はない。なにせ気圧を操作すればで跳んでいても操縦はできるのだから。問題は……すぐに服が脱げることだった。これじゃあ、富蔵さんの言う通りの露出狂だ。十五、十六ならまだギリギリ許されるだろう。だが二十歳を過ぎた今となっては洒落にならない。と、いうことで椅子に座ったままベルトで縛り、足の裏と椅子の足の裏の摩擦係数を0にして座ったまま進むという方法に最終的には落ち着いた。椅子に座ったまま地面や湖面を滑る様に高速で疾走する姿は滑稽なのか『さすがはウマ様』って感じなのかは見た人の感覚に任せるとしよう。
脱げた服はどうしたって? どこかに滑って行ってしまったので新しく創りましたよ。いつまでも裸ってわけにはいかないからね。
そんなことを思い出していたら湯が沸いた様だった。




