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富蔵さんの依頼

 富蔵さんは俺が荷台に乗ったのを確認すると、辺りに人はいないかとしばらく耳を澄ませる。それが終わるといつになく深刻な雰囲気を醸し出しながら慎重に口を開いた。

「いきなりだがお前にはファームル伯領に行ってもらいたい」

 そう言って富蔵さんは俺の顔を覗き見た。そして「まぁ、座れ」と俺に促すとそのまま話を続ける。

「儂は、いや儂たちはお前を信頼してるし家族のように思っている」

 そして俺が馬車の座椅子に座るのを目で追う。

「四年という月日が長いのか短いのかは人それぞれだろう。だが、儂たちがお前を信頼できると判断するには十分な時間だったと思う」

 そこで意地悪な笑みを浮かべると一言付け加えてきた。

「……露出狂ってこともな」

 この数年間は戦闘で服がボロボロになったことがないのに、まだその設定ですか?

「冗談はさておき、話を戻そう」

 富蔵さんは鼻で息をするように笑うと続けた。

「あまり言いたいことではないが、繰り返しなるが儂はお前を信頼している。信頼の証として儂たちに不利な情報を含めて伝えておきたい」

 そして富蔵さんにしては珍しく溜息をついた。

「まず、三日前にオットー様がお亡くなりになった。覚えているか? お前も会ったことがあるマサラ子爵だ」

 忘れられるわけがない。ベアトリクスさんの先祖であり、この時代のバトラーたる老紳士の主人である。

「次にバトラーがそれに殉じて自殺した」

「えっ!?」

「まぁ、慌てるな。ここまでは儂たちも織り込み済みだ。オットー様は随分前から体を壊していて、それにしてはもった方だと思う。バトラーの看病のおかげだろう。それにバトラーが主人に合わせて殉死するのは珍しいことではない。むしろ普通と言っていいだろう」

 富蔵さんは理解が追いつかない俺をおいたままさらに説明を続ける。

「そんなわけでいつ訃報が入ってきてもいいように連絡網を整えていたから三日で情報が届いたわけだ」

 目の前に冷静な富蔵さんがいるが頭の中では柔和な笑顔の老紳士の姿が駆け巡る。

「儂たちは想定通りマサラ鉱山に戻って新たな子爵殿に挨拶してくるがお前は戻らずにこのままファームル伯領に向かってもらいたい」

「あの、バトラーさんのお葬式とかないんですかね?」

 せめて最後の挨拶がしたいと思い聞いてみた。

「知らん。あっても儂ら、とくにお前には関係のない話だ」

 富蔵さんはきっぱりとそう言い切り、その口調で付け加える。

「お前はバトラーに恩義を感じているようだが、一緒にいたのは一週間、合計で何時間だ? それになんて言って参加するんだ? 『地下室で秘密トレーニングを受けました』なんていうわけにもいかんだろ。第一、バトラーは名誉職とはいえ男爵だぞ。貴族の葬式に商人が……いや、お前が氏素性を明らかにするなら別だが商人なんかが飛び入りで参列はできんよ」

 俺を貴族の血筋と思い込んでいる富蔵さんはそう言って俺を諭した。


「話が横道に逸れてしまったが、ファームル伯領に向かって欲しい理由を説明するぞ」

 富蔵さんは咳払いを一つして続ける。

「儂ら竜安寺商会はオットー様とバトラーの死去によりかなりの危機を迎えている。現在の竜安寺商会はマサラ子爵オットー様を庇護者としてここまで成長できた。オットー様の亡き後はおそらくは子息のケント様が……あるいは別のご兄弟がマサラ子爵を継ぐだとしても、いずれの方が継いでも儂らの庇護を進んで買ってでるだろう。しかし誰が庇護者になろうともマサラ子爵はこれから坂道を転げ落ちるように没落する」

 富蔵さんはそう断言すると理由を言い始めた。

「原因はバトラーだ。バトラーがオットー様の望みを優先するあまりにマサラ鉱山はバトラー頼りの歪な発展を遂げてしまったんだ。そのバトラーが消えたら歪さに堪え切れずに倒れるのは目に見えているし、下手に発展して果実を沢山つけているから倒れたらそれを得ようとしてる連中もごまんといる。没落しないって方が無理な話だ」

 富蔵さんが呆れた様に具体的な話をし始める。

「一番致命的なのは鉱山開発にゴーレムの導入を見送ったことだ。オットー様もそうだがご子息様たちも“領民思い”がそろってらっしゃる。今後もゴーレムを導入することはないだろう。これだけで衰退は確定だ。次に治安だ。いままではバトラーが睨みを利かせていたから豊かになったうえで治安維持を減らそうとも、盗賊のみならず帳簿を誤魔化す経済犯さえほとんどいなかった。しかしバトラーが居なくなったからには今後は増えるだろう。しかもいままでバトラー一人で十分だったから経費節減もあって治安維持要員の数が圧倒的に少ない。その少ない人員も経験不足だ」

 その治安が良いはずの場所で盗賊に襲われたりホロウなる男に首を刎ねられたり散々な目にあったんですけど。普通なら即死のところで老紳士は颯爽と現れたけど。

「人手が足りないから傭兵まがいの人員を雇う。するとそいつらが治安に対する不安要因になるなんて悪循環も生まれるだろう。もはやマサラ子爵の一門、すなわち貴族の目が届く範囲以外は一定以上の治安リスクがある土地となるってことよ。これはただでさえゴーレムの導入拒否によってコスト高になっている魔鉱石が護衛だの喪失リスクだので一層高くなるってことだ」

 富蔵さんは言いたいことが溜まっていたのか饒舌に続ける。

「なによりも発展し過ぎたのがいけない。王都の近くで王都以上に賑やかにするとか馬鹿だったんだ。そんなのはバトラーがいなくなったらカモられるに決まってる話だってんだ。これから数年かけて貯め込んだ富を王や有力貴族に吸い上げられて、最終的には最大級の魔鉱石を算出するマサラ鉱山が王の直轄領になるところまで見えるよ。それが数年後なのか数十年後なのかは奪い合いの勢力同士のけん制具合によって変わるだろうけどな」

 そして富蔵さんは舌打ちをした。

「なんにしてもマサラ子爵が庇護者として力不足になるのはもっと早い。儂らとしては早急に新たな庇護者を見つけなければならないのだ。なんとか接近に成功した有力貴族は『ナウル伯』と『ファームル伯』だ。『ナウル伯』の方が経済力や発展速度から好ましいのだが……跡取り息子に“よからぬ噂”が多くてな。そこら辺の見極めを儂が直接やるつもりだ。噂通りならできれば絶縁したい。連座して罪に問われるなんて勘弁だからな。とはいえ、他に庇護者が見つからなければ噂通りでもナウル伯に頼らざるを得ない苦しい立場なわけだ。ファームル伯の方は名門なんだが庇護者とするにはちと頼りない。今のままのファームル伯なら、ナウル伯とも付き合いを続けなきゃならないってことになる」

 富蔵さんは俺の肩に手を置いた。

「ってことでお前の出番だ。はっきり言うとお前は世間知らずだし、お人よしだしで商売の戦力としては当てにしていない。さらにはお前は荷物運びとかもしないだろ? 」

 しないではなく、できないです。非力ですから。いや、その気になれば気圧をいじったり色々と方法はあるんだけども。

「だけどよ、儂では全然歯が立たないほどに強い。儂だって並みの貴族よりは強い程度の自負があるっていうのによ」

 俺は節子ちゃんにはかないませんけどね。

「ファームル伯領には権蔵を送って発展可能性なんかを調べさせてるところだ。親馬鹿かもしれんが、あいつは頭がいいし、実務能力も高い、交渉能力にも長けていれば、バランス感覚にも優れていると思ってる。ただ如何せん腕っぷしが弱い。結構鍛えてやったのに、下手をしたらそこらの移民系貴族にさえ負けちまうだろう。だけど荒事だって必要な事態もあるだろう。そんな時に権蔵を手伝ってやって欲しいんだ」

 俺のどこをどう見たら武闘派に見えるのか富蔵さんはそう頼んできた。

「それともう一つ頼みがあるんだが、幸子と節子には黙って行ってくれねぇか? 一度相談したら猛反対されてよ。俺よりも強いのに『あんなに弱いのに可哀想』なんだとよ」

 富蔵さんはそう言って苦笑いしたが女性陣の見立ての方が正しいですよ?

「お前を勝手に行かせたと後でなじられるだろうけどよ……。商会の未来がかかってるんだ、背に腹は代えられねぇ。権蔵の方は順調にいきそうだったら自由にしていいからよ。頼むわ」

 初めの深刻な口調などこへやら、いつもの富蔵さんの調子に戻っており、その口ぶりはまるで近所のコンビニに買い物を頼むかのようであった。


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