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それから……

 富蔵さんたちと旅に出て四年の月日がたった。旅の初めの頃は右も左もわからなかったが、今ではここでの生活にもだいぶ慣れた……と思う。

 節子ちゃんが生まれて以来町に寄る度に馬車や随行員を加えているうちに十数両の馬車からなるなかなかのキャラバン隊となっていた。

 キャラバンの古株となった俺は魔法使い(≠貴族)と勘違いされているのと相まって尊敬や信頼を集める存在となっていた。


「ウマ! 手合わせするぞ!」

今朝も富蔵さんが俺に挑んできた。貴族のハーフである富蔵さんの相手になれるのは俺だけということもあってここ2年は富蔵さんは俺としか組手をしない。もっとも努力を嫌う社会なので他の従業員が組手を嫌がるのもあるかもしれない。

 そして富蔵さんはというと、俺の返事を待たずに棒を振るってきた。

 富蔵さんの棒術はなかなかに巧みなもので変幻自在なそれはまるで蛇の様に動く。時空コンピュータの映像記録で比較する限りでは、いまだに動きが理解できない老紳士の棒捌きは別格として、おそらく記録上一番の使い手である松尾さんに次ぐレベルだろう。実際、時空コンピュータを使ってお嬢様の使用人たちと模擬試合をシミュレーションしたところ実力者揃いと評判の並みいる使用人たちを抑えて松尾さんに次ぐ2位であった。もっとも魔法力や魔法そのものの存在から実際に戦えば富蔵さんの圧勝だろう。そういう意味では純粋な貴族、かつ、暗殺者ギルドで訓練を受けていたベアトリクスさんは凄まじいレベルだったのかもしれない。そしてそのベアトリクスさんに圧勝してたクロウはもっと上で……そのクロウは俺の首を刎ねたホロウとどっちが上なんだろうか?

 閑話休題、その富蔵さんの棒術が俺に通用するか? 答えは否である。速度はお嬢様の鞭未満、変幻自在の棒術も魔法力の移動を見切ればフェイントなども問題にならない。……俺のみぞおちに突きの一撃を入れた富蔵さんが跳ね飛ばされて尻餅をついていた。来るのがわかっていれば簡単な話で反発のエネルギー発生を予約すればいいだけなのだ。そんな冷めた俺の気持ちに反して、見学していたキャラバンの一行から歓声が上がっていた。

「さすがはウマのあにぃだ!」

二十歳はたちの俺よりも明らかに年上な筋骨隆々な髭モジャおっさんがそう言って手を叩いている。俺も髭を生やしたらそれなりの貫禄が出るかな? 出ないな。それ以前に幸子さんに「ウマちゃんに~髭は似合わないから……めっ!」って言われたから毎朝髭を剃ってるし。いや、似合わないのはわかってるから別にいいけどさ。


 そんな感じで居場所ができた俺は、正直な気持ちを言ってしまえば、お嬢様たちには申し訳ないけど、過去に来た頃のハングリーさを失っていた。心苦しいし、できるものならなんとかしたいけれども、はっきりと言ってしまえば、百代以上に渡ってできなかったのに俺がなんとかできるとは到底思えなかった。下手に挑戦して再びお嬢様たちの悲劇を目にするくらいならば、いっそのことお嬢様が存在しない世界でもいいのではないか? なんて本末転倒なこと思ってしまうこともある。いや、それは実際には言い訳に過ぎないのだろう。単純に家族同然の扱いをしてくれる富蔵さん一家や慕ってくれるし尊敬もしてくれるキャラバンの一行、住めば都とは言ったものでここの居心地が良いのだ。もちろんホームシックにかかった時期もあったが帰れないものは仕方がないと達観した俺にとっては、今の家はここなのだ。不満があるとすれば食べ物だが、これはこの世界のどこに行っても共通の問題なのだから仕方がない。とにかく、バトラーなんて無理して目指さなくても今のままでよいのではないかという怠け心が鎌首をもたげたともいえる。なんにしても俺は現状にほぼ満足してしまっていたのだ。


「ウマ~!」

 これからどうしようか迷っていた俺に甲高い子供の声が近づいてきた。天使度の増した節子ちゃんである。

「どうし……うごっ!」

 天使の右こぶしが俺のみぞおちに深く刺さった。同時に生暖かい液体が喉から口にあふれる。

「ウマの兄ぃは相変わらず節子嬢ちゃんには弱いッスね~」

「節子が勘違いしても困るからあんまりからかうなよ」

 吐血した俺は辺りからそんな声をかけられる。っていうか普通に痛いし、苦しいんだけど。その様を見て悪魔の様な節子ちゃんが無邪気に大笑いしてる。幼児や虫は何を考えてるのか全く理解できないから反発予約とかができない。その結果、直に打撃を受けて普通に大ダメージを負ってしまうのだ。

 ふいに節子ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「心配しなくても大丈----」

 って言おうとしたら節子ちゃんに指を掴まれて粉砕された。

「なんでウマの指すぐに壊れてしまうん?」

 首を傾げて不思議そうに聞いてきた。「なんで指を壊そうとするん?」なんて聞き返したいものの痛くてそれどころではなかった。

「節子のために体を張るお前の芸風には頭が下がるよ」

 その様子を見ていた富蔵さんが苦笑いをしている。それに合わせてキャラバンの一同も微笑ましい笑みを送ってきている。素で指を壊されて悶絶していると言ったところで信用されないだろう。さきほどまで今の生活は“満更でもない”と思っていたが、その“満更でもない”には幼女に指を壊されたり胴体を貫かれたりするのは含まれていませんよ?


「ウマー! 壊れたから直してー!」

 先ほどまで俺を虐待していた幼女が純真無垢な笑顔とともに一つの箱を寄越してきた。例の壊れるようにできているオルゴールである。

「これ、何回か聴いてるといつも同じ場所で止まっちゃうの~」

 先ほどまでの残虐行為が信じられないような、わかりやすくも可愛らしいふくれっ面を見せる。

「ほら、貸して」

 虐待されている俺だが天使のような幼女に逆らえず箱を受け取ると、購入時に記録された状態に作り直した。

「はい、どうぞ」

 そして象嵌の施されたそれを返却である。節子ちゃんは俺が選んだオルゴールを随分と気に入ったようで、物心がつく前から何度も聞いて幾度となく壊し、その度に俺が直してきたのだ。富蔵さんの選んだ悪趣味……もとい、派手なオルゴールは見向きもされないおかげか壊れる機会すら与えられず馬車の荷台で埃を被っていることはキャラバンの一同皆が知っている事実だが、富蔵さんの機嫌が悪くなるので誰一人としてそのことに触れる者はいない。


 節子ちゃんは新品同様に戻ったオルゴールに耳を当てると満足げに鳴らし始める。楽しくもどこか物悲しいメロディーが辺りに流れた。そのメロディーは節子ちゃんが幸子さんの待つ馬車へと走っていくのに合わせ徐々に離れてやがては聞こえなくなった。

 それを見計らっていたかのように富蔵さんが辺りを憚りながら慎重な口調で声をかけてきた。

「ウマ、ちょっといいか?」

 そう言って顎をしゃくると幌付きの馬車に乗れと合図を送ってきた。

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