異世界ギャップ
「お前のおかげでいい話し合いができた。ものはついでだ。ちょいと買い物に付き合えよ」
商談をまとめた富蔵さんは俺を町の大通りへと誘ってきた。
俺の記憶が確かならば、それほど商店はなかった気がしたのだが……。とはいえ、やることはないし断る理由もないのだからと富蔵さんに従うことにした
漁師町の大通りは先ほどとは打って変わって人々が慌ただしくテントを出したり、テーブルを並べたりと出店の準備をしていた。
「さっきまでとは全然違って驚いただろ」
富蔵さんは人懐っこい笑顔を俺に向けてきた。
「世間知らずのお坊ちゃんには一瞬で賑わう町のその瞬間なんてものは見たことがないどころか想像すらできない世界だろうからな」
驚いたのは事実だが、さすがの俺でもそこまで世間知らずではない。見たことはなくても朝市とかで慌ただしく準備する人たちは想像できるし、中学校の文化祭レベルの賑わいや設置・片付けの忙しさやその後の日常に戻った時の寂しさくらいは経験済みである。もっとも富蔵さんの言う通りなら、この世界の貴族たちは未経験が普通ってことなんだろうな。
「漁師たちが帰ってきてからがこの町の始まりだからよ。王都やマサラ鉱山なんかとは比べるわけにはいかないが、ここも結構金回りがいいんだぜ?」
富蔵さんはそう言いながら露店で串焼きを買うと一本俺に寄越してきた。
「漁業やその加工業に目が行きがちだが、この町は鉱石加工が盛んでよ。俺のガキ頃は寂れた漁師町だったのがマサラ子爵領になって以来、いやバトラーが仕えて以来っていうべきだな」
富蔵さんはそこまで言って串にかぶりつく。俺はというとなんの串焼きなのかと、木製の串に刺さった照り焼き風のそれをマジマジと眺めた。
「バトラーが融解魔法、通称〝石溶かし“っていうのをここで使わせたからよ。魔鉱石のみならず、金銀宝石、鉄に銅ってたいていの鉱物資源の精製はできるようになったわけだ」
富蔵さんの話を聞きながら俺も串焼きを恐る恐る口に含む。
「その影響で鉱物の売り込みと精製済み鉱物の買い付けの大口の商人がやってきたり、漁業補償や干物販売で潤った漁師とその漁師に高級品を売り込む個人向け商人やらで結構な栄え方ってわけだ。それによ----」
「ぶほっ」
思わずむせてしまった。
「おいおい、急にどうした?」
「なんでぼないでじゅよ?」
魚の照り焼き風の串焼きがあまりにも生臭かったのだ。いまだに口腔内から鼻腔にかけてドブ川が流れたかのような臭気であった。いまだにその残滓が俺の腔内を苛む。
「顔が真っ青でとてもそうは見えないが……」
----清浄化機能ON、体調回復開始
例の表示と共に臭いが消えて、体調も楽になった。こんな空気清浄機があればシェアNO1企業だろう。って思ったが、ナノマシンや時空コンピュータは地球の全技術を集めても足元にも及ばない超技術だった。
「見ての通り、何ともないですって」
「ん? そうみたいだな」
富蔵さんはあの生臭い物体が刺さっていた串を名残惜しそうに舐める。
「それによ……ってなんの話だったか? とりあえず、お前のおかげで儲かったから、何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
俺はそう言われる前にすでに物色を始めていた。もっとも見て回ったところでゲーム機や漫画があるわけではない。宝石やら魚の干物やら奇抜な服やらで今一つ食指が動かない。いや、ゲーム機なんかがあったら危険っていうことは修行中にエミュレータのゲームにはまった一夜で気が付いている。それに本当に欲しければ宇宙人のテクノロジーで作れちゃうし、もっと言えば作る必要すらなく遊べてしまうのは実証済みだった。
そして俺はあることに気が付いた。俺は本質的に無欲なのだ。贅沢がしたいわけではなく、女の子にそれほど(ここ重要!)モテたいわけでもなく、将来偉くなりたいわけでもなく、名を成したいわけでもない。強いて言えば食い気が強いがそれだって、たまに宅配ピザの一つでも食べられれば満足ってレベルだ。自分ではゲームや漫画への依存性が強いと思っていたし、エミュレータの一件で実際に依存心が強いのもわかっている。だけど、所詮はそのレベルだ。ここに来てわかったが別にゲームをやらなくても平気だったのだ。たまにやりたくなるし、いざ遊べば徹夜をするだろう。だけどやらなければやらないで平気だし、以前は他にやることがないから一晩中漫画やゲームで時間を潰していたに過ぎなかったのだ。思い出してみれば、学生時代はゲームや漫画は好きってレベルで依存ってレベルではなかったのだし。ようするに趣味もなければ欲しいものがない。よく言えば無欲。悪く言えば夢がない空っぽな人間なのだ。空っぽだから頑張らない。頑張らないから楽な方に流される。楽な方に流されるから勉強しない。勉強しないから落第する。落第したのを楽だからと人のせいにする。そんな人生を歩んできたのだ。なにか人生の基軸となる点が、たとえば今みたいなお嬢様たちへの後悔みたいなのがあったら少しは違う人生だったのだろうか? いや、俺の人生は後悔しっぱなしである。受験に落ちたのだって『勉強しておけばよかった』って後悔してたのだから。それじゃあ後悔してなにかしたかというとやっぱりなにもしない。ある意味では俺は後悔したことを直すチャンスを与えられたのかもしれない。普通は覆水盆に返らずっていうくらいに過去はやり直せないものなのだ。いやいや、そもそも後悔なんて後ろ向きの発想が俺をダメにしてるんだ。向日葵の様な前向さはもってないが、それでも少しは前向きにならないとダメだな。うん。そうだ、お嬢様たちへの恩返しと思って頑張ろう。……でも、その出発点は後悔なんだよな。俺って奴はつくづく後ろ向きである。
「おい、ウマ! こいつをどう思う?」
俺は悪癖である後ろ向き思考に陥っていたが、富蔵さんの呼びかけで現実に引き戻された。
「節子に買ってやろうと思ってるんだがよ」
嬉しそうに語る富蔵さんの指先は悪趣味なほどに派手な金細工に大振りの種々の宝石が散りばめられた成金でございと言わんばかりの箱に向けられていた。そういえば富蔵さんの趣味ってばこうだったっけ。こっちの富蔵さんの家は質素だし旅先での生活や食事が地味だったので忘れていたが、富蔵翁の家はお嬢様に輪をかけた派手な成金御殿だった。
「節子ちゃんには早すぎませんか?」
まさか派手すぎて悪趣味というわけにもいかず、やんわりと再考を促す。
「あぁん!?」
富蔵さんはそれがどうにも気に入らなかったようで露骨に不機嫌そうな返しをしてきた。失敗したな。
「それじゃあ、お前ならどれだっていうんだよ?」
どれこれも0歳児には早いと思う。そんなお店にはなにがあるのかと一応は覗いてみた。
そこは種々の装飾が施された宝石箱のような長方形の箱が並んでいた。その中で一際派手な奴を富蔵さんは選んでいた。それではこの中で俺が選ぶのはどれであろうか? 一生懸命悩んでも優柔不断な俺には答えが出ないだろう。それならいっそのこと富蔵さんの真逆、とびっきり地味で渋いやつを選んでやることにした。そうして選んだ箱はこげ茶の木目調に申し訳ばかりの象嵌が施された、年季の入った家具を彷彿とさせる一品だった。
「お前はそのダサいやつだな。儂のかっこいいのと節子がどちらを選ぶか勝負だ。もっとも勝負になるとは思えんがな」
富蔵さんはそんな負けフラグ100%を立てて二つの箱を買っていった。
そして竜安寺商会のポルト出張所で幸子さん母子と合流したわけだが、節子ちゃんが選んだ箱は……フラグ通りの結果であった。富蔵さんの様子はいうと「なぜだ……。信じられん……」って感じで本当にショックを受けているように見受けられた。
一方の俺はというとやっぱり色々とショックを受けた。
一つ目は箱だと思っていたものはオルゴールだったこと。
二つ目はそのオルゴールを鳴らしてしばらくしたら壊れてしまったこと。もっとも“このオルゴール”を記録してあったので、ナノマシンを使って買った時と同じ状態に“戻す”ことができた。しかしこれは間違いだったようで幸子さん曰く「あらあら、直しちゃったの? それって子供の災厄を引き受けて壊れるってゲン担ぎのために壊れやすくできてるのに」ってことで壊れることが前提の存在だったらしい。
三つ目は伝統を無視して直したオルゴールを節子ちゃんが無邪気な笑顔ととともに手にとると、これまた天使の笑みとともに破壊してしまったことだ。壊れるべき存在らしいのでこれで良いのだろう……適当に選んだとはいえ寂しいけど。
なんて思っていたら節子ちゃんが俺に切ない目線を送ってきた気がした。それから間をおかず富蔵さんが「ウマ、お前なら直せるんだろ。節子が気に入ってるみたいだから直してやってくれよ。ゲン担ぎは……アレだ、アレ。お前がいれば災厄が来てもやり直せるってことでよ」なんて元に戻す様に促してきた。俺はそんな万能じゃないんだけど……まぁ、元に戻すことに抵抗はなかったので、再び壊されることを待っているオルゴールに“戻す”のであった。
ああ、それと四つ目もあった。ここの名物の魚汁って奴なんだけど……。悪い腐り方をした魚を糞尿で煮〆たような臭いだったのが衝撃的だった。強烈なアンモニアと腐敗の臭いがして、口に含むとやっぱりアンモニアの刺激で口が痛い、口が臭い。思わず涙が出たね。それとこれは時空コンピュータによれば10mlで成人男性の致死量に達する猛毒だって。それを富蔵さんも幸子さんも従業員も「おいしい、おいしい」なんておかわりしたり、物は試しと節子ちゃんに飲ませたりしてたから、もしかしなくても地球人とは根本的に体の造りが違うのだろう。妊婦が150M跳んだり、赤子が指を捻って地球人の指を壊したりするんだしね。あれだけ強靭な肉体を持ってるとこれくらい刺激がないと美味しくないのかもしれない。
まだまだ知らなければならないことは多そうだ。




