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没落

 屋敷の雰囲気はどことなく落ち着きがなかった。


 やかましい(いびき)をたてているルゥは兎に角として、何があったのだろか?

 お嬢様達が帰ってきたのは知っているが、ルゥが「勝負の途中でどこに行く!」と酔眼で睨みつけるもので、挨拶に行けなかったのだ。酔っ払いは刺激すると何をするかわからないのだから仕方がない。「酔った勢いで殴ったら死におったわ。テヘッ」なんていうのは勘弁であった。


「うわっ、酒くせぇ」

 ようやくルゥは酔いつぶれたもののどうしたものかと考えていると松尾さんがやって来た。

「ハガン候の所だと一杯で酔ってたってぇのにな。同一人物とは思えねぇ」

 平然としている俺に漏らした感想だろう。考えてみれば酔いたい時でも酔えないんだよな。酒を憶える前で良かった。

「しかし、飲みに飲んだりだな。この分の代金を払えって言われたら、一生タダ働き確定だぜ」

 机に置いてある大量の瓶を指さしで数えながら松尾さんが呆れた様に指摘する。いや、酒ってそんなに高いの⁉

「侯爵令嬢に出す酒なんだ。そこらの酒とは違うんだからよぅ。まぁ、接待なんだから喪中に飲んだ事を含めて不問だろうけどな」

 安心しかけるが、安心できないのがお嬢様とバトラーさんのクオリティーである。

「それはそれとして……だ。お嬢様が招集をかけてるんだ。さっさと来い。酒が入っているからってだらしない恰好をするなよ」

 酔っ払いを放置していて良いものかと悩んだが、この酔っ払いが言っていた葬儀の件も気になる。それに関する説明もあるだろうし、とりあえずは屋敷内だから大丈夫だろうと、俺は松尾さんの指示に従う事にした。



 ロビーには使用人一同が整列していた。今回はそれだけではなく見慣れない人達も並んでいる。

「この辺りでお嬢様の資産を管理してる連中も可能な限り呼んだらしいぜ」

 松尾さんが小声で教えてくれた。

「なんの話をするんです?」

「俺が知るかよ。まぁ、こんな事は初めてだし、普通の訓示の類じゃないだろうな。とっとと並ぶぞ」

 葬儀での話もある。嫌な予感と共に俺も列に加わった。


 それからほどなくしてバトラーさんを伴ったお嬢様が一同の前に姿を表した。

 お嬢様は一同を睥睨すると、態度に似つかわしくない可憐な口を開いた。

「本日をもって、マサラ子爵竜安寺家は解散いたします」

 ざわつくロビーを気にせずにお嬢様はさらに続ける。

「爵位は本家に返上。資産も放棄することとなりますが、その前に使用人におきましては自由民といたします。鉱山・牧場・商店その他の管理は資産が引き継がれるまで価値の維持の限度において従来と同様に活動なさい。以上です」

「り、理由を教えてください」

 前列に居た一人の紳士が説明を求める。見たことのない顔なので、どこかの資産を預かっている者なのだろう。

 お嬢様は暫く考えた後に、重い口を開いた。

「今日中には噂が出るでしょうから、いいでしょう。竜安寺本家がスチュワートに乗っ取られました」

 ロビーが一斉にどよめいた。

「だ、旦那様は⁉ いや、今は当家の問題として、それが何故解散の話となるのですか⁉」

 紳士が慌てふためいた様に早口でまくしたてた。気持ちはわかる。

「もはや、当家で雇っている訳ではないので無礼は不問といたしましょう」

 紳士の様子にお嬢様が若干の不快感を表す。それを見て浮足立っていたロビーの一同が恐縮していくのを感じた。

「まず、お父様ですが安否は不明です。解散の理由ですがスチュワートから解散を求められたからです」

「怖れながら!」

 横から大声がした。驚きと共に横を見ると、松尾さんが鬼の形相で挙手していた。

「いいでしょう。発言を許します」

 解散と言いながら、お互いに主従意識は抜けないものである。

「当家は分家とはいえ、本家とは独立した存在です! たとえ本家が乗っ取られたからといって、その様な指示に従う筋合いはありません!」

 ロビーどころか、屋敷全体に響き渡るほどの大声でがなると、それに追随するようにそこかしこで「そうだ、そうだ」と同意が聞こえる。これに勢いづいた松尾さんが続ける。

「この様な侮辱を受けた以上は、堂々とスチュワートの連中を滅ぼしましょう! 本家の敵討ちです!」

 これに同意し「そうだ、やっちまえ」と威勢のよい声がそこら中であがった。

「名に聞こえし竜安寺私兵団の力を見せつけてやりましょう!」

 松尾さんに鼓舞され、もはや鬨の声に近いものが上がる。

 それをうんざりした表情で見ていたお嬢様は呆れた様に「バトラー」と一言。

「かしこまりました」

 バトラーさんはお嬢様に一礼すると、興奮する集団に静かに語りかけた。

「現在のスチュワートの兵力は旧竜安寺家の兵力に加えて、大旦那様の私兵も受け継いで----」

「大旦那様のは兎に角、本家の連中なんて目じゃありませんよ!」

 松尾さんがバトラーさんが話してる途中で声を上げた。

「ええ、確かに。それにどちらも士気が低いので碌に戦えないでしょう」

「それなら----」

 こんどはバトラーさんが松尾さんを遮った。


「しかし、スチュワートは大旦那様の遺産を当てにしているのか、傭兵や流浪の元貴族達を大量に抱え込みました。それも暗殺者ギルドのクロウや、旧北方辺境伯の八騎士最強と言われるバードを筆頭として音に聞こえた猛者達を大量に……です」

 しかし松尾さんの勢いは衰えない。

「それでも俺達が負けるとは思えません! なんの為に俺達が訓練してきたと思っているんですか!」

 反発する松尾さんに「そうだ、そうだ」の大合唱。

「お嬢様をお護りする為です」

「護る為にも戦うべきでしょう!」

 冷静に答えたバトラーさんに対して使用人から次々と決戦を求める声が上がる。

「……私ならあなた方全員を倒すのに五分とかからないでしょう。スチュワートの実力も似たようなものです。いえ、スチュワートならもっと早く倒すかもしれませんね」

 バトラーさんの言葉に一同が静まり返った。

「だ、だけど俺達にはバトラーさんが……」

 それでも抗う松尾さんにバトラーさんが静かに語りかけた。

「この(いくさ)は勝てません。いえ、たとえ勝てたとしても勝ってはならない(いくさ)なのです」

 バトラーさんは一拍置き、続ける。

「考えてもみなさい。王都で貴族の家中でのクーデター騒動など許されると思いますか?」

 ロビーからは一言も声がしない。

「本家のケースは王が認めている家督変更なのです。実際にスチュワート主宰の葬儀には王の代理人もいましたし、この代理人立ち合いの元、爵位の返上及び資産の放棄を求められたのです」

「し、しかし……」

 なおも納得できない松尾さんにバトラーさんが諭すように話す。

「お前の気持ちもわかる。だが、お嬢様を逆賊としたい訳ではあるまい」

「……」

 松尾さんの沈黙と共にそこかしこですすり泣く様な音が聞こえてきた。


「あなた方の気持ちはありがたく受け取ります」

 そしてお嬢様が一同に声をかけた。

「いずれにせよ、お爺様、いえ、戸籍の上の父の喪中に争いをする気はありません。血を流してしまったら、それこそ逆賊以上の恥ですわ」

 実にサバサバした調子で続ける。

「あなた方には迷惑をおかけしますが、再就職等は最大限手伝うつもりです。退職金はバトラーから受け取りなさい。それでは御機嫌よう」

 お嬢様はそれだけ言うとロビーから消えた。呆然としていた俺に思考が戻ってくる。……なにが起きたの? どうするの俺?


 これは地球に帰るべきだったか、いやお嬢様はどうするのか、何か手伝えることはないだろうか? それ以前に明日からどうしよう等々と考えがまとまらない俺にバトラーさんが声をかけてきた。

「ルゥ様と酒を飲んだそうですね」

「あっ、はい」

 予想外の質問に一瞬焦る。

「現金化できるものでしたので、幾らか請求してもよろしいですかな?」

 一生タダ働きという松尾さんの言葉がよぎる。

「とはいえ、君に払える金額ではないので、私の用意した住み込みの仕事をして頂きたいのですが……自由民に強制は出来ないので考えておいてください」

 バトラーさんはそれだけ言うと、他の使用人の所へと去って行った。住み込みっていうことは宿や飯があるってことか。この世界だと路頭に迷う俺を気遣ってくれたのかな?


 色々と配慮しなきゃいけないバトラーさんは忙しそうであった。使用人に声をかけたり、かけられたりしているバトラーさんを眺めた。その時、背後から話しかけられた。

「少年、ちょっといいかい」

 振り向かなくてもわかったが、ベアトリクスさんだった。

「行くあてもないだろうし、少年じゃ食べていくのも大変だろう?」

 行くあてはバトラーさんが用意してくれたが、確かに食べていくのは大変そうだ。肉体労働不可・家事不可・圧倒的な社会経験不足に、この世界に関しては完全に無知。うん、食べていくのは無理だな。

「お姉さんと一緒に来ないかい? 少年一人くらいなら養えるからさ」

「え……いや、でも----」

「遠慮はいらないよ。気にするのなら、成長してから追々恩返ししてくれてもいいんだしさ。人間は一人で生きていくようには出来てないんだよ」

 この世界の人間の超スペックなら一人で生きていけるような気がするが、それはこの際いいだろう。美人で巨乳のお姉さんとの生活か……。なんだか良さそうだけど、お嬢様も気になるし、バトラーさんの住み込みの仕事もあるし、酒代の請求もあるし……。

「……」

 どうしようか迷っていると、ベアトリクスさんが俺の顔をジッと見つめていることに気が付いた。そして軽く微笑まれた。何だか気恥ずかしくなり、思わず目を逸らす。それをどう解釈したのかベアトリクスさんが軽い笑い声をあげた。

「ふふっ。振られちゃった」

「あの----」

 そんなつもりは毛頭ない。俺は弁明しようとするがそれを許さず、ベアトリクスさんが俺を真っ直ぐに見て、語りかけた。

「それじゃあ、荷物もまとめないといけないからお姉さんはもう行くね。色々と大変だろうけど、少年も頑張るんだよ」

 そしてくるりと百八十度回転。使用人棟の方に向かって歩いて行った。


 その背中を見て、俺はようやく竜安寺家の解散を感じることが出来たのだった。

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