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漁師町ポルト

 船のない世界の漁師町ポルトに到着した。到着早々に富蔵さんは「俺たちはちょいと野暮用があるからよ。お前はのんびり観光でもしててくれ」なんて、俺を降ろして馬車で去ってしまった。観光するにも先立つものが必要なんですよ?

 そんなわけで文無しの俺は見知らぬ町を当てもなくぶらつくことにした。


 歩くこと三十分。なんとも言えない寂しさ、虚しさ、心許なさに襲われ始める。

 なにより文無しっていうのが堪える。店で何かを見つけても買えないし、買い食いもできないし、物売りにせがまれても買えない。ここら辺はまだいいだろう。何か壊しても弁償できない、勧められたものを迂闊に食べたら料金を請求されたなんて事故事案だってあり得る。しかも俺には身分証もないときてる。いや、身分そのものがないといえるんだけど。なにせ別の惑星から飛ばされてきたアウトサイダーだからね。戸籍がないなんて次元の話じゃないよ。竜安寺商会には社員証みたいなのってないものかね。


 そんな愚痴を思いながら、一人で町を見て回り続ける。

 まず、このポルトなる町は生臭くも生暖かい潮風の吹く町だった。理由は魚を魔法を使った温風で急速乾燥させて干物にしているかららしい。どこ情報かというと町の人……と言いたいところだが、コミュニケーション能力にいまだ不安がある上に金銭問題もあって町の人に聞いて「……ってことなんだ。話のついでにどうだい? 干物を一つ持っていきなよ。安くしておくからさ」なんていうのを想像したら聞くに聞けないわけだ。そんなわけで過去の別の俺が集めた情報ってことである。

 また生暖かい潮風にはもう一つ理由があるらしい。魔鉱石を魔晶石に加工する際に大量の海水と熱を利用しているからだという。それがマサラ鉱山から魔鉱石を運んできた理由の一つだった。ちなみに加工は液体をいっぱいに入れた大釜に魔鉱石を放り込んで煮込んでいけば魔晶石がその他の物質と分離するというのだが……理屈は魔法や魔法力をふんだんに使っているので見学してもわからなかったと過去数人の俺が記録に残している。


 町並みはところどころに長屋か倉庫のような建物が建っているほか、粗末な家がぽつりぽつりと辺りにあった。長屋や倉庫に見える建物は干物や魔晶石を作ってる工場こうばと蓄積されたデータが教えてくれた。町並みに従って緩やかな坂を下っていくと海に出た。事前の情報通り舟は一隻もない。それどころか人の姿も見当たらない。岩だらけの海辺に波が当たっては砕けていく音だけが響いていた。普通ならウミネコの鳴き声の一つもあっても良さそうだがその姿すら見当たらない。もしかしたら鳥そのものがいないのかもしれない。

 当たっては消えていく波の音にしばし耳を澄ましていたが、一定のリズムを刻んでいたそれが一気に乱された。海が慌ただしくなったかと思ったら魚を両脇に抱えた人影が次々と海上に現れたのだ。

 まさかとは思っていたけど、この世界の漁って普通に海に潜って魚を捕まえてくるの? この世界の人間の規格外な身体能力があれば可能だろうけどさ。もしかしたら舟で海に出る必要がないから、舟の存在がないのかもしれない。

「何度見てもポルト漁ってのは豪快だな。ウマもそう思うだろ?」

 神出鬼没な富蔵さんがいつの間にか大きな網を持って後ろにいた。

「集団による統一行動の漁で情報の共有化、大物追い、集団囲い等々、もっとも先進的な漁業方法を確立した地域だからな。もっとも魔鉱石の加工地で魔晶石が手に入りやすいから多く採っても保存加工ができたのが大きいんだろうがな」

 富蔵さんは俺にそう説明してくれたが……。先進的というよりは力業にしか見えないのは俺が魚より泳ぐのが遅い地球人だからだろう。

「お!? 竜安寺の旦那じゃねぇッスか!」

 そんな人間離れした集団の中から富蔵さんへの声が飛んだ。

「おう! 調子はどうだ?」

「魔鉱石工場ができてからっていうもの魚の種類が変わっていけねぇや」

魚を抱えた青年が沖から上がる。他の漁師たちもそれに続いて上がってくる。漁師……でいいんだよな?

「そう言うなって! ちゃんと補償もしてるし、町も結構潤ったんだろ?」

ちげえねぇや」

富蔵さんと気安く喋っていた青年はそう言って豪快に笑った。

「ところでよ、アンタがわざわざ沖に来たってことは魚の注文かい?」

「察しが良くて助かるな。滞在時間が短いんでコイツを使ってみてくれないか?」

 富蔵さんはそう言って持っていた網を青年に見せた。

「そいつは何だい?」

「繊維をよって作った“縄”を組み合わせた“網”って道具だ。コイツを何人かで持って魚を追い込むって寸法よ」

 この世界の漁師は網も使ってなかったのか……。もはや漁と呼べるか怪しいものだ。

「たしかにそうやればまとめて採れっけど……よく思いつくもんだな。流石は天下の竜安寺商会の会頭ってところだな」

「誉めてくれたところ悪いんだけどよ、これの元ネタはコイツ。ウマっていうんだが、新しく雇ったコイツのアイデアなんだぜ」

いきなり俺に話を向けられた。っていうか俺、なにかしたっけ?

「へぇ~、若いのに大したもんだ」

 俺と十は違わないだろう青年が感心しつつ値踏みするような視線を俺に送ってくる。

「まぁ、コイツが提供したアイデアは鉄をよって“縄”を作ることなんだけどな」

 そういえば、王都でワイヤーロープに興味を示してたっけ。

「そんなところだろうよ」

 一転青年が俺の背中を生魚でバシバシと叩いてくる。かなり痛いが節子ちゃんが起こすような惨劇は起きない。きっと手加減してくれているのだろう。


----魔法力の影響で想像した結果の方向に動くように力が働くようだ。例えば『殴り飛ばす』とイメージして殴った場合『衝撃に耐えられず相手が破裂する』よりも『相手が殴り飛ばされる』結果へと導きられやすいようだ。憶測に憶測を重ねると『殴り飛ばす』ために『相手が殴り飛ばされるのに耐えられる』ように相手--主に私でありあなた--に魔法力が一時的に付与されてる可能性も考えられる。逆に何も考えていない無邪気な赤子や幼児、原始的な生物ほど『結果を想像していない』のでダイレクトにダメージがくるので注意が必要なようだ。Ver.76より。


 手加減ともちがったのか……な?

「ん? どうした? 黙りこくってよ」

 過去--時間軸的には未来だが--になされた考察に気を取られている間に青年が俺の顔を覗き込んでいた。

「あ~……言い忘れたけどよ。そいつはかなり強力な……バトラーさえも一目置いた魔法使いだからな」

 富蔵さんの一言を聞いた青年の顔が引きつった。

「ま、まさか……貴族様で!?」

そして返事を聞かぬまま土下座。

「先ほどまでのご無礼をお許しください」

 背中と声を震わして許しを請うてきた。

「顔をあげなさい」なんて謙虚にいうことができない俺が突然の事態に困惑をしていると富蔵さんが助け舟を出してくれた。

「露出癖がある貴族なんているかよ。もしいたら、それこそ貴族の権威を失墜させたと獄門首よ。普通に接するのがお互いの為よ」

 露出癖なんてありません! 結果的にそうなった……はずだよね? あまりにも言われるために自分でも段々と自信がなくなってきた。

「いや……しかし……」

 一方の青年は相変わらずの深刻モードで、富蔵さんと話しながらも俺の顔色を窺うようにチラチラと見てくる。

「人助けだよ。人助け」

「そう言われても……」

話を終わらせようとする富蔵さんとモジモジしている青年。千日手かと思われたが富蔵さんが話を強引に終わらせにかかった。

「なんにしてもそれで魚を集めたら大急ぎで干物を作ってくれよ」

「そりゃ、構いませんが……」

 青年は未だに俺が気になるのかチラチラと見ている。

「干物を積む余裕なんてあるんですか?」

 交易に使うと踏んだ俺が富蔵さんたちの会話に参加してみた。

「ああ。魔鉱石から魔晶石への精製で荷物はだいぶ少なくなる。しかもその魔晶石の何割かはここで捌くから余計にな。それに馬車を増やすから何か積んでおきたいんだ。節子の乳母に幸子の手伝い、新たな馬車の御者、荷物降ろし等の人足。馬車二台に人員も増やすから食料も必要だし……ってことで干物なわけだ」

 俺への説明を一通り終わらせると富蔵さんは再び青年に話しかけた。

「そうだ! 良い事を思いついたぞ。お前はウマに対して馴れ馴れしくしたこと畏れ多いと感じている。……だよな?」

 富蔵さんの問いに青年が黙って頷く。

「それじゃあ、詫び代として魚代はタダ。今回は干物への加工賃のみ。網代の使用料として今後網を使って漁をした場合、その魚の一割を加工の上で竜安寺商会に支払う。……これでどうだ? ウマもこれなら数々の無礼も水に流せるよな?」

「え!? 水に流すもなにも気にしてな----」

「そうかそうか! これで気にしなくなるってことか!」

 俺の話を強引に打ち切った富蔵さんがわかっていると言わんばかりに俺の肩を叩いた。

「って、ことだ。網の使用料は格安だしよ。すぐに元は取れるし悪い話じゃないはずだぜ。俺のおかげでwinwinってわけだ」

 どう考えても一人勝ちの富蔵さんが青年に恩を売っている。青年はというと「そういう話なら」と不承不承応じていた。

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