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ええぃ!異世界の赤ん坊は化け物か!

って~~~‼」

 この世界にやってきて以来、最大級の痛みが俺を襲った。右人差し指がぜたのだ。

「お前は赤ん坊をあやすのが上手だなぁ」

「ホントにね。なんだか本物の兄妹みたい」

 痛がる俺に微笑ましい会話が送られてきた。そして俺の目の前には天使と見間違えるほどに可愛らしい赤ちゃんが、これまた太陽さえも逃げ出す明るい笑顔を返り血とともに送ってきている。


 なにがあったのか整理してみよう。目の前に天使な赤ちゃんがいた。その天使が見る者を魅了してくる笑顔を送ってきたわけだ。そして物ほしそうに俺の方に手を伸ばし、甘えるように人差し指を握る。そして指を優しく握りこまれたと思ったら、『ぶちゅ』って潰された。いや骨ごと『ぐちゃ』だったかもしれない。とにかく痛かった。痛覚の遮断がされない絶妙な加減の痛みなのだろう。


 先ほどは『この世界にやってきて以来』と表現したが、もちろんそんなことはない……と思う。体を爆発させた方が痛い? いや痛覚の遮断があるから、あれは始めが痛いだけなのだ。ぷにゅの体当たりの方が痛いか? すぐに気を失ったのであまり覚えていない。それではなぜ『最大級の痛みじゃない』かというと、指を潰されるのは初めてじゃないからだ。目の前の天使の顔をした悪魔が生まれてからしばらくというもの、ほぼ毎日、いや時には日に数回経験している痛みなのだ。



 なぜこんなことになったのかとしみじみと思う。

 可愛らしい悪魔こと『節子』ちゃんを初めて見たときは、赤ちゃんそのものよりも富蔵さんたちの方が気になった。不安いっぱいだった富蔵さんは赤ちゃんを掲げて大喜びだし、幸子さんはどこか疲れたような、それでいてスッキリとした表情で、今まで見たことがない優しそうな眼差しを富蔵さんたちに送っていた。あの日は家族水入らずがいいだろうと俺は馬小屋で馬たちと一緒に夜を過ごしたものだった。

 翌日、改めて見た節子ちゃんは……正直あまり可愛いとは思えなかった。毛のない猿というか、いや、TVで見た猿の赤ちゃんはもっと可愛かったからそれとも違うだろう。とにかく、あまり可愛くなかった。俺としては、富蔵さんが「節子って名前にしたんだぞ! どうだ可愛いだろう? そりゃ儂と幸子の子だから可愛くないはずはないよな!」って感じで騒いでて、それをたしなめる幸子さんっていう二人の方が印象的だった。もっとも無事に生まれると知っていてもそれを抱いてみると実感が全く違うもので感動もした。

 集落を後にしたのは節子ちゃんが生まれて一週間後のことだった。節子ちゃんもいわゆる〝赤ん坊らしい可愛らしさ”を帯びてきたのもこの頃だった。この時点での俺の痛みランキングの一位はそこで食べた『山菜汁』だった。『山菜汁』の何が痛かったって、ものすごく苦かった。苦みに続いて口の粘膜をすべて溶かされて熱湯をかけられたような痛みが襲ってきたのだ。ネタを明かせば『山菜汁』は高温の強アルカリ性の液体だったのだ。強アルカリで口の中のたんぱく質が散々に溶かされて、むき出しとなった神経に高温の刺激が与えられたのだ。以前の俺ならなすすべもなく口の中から筋肉が溶けて顎がボトリと落ちて、痛覚遮断が発動して終わりだったのだろう。ところがなまじ色々とできるようになったせいで、『強アルカリだから酸で中和すれば~』なんてやったせいで肉体の損傷が中途半端にとどまって痛覚遮断が発動しないだけじゃなく、中和の際に変なガスが口の中から鼻に抜けたり、さらには肺にまで回って、苦しいなんてもんじゃなかったね。そしてそれを旨い旨いと食べている集落の人や富蔵夫妻を見てたら色々と不安になったものだった。


 俺の『痛かったランキング』が更新されたのはその夜のことだった。

 その時の俺は、母乳をあげている幸子さんをいやらしい気持ちで見ようと、節子ちゃんの顔が見たいとの名目で御者を富蔵さんに任せて、幸子さんらとともに荷台に乗っていた。

 ところがいざ授乳中の幸子さんを前にすると恥ずかしくてジロジロと見ることができない。さらには横目で盗み見ても、美しいとは思ってもいやらしいとは感じないのである。

産後直後の女性は妊娠させにくいとかで性対象じゃないと生物的にそう見ることを拒否しているのかもしれなかった。いや、それ以前にそう考えることが可能な同種の生物と認識できているのか? それとも幸子さんをそう思って見ることを俺の理性が拒絶しているのか? なんて例のごとくグズグズと考えていると「ダァ~」って声が聞こえた。

見れば節子ちゃんが俺に向けて手を伸ばしていたのだ。どうしたものかと幸子さんに指示を求める視線を送ると優しく微笑むだけであった。

手を伸ばされた以上は、俺も手を差し出せばいいのかと思い、節子ちゃんにゆっくりと、さらにその手の平のサイズに合わせるように指を差し出した。そしてそっと触れ合う指と温かい手の平。……あとは思い出したくもないので割愛しよう。

それ以来、節子ちゃんは俺の指を破壊クラッシュするのが大層お気に召したようで、一か月足らずという地球の人類では考えられない速度で覚えたハイハイ・・・・とともに、俺の油断をついては急速接近、即破壊という暴挙にでるようになったのだ。この急速接近も文字通り『急速』だから洒落にならない。 俺が走って逃げても余裕で回り込んで素敵な笑顔と共に指を破壊しに来るのだ。この赤さんは少なく見積もっても通常の地球人の三倍の速度で動く。どこの彗星だよ。赤さん怖い。しかも富蔵夫妻は俺が節子ちゃんに合わせて指を壊してるものだと思って夫婦そろって大喜びだから、もう救いようのない話である。


 赤ちゃんの動きは盗賊達と違って不規則そのもので予測のつくものじゃないし、悪意があるわけじゃないから時空コンピュータも接近を教えてくれないし、死ぬような痛みじゃないから痛覚の遮断は起きないしで、赤ちゃん、いや、赤さんは俺の天敵であった。せめて予想がつけば、散々に練習した耐衝撃方法でダメージを最小限に抑えられるのだろうが、予想がつかないのでそうもいかないのだ。



 そして今ではおしめの交換にもだいぶ慣れた。いや、やっぱり相手が赤ん坊とはいえ、女の子だからやっぱり慣れない。それでもそつなくおしめを替えられるようになった。俺にとっては赤さんは女の子というよりは指を破壊してくる天敵である。だから危険な作業をできるだけ安全なうちに終わらせられるように、そつなく交換できるようになったのだろう。

 そして今も赤さんは天使の笑みを浮かべながら、俺のおしめ交換を待っている。「だぁ~」って言いながら手を伸ばしてくる赤さんに対して、心を鬼にして淡々とおしめ交換だ。

 そして無事に終わる。いまだに手を伸ばしてる赤さんに「おしめ交換が終わったよ」と握手替わりに指を伸ば……って俺の馬鹿!

って~~~~~‼」

 本日二度目の事故で遭った。そして馬車から夫婦の楽しそうな笑い声。今時、芸人だってこんなに体を張らないよ。それと、やっぱり『痛みランキング』は随時更新中であった。赤さんは日々成長しており、力が強くなったのか、より痛く潰そうと工夫してるのか、確実にその『痛みポイント』の記録は更新され続けているのだ。


 俺が苦痛で顔を歪めていると、それをリアクション芸か何かと勘違いしている富蔵さんが声をかけてきた。

「そろそろポルトだ。ウマ、節子の相手ありがとな。ここで乳母とかを雇うからお前の負担もだいぶ軽くなるはずだぞ」

 そりゃ臓物をぶちまけるのに比べりゃ指の一本や二本って思うだろうけどさ……って人を雇ってくれるのか。これで俺の指も無事になるだろう。なんてその時は安堵の息を漏らしたね。すぐそこに天使の手をした魔の手が迫っていたってのにさ。

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