表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/73

復活の奇蹟

 冷静になるとなかなかに凄まじい光景である。いや、冷静にみられる状況じゃなかった。なにせ先ほどまで俺に槍を突き立てたりしていた荒くれ者たちが、今じゃ首を明後日の方向に歪めて倒れているのだ。それも一人、二人じゃない。三十五人。俺の居た中学校の一クラスよりも多いくらいだ。クラスメート全員の顔を思い浮かべる。案外と思い浮かばないもので名前も全員言えるか怪しいものだ。

 そんな風にどこか現実感がない光景であるが……。その事実に気が付き始めると足が震えた。先ほどまで俺に殺意を向けていたこの“人”らは死んでいるんだ。立っているのがやっとくらいに膝が笑う。手は極度の緊張で汗をかき、指は思うように動かない。喉は渇き、唇のかさつきに気が付いて自分が緊張している事実を自覚した。

 こういう時は……そうだ。脈を図ろう。ハイジャックに遭遇したお医者さんが脈拍を図って緊張状態を自覚して気持ちを落ち着かせたなんてエッセーを思い出し、真似をしてみる。いや、正確には真似をしようとした。手首に指をあてて脈を探ろうとしたら……。


 --脈拍 152/m


 いや、そこで表記されたら意味ないし。っていうか、よくよく考えてみたら脈拍数の意味とかよくわからんし。

 突っ込みと同時にやや落ち着きを取り戻した。

 最後に見たお嬢様や松尾さんたち、ベアトリクスさんのことを思い出せばこの程度はなんということはない。なんということはないよな? ……うん、慣れない。無理。

「どうした、随分と震えてるぞ」

 富蔵さんが心配そうに聞いてきた。

「え、あの、死体が……」

「おいおい、死体が怖いなんて冗談を言うんじゃねぇだろうな? 死体に何かされた奴なんて聞かねぇぞ」

 文明化された現代人がみんなこんな発想だったならジョージ・ロメロは鳴かず飛ばずだったことだろう。しかし走るゾンビよりも歩くゾンビの方が怖いってのはなんでだろうね。実物を目の前にすると動かない死体の方が歩くゾンビよりも怖いな。っていうよりか、考えてみれば動く死体ってそれ死んでないやん。そいつ生きてるって。


 現実逃避をしていたら、ますます非現実的な出来事が目の前で起きた。

 目の前の死体が動き始めたのだ。うん? 動いたってことは死んでなくて生きていた? 首が明後日の方向に曲がってたのに? 前言撤回、キモイ、怖い、死んでても動くとか!

「こいつら死んでなかったのか。恨まれても馬鹿らしい。殺しておくか」

 そして先ほどまでの老紳士との問答はどこへやら物騒なことを言い始める富蔵さん。って、『こいつ』? 疑問に思って辺りを見渡すと死体と思っていた物体がモゾモゾと動き始めてるではないか! 血だまり----これは俺が首を刎ねられたから吹き出したものなのだが----とぐにぐにと動く死体(?)。映画なら悪趣味なB級ホラーもいいところだ。だが実際に見ると怖いなんて言葉じゃ表現しきれないおぞましさであった。

 それはそれとして富蔵さんを止めた方がいいのかな? 35人の命が奪われるのを傍観していたなんて十字架を背負って生きていく覚悟がなければ、背負える自信もない以上は仕方がない。

「あの、富蔵さん?」

「なんだ?」

 一歩踏み出していた富蔵さんが足を止めた。

「先ほどまでバトラーさんと殺す必要がなかったとかで揉めていた気がしたのですが?」

「そりゃ今とさっきとじゃ事情が違うだろ」

 どう違うのだろうか? そんな疑問が顔色に表れていたのか富蔵さんが続ける。

「いいか? バトラーがこいつらを半殺しにするまでは……ウマは気が付いていなかったかも知らねぇが、こいつらの大部分は王都とかマサラ鉱山に着く前とかに襲ってきた連中だぞ。要するに二度ないし三度ほど俺たちを襲うも軽くあしらわれていた盗賊ってだけだ」

 気が付いていなかったが、王都で馬車を盗もうとしていた連中はその後も俺たちを襲い続けていたようだ。

「ところがバトラーがこいつらを殺し損ねたせいで変に恨まれる可能性が出てきたってわけよ」

 そこまで言って富蔵さんが顔をしかめた。

「バトラーが殺し損ねた? そんなはずはねぇよな」

 そして自問自答。

「かと言って、バトラーがこいつらを殺さない理由もねぇし……」

 そして合点がいったように俺を見た。

「お前の仕業か?」

 この人はなにを言っているのだろうか? 

「……」

「……」

「……」

 悠久のときが流れる前に俺は気が付いた。

「虹色軟膏……!」

「なんだそりゃ?」

 俺の血液成分----というよりか血液に混じったナノマシン----により回復させる軟膏。ここには血だまりができるほどに俺の血が広がっているのだ。回復のためのナノマシンには事欠かないだろう。そこに死んでもらうのは嫌だとの俺の思いが命令となってナノマシンが盗賊たちの怪我の治癒を始めても不思議はないだろう。

「えっと、俺の仕業……みたいです」

 若干の空白を置いたものの富蔵さんの問いに答えることができた。虹色軟膏に関する質問は受け付けておりません。

「バトラーじゃねぇけど、こんな連中をわざわざ治してやってどうすんだ? 逆恨みこそすれ、感謝して心を入れ替えるような連中じゃねぇぞ? 心を入れ替えたところで何かの役に立つとも思えないしな」

 富蔵さんは老紳士を非難していたが俺から見ると二人の考えは五十歩百歩、とどのつまりが役に立つか役に立たないかだけで、富蔵さんにとっては『殺す価値がない』から『殺すのは無駄』と非難していただけではないのだろうか?


「う、ああ……お!?」

 盗賊たちは意識を取り戻したようで、一様に呻きながら周りを見渡し、俺たちを見つけると驚いたような声を出して固まる。

「それにだ。どうせ、俺たちの積み荷をあてにして暗殺者ギルドに依頼を出したんだろう。こいつらにそんな大金を払えるはずがないし、生きているのがわかったら、それこそ取り立てで地獄をみるぞ。あのまま殺しておいてやった方がこいつらにもこいつらの家族のためにもなったんじゃねぇか?」

 富蔵さんは老執事を非難していた口で老執事がやったことを肯定する。

「で、そんな連中に対しても同情して瀕死の淵から救ってやったウマ君はどうするのかね?」

 そして試すように俺を見てニヤニヤしだす。

「このままじゃ今まで以上に追い剥ぎ三昧、強盗三昧だぞ」

「それについては心配はないです」

 なんといっても虹色軟膏だから・・・・・・・ね。

「体が弱体化してて強盗なんてできませんよ」

「はぁ?」

 なぜか辺り一帯からそんな声が聞こえた。地球人仕様で回復させるんだから仕方がないじゃないか。そんな俺の心の内での弁解を打ち消すように怒鳴り声が聞こえた。

「おいおい! 弱体化ってどういうつもりだよ、てめぇ!」

 ヘビー級の体格の持ち主が大声で叫びながら俺の胸倉を掴んだ。刃物で刺されても平気な体を得てもやっぱり怖いものである。

「全く歯が立たず、挙句の果てに命まで救われたっていうのに随分な態度だな、おい」

 富蔵さんがバトラーさんに悪態をついていたとは思えない口振りで凄む。

 すると大男は空気の抜けたビニール人形のようにしょんぼりとしぼんだ。そして乱れた俺の襟元を誤魔化す様に正した。

「いや、まぁ……。俺たちに生き地獄を味合わせたいってなら仕方がねぇけどよ……」

 達観というにはあまりにも未練たっぷりな大男が自信を無くしたように呟いた。

「こういう連中には堪える仕打ちだな」

 その様子を見ていた富蔵さんが嬉しそうに笑った。それを盗賊達が怨嗟の籠った目で睨みつける。

「そういうことなら儂も一肌脱ごうかと思ったのだが……そう睨まれてしまっては怖くて怖くて何もできんわ」

 富蔵さんは口元に笑みを浮かべたまま、わざとらしく身震いをしてみせた。一方の盗賊達は天から垂れ下がってきた蜘蛛の糸を見つけた様に目を輝かせる。

「これまでの非礼の数々は謝ります。どうか、どうかお慈悲をお願いします」

 そう頭を下げる男がいたと思えば、すでに土下座のようにひれ伏している男もいる。暗殺者ギルドの取り立てがよほど怖いのか、純粋に生活に困窮しているからなのかは俺には判断がつかない。

「いくつか条件があるんだがな……」

 その状況を満更でもなく受け入れた富蔵さんはそうもったいつけた。

「仕事はナウル川の架橋工事を受注してるんで、当面はそこで人足として雇い入れる。その後もナウル川の堤防やら開拓やらでしばらくは仕事に困らないだろう」

 富蔵さんの話を聞き男たちの表情に暗い影が落ちた。おそらく不満を通り越して不安なのだろう。

「暗殺者ギルドに関してはうちが立て替えておく。その点に関しては心配はいらない。代わりに給金から利子付きで天引させてもらう。」

 どれほどの利子でどれほどの天引きがあるのか不明で恐ろしい。貴族が我が物顔で歩き、盗賊が荒らしまわり、使用人という名の奴隷が存在し、暗殺者が堂々と組合ギルドを作ってる世界に労働者保護なんて概念があるとは思えないからだ。いや、暗殺者には組合があるから意外と労働者団体とかの意識自体はあるのか?

 そんな俺の疑問とは別に元盗賊達の顔色が明るくなった。彼らにとっては暗殺者ギルドの取り立てこそが懸案事項だったようだ。

「もちろん踏み倒そうなんて考えるなよ? こいつやバトラーが家族の命もろとも取り立てに行くからな」

 俺はもとより老紳士も勝手に名前を使われてしまった。ただ、効果はてき面だったようで一同に緊張が走ったのが伝わる。老紳士はオットー様のためにしか働かないみたいだし、俺の方はビビりなんだけどなぁ。

「それともう一つはあること・・・・を喧伝してほしいんだが、こっちはオマケみたいなもんだ。細かくはあとでいうよ」

 富蔵さんはお嬢様との養子縁組のどさくさでハガン候と従者契約させていたし、なんとも怪しげである。

「それでよければ一筆書いてやるから、王都の竜安寺商会に行け。後は息子が手配してくれるはずだ」

 元盗賊達には選択肢はなかったのか、あるいは怪しげな話にすがりつくしかなかったのか我さきにと富蔵さんの所へと殺到した。


「あらあら? なんだか盛り上がってるわ。あたしも行った方がいいのかしら?」

 それを見ていたら幸子さんの登場である。もちろん行かなくても結構ですよ。あなたはどこへ行こうとしているのですか? 個人的には王都まで戻って欲しい気がするけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ