バトラーと富蔵の諍い
盗賊の一人が目の前で倒れた。目の焦点が合わないそいつを見て「死んでるの? 嘘だよね? 気を失ってるだけだよね⁉」って感じでパニックになっていると、俺の背後からもう一つの聞きなれた声がした。
「おいおい、なにも殺すことはねぇじゃねぇか」
富蔵さんの声にわずかながらも冷静になる。……が、やっぱり目の前で倒れている男が怖いやら気になるやらで気が気でない。
「生かす価値があるとでも?」
老紳士が背後で不思議そうに聞いている。って、やっぱり死体?
「価値があるとかないとか、そんなに簡単にわかるものではないだろ。それに価値がないからって殺すことはないだろ。悪人かもしれんが家族持ちもいたことだろうよ」
「我が主の役に立たないのは明らかです」
老紳士が富蔵さんの苦情にきっぱりと答える。
「いえ、言い方が悪うございましたな。我が主にとって害悪なれば駆除したまででございます」
「今後のマサラ子爵領においては、マサラ鉱山の収益悪化に伴う人余りが予想され、働き口がない。そんな中で盗賊あがりのあぶれ者は社会保障を食いつぶすか治安を悪化させるって言いたいんだろ」
「はい。我が主は民草の保護を手厚くしておりますから」
我が意を得たりと老紳士は続ける。
「兵士志望者等もおりましたが、碌な魔力もない食い詰め兵士など戦力にならないだけでなく、士気を落とし、規律を歪め、そのうえ維持に費用が掛かります。まさに百害あって一利なしでございます」
「そりゃ、お前さんがいれば軍隊そのものが不要だものな」
富蔵さんが呆れた様に同意している。それよりも目の前で倒れてるおじさんの生死が気になる。
--心拍数・呼吸・体温・脳波・生命活動の測定開始
やめて! 知りたくないから!
「だけどよ、こいつらの家族は別に盗賊とかをしてたわけじゃねぇんだぞ? それが大黒柱を失って路頭に迷う。これについて少しは哀れとか思わねぇのか?」
俺が時空コンピュータと戦ってる間にも二人は討論を続けていた。
「まったくもって思いません。彼ら流民の子孫はかなり高い確率で盗賊・詐欺師・売春婦等の社会不安の要因となります。無事育って頑健な盗賊になられるよりは今のうちに路頭に迷っていただいた方が好ましいのです」
「確率を個別の話に当てはめるのは間違いだぞ」
二人は難しいことを話しているようだが、俺は目の人が死んでいる気がしてそれどころじゃない。
「いえ、それでいいのです。彼らは主の観念する領民ではございません。天災の類なれば常に確率で処理してより確実、より安全な方法を模索するのが私の役割でございます」
「相手は人間だぞ?」
「私にとっては個々の虫の個体が幸せだったか、子孫を残せたかどうかと同等程度の関心ごとでございます。むしろ人間なればこそ、下手な恨みを買わないように実行犯不明のままで皆殺しにするのが好ましいのです」
皆殺しって……やっぱりおじさんは死んじゃってるの?
「まぁ、お前さんの関心はオットー様個人にしか向いていないのは知ってるから驚かんよ」
「左様でございますか」
富蔵さんの侮辱交じりの言葉に対して、老紳士は怒っている様子もなく聞き流している。俺も目の前の生死不明の生物を見て見ぬふりをしたい。
「ゴーレムの導入に反対したのもオットー様個人の要望を叶えることしか頭にないからだろ?」
「そのようなことはございません」
「嘘を言うなよ。ゴーレムを導入しなきゃ鉱山のお先は真っ暗ってわからんお前ではないだろ」
「それについてはその通りでございます。ただ、『主の要望を叶えることしか頭にない』わけではなく、『主こそ我が人生』なのです」
「その子孫は関係ないってことか」
「関係ないわけではございませんが、おっしゃる通り重要ではありませんね」
ため息が聞こえた気がした。こっちは死体が気になってため息どころじゃないっていうのに。
「ところであの少年が首を刎ねられたというのに随分と平然とされていますね」
俺のことに話題が飛んだ。
「ああ、あいつが首を刎ねられたくらいで死ぬかよ」
そういえば『ホロウ』とやらも立ち去ったし死んだふりはやめてもいいんだよな。って、ことで再生を再開しよう。
--回復機能ON
「本気で申しているのですか? 古今、首を刎ねられて回復した例はございませぬぞ。回復魔法を間断なく流し続けて一週間ほど生きた例はありますが……」
老紳士の言葉を聞き富蔵さんの顔が青くなるころには俺の首は胴体と繋がっていた。
「あ、あの……」
治ったはいいがどう声をかけたものだろう。
「これは……」
あきらかに老紳士が混乱している。初めて見る表情かもしれない。
「なんだ! やっぱり治ったのか! バトラーの奴が脅かすからビビったじゃねぇか」
富蔵さんが安堵の表情を浮かべていた。
「いや、なるほど。地下室での再生能力を考えれば、たしかにあり得ますな」
老紳士はそう言いながらもやはり驚きを隠せない様子だった。
一方で平然としている富蔵さんが俺に真剣な表情を向けてきた。
「まぁ、たぶん聞いていただろう。お前はバトラーになりたいようだが、あの通りこいつらはどこかおかしい。大切な何かが欠けてるんだろうさ」
そう言われた老紳士は表情一つ変えずに富蔵さんに続く。
「なるほど、そういうとらえ方もできますな。とらえ方はとにかくとして、執事の穴への推薦を断った理由は富蔵様の仰る『欠けてるなにか』があなた様にはある、いわば『欠けていない』状態だからです」
老紳士は自らが『欠けている』状態であることを否定せずに補正する。
「私としては『欠けている』のではなく『主のみで満たされている』つもりなのですが……」
「主のみで満たされてるから他は不要ってか」
老紳士を揶揄するように富蔵さんが薄ら笑いを浮かべた。
「そうですな。主の望みは執事の望み。主こそが執事の全て。それが執事にとって必要不可欠なものなのです」
どうやら俺はそうではないらしい。お嬢様のために時をかけ、百数代累計六千年以上の時間を費やしてるってのにさ。
「そんな感じで人間としては見習えないし、見習おうにもウマには適正なしだな。バトラーなんて碌なもんじゃねぇ。なろうなんて思わないこった」
富蔵さんの目にも俺はバトラーには向いていないらしい。少なくとも“バトラーになった俺”をこの目で見てるんだけどなぁ。
「それと暗殺者ギルドの件だが礼は言っておくよ。ありがとな。おかげで命拾いしたよ」
富蔵さんは非常に軽い調子で老紳士に礼を告げる。
「いえ、我が主の客人となれば当然のことでございます」
「心の底からそう思っているんだろうな。まったくもって礼を言う気が起きない命の恩人様だぜ」
「誉め言葉と受け取っておきます」
富蔵さんの悪態に対して老紳士は深々とお辞儀をして返す。
「それでは私はこれで」
老紳士はそのまま立ち去ろうとするが富蔵さんが呼び止めた。
「幸子が途中の岩場にいると思うから帰りがけに声をかけといてくれねぇかな」
「承りました」
老紳士は華麗に回れ右をすると一瞬の間に姿を消した。
俺としては見渡せば死体だらけで死屍累々なこの状況に我慢がならない。怖いし、考えがまとまらない。
この状況で平然としているだけではなく、身重の幸子さんを呼ぼうとする富蔵さんも俺からすると十分『なにかが欠けている』気がしたのであった。




