本当のバトラー
逃げる富蔵夫妻と暴走する馬車にしばし思考を奪われたがなんとか正気を取り戻した。
え……っと、富蔵さんは気配を察知できない相手を警戒して逃げたんだよな? 馬車はあえて暴走させて囮にしたと。
俺はどうするかな? 脚力の強化方法とかはまだ考えついてないし、逃げるのは無理だろう。そうなれば戦うしかないか。万全の態勢だったとはいえこの時代の最強の一人とあそこまで戦えたんだ。接待モードだったとしてもそこらの野盗よりは強かったことだろう。
うん、戦おう。どうせ、俺は死なないし。相手が強くても富蔵さんたちが逃げるまでの時間稼ぎくらいはできるはずだ。身重の幸子さんのことを考えれば富蔵さんが逃げるのを援護した方がいいだろう。
『どう、どう、落ち着けって』
方針を決めた俺は興奮状態の馬を宥めるように語りかけた。
『なんだ⁉ オラたちゃ走らなくってもええんだか?』
『おうおう、おとなしく止まっててくれ』
富蔵さんたちの所に向かわせようかと思ったが野盗が馬車を追いかけても面倒だからこの場に留め置くことにした。
そして止まった馬車の御者台から個人的には華麗に飛び降りる。傍目には地面を確認しながら恐る恐る降りたように見えただろうが。
馬車から降りた俺は、辺りを見渡すまでもなく、36人の居場所を時空コンピュータ頼りに特定する。
「場所はわかっている。出て来いよ」
震える声を極力抑え、さも実力者かのように恰好をつけた。
それに応じるようにぞろぞろと鉈や槍を持った柄の悪い連中が姿を現す。
「べ、別に隠れてたわけじゃねぇからな!」
一人の男が虚勢のあまりにツンデレのようなことを言っている。美少女ならともかくヤクザも逃げ出すような凶悪なヒゲ面のおっさんが言ったところで全く萌えない。それよりも指摘すべきことがあった。
「まだ一人隠れているんじゃないか」
おそらくは富蔵さんが見つけられなかった三十六人目が姿を現さなかったのだ。俺の指摘に対して男たちの表情に狼狽の色が見えた。
「せ、先生……」
誰かが呟く。
「まだ場所が特定されたとは限らないのだが……まぁ、いいだろう」
いつの間にか黒いフード姿の三十六人目が姿を現していた。
「この男が例の魔法使いか?」
「へ、へい!」
フード男の問いにヒゲ面の男が慌てて答えた。
「それほどの達人とは思えないのだが……」
「それがとんでもない回復魔法の使い手なんでさ」
「ふむ……」
フード姿の男はなおも半信半疑な様子だった。なかなかに見る目がある。
「どれ、面白そうだ。お前ら、一つ襲ってみろ」
試すような目つきで俺を見据えていたフード姿の男が野盗どもに合図するように顎をしゃくる。
「いやいや! 相手は魔法----」
「あいつの反撃にあって殺された奴はいないんだろ? それとも拒否して僕の手にかかって確実に殺される方がいいのかい?」
野太い野盗の反論をフードの男は甲高い声で遮ると鼻から漏らすような笑いを吐き出した。
野盗どもは顔を見合わせると、一斉に俺の方を向く。そして誰からとなく雄叫びをあげると気勢が強まったのか一斉に俺めがけて突撃してきた。普通に怖くて逃げたしたくなるが『大丈夫、大丈夫』と心の中で唱え覚悟を決め……られるわけがない。武装した凶悪そうなオジサン軍団が叫んで突進してきても平気なティーンエイジャーなんぞいるものか!
「運よく何人か間引きしてもらえれば分け前が増えるぞ。よかったな」
フードの男が楽しそうに笑っている。こちとら殺す覚悟もないわ。
そうこうするうちに第一陣の凶刃が俺に到達した。一瞬だけ刺されたような痛みや、殴られたような衝撃を感じたが即座に反撃に移る。
相手から与えられたエネルギーを打ち消し、代わりというわけではないが新たに発生させたエネルギーを武器にぶつけるのである。エネルギーはナノマシンで発生させるのだから拳や手の平に限らず、体のどこかに触れてさえいればいいのだ。あの老紳士が相手だと速過ぎてどうにもならなかったが、この程度の野盗が相手なら話は別だ。
金属が弾かれる甲高い音や「うおっ!」なんて驚く声、尻餅をつく音も聞こえる。実際には武器が砕けたり、手に持っていた武器が弾き飛ばされたり、武器ごと人が跳ね飛ばされたりと、そのような珍妙怪奇な現象に対する驚きや恐怖で混乱の場となっていた。
そのような強面の男たちを尻目に俺は一つの課題に直面していた。老紳士との組手や練習を兼ねた道中の馬車の揺れ吸収などで気が付いていたのだが、人間の感覚の限界というか、エネルギーを無効化しようにも先にエネルギーを感じてからしかできないということだ。そしてそれに結構なタイムラグあったりする。馬車の揺れやこの野盗達の攻撃程度なら大した問題はない。現に刺された傷もすでに塞がっている。問題は老紳士のような一撃で戦いの趨勢が決まるような威力の持ち主と戦う場合だ。最終目標であるスチュワートもそのクラスの威力を出せると見た方が良いだけになかなかに深刻な問題だったりする。自分で壁を殴ったときは上手にエネルギーを消せていたので、タイミング的な何かでいけるのだろうか? それともナノマシンに事前に命令しておけばいいのか? う~ん……それはそれでなにかリスクが高そうな気がするな。それこそ無差別に『俺に触るとケガするぜ』的なことも起きそうだ。
色々と考えてしまったが、時間はまだあるんだ。とりあえず目の前のことを片付けよう。
「消えろ! ぶっとばされんうちにな!」
恐慌状態の野盗どもにとどめの脅し文句を投げかけてやった。
当然というか、脅す前からそうなっていたという言うべきか、強面の男たちは今にも泣きだしそうな声を出して散り散りに逃げようとする。……が、一人平然としている男がいた。
「回復魔法と聞いていたが反射系の魔法か? 怪我の塞がりを見る限りは回復魔法もかなりのものだが」
そう冷静に分析していたのはフード姿の男だった。男の冷静さが伝播したのか野盗達も逃げるのをやめる。
「先生! 高い金を払っているんですから頼みますよ!」
野盗達は金を払ってフードの男を雇ったのに殺されたくなければ俺に襲い掛かれと脅されていたらしい。なかなかに理不尽な社会だ。
「高い金なぁ……。富蔵夫妻の身柄をこっちが譲り受ける契約じゃなきゃ話にならない金額だけどね」
フード姿の男は実に面白くなさそうに言ってのけた。
「まぁ、約束通り、馬車の積み荷は君らの、夫妻は僕らの、君らは別途僕らに料金支払いってことで」
男の言葉に野盗達が媚びを売るように頷く。そしてフード姿の男は俺の様子を窺うように見てきた。
「少しは興味の湧く魔法ではあるが、僕は他の連中みたいに解剖やら拷問やら実験やらには興味がないんでね」
「なにを言ってるんだ? やるならさっさとかかってこい!」
余裕綽々なフード姿の男に喧嘩を売るがどうにも様子がおかしい。その原因を探ってもしばらく答えが出なかった。しかし答えが解れば簡単なもので、その理由は視界の縦と横が入れ替わっていたのだ。……って、なんで?
野盗達が歓声を挙げている。
「さすがは先生!」
などといつの間にかフードの裾から剣をのぞかせている男におべっかを使う奴もいる。そしてそのフード姿の正面には首から血を吹き出す、頭なしの俺の体。……って? え?
俺ってば首を切られちゃったの? 事態をようやく把握しつつあるところに野太い悲鳴がした。
「なんだよこれ! 安物のボタ魔鉱石ばっかりじゃねぇかよ!」
ざわつく野盗。って俺への関心は完全に消え去ったようだ。
「あの先生?」
「なんだ?」
「予想外にあがりが少ないんで料金の方をまけてもらえると……」
「それはお前らの事情だろ。僕らには関係がない。料金は予定通り頂く。それと予定通り富蔵夫妻の捕縛・移送も手伝ってもらうぞ」
「……」
もはや完全に商談モードである。“俺の”再生能力も見くびられたものだ。“俺の”って言っていいのか微妙っていうか、超技術なだけで“俺の”じゃないけど。
「間に合わなかったか……!」
そこに聞き覚えのある声がした。同時に場の空気が凍り付いたのを感じた。頭だけの俺は背後(?)から聞こえる声の主の姿はわからない。だが、誰かは想像がついた。聞き覚えがある声でこの場を凍り付かせられる人は一人しかいないからだ。
「バトラー……」
誰かが俺の予想した人物の名前を挙げた。
「可哀想なことをしてしまいました。このようなことになるのなら、下手な自信などつけさせなければよかったです」
老紳士が沈痛なつぶやきをしゃがれた声で漏らす。俺が死んだと勘違いしてるの? 首を刎ねられた程度で死ぬはずないってわかりそうだけど。って、わからないか。ふつう死ぬもんな、首を切り落とされたら。だけど散々に内臓はぶちまけてるんだけどなぁ。
せっかくだから再生はしばらく保留で様子を見たいんだけどできるかな?
--可
おお、あの老紳士を驚かすチャンス到来じゃないですか。ってことでタイミングの見計らいをかねてしばらく観戦ですよ。老紳士は後ろで見えないけど。
「おとなしく引き下がってくれると嬉しいんだけどなぁ」
フード姿の男が気安く老紳士に話しかけた。
「それは出来かねますな」
「こんなに頼んでも?」
なにが“こんな”なのかは不明である。
「富蔵様は我が主の客人なれば引き下がる理由はございません」
老紳士の回答を聞きフードの男がわざとらしくため息をついた。
「僕らに引き下がれってこと?」
「そうなりますな」
「断れば?」
「少なくともあなたは死んでしまうことでしょう」
丁寧な口調なまま物騒なことを言っている。
「そんな簡単に殺せると思ってるの?」
「思っていますとも」
老紳士の答えの何が面白かったのかフード姿の男は甲高い笑い声を辺りに木霊した。
「さすがは天下のバトラー! 僕が誰かも確認しないまま随分と強気だね!」
「暗殺者ギルドの『音無しのホロウ』様でございましょう?」
それを聞くと先ほどまでは嘲笑するかのような笑い声をあげていた男が笑うのを止め、こめかみに青筋が浮かび上がらせた。
「それを知って簡単に殺せるというのか?」
「ええ」
姿が見えなくても“ニッコリ”といった響きの『ええ』であった。
「暗殺者ギルド第五位とはいえ、あなた様は私と相性が悪すぎます」
フード姿の男はいまだに青筋を立てたままだ。
「あなた様の得意なのは潜伏、遮蔽等の隠密技ですがどれも私には通用しません。奇襲と組み合わせた自慢の高速剣技もそれでは意味が半減です」
老紳士は普段と変わらぬ口調で続ける。
「さらにはあなた様より私の方が移動に攻撃、判断あらゆる速度が上回っております」
フードの男もそれを自覚していたのか悔しそうに唇をかみしめている。
「付け加えていえば、あなた様の攻撃では私に致命傷を与えられません。一方で私の攻撃はまともに入れば一撃であなた様を戦闘不能にできますし、掠るだけでも十二分な効果を与えらます」
老紳士は淡々と自らの勝利が揺るぎないことを告げていく。
「最後にもう一つ。先ほど申し上げたように私の方があなた様より優速でございます。マサラ子爵領でございますので地の利も私にあります。スタミナでも負けておりません。すなわちあなた様は逃げられません」
フードの男はやれるものならやってみろと言わんばかり充血させた目を見開いた。
「暗殺者ギルドを敵に回すつもりなのか?」
「必要とあらば」
対する老紳士は平然としたものだった。
「ですが無意味に敵にするつもりもございません」
フードの男はバトラーさんの様子を窺う。さらにその周りでは顔面蒼白となった野盗が二人のやり取りを落ち着かない様子で聞いている。
「あなた方は我が主の領内で我が主の客人に攻撃を仕掛け、その一行の一人を死に追いやりました」
俺のことだろうけど生きてるからね。
「それにも関わらず暗殺者ギルドの代表的構成員である『音無しのホロウ』を見逃すと言っているのです」
そこで一拍空いた。
「あなた方は私どもに何をしてくださるのですかな?」
ホロウと呼ばれた男が侮蔑の表情を浮かべた。
「天下のバトラーともあろうものが随分とセコイ交渉だな? おい!」
「ええ。そうですね」
毒づくホロウだったが老紳士にあっさりと流されなんとも拍子抜けした様子だった。
「……わかった。それではマサラ子爵オットーに手を出さない。これでどうかな?」
「無意味でございます。私がいる限り主に手を出せる者はおりませぬ」
すごい自信だ。俺にもすこし分けて欲しい。そしていつの間にか交渉が始まっていた。
「それではマサラ子爵オットー存命中にはマサラ子爵及びその親族には手を出さない。……これでどう?」
「足りませぬな。我が主の領内での狼藉や『音無しのホロウ』の命の値段がその程度とは思えませぬ。それに我が主の客人に対する補償がなされておりませぬ。先ほど条件に加えて『竜安寺家には二度と手を出さない』この辺りでどうでしょうか?」
「いや、それは割に合わないよね。せめて竜安寺富蔵が存命中とかにして欲しいな」
「そうですか。ではそうしましょう」
さらさらとあっさり二人は手打ちを終えていた。
「それじゃぁね」
そして〝音無しのホロウ“は二つ名の通り音もなく消えた。後に残されたのは35人の野盗と首だけの俺と老紳士。
一番初めに口を開いたのは野盗の一人だった。
「あの、それで俺たちはどうなるんで?」
「どうなると思いますか?」
不安げな盗賊に対して老紳士の口調は穏やかなものだった。
「俺らもお目こぼしもらえるかなぁ~って……」
「彼らは私どもの安全を保障しました。あなた方は何をしてくださいますか?」
「あの……もう暴れないで真面目に働きます」
「……」
それに対して老紳士は無言を貫く。
「俺には女房子供がいるんッス」
身上話をする男もいる。
「……」
老紳士はやはり無言だ。
「あ、あの……」
老紳士の沈黙に耐え切れずに盗賊の一人が回答を求めた。
すると老紳士は大きなため息をついた。
「私はあなた方が我が主のために何をするのか、何ができるのかと聞いたのです」
「……」
一瞬の沈黙ののち一人の男が口火を切る。
「そ、そりゃ働いて社会に、マサラ子爵様の役に立つってことでさ」
そしてそれに続くように口々にいかに自分がマサラ子爵の役に立つかをアピールし始めた。
「働き口がなければ兵隊でもなんでもやりやすよ! これでも修羅場はそれなりに潜ってきやしたし、血なまぐさいことにも慣れてやすからね」
「俺なんてお上品な兵隊ではできない汚れ仕事だってしやすよ」
「カカァとボウズを喰わせて、ボウズがでかくなれば家庭を持って人口が増えやすぜ」
全員が好き勝手に騒ぐもんでわぁわぁとうるさい。時空コンピュータ等の手助けがなければ何一つ聞き取れなかっただろう。
その騒ぎを収めたのは老紳士の一言であった。
「わかりました」
非常に穏やかで人を安心させる慈愛に満ちた響きだった。
「それでは皆さんには死んでもらいます」
老紳士は先ほどまでと全く変わらぬ優しい口調でそう言った。すると野盗の集団は一人残らず斃れた。




