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ルゥ来訪

 あの連絡から三日後の早朝、お嬢様とバトラーさんは馬車で出かけて行った。大旦那様の葬儀である。

 喪中ということで仕事が無い上にトレーニングも停止中だった。やることがなく、ぼんやりと過ごす。うん、ごめん。元々大した仕事はしてないや。

「使用人じゃなきゃ大旦那様の葬儀に参列できたのになぁ」

 何人目の愚痴だろうか。会う使用人、会う使用人が異口同音に同じ愚痴を漏らす。使用人だと葬式にも参列できないらしい。村八分だって葬式は村の行事扱いなのに中々厳しい世界である。村八分の例外の二分は葬式とあと一つはなんだっけなんて考えていると『火事』と表示された。どっちのチート能力によるものだろう? 数字じゃなくて文字情報のみだから時空コンピューターか。そもそも能力が被り過ぎなんだよ。それはそれとして、時空コンピューターは思い出す間もなく表示される。こんなのが普及したら人間は考えるのをやめるだろう。未来の人類は退化待ったなしだ。

 暗く沈む屋敷の中でおそらく只一人そんな下らない事を考えていると門の方から大声がした。

「誰かおるかー! 勝手に入らせて貰うぞ!」

 少女の声だが、こんなに偉そうで、傍若無人で、大声で、遠くまで通る声の持ち主は俺が知る限り一人しかいなかった。


 半ば確信を持って門に行くと、来客の正体は予想通りにルゥであった。

「おう、息災であったか?」

 俺を見かけるやフレンドリーなんだか、大仰なんだか、古式ゆかしいんだかわからない挨拶を軽く手を挙げてしてくる。

「とりあえず、上がらせてもらうぞ」

 そしてそのまま屋敷の中へ。どちらかと言えば、フレンドリー……なのか?


「ほぅ? 貴子ちゃんの家はこんな風になっておったのか」

 ルゥは遠慮もなく屋敷内を見渡すと、そのまま感想を漏らす。

「しかし、高い天井じゃな。ところで、客間はどこじゃ?」

 近くのメイドに声をかけて案内を促す。フレンドリーってレベルではなかった。


 客間に案内されたルゥは適当に座ると、大理石製のテーブルを苛立った様に指で弾く。

「なんじゃ、この家は客人に酒の一つも出さんのか?」

 客人を主張するルゥ。いつ客人になったのだろうか。フレンドリーというよりは無礼の域だ。いつもの事だけど。

 戸惑う使用人一同。喪中で暇だったのか、結構な数が客間に集まっていた。その中からベアトリクスさんが俺に近づいて来たかと思うと耳打ちをした。

「少年の同級生なんでしょ? 喪に服してて接待できないって言って頂戴よ」

 貴族に意見するのは憚れるらしい。ルゥの場合は鉄拳が飛んできそうだから正解である。それもあって俺も嫌なんだが、仕方がなく一歩前に出た。殴られたら死ぬな、うん。

「ん、なんじゃ?」

「あの、喪に服してるとかでダメらしいです」

「随分と他人行儀じゃな、我を呼び捨てにしておったのに」

「学校と屋敷だと勝手が違うと言いましょうか……」

「遠慮は要らん。今までと同じように接せよ。それと肉と酒を持って来い」

 うう、やっぱり話を聞かない。

「ですから----」

 ルゥに睨まれた。言い方が気に入らなかったのだろう。

「だから----」

 慌てて言い直そうとした俺にベアトリクスさんが後ろから耳打ち。

「あんまり逆らわない方がいいわよ。侯爵令嬢なんだし。大旦那様の客人でもあったんだから出しちゃいなさい。一度は断ったんだから、使用人としてはそれで十分よ」

 ベアトリクスさんはルゥが睨んだ原因を酒を断られたからと捉えたようだが、あれの性格からして、睨んだ理由は「ですから」なんて言おうとしたからだと思う。

「ルゥ様。ただいまご用意いたします。生肉がございませんので、干し肉でよろしいでしょうか?」

 ベアトリクスさんがルゥに対して優雅にお辞儀する。

「無い物は仕方があるまい」

 一方のルゥはというと、さして気にした様子もなく応じる。

「それでは失礼いたします」

 再びお辞儀したベアトリクスさんが俺に耳元で指示を出す。

「ルゥ様のお相手をよろしくね」

 そして立ち去る。何だか厄介な役を任された感じである。

「おぅ、お主もそんな所に立ってないでここに座れ」

 俺の役割を知ってか知らいでか、主人然としたルゥが自分の横へと着席を促す。いや、その椅子って使用人は座っちゃ駄目な奴でしょ。

 助けを求めようと辺りを見渡すが使用人達はいつの間にか退散していた。触らぬ神に祟りなしって奴だろう。仕方がなく促されるままに座る。


 柔らかい!


 おおぅ、最近はクッションなしの木製の椅子が多かったから布張りの椅子の尻に当たる布と緩衝材の感覚に軽く感動してしまった。

「しかし、お主らの文化はよくわからんなぁ」

 その感動をブチ破るルゥの一言。俺にここの文化の話は振らないでください。俺の方が絶対に知らないから。

「例えば、喪に服すとか言って質素な生活をするとかなぁ」

「そりゃ、近しい人が亡くなったら派手なのは慎んだ方が……」

 日本でもそうだよな? と、思ったが爺さんの葬式で親戚一同と坊さんが酒を飲んで寿司を摘まんでいたな。

「慎ましやかに過ごしたら故人が生き返るのか?」

「いや、そんな事は無いと思うけど……」

 幾ら異世界でもないよな? きっと、たぶん……。

「空腹で力が出ない時に敵が攻めて来たらどうするんじゃ?」

「えっと、相手が道徳的に攻めてこないとかじゃないかな」

「相手がそんなのを気にしない外道であったとするじゃろ? そんな連中に負けたり、滅ぼされたりする方が故人に顔向けできんとは思わんか?」

「いや、うーん……まぁ」

 俺がタジタジモードに入っていると、大きなガラス容器に入れられた赤い液体と大皿に盛られた干し肉が運ばれてきた。

「料理の方はお待ちください」

「おい!」

 ベアトリクスさんがルゥの前に皿と酒を置くと逃げる様に去ろうとするが、ルゥがそれを呼び止めた。ベアトリクスさんが恐る恐る振り返ると……。

「酒が足らん。ドンドン持って来い。出来るだけ強い奴をジャンジャンとな」

 ルゥはそういうと、液体をグラスに移すことも無く、一気に飲み干す。ハガン候も随分と飲んでいたがルゥも同様の様だ。あの時は二日酔いとかが酷かったなぁ。と、雪国での宴席を思い出した。


「それよりもだ!」

 ルゥは酒器を乱暴に置くと語気を荒めた。

「だいたい、なんなんじゃ、あの葬儀は!」

「葬儀って……大旦那様の?」

「うむ。我慢できずに途中で退席したわ」

 葬式で黙って座っているルゥというのは想像できない。むしろ癇癪を起して退席する方が自然とも思える。だけど、それって無礼を通り越して非常識でしょ、流石に。ここの葬式のマナーは知らないけどさ。

「なんじゃ、あのスチュワートとかいう奴は」

「本家の執事さん?」

「知らん! 葬式を主宰しおって、跡取り気取りではないか」

 葬儀はお嬢様の父親が仕切るんじゃなかったの?

「だいたい、富蔵ちゃんの息子はどこに行きおった! 貴子ちゃんも戸籍上は娘だというのに、一般客扱いしおってからに!」

 ルゥはまるで敵討ちといった感じで、干し肉の塊に噛り付いた。近くにナイフがあるのに……って違う! それは明らかにおかしいだろ! もちろん噛り付くことがじゃない!

 そこにベアトリクスさんや使用人が酒の入っていそうな磁器の瓶を大量に運んで来た。

「あの、ベアトリクスさん」

 異常事態を伝えようとベアトリクスさんに声をかけるが、彼女は顔を横に振り、指を唇に当てると、さっさと去って行った。

「酒も来たんじゃ、お主も飲め」

 そしてルゥに酒を勧められる。それどころじゃないって。

「なんじゃ? 我の酒が飲めんのか?」

 いや、それお嬢様の酒だし。

「俺も喪に服さないと----」

 当然、拒絶する俺。二日酔いは勘弁だし、酒を飲んでる場合じゃないのは明らかだった。

「うるさい」

 そんな俺の口がルゥの手によって強引にこじ開けられる。そしてすかさず液体を注ぎ込まれた。思わずむせてしまったが、それを見てルゥは大笑いをしている。か弱くて無力な自分が嫌になる。


『毒物検知……無毒化開始…終了』


 目の前に文章が表示された。その間、一秒弱。毒物ってアルコールの事? ナノマシンの肉体の完全性の維持って奴の一つなの?

「おお、なかなかイケるではないか。父上からは全然飲めないと聞いておったのに意外じゃ」

 一瓶分の液体を注ぎ込んだルゥは満足気に頷く。飲めないって知ってて、注ぎ込むとか……。春先の大学のサークルじゃあるまいし。日本だと新聞沙汰になっててもおかしくないよ。

「よし、勝負じゃ」

 ルゥが勝手に勝負を宣言すると一瓶を一気飲みする。なんだか、俺は酔わないっぽいし、ここは勝って解放された方が早そうだ。俺はそう判断すると、手近にあった瓶を取った。



 それから何本くらい飲んだのであろうか。

「ううぅ……負けるものかぁ……」

 ルゥが瓶に手を伸ばした勢いで机に突っ伏す頃には空が白んでいた。

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