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訓練四日目

 今日は久しぶりに酷い寝坊をした。原因は単純なもので昨日夜更かしをしたからだ。これまでも夜更かしをしたことがあるし、その時は起きられた。なんとなれば寝なくても平気な体なので、本当の理由は緊張感の欠如かもしれない。


 昨日、ここの老紳士に静かにしていて欲しいと頼まれた。そうなるとやることもなく暇となる。人間、暇になると碌なことをやらないものである。いや、それは凡夫に限ったことなのかもしれない。だが凡夫を自認する俺は当然ながら碌でもないことをするわけである。

 具体的に語ろう。まず、食べなくても平気かと空腹実験をしようと思うも、やはり練習に集中するために食べようかなんて迷い続けていた干からびたパンを食べるわけだ。その理由もお腹が空いたという極めて動物的で易きに流れる感じでだ。創造した水蒸気でパンに潤いを与えて、分子振動でイイ感じに温めたから、柔らかくて、温かくて、空腹と相まっておいしかったんだけど、食べ終わってからやや自己嫌悪に陥る。実に凡夫である。

 パンを食べて人心地つくと好奇心が頭をもたげる。マサラ子爵へのお客さんとは誰かいな? どんな話をしてるのかいな? って。しかし調べる方法はないと思っていると、出ましたよ例の能力。“音波収集、情報解析、情報選択、音声の再構成”なんて感じで偉い人たちのお話が聞こえたの。お客さんはファームル伯とかいう人で、たわいのない話をしてた。今度結婚するだの、王様に子供ができただの、その他俺が聞いたこともない人達のゴシップだの、偉い人の話してることはわからんのです。

 って、ことで飽きた俺はネットサーフィン的にこの世界のことを調べようかと思ったわけです。なにせ、自慢じゃないけど、この世界の通貨単位すら知らないわけですからね。いや、滞在期間を考慮すれば、ある意味では自慢できそうだけど。だけど、その前に調べたいものもあったりするわけ。例えば、続きが気になっていた漫画の結末とか発売予定だったゲームとかさ。ある程度知っていればミサイルの設計図すら手に入るらしいこの能力なら……って思うのも仕方がないでしょ? そしてゲームを調べちゃったわけ。そしたら、まぁ、ズルいわ。エミュレーター的なサムシングで脳内(?)で遊べるなんてさ。元ヒキニートの俺がその誘惑に勝てるわけないじゃん? そりゃ久しぶりのゲームだし猿のように遊びましたよ。その夜更かしの結果がAM10:43ってわけだ。これでは以前の表見浪人のニート時代に逆戻りじゃないか。二度とやらないように深く反省したわけさ。

 さて反省も終わったところで、件のお客様は帰ったのであろうか?


 --音波収集、情報解析、情報選択、音声の再構成


『いやいや、この野菜の鮮度に質! 農業には自信のある我が領内でも中々に収穫できぬものですぞ』

『ファームル伯にそう言って頂けるとは光栄でございます。これは商人が王都の方から運んだ物でございましてな』

『なんと! 王都の方の収穫物とな?』

『我が領地は見ての通り不毛の地。彼の商人が度々送ってくるのでございます。なんでも品種改良や栽培方法に力を注いでいるとか』

『ほぅ……その者の工夫でここま育てたのか』

『丁度滞在しておりますので御紹介いたしましょうか?』


 まだ居るっぽいな。今日も静かにしてないとダメなのか。

 それでは昨日のゲームの続きを……。いやいや、駄目だろ! 乱数やパラメータを弄ってクリアだけでも…いや、せめてテキストデータを覗いてストーリーを……って違う! そんなの意味ないし、むなしいだけなんだ。それと引き換えに再びお嬢様たちへの惨劇を繰り返すのか? 冗談じゃない! それこそ死んでも死にきれない後悔、悔悟の雨霰よ。俺自身は殺そうと思っても殺せない再生力を持ってるけどさ。兎に角だ、あんな思いは二度と嫌だし、あのような出来事は俺の代で断ち切るのだ! そう決めた以上は無駄な時間なんて存在しない。強く引かれた後ろ髪を断腸の思いで断ち切った。続きが気になった漫画のように最後がわからなければ苦しまなかったのに。いや、あれの場合は俺が連載再開含めて作者生存中の完結を想像できなかったから続きを教えてもらえなかったのかも知れないけどさ。


 静かにしつつできる練習ってなにがあるかな? そういえば残りの課題は隠蔽術だっけ? 丁度いいって言えば丁度いい。昔というか未来というかバトラーさんがお嬢様を救出しに行くときに光の屈折とか言ってたよな。

 光の屈折ってあれか、蜃気楼とか? それとも姿を見せなくする方法だから、授業でやった水を張ったコップの下に置いたコインが見えなくなる奴かな? だけど、あれって角度によって見えないってだけだし。そもそもナノマシンって外部環境も操作できるのか?……パス。次のを考えよう。


 隠蔽ってそもそも視覚だけじゃないよな。今……っていうか、地球だったらステルス戦闘機はレーダーからの隠蔽なんだし。ここの人らはレーダーも作れそうだけど、それは作られてから考えるとして、とりあえずは音と臭い? 音と同じかもしれないけど振動ってのもそうか。

 まずは音。音とは振動。空気の震え。分子の移動。その変動が波。波ならば、俺の体内のエネルギーを誤魔化したように、逆に波打つ波を合わせれば誤魔化せる。……が、一歩間違えれば音が外に漏れるのでやめておこう。それならば、いっそのこと完全に止めるか? 宇宙では音が伝わらないらしい。その理由は真空だからって話だったはず。宇宙に行ったことがないから知らないけど。だけど、その理屈なら、真空の空間を創って遮れば音は漏れないよね? どうやって真空の空間を展開するのかって問題があるけどさ。

 問題点は放置して、次は臭い。臭いは物質だから、これは簡単。少なくとも俺の体臭に関してはだが。何故かというと……。


 --体表からの物質拡散防止モードON


 ってことで解決。実は、長い旅路で幸子さんたち臭がられてはないだろうかと気になってたら発動したんだよね。

 残りは振動。……足から地面を伝わって広がる振動を考えると真空じゃ遮断できないよな。やっぱり、これは振動を被せた打消しが良いのかな? 理屈上は俺の体内の衝撃を打ち消してたのと同じなんだから。ほぼ確実に打ち消せるようになった今なら実験してもいいのか? だけど万が一失敗したらここの老紳士に迷惑かけるしなぁ。正直なところ恩を仇で返したくはない。う~ん……、客人が帰るまで待つか。せめてこのナノマシンとかの影響範囲を拡大できればなぁ。


 --ナノマシンを散布しますか?


 なんか出た⁉ っていうかそんなこと出来るの?


 --メッセージあり。

 ---汗と共撒いたり単独で撒いたりできるが、注意して使わないと大惨事を巻き起こすぞ。これは虹色軟膏を呼吸とともに摂取させるようなもんだ。周りの人間の体が地球人仕様に変更されるぞ。それも長く一緒にいる親しい人間ほどその被害が大きくなる。Ver.34より。

 ----ナノマシンの不活性化によりその害はある程度は抑えられる。具体的には一定時間後に休眠状態に入るように事前に命じて散布する方式だ。七色軟膏は一定条件下でナノマシンが一時的に活性化するように命じるのでその逆から思いついた。ただし、不活性化までの間は徐々に地球人仕様の体に造り替えていくのは不可避であり、代謝による正常化が追い付かないほどに近くにいる人間は累積効果で地球人化は免れなかった。Ver.35より。

 -----ナノマシンに事前に一定の命令のみを命じることによってそれらは避けられる。例えばこちらからの指令に応じて気圧を調整する等である。ただし、事故防止の為に仕事を限定して散布する方が好ましいため、数度に分けて散布するする必要がある。そうなるとかなりの負担がかかる。具体的には寒気や回復や創造の速度低下等である。広い場所で散布すると拡散するのか大量の散布が、しかも度々必要になるので可能なら閉鎖された場所等が好ましい。もっとも“敵“の襲撃に合わせて散布することが多く場所は必ずしもこちらが指定できないが。Ver.41より。


 えーっと……ここなら地下室だし、できるってことか。ってことで、ものは試しと『分子制御』目標で『散布』。


 --ナノマシンを散布しました。


 同時に俺の体が震えた。例えるなら、風邪の初期にたまに感じる“ぞくっ”っとするあれだった。数秒震えた後に落ち着いたものの、何とも奇妙な感覚は体の芯に残ったままであった。

 それはそれとして早速命じてみよう。『この地下室を囲むように薄い真空の層を三時間程創り続けろ。その後、ナノマシンは活動を停止すること』


 ---了解。散布したナノマシンに命じました。


 本当に真空の層ができたのだろうか? いや、信じるしかないんだろうけどさ。だけど、散布が可能なら光の屈折も操れる?


 --可能。


 離れた場所の温度とかも?


 --可能。ナノマシンによって可能なことはおおよそ全てできる。ただし、規模によってはナノマシンの処理能力不足により不可能。


 それって、ナノマシンを散布した空間は俺の一部みたいな話じゃん!


 --考え方によってはそう捉えることも可能。肉体を喪失してもナノマシンの働きによって再構成も可能。


「やばい。俺、勝ったな」

 なにに勝ったのかは知らないが、思わず口を突いて出ていた。

「なにに勝ったのですか?」

 そんな独り言に応じる声があった。老紳士であった。神出鬼没は執事の嗜みなのか?

「お客様がお帰りになったのでお声をかけようと思ったのですが……」

 老紳士は続ける。

「結界を張ってらしたのか靴がこの通りです」

 そう語る紳士の革靴は酷く裂けて、生足が覗けている。とはいえ、その生足から血が出ている気配はない。

「ごめんなさい……」

「いえいえ、別に構わないのですよ。そろそろ換え時でしたし、気が付けなかった未熟さを学んだ勉強料と思えば安いものです」

 俺の謝罪を老紳士はニコニコ顔で受け取った。

「それよりも、その様子ですとなにか掴めたようですね」

「はい!」

 老紳士に促されていい返事をする俺。

「試してみますかな?」

 ぶっつけ本番だけど……なんとかなるよな?

「それではお願いします!」

 返事と同時に光を操るためのナノマシンを散布。それと共に体臭も抑えた。


 準備を終えた俺は老紳士が動き出す前に蜃気楼をイメージして、俺の幻影を周囲に作り出した。蜃気楼と違うところは輪郭諸々がはっきりと俺を形どっているところだろう。そして俺自身も光の動きを調整し、老紳士の視界から消え去る。今の老紳士には、俺の姿は見えず、後ろの壁が見えているはずだ。

 老紳士は姿を消した俺や、代わりに現れた数多あまたの幻影を前にしても動じた様子は見せないが動く気配もない。

 衣擦れの音は俺の周囲に作った真空層で遮断し、地面を伝わる足音は逆相違の衝撃をぶつけて隠す。遮蔽は完璧のはずだ。そして念には念を入れて遠巻きに紳士の側面をつくと、一気に近づいた。

「この辺りですかな」

 老紳士が何気なく、正面をむいたまま自然な動作で右側に拳を突き出した。

「いてっ!」

 気が付けば俺はそこに自分から突っ込んでおり、鼻の頭をしこたまぶつけてしまった。そして思わずしゃがみ込む。

「ふむ、当たりだったようですな」

 諸々の設定が解除されていたのか、老紳士が俺を覗き込んでいた。

「なんで……」

 ズキズキと痛む鼻を抑えた俺は涙声でそう聞くことしかできなかった。正直、自信があっただけにショックだ。

「なんとなく……とでも言いましょうか。音・臭い・姿の隠し方は完璧でした。ただ、我々はそれだけで判断しているわけではないのです」

 他になにがあるのさ。

「ただ、ほとんどの者。それこそ並みの貴族程度なら隣にいても気が付かないレベルの隠形でした」

 俺の疑問に答えずに老紳士は続ける。

「私も目の前で消えたからであって、初めから姿を隠していたら気が付けなかったでしょう」

 老紳士はフォローらしきものを入れると俺を値踏みするようにジロジロと見始めた。

「竜安寺の方々は明後日の午前中にはここを発つそうです。私も用事があるのでまともな訓練は明日が最後になるでしょう」

 まだまだ鍛えて欲しいんだけどなぁ。っていうか、予定よりも早いし!

「そこで明日は訓練の総仕上げで本格的な組手をしたいのですが……どうですかな?」

「どうですかと言われても……」

「正直に申し上げれば教えられることはありませんし、この数日でどの程度強くなったのか興味もあるのです。一つ、私の我がままにお付き合い願えないでしょうか?」

 どこまでが老紳士のお願いなのかはわからないが、ここまで親切にしてもらったのに断る選択肢はない。俺は二つ返事で応じた。


 俺の返事を聞き老紳士は嬉しそうに頷いた。

「それでは時刻は未設定。私が下りてきた時刻が開始時です。いつものように隙だらけで私が声をかけたら気が付いた等ということはないようにお願いします。次は声などかけませんから」

 一瞬だけ変わった空気に俺は息を飲んだ。

「それでは明日。全ての実力を出し切ってください。楽しみにしております」

 老紳士はそう言い残すと嬉しそうに階段を上って行った。

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