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訓練三日目

 地下室生活も三回目の朝を迎えた。今日も早朝に目が覚める。朝日は拝めないけどね。

 体で覚えることの重要性は力の打消しや料理などでさんざんに経験済みである。当然ながら反復練習が肝要と枕元の食べる機会がないまま三日が過ぎた“石の様なパン”を手に取った。それを軽く放り投げてキャッチ。手に落ちた瞬間の衝撃を消してみたのだ。それを数回繰り返しているうちにあることに気が付いた。

 エネルギーの質量化は離れているものに対しても可能なのだろうか?

 ナノマシンやら生体エネルギー炉の効果だから当然体内が対象だと思っていたのだが、たしか『粒子発生モードON』って出ていたはずである。その粒子がどこで発生しているのかは知らないが試す価値はあるだろう。

 俺は先ほどと同じようにパンを放り投げた。そして『粒子で〜ろ、粒子で〜ろ』と念じてみる。


 ——粒子場作成


 すると落下中のパンが減速し……やがて止まった。空中の一点において制止したのだ。まるで地面に置いてるかの様な安定感である。手品ならフワフワと漂わせるところだろうが、そんなこともない。種も仕掛けもないので気持ち悪いが、手品師がやれば『見えない台が置いてあるんだろ』と一笑に付されること請け合いである。

「変わった技でございますね」

 そして老紳士が降りてきた。どうやらこれもあまり見せない方がいいのか?


 挨拶も早々、老紳士は本日の課題を俺に提供してくれた。

「昨日のやり方で不自然すぎる防御能力という最大の問題点は一応誤魔化せるでしょう。あとは自在に使えるように練習あるのみでございます。残りの大きな問題は攻撃と隠蔽術ですかね」

 老紳士は少し間を開けると俺を真っ直ぐに見据えた。

「ところで人を殺すのは嫌でございますか?」

 ストレートに凄いことを聞かれた。

「まぁ、はい……」

 現代日本に生きていた俺としては当然ながらの答えだった。しかし、老紳士は答えに満足していないのか俺の目を見つめ続ける。

 そこで少し考える。俺は日本という人殺しを最大級の禁忌とするのが常識の社会で育っただけなんだ。それは『社会や法律が駄目って言ってるから』って次元の様な気がする。それならこの世界の常識では人殺しが禁忌ではなかった場合は? 別段信念をもって『人殺しは駄目だ!』って胸を張って言えるわけじゃないし、そんな活動をしたことがあるわけでもない。死刑廃止活動のニュースを見てても別段思うところはなかったのだから。そこまで考えて、ようやく先ほどの答えが不正確だったことに思いが至った。

「『人を殺すのが嫌』という以前に『人を殺すのが怖い』です。……それに卑怯かもしれませんが、俺自身もできればそんな経験はしたくありません。そういう意味では矢張り俺は人を殺したくありません」

 おそらく“死”そのものに不慣れだから嫌なのだ。もちろん“死”をケガレ、不浄とする日本の文化も影響してるだろう。なにせゴキブリの死骸を一つ片づけるだけでも四苦八苦してしまうくらいだ。しかし、それ以上に俺は卑怯なのだ。『人を殺すことに何も思わないようになる』のが『怖い』とでも言えたら恰好いいだろう。しかし実際はどうだ? 生き物は死ぬし、普段から“殺されたモノ”を食べている癖に自分の手は汚したくないだけなのだ。お嬢様を殺されたことに怒り悲しむ癖に人を殺すほどの覚悟は未だに持ててもいない。そんな臆病で卑怯な俺が出した答えであった。

 そんな俺に老紳士が微笑んだ。

「我が主への脅威が低くなるのは好ましいことです」

 そして続ける。

「この前の組み手においても急所を狙っていなかったので気づいておりましたが……」

 そして試すように俺の表情を窺う。

「あの光線はもっと威力を上げられるのに抑えていたでしょう?」

 抑えようと思っていたわけじゃないけど……。おそらく無意識に、そしてその要望に応じて自動で調整されてたんだと思う。なんでも王都を焼き尽くすことができるとか物騒な伝言も残ってたし。

「それが正解でしたね。必要以上に火力を上げていたら周りに被害が出ていた可能性もありますから。特に妊娠中の幸子様などにはどのような影響が出ていたか……。それに加減をしていなかったら私も今のような訓練に応じていなかったでしょう」

 俺の表情から察した老紳士はそう言うとさらに一言付け加えた。

「ただし、殺さないというのは時として殺す以上に覚悟が必要なことです。その時にどちらを選ぶかは知りませんが、その覚悟だけはしておいてください」

 そこで老紳士は一息置くと「偉そうな人生訓を申し上げてしまいました」と頭を下げた。

 そして「いずれにいたしましても光線のみでは単調でございます。殺すにせよ殺さないにせよ、色々と考えてみてください」と言い残すとそれではと階段を登って行った。


 さて、どうしたものかな。殺すとか殺さないといかいうのは考えたくないけど、自衛の為の攻撃手段は欲しいよな。それも魔法っぽい攻撃にした方がいいだろう。そこで俺が見たり経験した魔法を記憶の底から引き上げる。

 初めてのは安寿の治癒魔法だけど……これはナノマシンで自動でかかってる状態だな。ベアトリクスさんの治癒魔法も同じ。そういえば王子様や五月女は何もない場所から剣とかを出してたけど……あれは魔法なのか? 俺の物質合成とは違うはずだが……。あれに見せかければ物質の合成で武器とかも創れるな。俺が武器を持ったところで弱いけど。他の魔法は……ベアトリクスさんや富蔵さんは遠くに火を起こす魔法を使ってたよな。加えて言えば、ベアトリクスさんのは爆発してたから風とかも起こしてたのかな? そううそう、ベアトリクスさんといえば眠らせる魔法が得意って言ってたよな。それから未来の……俺の方のバトラーさんも眠らせてたし、他にも手の平から電撃を起こしていた。もちろんこれは魔法じゃないはずだけど、魔法としてありだから模倣してたんだと思う。それからここのバトラーさんは俺の横隔膜の動きを止めたり、肺の中の空気を凍らせてた。俺が知ってるのはこんなところか? あと縮地ってのもあったな。あれは魔法かどうかわからないけど。

 よし、整理してみよう。

 ・治癒魔法(ナノマシンで代用済み)

 ・武器放出(魔法?)

 ・火

 ・風

 ・睡眠

 ・電撃

 ・麻痺(横隔膜の動きを止める)

 ・温度低下

 ・縮地(魔法?)


 魔法かどうか怪しいのもあるけど、ここら辺は老紳士さんに確認をとってみよう。他にも魔法のパターンがあるかもしれないし。

 とりあえずは火だな。火は確か酸化反応で熱が出てるんだっけ? 酸素は原子変換でいくらでも供給できるし、爆発する水素も創れるからあんまり問題にならないないな。いや、火種的なのをどうするかっていう問題があった。そもそも火種ってなんだ? よく漫画とかで木を擦って火を起こしてたからある程度の熱でいいんだろう。熱ってことはエネルギーだし、例の生体エネルギー炉で無尽蔵に生み出せるな。……それだと得意の光線と変わらない気もするが、酸素と水素と、燃える炭素を組み合わせれば“火の魔法っぽく”なるからそれいいか。俺の場合は“っぽい”のが大事なんだから。

 次は風。これは簡単だ。気圧差を創れば自然と風が生まれる。無尽蔵のエネルギーを持ち、原子も合成できる俺にとっては温度を上げたり、いきなり大量の水蒸気を辺りに創ったりとなんでもありだから。

 睡眠は……薬? 強力な催眠成分を合成して相手に嗅がせたりすればいいのかな? これって可能?


 --YES


 うん。解決だ。

 電撃は盗賊相手に実行済みだから問題なし。麻痺も薬品で大丈夫だよね?


 --YES


  温度低下も野盗との戦いで実行してるんだよな。ただ、あんまり使えるとは思えないんだよなぁ~。確か絶対零度よりも下がらないんだよな。なんでか知らないけど。


 --分子の揺れが停止している状態が絶対零度だから。


 なんかよくわからない解説が出てきた。分子の話なんてしてたっけ?


 --温度は分子の揺れ、気圧は分子の進みである。


 それなら、直接分子の動きをコントロールすれば温度の上げ下げも風も自由自在?


 --YES


 で、できるの?


 --YES


 なんてこったい。それでは試しにやってみよう。

 右手に意識を集中し、絶対零度を念じてみる。


 --分子制御開始

 部屋全体の温度がみるみる下がって行くのを感じる。っていうか、右手が痛いと思ったのも束の間、右手が凍った! ってヤバい。凍った先から手を治していくのか延々と凄まじい痛みが続く。解除、解除!


 --分子制御中止

 手は凍ったままで痛みも続く。温度を上げて溶かさないと!


 --分子制御開始

 すると手のひらの氷が溶けて水滴が滴……らない。水とならずに蒸発していく。そう思った次の瞬間、手が燃えた! ってやりすぎだよ!


 --分子制御中止

 手はしばらく燃えていたがやがて鎮火し、炭化しているはずの右腕のこげの下には真新しい皮ふが創られていた。う~む……。離れた場所の分子は動かせるのかな?


 --不可。ナノマシンによる働きだから。

 うん、使えないな。火傷覚悟の捨て身技とかねぇ? 俺はすぐに治るから自爆攻撃もどきでも最終的には勝てるんだろうけど。……むしろ自衛用かな。



 見たことがある魔法は大体模倣できたな。他にどんな魔法があるか老紳士師匠に聞かないとなんて考えていたら当人が登場した。

「調子は如何ですか?」

 階段を音もなく降りてきた老紳士はにこやかに声をかけてきた。

「今回は割と順調だと思います」

「それはそれは。重畳でございますな」

 老紳士が嬉しそうに笑う。

「あの……そこで聞きたいのですが、魔法にはどのようなものがあるのでしょうか?」

 老紳士の表情が一変し、ややしかめる。

「私は知りませんし、知っていても言えません」

「えっと……あの、」

 表情の一遍に俺が戸惑っていると老紳士はしかめっ面のまま補足をくれた。

「いいですか? 真の魔法は貴族の家ごとの秘中の秘でございます」

 老紳士はなおも説教を続ける。

「それを探ろうというのはその貴族への挑戦・侮辱と思ってください」

 そして表情を元の柔和なものに戻すと付け加えた。

「攻撃や威圧には秘中の魔法を使わずに視覚的にもわかりやすい単純な火や爆発が使われることが一般的……とは答えられます。この地下室は、ここで行われた練習や摸擬戦や採用試験で使われた秘中の魔法を外部に漏らさないためのもので、それに携わった私はその情報を漏らすことができないことにご理解を願います」

 唖然とする俺にこの紳士は理解を深めるようにさらに説明してくれる。

「この手の施設は多くの貴族の家にございます。何分、どの家も真の魔法は極力見せたくありませんからね」

 そして致命的な一言を加える。

「これまでに様々な魔法を見たり聞いたり直接経験してきましたが、それでもあなた様の何かを創る能力は異常でございます。これには注意をお願いします」


 魔法でできることできないことがあって、何かを創るは出来ないってことか。いや、でも早乙女たちは武器を出現させていたよな?

「あの、武器をいきなり出現させるのとかは?」

 俺の問いを聞いた老紳士は少し首を傾けた。

「そのようなのは聞いたことがありませんな」

 げっ、この頃にはなかったのか!

「まぁ、魔晶石に一定の形を記録させておけば、魔法力を使って一時的に再構成できるでしょうな。使い道はないでしょうが」

「ないんですか?」

 リチャード様が格好良く剣を出してただけに意外だ。

「ええ。そうやって再構成した武器の存在は魔法力依存でございます。切れ味・耐久度とも強力な魔法力を持つ者ほど強力な武器を長時間維持できますでしょうが……それならば普通の武器と魔法力を組み合わせたり素直に魔法を使った方が手っ取り早いうえに強うございます」

 あれって出したときは恰好が良かったのになぁ。

「昔、召喚魔法なるものが流行ったのでございますが、それも同じ理由で廃れました。つまるところは一種の意味のない幻惑魔法と攻撃魔法の組み合わせに過ぎませぬ」


 幻惑魔法ってのもあるのか。それはそれとして、むしろ根本的な疑問をぶつけてみることにした。

「そもそも魔法って何なのですか?」

「……魔法力、一部では魔力、素子、その他様々な呼ばれ方をしておりますが、体内にある“それ”を別の形で顕在化させるすべでございます」

「それでは魔法力とは?」

「わかりません」

 この老紳士ならなんでも知ってそうだったのに残念だ。

「その問いに答えられる者は存在しないでしょう。研究がなされていませんし、許されないでしょうから」

 そういえばこの世界の人たちにとって努力とかは悪徳なんだっけ? それに魔法力が貴族の力の源泉なんだから、その解明が貴族たちに悪影響を与えるかもしれない以上は許可もされないよな。

「……」

 気が付けば老紳士が考え込んでいた。魔法について無知すぎて不思議に思われたか?

「しかし、魔法とは何か、魔法力とは何かと改めて問われると中々興味深いですな。当然と思って考えたこともありませんでした」

 老紳士は面白そうに口元を歪めると顎に手をやる。

「なるほど、『縮地』も技と思っておりましたが定義によっては魔法なのかも知れませぬな。そう考えると同じ効果なのに方法が異なる暗殺者ギルドの『縮地』との違いも理解できます」

 暗殺者ギルドってあの『クロウ』とかいう変態ヤロウがいる所だな。たぶんまだ生まれてないけど。

「魔法力の集中で身体能力や攻撃力・防御力が上がるのも、言い様によっては魔法なのかもしれません」

 クロウを思い出し嫌な気分に浸っている俺に老紳士はさらに続ける。

「そう理解すると強大な魔法力を有しながら魔法を使えない北方の民も魔法を使えるということになりますな」

「え? “北方の民”?」

「ええ、ナドヤ山北方、メニチェを中心とした領域を占領している自称“古民族の純粋な末裔”達でございます」

 メニチェってルゥとかハガン候に会った街だよな?

「『魔法も使えない蛮族が古民族の末裔を自称するな』と反発されてもおりますが、私個人と致しましては、少なくとも古民族の血を色濃く継いでいるのだと思っております。あの魔法力の潜在量はそうでないと説明できませんから」

「あの、古民……」


 --古民族とは元々住んでいたとされる民族。魔法や魔法力はこの民族由来とされている。そこに“苗字付き”と呼ばれる移民が多数押し寄せて今の社会になったという。魔法力に優れていた古民族が支配者階層となり、今の貴族にまで続いていると伝わっている。魔法力が多いほど古民族の血を多く残しているとされ、その発現である魔法を使えることが貴族の証とされている。この歴史観から“苗字付き貴族”は移民出身と見下されることが多く、実際に魔法力においても大きく劣ることが多い。Ver.2


 Ver.2って随分と初期の人だな。それだけ常識的な話ってことなんだろうけど。


「どうかいたしましたか?」

 話しかけたのにボンヤリとしている俺を老紳士が心配そうに覗き込んでいた。

「あ、いえ! なんでもないです! はい!」

「そうですか。今日は私の方が考えさせられてしました」

 老紳士が恭しくお辞儀をした。

「それと一つお願いがございまして」

 真実申し訳なさそうに続ける。

「本日はお客様がいらっしゃいますので、明日のお昼頃までは練習等は控えて静かになさって頂けると助かります」

 俺の立場からすると断れる話じゃない。是非もなしと応じる。

 老紳士は「申し訳ありません」ともう一度深々と頭を下げると階段を昇って行った。


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