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訓練二日目

 時刻は朝五時。空腹である。体は普通に動くし、頭も普段以上に働いているようなので、食べなくても大丈夫というのは本当なのだろう。ただし、空腹感が酷い。訓練そっちのけで食べ物のことばかり考えてしまっては本末転倒なので、差し入れられたまま手つかずだったパンを齧る。硬い。

「おはようございます。調子は如何ですか?」

 俺が石のようになった食べ物を唾液で溶かしていると、老紳士がにこやかに降りてきた。

「おはようございます。おかげさまで道が見つかりました」

「それはなによりでございますな」

 老紳士は『ライト』と灯りをともす。そういえば暗かったのか。視覚補正がなされていて普通に見えていたから気づかなかったよ。


「それでどのようになさるのですか?」

 言われて気が付くが、理屈はできたものの、実験はまだしていなかった。

「えっと、そうですね……。とりあえず、俺を軽く押してみてください」

 押してくる力に干渉しつつ、それらを質量に換えればいいんだよな?

「そうですか。それでは失礼します」

 ゆっくりと近づいてきた老紳士はよどみのない動きで俺の胸を軽く押してきた。


 ――力量検知

 ―――干渉モード


 押された感じが一瞬だけして、すぐに消えた。凄いなこれ。相手の動きが自然過ぎて俺の反応が遅れたから、一瞬押されたんだろうな。そして目の前の老紳士が怪訝な表情を見せる。押してる側も違和感を感じるのだろうか?

 そう思っていると俺に激痛が走った。内臓という内臓がシェイクして全身の骨という骨が全て砕かれたような痛みだった。痛覚の遮断のおかげか痛みはすぐに消えたが……。

『あばばばばばっばぁ~~!』

 断末魔と共に爆ぜた。誰が? 俺が。背中に衝撃が走った。臓物を背後にぶちまけたようだった。

「だ、大丈夫でございますか!」

 目の前の老紳士が珍しく慌ててる。そりゃ軽く押しただけで人間が爆発したら慌てるよな。一子相伝の暗殺拳の使い手でもなければさ。

「大丈夫です」

 モヒカンじゃない俺は当然ながら無事。かなり痛くて、ちょっと驚いたけど。予想だが干渉しあう力が暴走してしまったのだろう。タイミング的なのを練習しなきゃダメだな。

「い、いえ……とてもそうは見えませんが……」

「傷の治りの速いのが自慢ですから」

「そういう問題ではない気が……」

 いまだに平静とならない老紳士と苦しい言い訳を続ける俺。そして老紳士が咳払いを一つした。


「これはお見苦しいところをお見せしました。たしかにあなた様なら平気なのでございましょう」

 平静を取り戻した老紳士はいつもの穏やかな表情に戻っていた。

「しかし……いや、たしかに全然関係ない所が爆発していれば、その攻撃自体には耐えたようにみえますが……」

「これは失敗したんで。上手くやればきっと耐えられる……はずなんですよ」

「ふむ。確かに押してるはずなのに押していないような奇妙な感覚でしたな」

「ええ、ええ。ですから今日はこれを使えるように練習しようかと」

「なるほど。上達をお祈りしております。では午後にでもまた」

 老紳士は頭を下げると地下室を後にした。


 さて、練習するといってもどうしたもんかな? 壁とか地面を殴ってればいいのかな? 殴った方も痛いとかって聞いたことがあるし。それよりも背中は治ってるのかな?

 振り返るとそこには俺の想像をはるかに上回るグロ展開がなされていた。三メートルくらい先まで血が飛び散ってて、所々に肉塊が転がったりしててね。そんでいくつかはビクンビクンって動いてるの。吐きそうになるが抑える。見なかったことにしよう。しかし、自分とは思えない冷静さは時空コンピューターの影響なのかな? 以前にも興奮を抑える成分を出してたし。

 不都合な事実に目を背けた俺は背中を触る。ちゃんとある。無事に治ったようだ。そして俺の足元が抉れていることに気が付いた。あ~……土から俺の体を創ったのか。さて、治る事がわかったことだし、後は練習だな。


 俺は近くの壁に行き、とりあえず殴ってみた。

 痛い。石を殴った感じだ。そして拳の皮膚が少し剥がれ、わずかに血がついてる。しかし当然ながら“怪我はない”。すでに“治療済み”なのだ。

 完全に衝撃を消せれば、こういったものはつかなくなるだろう。そういうことでチャレンジ!

 俺は再び壁を殴る。痛い。失敗。


 ――力量検知

 ―――干渉モード


 そして遅れて反応。エネルギーの質量化をしなければ! そう思った次の瞬間、右肩が激痛に襲われた。そして俺の顔に生暖かい液体がかかった。地面には右腕が転がっている。肩から破裂したのだ。

 やがて失われた右肩が盛り上がり、そこから腕がヌルヌルと生えていく。そんな様子を見ながら考えた。

 ……グロイな、これ。

 しばらくすると無事腕が再生。さて続けよう。



 殴る、痛む、破裂する。それを幾度も幾度も繰り返した。千回は繰り返しただろう。殴った瞬間に干渉することには、たまにだが成功するようになった。しかしエネルギーの質量への変換ができない。いまいちイメージできないせいだろう。エネルギーの質量への変換ができないから、最後は暴発して破裂する。なかなかうまくいかないものだ。

「調子は……うっ」

「あ、こんにちは」

 背後の声を聴いて振り返ると老紳士が青ざめた顔で立っていた。

「どうかしましたか?」

 普段と違う様子に俺の方から問いを発する。

「……」

 老紳士は言葉を発せずに俺の周りの地面を見ていた。なんだろうと思い辺りを見る。なんのことはない、千本程度の俺の腕が飛び散っているだけだ。代わりに俺の足元の地面が随分と抉れている。腕の再生に土を使うからだ。そこで俺はようやく合点がいった。

「あ~……これは後で掃除をしておきますよ」

 そりゃ腕の処分とか大変だしね。

「その様な問題ではないのですが……。あなた様がそれで良いのなら私も気にしないように致しましょう」

 そして老紳士はいつもの表情に戻った。

「それでどの様な感じですか?」

「まだまだ根本的な部分で失敗しています」

「そうですか……。しかし、これは流石に私では役に立てることはありませんね」

 老紳士が諦めたように頭を振った。

「それでは夜にもう一度伺います」

 そして逃げるように立ち去ろうとするが、立ち止まった。

「そうそう、失敗を繰り返す時には一つ、一つ確認しながらやってみてはいかがですか? なにが原因かわかったりするものですよ」

 老紳士は振り返らずに階上へと歩いて行った。


 う~ん……あの人らしからぬ態度だったな。原因を考える。腕とか血がそこらに散らばっていたから機嫌が悪くなったのか? 誰だって自分の家を汚されたら気分が悪いしな。

 ……って違う! 感覚がおかしくなってたけど、これって異常な光景だよ! 地面は血で真っ赤、血だまりはそこらにあって、大量の腕が転がってるなんて猟奇そのものじゃないか! 初めの頃は飛び散った内臓や腕が生えてきたりするのが気持ち悪かったのに、慣れっていうのは恐ろしい。だけど、今の俺にはこの光景を見てもグロいとかシュールとかいう感情が湧かないんだよな。ただ単純に乱雑に散らかってるとしかさ。……たぶん、これは間違えた感覚だ。これからも繰り返すのだ。慣れてしまうのは仕方がないし、その方が良いこともあるだろう。だけど……これを見て異常と思える感覚だけは失っちゃいけない。

 俺はそう心に決めると散らばる俺の肉体の一部だったモノを土に戻した。


 それじゃあ、訓練再開だ。『一つ、一つ確認しながら』か……。確かに通しでしかやろうとしてなかったのは失敗だな。

 とりあえずは、インパクトの瞬間。そう思って俺は壁に拳を当てる。


 ――力量検知

 ―――干渉モード


 成功。完全に消せた。しばらくすると激痛が俺を襲う。そして肘から破裂。また地面が汚れた。と、ここで俺は思いついた。落ちた腕を拾い上げて傷口に当ててみる。するとどうしたことか、くっついた。そして欠けた部分が盛り上がって補われると見事に腕が復活。時間も短縮できた。これは便利だ。拾わないで腕から来てくれればもっと楽なんだけど。


 ――可能


 あら便利。って、これも異常って忘れないようにしなきゃな。


 次はエネルギーの質量化か。これって成功すらしたことがないんだよな。確かに単独で成功したことがないのに通しで成功させようというのは無茶な話だった。とはいえ、どうしたものかな。そう思ったとき腹が鳴った。朝にパンを舐め舐めしただけだったことを思い出す。あの硬いパンを手に取ると強引に引き千切り、一欠けらを口に放り込んだ。噛めるようなものではないので、口の中で舐めて溶かす。

 しかし、エネルギーの質量化なんてどうしたものか。手持無沙汰となりパンを手元で軽く投げながらもてあそぶ。


 ああ、これか!


 運動エネルギーが位置エネルギー換わっていってるんだよな。エネルギーを質量に換えれば上がらなくなったり落ちなくなるってことか? 上がらないのはともかく、落ちないのにはなんとも違和感があるけど。投げる瞬間にエネルギーを質量に換えればそもそも飛ばない? 気持ち悪いけど。

 ってことで実験。飛ぶなと思いながら、手首のスナップをきかせてパンを上に投げる。普通に上がって、普通に落ちてきた。なにかが足りない。おそらくそれは想像力。そもそもエネルギーが質量に変わるっていうのが想像できないからか? いや、でも生体エネルギー炉とかいう俺の理解が及ばないのでやるはずだしなぁ。


 ――粒子発生モードON


 なんか出た! っていうか粒子ってなんだ? これでいいのかな? とりあえずもう一度パンを投げる。少しだけパンが飛ぶがすぐに落ちてきた。あれ? 成功? もう一度。今度はほとんど飛ばない! こうなればしめたもので、暫くパンを手の平の上遊ばせる。百回を超える頃にはかなりコントロールできるようになった気がする。


 後は再び壁叩きだ。深呼吸を一つして壁と対峙した。そして右手からなんちゃって正拳突きを繰り出す。壁との衝突の痛みはない! 暫くして肘が痛むが……破裂はしなかった! 破裂は免れたが失敗だろう。痛みが生じるのはエネルギーの暴走を許してるってことだ。うまくエネルギー同士が干渉しているうちに質量に換えなければならないのだ。だが、成功の目は出てきた。あとは練習をつづけて、順応させるだけだ。今度は左手からのなんちゃって正拳突き。肩が痛む。……そして小規模な破裂。ボトリと左腕が肩から落ちた。今までよりも破裂は小さかったんだとポジティブシンキング。すると落ちた左腕と俺の肩が一筋の血で繋がる。筋は見る見る間に大きなり、やがて左腕が浮かぶとそのまま肩とくっついた。自分の身に起きたことなのに手品のようだった。まぁ、感想を抱いても仕方がない。今すべきことは衝突からのエネルギーの質量化だ。


 それから数百回、壁を殴り続けた。始めの頃は破裂ばかりを起こしていたが、百を超えた辺りで破裂はほとんどなくなった。二百を超えた時に初めて痛みがなかった。三百を超えた頃にはボチボチと成功するようになった。そして四百を超えた時には成功の方が失敗よりも多くなった。そして今となっては失敗することの方が少ないくらいだ。

「その様子を見ますに順調のようでございますね」

 一心不乱に壁を叩く俺に声をかける老紳士が一人。

「こんばんは」

 手を止めた俺に老紳士が挨拶をしてきた。

「こんばんは。おかげさまで、なんとか形になりました」

 俺の返答に老紳士が嬉しそうに微笑む。

「それでは今朝のように押してみてもよろしいですかな」

「ええ、お願いします!」

 願ってもない申し出だった。なにせ自分でやると衝突のタイミングがわかってしまうのだ。これでは難易度が低いに決まっている。


 いつの間にか近づいていた老紳士は、これもいつの間にというタイミングで緩やかな動作で俺を押してきた。一瞬だけ押された感覚があったがすぐに消える。老紳士はそのまま数秒押し続けた。

「なるほど。爆発はしなくなったようですね」

 そして首をほぐすように一回しした。

「それでは少し実用性の試験といきますか」

 ここからが本番と気合を入れる老紳士に俺は無言で頷いた。次の瞬間、老紳士の姿が消えた。


 ←警告


 赤文字が浮かぶと同時に左わき腹に凄まじい衝撃が走る。

 慌てるな! エネルギーを消せ!

 インパクトの瞬間は仕方がないのだ。痛みに耐えながらエネルギーを質量に換える。

 その俺の目の前に老紳士がいた。右ひざに衝撃を感じると視界が斜めになる。右ひざが壊された。そう理解ができる前に顎に一撃、空を飛ぶ。そして背中に衝撃。蹴られたのだろう。そのまま地面に激突と思いきや、老紳士に抱き止められた。

「なるほど、これなら一般的な貴族の子弟レベルとしては合格点の防御力でしょう」

 やられっぱなしだったけどそうらしい。そしてこの老紳士にかかれば一般的な貴族の子弟はこの扱いってことか。執事強いな。


「課題は奇襲的な、反応が間に合わない攻撃への弱さですね」

 言われるまでもない話だ。ただし慣れれば少しはマシになるのかな? っていうか、マシにならないと俺が困るし、実際に何らかの方法でマシになるのだろう。何人もの俺がバトラーに……目の前の老人並になってるんだしさ。

「それと回復の速さが向上してますね。足の骨を折ってもすぐに回復しております。一般人には無傷と映るかもしれません。即時に回復できれば無傷と変わらないので、それもよいかもしれません」

 一から再生ではなく、残った部位の再利用の方針が功を奏したのだろう。もちろん折れた直後にエネルギーを質量に換えたから怪我が酷くなかったというのが前提だろうけど。

「最後にもう一つ。痛みがあった時、足を折られて視界が不意に変化した時など、一瞬固まる癖がございます。痛みがあろうと不測の事態があろうと心を乱さないようにしてください。これは半分は慣れでございますが」

 慣れなんだよなぁ。慣れれば圧倒的に有利だから恵まれてはいるんだよな。ただ慣れるまでには、どれだけ痛い目に遭えばいいんだ? 想像したくない。それに飛び散った腕の件のように慣れる前に心が鈍磨してしまいそうだ。

「お疲れのようですし、続きは明日に致しましょう。おやすみなさいませ」

 老紳士は優雅に一礼すると静かに立ち去った。確かに疲れた。時空コンピュータやナノマシンの影響で疲れるはずはないのに謎の疲労感である。これが『人間性の維持』って奴なのか? 言われた通りに今日は寝よう。おやすみなさい。

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