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訓練初日

 地下室は暗くてどうもいけない。時間がわからないのだ。


 AM4:14


 時空コンピューターが時刻をお知らせしますってか。大体そんな所かと思っていたらその通りだった。一度身についた早起きの習慣はそうそう抜けないものだと、自分でも感心する。ここに飛ばされる前までは昼過ぎに起きるのが普通だったのに。


 ――人間を感知


 こんな早朝に、しかも出入りが制限されてる地下室にくるのはあの人くらいだろう。

『ライト』

 その言葉と共に地下室が明るく照らされた。

「おはようございます」

 老紳士は爽やかな挨拶をしてきた。

「この様な場所で過ごさせて申し訳ありません」

「あ、いえ! 俺の方から頼んだんで……。」

 謝る老紳士をフォローする。

「そうですか……。それで能力の方はまとめて頂けましたか?」

「はい」

 昨晩書いたメモを老紳士に渡した。老紳士はそれを一瞥すると、該当ページを千切った。すると、どうしたことかページが一気に燃え落ちる。

「なるほど、大量の水を発生させた能力が書いてないようですが……」

「あの……それは……」

 当然の追求である。一晩かけて考えた言い訳を披露しようとした時に、目の前の老人が微笑んだ。

「その方がよろしいでしょう。あの能力はいささか異様でございます。匂いからすると食べ物も創れるようですが、身の安全を図るなら辺りに人がいないのを確認してから使うべきです」

 蓋を開けただけのカップラーメンのわずかな残り香も察知したらしい。犬かなにかですか? いいえ、執事でしたよね。執事なら仕方がない。


「時間もありませんので本題といきましょう。まずは攻撃に耐えられるようにならないとお話になりません」

 それができれば苦労はしまないのですが……。

「しかし、あなた様にはそれはできないでしょう」

 知ってて言われてた!

「大事なのは耐えたように見えること、見せることなのです」

 誤魔化せってことか。

「攻撃察知や危険察知。これはどういった能力ですか?」

 老紳士は一瞥しただけで能力一覧を憶えたようだった。俺はといえば、一覧に能力説明も加えておけばよかったと少し後悔しつつ口頭で伝える。

「攻撃察知は魔法力の移動とか体の動きで相手の攻撃動作がある程度わかるってことで、危険察知はなにか危険が迫ってるのがわかるって奴です。昨日だと俺の視界外でバトラーさんがどの方向から迫っているのがわかったとか……」

「ふむ。それなら、相手の攻撃タイミングが掴めるということですね」

「昨日は目ですら追えていませんでしたが……」

「それはそれで後日考えましょう。攻撃のタイミングに合わせてどうするか。今日はその路線で考えてみては如何でしょうか?」

「わかりました」

 老紳士が柔らかな笑みを浮かべた。

「それでは私は仕事がありますので、ひとまず失礼させていただきます。昼にもう一度伺いますので、それまでになにか考えてみてください」

 本当に忙しいんだなぁ。

「それとこれは……創れるようなので不要かも知れませんが」

 そう言って、パンと革製の水筒が入った箱を置いた。

「こちらは私の要望ですが……服でございます。着衣を嫌うとは聞き及んでおりますが、さすがに私の方が落ち着きませんので」

 畳んだ服を地面に置くと老紳士が一礼して去って行った。……昨日、毛布はくれたのに服はなしでおかしいと思ったんだよな。富蔵さんの仕業に違いない。


 さて、どうしたものかね。置かれた服に袖を通しながら考える。相手の攻撃タイミングがわかるとして……。一番いいのは『かわす』だよなぁ。『当たらなければどうということはない!』って三倍の速度で動く赤い人が言ってた気がするし。実際、お嬢様の鞭だって特訓の時にはかわせるようになったんだし。

 問題は『耐えること』、『耐えてるように見せること』なんだよな。そう思いながら、毛布の上に胡坐をかいて、長考に取り掛かる。

 『耐える』ためには俺の方の強化。『耐えてるように見せる』のは誤魔化す方向ってことかな。俺を直接強くできればそれに越したことはないんだけど……それができれば苦労はしない。それでは誤魔化すか? 例えば透明化して、ホログラムだけ残すとか。ああ、これも駄目だな。なにせ彼の老紳士は難なく見破ってたし。

 考え方を変えてみたらどうだろうか? 『耐える』のではなく『相手の攻撃を無意味にする』とかはどうだろう。『俺を強化』してもこの世界の人たちの水準に届かないなら『相手に俺よりも下の所に降りてきてもらう』ってさ。思いつく方法は二つ。一つは『相手の弱体化』。これは相手を別の生物へと創り直せるならばいいのだが……可能か? 


 ――不可能。想像の範囲外。


 はいはい、御親切にありがとうございますよ。それなら毒ガスのようなもので動きを弱めるのはどうか? 催涙ガス、笑気ガス、その他のガスも名称や役割を知ってれば情報を引き出して創り出せるはずだよな?


 ――可能。


 なるほど。ただ、この前提としてガスを創造しなきゃいけなくって、創造自体は控えた方がいいって言われたばっかりなんだよな。だから、これは奥の手ってことでもう一つの方法を考えないと。

 思いついたもう一つの方法である『相手の攻撃を無効化』はどうだろう? 攻撃も基本的には運動エネルギーなんだよな?


 ――半分正解にして、半分は不正解です。魔法力は私の理解越えているものです。それを利用した魔法そのものは必ずしもエネルギーという範疇には収まりません。ただし、魔法を火などに変換した場合エネルギーとなります。Ver.13より。


 ふむ。調べてくれてたのは助かるけど……じゃあ『魔法』ってなんだ?


 ――不明。想像の範囲外。


 六千年以上かかっても解明できてないないなら、考えるのは後回しだな。

 火に水をかければ熱が奪われるように、なくすことはできないだろうか? あるいは俺が川を浮いて渡った様に浮かせちゃうとかさ?


 ――該当案件に関する助言が二件あり。

 ―――俺も同じことを考えたが、先達として言わせてもらう。相手の攻撃に同じエネルギーをぶつけるのは防御ではなく攻撃っていうんだぜ? 攻撃は最大の防御なりとは言うけどよ。向ってくる奴に大風を起こすとか色々やったけど、体の造りが違うんだ、まともにぶつかるとこっちの体はもたない。もっとも自爆覚悟の攻撃でも問題ないんだけどな。なにせ俺達ってすぐに体が治るからよ。Ver.6より。

 ―――相手を浮かばせる方法として重力操作と磁力操作を試してみました。結果としては重力操作は極めて有効です。磁力操作はなにとなにとの間にどの様な設定をするかなど少々工夫が必要です。例えば『私』と『相手』との間に斥力を働かせた場合、『非力な私』は相手が近づく度に押されます。勢いよく近づかれるとそれだけで吹き飛ばされて大怪我を負います。もちろんの話ですが、すぐに治るので問題はないといえば問題はないのですが。『相手』と『建物』等の間に斥力や引力を働かせた場合ですが、『非力な私』が鉄などを持ってた場合は引き寄せられてしまうので注意してください。それと、その様な手段が必要な相手を拘束、または、その接近を拒否するような磁力を発生させると付近に大きな影響が出るので注意してください。Ver.8より。

 ――――重力操作は確かに使い勝手がいいのですが、この使用には注意してください。重力操作そのものは時間干渉にも関係する重要なもので、自由に使えるように訓練するのは大事なのですが、この世界に使い手はいません。ただし、模倣によって類似能力をもつ者が現れました。時間にも通じる能力ですので挽回不可能な不測の事態に陥ることも考えられます。極力使わない方がいいでしょう。Ver.10より。


 なんだか色々と出てくるな。Ver.6の『俺』っていうのは若い頃の記録なのかな? 俺もこうやって後代(?)の為に記録しなきゃいけないのかな?


 ――不要。思考と記憶は自動で蓄積されている。


 あら、親切に。下手にエロいこととかは考えられないな。それはそれとして、重力がダメなら磁力くらいか……ただ、これも使用制限がありそうだ。だらだらと小出しにするなら、歴代がどうやったのか教えてくれればいいのに。って、俺がある程度想像できないと教えてくれないのか。なるほど、バトラーさんの伝言通り不便だ。不便でも与えられているだけで感謝しなきゃいけないんだけどさ。

 ここは力を消滅・相殺・対抗させる方向では考えない方がいいみたいだな。なにせ力比べになったら非力な俺の方が不利なんだから。とはいえ、他に方法ってあるのか?

「どうですか? なにか思いつきましたか?」

 延々と考えていたら、いつの間にか老紳士が地下室に降りてきていた。もうお昼なのか?


 PM:00:12


 なにもしてないのに悪戯に時間だけを浪費していたみたいだ。

「……その様子では不首尾に終わったようですね」

「えっと……まぁ……はい」

 老紳士はしばらく考えた様子をみせた。

「あなた様の力は私の想像に及ばないところなので代わりに考えることはできません」

 俺からしたらこの老紳士の力が想像外なんだけどなぁ。もちろん俺の……っていうかこの能力も俺の想像外だな。能力自体は想像内のことでしか使えないけど。

「しかし、なにか手伝えることはあるでしょう。なにに詰まっているのかお教え頂けませんか?」

 こんな俺にも老紳士は低姿勢を崩さなかった。

「それではお言葉に甘えて、質問してもいいですか?」

「ええ、なんなりと」

「バトラーさんが襲われたとしますよね?」

「はい」

「その時の対抗手段としては避ける、反撃する、受ける……それ以外にどんな手がありますか?」

 老紳士が微笑んだように見えた。

「状況がわかりませんのでなんとも言えませんが、一番に考えるのは『逃げる』ですね」

 そして続ける。

「しかし、逃げることが叶わない状況だとすれば『流す』というのも考えます」

「『流す』……ですか?」

「ええ。相手の力を受けずに、そのまま逃がす、逸らすといった感じです。……口で説明するよりも実演した方がはやいでしょう」

 俺の理解できないといった雰囲気を察したのか、老紳士が見せてくれるらしい。

「どうぞ、殴り掛かるなり、体当たりするなりしてください」

 って、俺が襲うのか。まぁ二人しかいないんだから仕方がないか。


「それじゃあ、行きます」

 俺の声掛けに目の前の老人が軽く頷く。達人だし遠慮はいらないだろう。助走をつけて肩から思いっきり体当たりを試してみた。

 老人に当たるかと思った瞬間、その体がかすかに動いた気がした。すると俺の体がふわりと抵抗がなくなった感覚に襲われる。同時に視界がまわった。そして地面に激突。もとより受け身などとれない俺は衝撃をもろに背中で受け止めた。

「本来ならかわす方がはやいのですが……例えば後ろに要人がいる場合などで魔法や反撃も禁じられてるいるのならばこうします」

 咳き込む俺に老人は表情を変えずに続ける。

「まだまだ、どんどんきてください」

 そう言って、俺に立ち上がるように促してきた。折角の機会なのでそれに応じる。痛いから嫌だなんて言っていられない。

 とはいえ、どうしよう? 俺って人を殴ったりしたことないんだよな。そんな訓練もしたことないし。まぁ、それでもやるしかない。俺は見様見真似の、おそらく経験者からしたら無様で見ていられないようなキックやパンチを次々に繰り出した。

 老紳士はそれを見てもやはり表情を変えない。立ってる場所も変わらない。俺の不恰好な攻撃に対して、その手足を軽く触って軌道を変えているのだ。仕方がなしに掴みかかる。日本人の喧嘩といえば取っ組み合いなのは殴る文化じゃないからだろう。


 しかし、掴みかかった手も軽くいなされ、オマケとばかりに俺は足を引っかけられて見事に転ばされた。

「と、いったのが『流す』でございます」

 老紳士は息切れ一つしていない。

「これは練習しなければならないのと、相手が実力者だと上手くいきません」

 老紳士は俺に手を差しだして続ける。

「もっとも、あなた様の場合は攻撃の瞬間がわかるらしいので、もっとも向いている方法かもしれません。習得するまでどうするか、それを習得できるのかという問題はありますが」

 老紳士は俺の立ち上がりを確認すると「それでは、夜にでもまたきます」と言い残して地下室から出て行った。


 俺には『流す』しかないかなぁ。とはいえ、あの体捌きは一朝一夕にできるもんじゃないよな。それに『流す』と言ってもキックやパンチに対応できるこちら側の速度や逸らすための力は最低限必要なんだし。悩みながら無意味に地下室をうろつく。

 ……いや? なにも『俺の腕力』で逸らす必要はないんじゃないか? 同時になんとも言えない違和感に襲われた。俺は『耐えられない』って前提で考えてたけど、それは『俺の体力』では受け止められないってことに過ぎないんだよな。考えながら違和感の正体を探る。そして、あることに気がつき足が止まった。

 そうだ! 『俺ができない』なら『バトラーさんもできない』はずなんだ! 俺はある日の屋敷での出来事を思い出していた。そう、ルゥが屋敷に初めて訪れたあの日のことだ。あの時ルゥはどうしていた? 興奮してバトラーさんに殴り掛かっていたではないか。そしてバトラーさんはどうした? たしか軽々と掌で受け止めていたはずだ! 貴族の子弟たちを一撃でノックアウトさせていたルゥの拳をだ!

 これは普通ではあり得ないはずだ。腕力的に受け止められるはずはないのだから。それでは『流した』のか? これもない。バトラーさんは正面から受け止めていたのだから。だが、それでも『流した』以外はあり得ないのだ。ではどうやって流したのか?

 逆に考えればいいのか? なぜ『流せない』と。乏しい知識を動員して考える。物がぶつかれば両方にダメージある。なぜか? 運動エネルギーが衝突によって別のエネルギーに変わるから。それによってダメージを負うのではないだろうか? そう考えれば、漫画に出てきたゴム人間は伸ばすことでエネルギーを貯め込んで、反発する形で運動エネルギーとして返しているのだろう。

 ダメージを熱と考えれば、電気ストーブが電気を熱に変えているのと一緒なのか? それならなぜ電気ストーブのコードは熱くならずに正面の菅だけ熱くなるのか? コードの抵抗は低くて菅の部分の抵抗が高いからだ。抵抗が高い菅の部分で電気が熱に変わっているのだ。


 そこまで自問自答を繰り返してようやくおぼろげながらも形がみえてきた。まず、俺の体を組み替えてそれこそゴム人間のようにする。これは可能か?


 ――不可。


 うん。予想通りだ。これができるなら俺の体をこの世界の人たち並に組み替えて強化できてしまうんだから。もしかしたら、ここの人らの体の造りに精通すればできるのかもしれないが……。杉田玄白じゃあるまいし、ちょっと御免被りたい。


 体の造り替えができない以上は、そのエネルギーを物質的に『流す』ことはできない。殴られれば痛いのです。人間だもの。だけど重要なのはエネルギーを『流す』ことそれ自体じゃないんだ。『流す』ことの目的は体へのダメージを減らすことだ。

 中学校の時の理科の授業を思い出す。あれは『音』の性質の授業だった。音の波を視覚化する為のくねくねと波打つ妙な器具を使った授業だった。


 ――ウェーブマシン。


 そういう名称だったのか。ある程度知ってる物なら名称を教えてくれたりするんだな。

 それはそれとして、あれは『流れ』だった。高い部分と低い部分が波を作って流れていた。それに対して逆側から同じように流れをぶつけた時はどうなった? 一方の流れの高い部分と反対方向の流れの低い部分がぶつかった時には視覚上は“波”が消えていたじゃないか。そして、通り過ぎた後はお互いの“波”は何もなかったかのように流れていった。これを応用して、殴られた瞬間に同種の反する“波”をぶつけたら、俺の体に対してダメージを与えずにエネルギーが素通りしないだろうか?


 ――可能。メッセージあり。

 ―――時空コンピューターの処理能力と生体エネルギー炉の力を利用すれば、確かに理屈上は可能です。事実、その方法で対処していた代も長かったようです。これの問題点は二つあります。一つ目は干渉を終えた“波”に対しても“新たな波”を発生させて干渉し続けないと、干渉の為に発生させた“波”で自分自身が傷つくこと。二つ目は“波”のぶつかり合いで見かけ上の“波”が小さくなる場合があれば、逆に大きくなる場合もありえることです。波が大きければその分大きなダメージを負ってしまいます。干渉を終えた波に新たな波をぶつけてと延々と先延ばしする方法もあるにはありますが、常に衝撃波を放出し続ける危険人物となるでしょう。歴代の先達は貯めたエネルギーを人知れず体を爆散させて消滅させていたようですが……。いくら再生できるしそれほど痛くないとはいえども避けたいところでしょう。ですが、いい所にまできています。君には既にヒントを与えています。よ~く思い出してください。Ver.147より。


 爆散って……。しかし随分と番号が飛んだな。俺が148だから、その前……ってバトラーさんか。俺に対して語りかける感じなはずだよ。ヒントとかもったいつけずにさっくりと教えてくれればいいのに、どんな焦らしプレイだよ! しかし、ヒントって……なにか言われたか、命じられたかな? どうにも心当たりがない。いや、ヒントと言われれば全部ヒントのような気がしてくるし。


 一つ、一つ思い出してみる。まず、牧場で拾われた。この時から学校に通い始めるまでの間にはたぶん何も言われていない。学校では……試験会場で見かけたくらいだし、特にないよな? っていうか、バトラーさんと絡んだ事って実はあんまりない気がする。マサラ鉱山は……道中でサスペンションの注意を受けたくらいだったはずだし。あ、マサラ鉱山の面積を東京ドーム換算で示されたのはバトラーさんの仕業だっけ? 表示を考えると絡みは多いのか。……だけど、なにか出てたかな?

「調子はどうですか?」

 不意に声をかけられた。俺が思い出していたのとは違うバトラーさんだった。

「食べ物に手をつけていらっしゃらないようですが……」 

 そのバトラーさんは手つかずのパンと水を一瞥していた。

「確かに味気ない食事ではございますが、食べずに頑張るというのもお体に障ります」

 なんとも申し訳なさそうに忠告してくれた。

「いえ、場所と食べ物の提供だけでなく、相談にまでのって頂き感謝です」

「そう言っていただけると助かります。せめて良い食器で提供したいのですが、なかなか管理が厳しゅうございまして、申し訳ありません」

 そう言えばお嬢様も上等な食器で俺に感謝を表していたことがあった。ここはそういう文化なのかな?

「珈琲のような臭いが強いものも持ち込めませんし……とはいえ、確かに食事事情や衛生環境の工夫が必要ですな」

「いや、ホント大丈夫です。なんなら食べ物も創れますし、トイレとかその辺もなんとかできちゃいますし」

 嘘ではない。っていうか、お腹は空くけど食べなくても平気らしいんだよね。今はその実験もかねて絶食にチャレンジしようってわけだ。今思いついたんだけど。

「あなた様がそう仰るならば、そうなのでございましょう。それで、よいお考えは浮かびましたか?」

「はい、おかげさまで……あと一歩といったところまでは」

 その一歩がわからないんだけど。

「ほう! それはなによりでございますな。具体的にはどの様な感じでございますかな?」

「え? あ~……」

「ふむ? あまり仰りたくないのならば、それでも結構でございますよ」

「いえ! そうじゃないんですよ! まだ完成してないのと、どう説明したものかと考えたもので」

「それでは完成まで待ちましょう。また明日みょうにちに訪れます。『ライト』の効果はそろそろ切れますが、後はカンテラの方でお願いいたします」

 そして老紳士は深々と頭を下げると地下室から出て行った。


 しかし特訓とか良い食器とかコーヒーとかって既視感デジャヴを感じるワードだなぁ。お嬢様との特訓を思い出す。思い返すにあれは酷かった。ひたすら鞭に打たれるだけだったもの。今にして思えばお嬢様の特訓にかこつけた俺への特訓だったんだろうけどさ。それにしても反撃手段をもたない無力な子羊をライオンの籠に中に放り込むようなものじゃないか。バトラーさんが自分とはいえ、我ながら酷いことするよなぁ、死なないとはいえさ。……あれ? そういえば、反撃方法を望んだ時になにか出なかったっけ? あの時は鞭を避けるのに必死で特に考えなかったけど。


 E=mc^2


 そうだ。日本人としては忘れてはならない式。……なんて大上段に構えてみたけど、広島の平和教育を受けていない俺にとっては漫画や小説なんかに出てくる核爆弾を象徴する式なんだよな。実際には質量をエネルギーに換算した式だっけ? 一グラムに足りない質量であの惨事だったとか。


 ……いや違うな“=”なんだから、等価式か。質量からエネルギーの一方通行じゃなくって、エネルギーと質量の等価性を表してるんだよな。……ちょっと待て!


 そうか! 俺の生体エネルギー炉はあらゆる原子の核融合、核分裂を自由自在に起こす機能があるんだ。これによってエネルギーを生み出しているなら、逆もできる可能性があったのか!

 答えてくれるかわからないが、聞いてみよう。エネルギーの質量への変換は可能か?


 ――可能。


 やっぱりそうだ。運動がエネルギーなら、それを質量に換えてしまえば極々微量な質量に変わるだけなんだ。それなら、殴られた瞬間、あるいは衝撃に干渉を起こして無効化している間にそれらを質量に換えればいいんだ。


 一日かけて理屈を導いた俺は一気に疲労感に襲われた。時空コンピューターの影響とかのおかげで無理が出来ていたのかもしれない。オフモードに入った俺は知らないうちに眠っていた。

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