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マサラ子爵

 マサラ鉱山の例の石造りの壁が見えたのは昼過ぎのことであった。かかった日数は当初の予定通り約二週間。停まった駅は三カ所。俺が道中で学んだことは、馬と喋れること、馬車の操作方法、料理のレパートリー。そのレパートリーは幸子さんが道中作ってた料理。ポトフに水炊きっぽいのにちゃんこ鍋っぽいのに寄せ鍋っぽいの……。ただし材料は同じで肉は干し肉を戻した物。それをちゃんこやら水炊きと呼んでいいのかは別として、同じような材料を鍋で煮ただだけともいう。全然、レパートリーは増えてないや。ともあれ、マサラ鉱山に到着したのだ。


 お嬢様の時代と違い門は開け放たれており、多くの馬車が行列を作っていた。

「相変わらずの盛況ぶりだなぁ」

 隣で手綱を握る富蔵さんが感心した様に呟いた。

「あれはなんですか?」

「街に入る手続きだ」

 馬車は十台。荷台を調べられたりと結構時間がかかる様子だった。

「それじゃあ、行くか」

 富蔵さんは車軸を操り馬車を曲げて走らす。向かった先は列の最後尾……にあらず。そのまま門の方へと向かう。当然ながら門兵がそれに駆け寄る。

「どぅどぅ」

 門兵が停まるのを促す様に馬と富蔵さんに声をかけた。それに応じて富蔵さんも減速する。

「竜安寺商会会頭、竜安寺富蔵です」

 富蔵さんはそう言ってメダル状のなにかを門兵に示した。

 門兵はそれをしげしげと眺めると敬礼を一つし「どうぞ」と通行を許可してきた。行列無視とかVIPだね。孫がここの領主になるのは伊達じゃない。今は孫の影も形もないけれど。


 マサラ鉱山の街は俺が知っているのとは大違いだった。王都が変わっていなかっただけに意外であった。

 お嬢様と行った時は閑散として倉庫が並んでいる様な街並みだったのに、これはどうしたことだろう。門を入った直ぐの大通りには店が立ち並び軒先まで所狭しと商品が並べられている。壺やら木工細工、ドライフルーツに干し肉に漬物が入った瓶などを並べている店もある。さらに圧倒的なのは人の多さだった。王都なんて問題にならない。ごった返してるとでもいうべき感じだ。流石にテレビで見た東京の渋谷の交差点とはいかないが、そこかしこに人が歩いており、ちょっとした賑わいをみせていた。

「さすがのお前でも驚いただろ?」

 馬車を走らす富蔵さんが聞いてきた。おそらく驚きの意味が違うが「はい」としか答えられなかった。

「これが祭りじゃなくって、日常だっていうんだからな」

「広場の方には遠くから馬車できた人達が出店してて地方の物も揃ってるのよ」

 荷台の方から幸子さんが教えてくれた。

「あとで覗くといいさ。今は子爵様に謁見だな」

 馬車は俺達を乗せて大通りを真っ直ぐに進んでいった。


 馬車が停まった先は、以前というか未来において代官所として使われていた建物であった。その時には倉庫だらけの街並みに見合ったレンガ造りの武骨な建物と思って見ていたが、今だと賑やかな街に似つかわしくない、よく言えば古式然、悪く言えば年数を経た古臭い雰囲気を漂わせていた。45年の間に改修でもしたのだろうか、後の代官所時代よりも古く見えた。

「なんの御用でしょうか?」

 馬車に衛兵らしき男が駆け寄ってきた。

「竜安寺商会会頭、竜安寺富蔵です。マサラ子爵オットー様にお目通りを願いたい」

 富蔵さんが見せたメダルを確認すると男が敬礼をした。

「わかりました。少々お待ちください」

 男は富蔵さんに小さく頭を下げると小走りで建物の中へと消えていった。

「さてと、今日は会えるかな?」

 富蔵さんが腕を組む。

「しかし、凄く賑やかな街ですね」

 これが45年後には寂れるとは想像ができなかった。

「ここは良質な魔鉱石が採れるからな。しかも割と王都に近いだろ?」

 暇なのか富蔵さんのレクチャーが始まった。

「超良質なのは王都の方で魔晶石に加工、低品質の鉱石も別の場所で結構な値段で回されるからな」

「もう! 栄えてる原因はそこじゃないでしょ」

 後ろから幸子さんが文句を言ってきた。

「まぁな」

 そして悪戯っぽく笑う富蔵さん。

「原因を知ったらお前も驚くぞ」

 この社会の常識をほとんど知らないから並大抵のことじゃ驚かない自信がありますよ?

「せっかくだから、お前も謁見に付き合えよ。ビックリするぜ」

 答えを保留した富蔵さんに幸子さんが同意の頷きをみせた。

「オットー様もいい人だしね」

「違いねぇ。いい人過ぎて将来が不安になるけどな」

 その不安は的中ですよ。そのオットー様か次代かその次かは知らないけど、この家って没落しますから! って、ベアトリクスさんの実家に当たるんだよなぁ。まだ生まれてないだろうけど。あれで45歳だったとかなら別だが……。

 そこに衛兵が小走りで馬車の所にくると「当主様がお会いになるそうです」と告げた。


 建物の基本的な造りはお嬢様の時とあまり違いはなかった。あの時はゴブリンやらピエール様の来訪やらで慌ただしかったが、今はのんびりとしていることが数少ない違いだろうか。

 そしてお嬢様とバトラーさん達がいた執務室に通された。

「おお、竜安寺くん! よく来てくれたな!」

 部屋に入るなり、禿頭の痩せこけた高齢男性がにこやかに出迎えた。

「どうもご無沙汰しております」

 それに対して富蔵さんが頭を下げた。

「いやいや、君の活躍はここまで聞こえているからね。ご無沙汰という感じは全くしないよ」

「オットー様の善政こそ王都のみならず、各地で話題となっていますよ」

「私の実力ではないからね……ところで、権蔵君は?」

「王都に置いてきました。愚息にもそろそろ経営の真似事をさせないといけませんからね」

「ふむ。厳しいのぅ」

 オットー様は会えないのが残念といった感じで呟く。

「孫も権蔵君と遊べるのを楽しみにしておったのだが」

 まさかベアトリクスさんってば45歳⁉

「いや、申し訳ございません。後日、権蔵をヨハン様の所へ挨拶に行かせますので」

 富蔵さんの謝罪を受けてオットー様が笑い出した。

「二十歳の大人が十歳の子供の挨拶を受けるもないだろう」

 富蔵さんも愛想笑いで応じる。少なくとも孫はベアトリクスさんのことではなかったようだ。

「しかし、幸子さんは相変わらず美しいの」

 オットー様は幸子さんに話を振る。

「あら! 本当のこととはいえ、恥ずかしいですわ」

「相変わらずじゃのう」

 今度はオットー様が苦笑い。

「……」

 そのオットー様と目が合った。

「その子は?」

「うちの所の客人です。こう見えて魔法が凄いんですよ」

 富蔵さんに紹介された。魔法じゃないんですけどね。

「ふむ。まぁ、立ち話もなんだ。座って話そう」

 そう言って執務室に置いてあるソファーに座る事を勧められた。


 俺達が革張りの三人掛けのソファーに腰かけると、これまた高齢の紳士が紅茶を優雅な手つきで俺達の前に置いた。お嬢様のお屋敷以来のいい香りだ。よほどの高級品なのだろう。

 その老紳士が離れようとすると向いに座っていたオットー様が呼び止めた。

「お前も話を聞いてくれ。アドバイスが欲しいからな」

「畏まりました」

 老紳士は優雅に一礼するとオットー様の脇に直立した。

「さて、その客人を紹介しにきたわけじゃないんだろ?」

 オットー様は先ほどとは打って変わった真剣な口調で富蔵さんに質問を投げかける。

「まぁ……そうですね」

 富蔵さんが言い難そうに応じた。

「……様子見といったところか?」

「ええ、お察しの通りです」

 二人はお互いにわかってるという感じで話が進める。

「先に言っておくとゴーレムの導入は嫌だぞ」

 切り出したのはオットー様だった。

「ええ。オットー様ならそう言うと思っておりました」

 そしてもっともだと頷く富蔵さん。

「しかし、これからを考えると厳しいですよ」

「……性能はどんなものだ?」

「出回っているものを調べた感じではまだまだですね」

「出回っていないのは?」

「はい。どうもかなりの高品質のゴーレムの量産化に成功している様で……」

「……」

「もちろん、鉄や魔晶石・呪術師の需要・九伯家辺りの動きからの推測に過ぎないのですが……」

「なるほど。貴族が嫌うほどの進歩製品ってことか」

「それもあるのですが短い期間で段階的に急激に高品質化させて一儲けと考えている節が見受けられます」

 退屈なので紅茶を飲んでみる。なにこれ⁉ 無茶苦茶旨いんですけ? ふくよかな甘さに適度な渋み。日本でも飲んだことないぞ? コーヒー派だから紅茶なんてペットボトル入りも滅多に飲まなかったけどね。いや、コーヒーもあんまり飲まなかったけど。やっぱりコーラ派だから。

「そんな目論見をもっていてもすぐに独自で改良されてしまうだろ?」

「その儲けが九伯家に流れる様で……改良・無断量産を禁じる予定なのかと」

「なるほど。九伯家が絡めば可能だな。……すると利益は北の蛮族への防衛費か」

「いえ、どうも儲けでゴーレムを増産する予定のようです」

「そんなことをしてどうするのだ?」

「ゴーレムそのものを対蛮族に利用するつもりのようです」

「なに! そんなことが可能なのか⁉」

「可能性の問題ですが……かなり高いでしょう。直接戦闘なのか地形変更や野戦築城の土木工事目的なのかわかりませんが……いずれにしても、もしそのレベルのゴーレムの開発が始まっているのなら鉱山労働は全てゴーレムの時代になるかと」

 あ~……。なんかベアトリクスさんがそんなことを言ってたな。

「それまでに人員を整理しながらゴーレムを随時導入するのがよろしいかと思い伺ったわけです」

 オットー様は悩むように目を瞑ると代わり口を開いた。


「バトラー、お前の意見を聞かせてくれ」

 え⁉

「それでは僭越ながら、このバトラーが申し上げます」

 オットー様の脇に立つ老紳士が畏れ多いといった感じで口を開くのであった。

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