マサラ鉱山への道中
『疲れた』
牧場を出てから三日程経った。その間は走り詰め。一切の休憩なし。長距離向けの馬ってこういう意味なの? タフってレベルじゃない。ついでに言うと富蔵さんも寝てない。だけど普段と変わった様子もなく、こちらも負けずとタフである。かくいう俺も寝ていない。ナノマシンとかの不思議能力で二十四時間戦えちゃうの。
「ふぁ~……」
その後ろで幸子さんが大あくび。夕焼け空の今頃になって目を覚ましたらしい。
「あらぁ? ウマさんが操ってたのねぇ~」
眠たい目をゴシゴシと幸子さん。実は四時間ほど前から俺が手綱を握ってました。
時空コンピューターの不思議能力、視覚情報再生とかトレース能力とかで手綱の動きはなんとなくだがそれっぽく動かせるようになったのだ。って言っても手綱を持ってるだけなんだけどね。
「あの、そろそろ休憩しませんか?」
俺は富蔵さんに提案を試みる。駅を二つほど過ぎたがここまで止まらずにきたのだ。食事も初日こそサンドイッチとスープがあったが、後は干し肉と硬めのパンと水。それと少しの生野菜。まぁ、俺の場合は食べなくても平気らしいから、それは大した問題じゃない。むしろ幸子さんの健康が気になるところである。
「少し早い気もがするが、馬も少し疲れてるみたいだからいいだろう」
許可が出たので手綱を引いて馬に制止を命じる。
「おいおい、もっと強く引かないと言うことを聞かねぇぞ」
ええ、ええ。全力で引いたけど弱いって。お馬さんの力が強いんですもの。馬もこの世界基準なのか。
『疲れてるなら休もうよ』
それなら説得だ。誰をって? そりゃお馬さんだよ。疲れたってぼやいたのも馬なんだから。
『なんだ? おめぇオラ達の言葉がわかるのか?』
はい、わかるみたいです。ここの馬は随分とおしゃべりで走ってる最中もピーチク、パーチク。そんなことが歴代六千年以上積み重なって馬語を少しずつ翻訳していったのか時空コンピューター経由で理解できてしまったのです。流石は俺で148代目。歴史の重みが違います。ゴブリンとも会話ができたのは地道な翻訳活動の積み重ねだったろう。地道な努力はチートだね。俺はなんにも努力してないけど。歴代の俺に感謝。
俺の言葉に応じて馬が速度を落とし、やがて馬車が停まった。
「なんだ、また魔法か? 馬車の動かし方を学ぶも糞もあったもんじゃねぇな」
それを見ていた富蔵さんが苦笑を浮かべる。俺もとりあえずは笑って誤魔化しておいた。
馬車から降りた富蔵さんは幸子さんから卓上コンロの様な物を受け取り火を着ける。するとコンロで小さな火が燃え続け始めた。例の火の出る棒はまだ存在しないのか富蔵さんが魔法で火を起こしたようだった。
「それじゃあ、飯ができたら起こしてくれ」
そしてそのままゴロリと横になった。
幸子さんは「はい」と返事をするとまな板に小刀、そして野菜などを荷台から持ち出していく。
「あの、俺もなにか手伝いましょうか?」
「なにか下心でもあるのかしら」
幸子さんが嬉しそうに笑う。
「おいおい、聞き捨てならねぇな」
そして寝ころんだままの富蔵さんも参加してくる。
「え、いや、料理も経験したいなぁ~……って」
「あら? わたしのお仕事を奪っちゃうの?」
からかう様に笑われた。
「料理や洗濯といった道中の雑事は幸子の仕事だ。お前はお前の仕事をしてればいいさ。今は休むのも仕事のうちだ」
俺の仕事ってなんだろう? 仕事を奪うもなにも純粋に練習したかったんだけどな。ああ、それが奪うことになるのか。仕方がないので見学することにした。考えてみれば、この世界の料理の様子って見たことがなかったんだよな。
幸子さんは鍋に水を張るとそこに干し肉を放り込む。それからなんだか根菜の様に見える物を慣れた手つきで次々と切っていく。切り終えると鍋をコンロの上に置いて水を煮立たせる。沸騰させたら野菜を投入して蓋をした。これはポトフ的な何かだと理解できた。
その間に幸子さんは再び荷台に行く。そしてバケツに何かを入れて馬の前に。ああ、餌と水やりか。あれも幸子さんの仕事らしい。その後、積んでた水で手を洗うと食器やパンをお盆に載せてこちらへとやってきた。
「あら、休んでなくていいのかしら?」
眺め続けていた俺に対する質問だった。
「あ、はい。割と平気なんで」
完全性を維持するナノマシンの理屈上はだけど。
「幸子のケツを目で追ってたんじゃねぇよな?」
そして富蔵さん。寝るなら寝ててください。
「もう! こんなおばさんをそんな風に見ないわよね?」
二十歳前後でも通じるお嬢様にそっくりな美人さんがなんか言っている。そんな目で見ない奴がいたとしたらそいつはホモだ。もしくは富蔵さんを怖がってる俺だ。あとリチャード様も見ないかもしれない。ってことで否定も肯定もせずに薄ら笑い。否定しても肯定しても怒られそうだもん。
「なんで返事をしないんだ?」
それでも富蔵さんに絡まれた。面倒臭いな、もう。
「わたしって魅力がないのかしら?」
そしてこちらからも絡まれる。やっぱり、自信があったのね。
「いや、幸子は魅力的だ」
「やだ、あなたったら! ウマさんが聞いてるわよ」
なんなのこの夫婦。俺を無視して初めからいちゃついてれば良かったのにさ。
夫妻がいちゃつくこと15分。
「そろそろできたわよ」
と、幸子さん。
幸子さんが鍋の蓋をとると、肉と野菜の煮えた良い匂いが漂った。そして鍋からスープと具材を皿に移していく。
スープとパンのみという質素な食事ではあるが、ここ数日の食事に比べればはるかに良い。富蔵さんも起き上がって食事を受け取る。
「いただきます」と心の中で言ってスープを一啜り。干し肉からしみ出したうま味と野菜の味が混じっている。そこに塩味が効いてて、いい感じのバランスだ。野菜は何だろうな、ジャガイモ的なのと人参の様なのとブロッコリーっぽいなにか。ますますもってポトフで味もポトフ。素材の旨味を単純にして最大限に引き出してる。ちょっと胡椒とかの香辛料・香草のたぐいが足りないか? だけど、それが逆に優しい味を引き出してると思う。ただ、なによりも温かいだけで御馳走なんだと認識させられる。水とパンと干し肉がメイン毎日だったのだから。硬めのパンもスープに浸せばしんなりといい感じに。うん、うん。うまいもんだ。
――敵意を持った会話を傍受。再生しますか?
なんか出た! とりあえずYES?
『あれが竜安寺の馬車か?』
『へい。なんでもスゲェお宝を積んでるとかって王都でも評判でしたぜ』
『マサラ鉱山に行くのにわざわざぺオモテ種で行くんだからな。期待できるぜ』
『おかげで追いつけたしどこまでもツイてやすね』
『だけど、なんでも腕利きの魔法使いを護衛で雇ったって噂もありますが……』
『だから、こんだけの人数を集めたんだろ。他の親分衆にまで声をかけてよ』
うう、さらば温かスープ。富蔵さんが妙な噂を流すから変な連中を呼び寄せるんですよ。
「あの~……」
恐る恐る富蔵さんに声をかけた。
「なんだ?」
「なんか狙われてるっぽいです」
富蔵さんは「そうか」と短く答えて皿を置いた。
「流石は噂の魔法使い。俺達に気が付いてたのかよ」
俺の言葉が聞こえたのか、どこからともなく野蛮そうな男達がゾロゾロと……いや、ゾクゾクと? ワラワラと? いやいや多すぎだろ。辺りが暗かったとはいえ、どこに潜んでいたのかというほどの数が現れた。
「隠蔽魔法か……」
富蔵さんが呟く。
「おうよ。魔法を使えるのがそっちだけだと思うなよ。大人しく積み荷を寄越せば見逃してやるよ」
野盗の弁を聞いた富蔵さんは鼻で笑った。俺はというと数にビビっていた。こんな人数を見るのは中学校の卒業式以来だ。いや、さすがにそれよりはかなり少ないだろうけど……一学年より少し多いから二百人くらい?
――264名
もはや3対264も3対200も誤差だね。うん。包囲殲滅されちゃうよ。
「魔法をかけてもらっただけで、魔法の使い手はいないだろ? いたら黙って襲ってるだろうからよ」
富蔵さんはというと平気な様子だ。
「ウマ、幸子。行くぞ」
そして馬車への引き上げを俺達に命じる。
「このまま行かせると思ってんのかよ!」
怒鳴る野盗。
「行かせるさ」
馬車へと平然と歩きながら、さらりと答える富蔵さん。
「この人数差ならお前らが勝つかもしれんが、被害を考えると割に合わんからな」
あれ、富蔵さんってば大事なことを見落としてないか?
「竜安寺の大財産が載ってるって聞いたぞ」
野盗の誰かが呟き、「そーだ」、「そーだ」の大合唱が始まった。
「載ってねぇよ、そいつを試すために流した噂だ」
富蔵さんが面倒そうに答えて、コンロ辺りで棒立ちの俺を指さす。
「嘘を言ってんじゃねぇ!」
富蔵さんに野盗が怒鳴った。
「嘘だとしてだ……お前らに俺達を襲う覚悟があるのか?」
一転してドスを効かせた富蔵さんの声に多くの野盗が気圧される。そんな中、頭目らしき男が一歩前に出た。
「面白れぇ! 野郎どもかかれ!」
俺は思わず身構えたが……誰も動かない。「お前が行けよ」、「いや、お前が」って感じの声がそこかしこで聞こえる。『他の親分集にも声をかけた』って言ってたから結束や指示命令関係が弱いのかな。
富蔵さんが呆れたように笑ったかと思うと俺を見て表情を変えた。
「ウマ! お前、何してんだ‼」
いきなり怒鳴られた。そして隣で「キャッ!」っと小さな悲鳴が聞こえた。
見れば、男が幸子さんを捕えていた。いや、さっきまで男はいなかったのに!
「おい! この魔法使いは評判倒れのぼんくらだぞ!」
幸子さんを捕まえている男が叫ぶ。
「こんなに近いのに隠蔽魔法を見破れないんだから本当だな!」
声と同時に俺を遠巻きに取り巻く五十人程の男が姿を現した。ついでに“なにか”に殴られた。思わず地面に倒れ込んだ。
「マジかよ⁉ 殴られるまで気が付かないとかあり得ないだろ!」
そこには男がいて、驚きの表情を浮かべている。どうなってるんだよ?
――隠蔽魔法:実力によって効果に差異があるが、多かれ少なかれ気配を消す魔法。近づくほどに見破られやすくなり、ある程度以上の実力者相手にはほとんど無意味。魔法力の移動等の攻撃態勢に入れば基本的に見破られることとなる。僕らの場合は警戒しておけば、時空コンピュータが発見してくれるので基本的には問題とはならない。 Ver.4より
先に教えてよ! どうりで表示人数よりも少ないと思ったんだよ、まだ隠れてたのかよ! 俺は富蔵さんが余裕そうだったから無意識で警戒してなかったのか……。いや、今はそれよりも――――。
「積み荷は譲る。幸子を放してくれないか?」
富蔵さんが白旗をあげていた。
「いつの話だよ。この魔法使いがハッタリとわかれば遠慮はいらねぇ。お前らを殺して、積み荷を奪う。この女を使って息子の方に身代金を要求する。そうすれば二度美味しいだろ。いや、女で楽しめるから三度か」
幸子さんを捕えた野盗が嬉しそうに続ける。
「おい、少しでも抵抗してみろ。この女の命はないと思え」
そう言って幸子さんの頬を舐める。ああ、俺のせいだ。
「よし、殴り殺してやれ」
頭目らしき男が殺し方に注文を付けると俺と富蔵さんに野盗が一斉に殴り掛かってきた。
散々に殴られた。それでも俺の方はいいんだ。痛覚はすぐに遮断されたし、怪我もすぐに治る。しかし富蔵さんも全く無抵抗なままで殴られ続けている。そして野盗の一人が幸子さんの乳を揉んでいる。どうしたものだろう? なんか魔法っぽいのを見せても逃げてくれる感じではないし……。考えていると俺を殴っていた野盗が叫んだ。
「てめぇ! 治癒魔法を使ってんじゃねぇよ!」
俺の自動回復に文句を言い始めた。
「あの女がどうなってもいいのか!」
幸子さんを指さす。
「残念でした! ウマさんは雇われてるだけでわたし達と関係ないもの」
その幸子さんが舌を出す。
「ウマ! お前まで殺されることはない! 逃げろ!」
俺への注目が集まり、殴られるのが中断となった富蔵さんの指示が飛んだ。
「そうはいくかよ!」
その俺に槍が突き立てられた。それも一本じゃない。十本くらい前から後ろから横からと次々と俺の体を貫いていく。どこの黒ひげ危機一髪だよ。
「へへっ、弱い癖に治癒魔法なんて使うからだよ」
近くの野盗がうそぶく。
「……弱くて悪かったな」
思わず口を突いて出た。
「弱くても弱いなりの意地があるんだよ」
死なない俺に恐怖し始めたのか、近くの男たちが逃げ始める。一方でさらに槍を突き立てる連中もいる。……俺は大丈夫なんだ。富蔵さんと幸子さんを助けなきゃ……。富蔵さんと幸子さんは別々に離れて囲まれているのだから、一方を優先して倒しても、もう片方が危険に晒される。同時に倒さなければならないということだ。さて……と。
――全方位ビーム。自動追跡モード。照準264名セット。
バトラーさんがスチュワートの前で使っていた技を思い出したのだ。さらに追尾や自動照準も可能なのは先の王都の件でわかっている。それならば一斉発射と自動追尾の合わせ技をしてみようと思ったのだ。
斉射!
思うと同時に俺の全身から光が方々に走る。同時に男たちの悲鳴が辺りから聞こえる。肩や足を撃ち抜かれた野盗達がもんどり打って倒れた。やっぱり、殺すのは嫌だからね。ましては自分のものでもないワケのわからない能力だし。
「おい……遊びすぎだろ」
富蔵さんは、槍を引き抜く先から肉が再生していく俺や呻く野盗を気にする感じでもなく、文句を言ってきた。そんなつもりはないのですが……。
「ね? ウマさんったら、この前もこんな感じだったのよ」
「絶対の自信があるからなのか知らねぇけど、付き合わされるこっちの身にもなってくれよ」
富蔵さんの言葉に溜息が混じる。
「あの、怪我は……」
「あ? こんな連中に殴られたって怪我をするはずないだろ」
散々に殴られてたけど、平気だったようだ。貴族のハーフ……だからか? ハーフでこれなら純血の貴族ってどんだけなんだ?
「あの~……もしかして……」
幸子さんが非常に言い難そうに視線を俺の下の方に移す。
「まさか……そうなのか?」
富蔵さんが続く。なにを言ってるのか意味がわかりません。
「え、えっと……」
「幸子、言うな。全てはこの為だったのだから……。こいつにとっては大事なことなんだろう」
富蔵さんは幸子さんの肩を抱くと馬車へと向かって行った。
意味がわからないと思っていたら、一陣の風が吹いた。素肌が涼しくて心地よい。うん?
ああ、服が破れ飛んだのか。そして下半身を見て気が付いた。……なるほどね。って、またしてもそういう扱いなのか。




