お馬さん
馬車は一晩中走った。王都を出発したのは昼過ぎで今は朝日が昇っている。荷台では幸子さんが静かな寝息を立てている。半日以上走り続ける三頭の馬とそれを御し続ける富蔵さんのタフさには頭が下がる。俺? 俺はサスペンションのおかげで幾分か揺れがマシになったとはいえ、やっぱり揺れる馬車に馴染めずに碌に寝ていない。過去の経験からすると三日も経てば慣れなのか眠気が勝るのか両方なのかは知らないけど、いつの間にか寝ちゃうんだけど。今回はナノマシンのおかげか、以前と違って酔わないのでかなり楽だ。その馬車もやがては減速して停まった。
停まった場所は俺にとって因縁深い場所だった。そう、俺が飛ばされたあの牧場だ。
「おい、降りろ。馬の交換と荷の積み下ろしだ」
富蔵さんが荷台の俺達に声をかける。それで幸子さんが大きく欠伸をすると体を伸ばした。富蔵さんはそれを横目に御者台から降りる。そして牧場入り口の小屋へと向かい、丁度出てきた男と何かを話して紙を渡したようだった。それを終えると再び戻ってきた。
俺と幸子さんは荷台から降りると富蔵さんに挨拶。
「おはようございます」ってね。寝てないけど。
幸子さんは「朝食を作ってきますね~」と寝ぼけ眼のままで小屋へと向かう。富蔵さんが止めないところを見るとあれでいいのだろう。
「お前は小屋で休んでていいんだぞ」
俺に対して富蔵さんが優しい一言。同じ竜安寺家でも45年後とは随分と待遇の違うこと。
「富蔵さんは?」
「仕事の監督だ。一応は確認しておかないとな」
俺だけ休むわけにはいかないよな、やっぱり。寝てないから本当は寝たいけど、それは富蔵さんも一緒だろうし。
そう思っていると小屋が慌ただしくなり、男たちが駆け足で方々に散る。そのうちの何人かは大八車を曳いてこちらへとやってきた。
「おはようございまーす!」
男たちは富蔵さんと俺に威勢よく挨拶すると紙を確認しながら荷台から幾つかの荷物を大八車へと移していく。
「あれは?」
「ここの連中への生活必需品やら仕事道具やらを降ろしてるんだ。そして代わりに干し肉やら野菜やらを積むんだ」
富蔵さんは作業から視線をそらさずに質問に答えてくれた。邪魔だったかな?
「お前にとっちゃ物珍しいだろうから、聞きたいことがあったら他にも聞いてくれていいぞ。うちで働き続けてくれるなら知っておいて欲しい知識だしな」
たぶん時空コンピューターのデータベースにある情報なんだろうけど、自分自身で知っておく方がいいんだろうな、やっぱり。
「野菜……って悪くならないんですか?」
富蔵さんが少しだけ驚きの表情を浮かべると苦笑いをした。
「一つ目の質問がそれか……荷台に保冷器があっただろ? 一般の奴とは魔晶石で冷やすところまでは一緒だが湿気を与えて劣化を防ぐ業務用だ」
冷蔵庫があったのか……。知らなかった。
「まぁ、これは次に行く場所の領主様へのお土産なんだけどな。なにせ野菜がほとんど採れない場所だからよ」
「次ってどこに行くんですか?」
「マサラ鉱山だな」
うわっ、懐かしい名前が出てきた。今の領主はベアトリクスさんの父親かお爺さんになるのかな?
「金になるとはいえ作物が採れないんじゃ、あんまり住みたい場所じゃねぇよな」
富蔵さんが呟く。そういえばお嬢様も住んでなかったな。もっともお嬢様が『住みたくない』なんて理由で住まないはずはないから、なにか別の理由があったのだろう。
富蔵さんと話しているうちに荷物を積んだ大八車が去って行く。一台が去る代わりにそれ以上数の大八車が新たにやってくる。それに載ってた荷物が次々と馬車の荷台に載せられる。一部の荷物は丁寧に紙を巻かれており、それは荷台に載せてあった大きな箱に詰め込まれていく。あれが野菜とそれ用の冷蔵庫なのかな?
「どうした、ぼんやりとして?」
「え、いやぁ~……。二日間の旅なのに随分と丁寧に保管するんだなぁって」
マサラ鉱山は片道二日だったよな。道中、散々な目に遭ったものだ。今となっては取り戻したい日々だけど。
「二日間? なにを言ってるんだ?」
あれ? 違ったっけ? 荷物が多いからもう少し時間がかかるのかな? それによくよく思い出してみれば、あの時は試験があるとかで結構急いでたし。
「あぁ~……そうか」
そして急に納得する富蔵さん。わかった様に頷くと続けた。
「お前、本当に良い生活しか知らないんだな」
なにを勘違いしたのか、そう思ったらしい。父親は市役所の係長でこっちに来てからは奴隷然とした日々でしたよ?
「う~ん……っと、そうだな」
富蔵さんは何かを探すように辺りを見渡す。そして交換の為に連れてこられた二頭の馬を指さした。
「あれと今馬車に繋いである馬を見比べてどう思う?」
今繋いである馬は割と細身のシュッとした体形なのに比べて、新たな馬は一回りから二回り大きくて全体的にずんぐりとしている。
「早い話が馬種が違うんだ」
俺の回答を待たずに富蔵さんは説明を続ける。
「一般的な馬種は五種。乗馬用はアノリテ種とペノリテ種。馬車用がアカリテ種とアオモテ種とペオモテ種」
俺が命名してるはずなんだから、もっとわかり易い名前にすればいいのに……。
「アノリテ種は足の速い短距離移動用、ぺノリテ種は足こそ遅いが休憩がほとんど不要の長距離移動用。ただこの二種は、馬に乗れるような奴なら自分で走った方が速いし、移動するなら馬車の方が楽だからと趣味用扱いだな」
人間の方が速いらしい。気が付いていたけど。
「今馬車に繋いであるのがアカリテ種。短い距離を速く移動する軽量種だな。手間がかからないし、王都やここの牧場までが移動距離だから家に置いておいてたんだ」
そう言っているうちに馬の交換が始まった。
「新しい馬がぺオモテ種。鈍足だが重量物を長距離運ぶのに向いた馬種だ。アカリテ種三頭でここまできたが、ぺオモテ種二頭の方が物を運べる」
従業員が確認してくれと富蔵さんに紙を渡してきた。富蔵さんはそれを目で追いながら続ける。
「マサラ鉱山に行くだけならアオモテ種が一番いいのだが……。これはそこそこ足が速くて荷物も運べるがあまり長いこと走れない。その問題点は道中の駅が充実してるマサラ鉱山との間なら馬を交換していけば解決するからな。ただ、今回はマサラ鉱山より先に行くからそういう訳にいかないってわけだ」
そして紙になにやらサインして従業員に渡した。受け取った従業員は一礼して去って行く。
「で、だ。ぺオモテ種でマサラ鉱山に行く場合はだいたい二週間ってところだな」
「そんなにかかるんですか⁉ あ、アカリテ種とかだと三日くらいで着くんですよね?」
マサラ鉱山から帰る時は嫌がらせ的なのんびり道中だったのに四日で帰りついたんだからさ。そんな俺を富蔵さんが鼻で笑った。
「おぼっちゃんのお前は知らないんだろうが、普通は一週間を切るのは無理だな。お前が使ってたのは一般に貴馬種って一括りで呼ばれてる奴だ」
お嬢様の家の馬車だからか……貴族の家の馬で貴馬種?
「貴馬種って一括りにされてるけど多種多様なんだぜ? 馬種は貴族の各家ごとに持ってて、その所有貴族とその家から認められた者しか利用できない。そんな理由もあって、個々の貴馬種の特徴や種類を把握しきれてる奴なんていないし、その馬種を所有してる貴族以外には関係もないからとまとめて貴馬種ってことだ」
そして俺の肩を一叩き。
「お前ん家の馬は二日で移動できたってわけだ」
俺の父親は市役所の係長ですよ? 馬主なんて夢のまた夢だと思いますよ? っていうか、竜安寺家の馬種なんじゃ? ってことで質問。
「富蔵さんはその貴馬種は使わないんですか?」
「使いたくとも許可がないよ。一番懇意にしてるマサラ子爵は馬をもってねぇし。まぁ、負け惜しみってわけじゃないが、貴馬種は貴馬種類で性格やら健康面やら食事やらで色々と問題があって不経済なのが多いって噂だしな」
不経済ねぇ……。この世界じゃ馬車の利用そのものが不経済じゃないのか? しかし、馬まで貴族用と一般用馬じゃ段違いって徹底してるなぁ。
「富蔵さんとかが人力で運んだ方が速いし安いんじゃないんですか?」
うん、ついに言ってしまった。ここの人らって超怪力で馬よりも速いんだもんな。
富蔵さんは俺を驚いたように暫く見つめると大笑いを始めた。なにか変なことを言っただろうか? 馬を繋ぎ終えたと報告にきていた人も驚いたように俺を見ている。
「いやぁ~……。そりゃ速いだろう? 馬とか牧場とか駅も不要になるから安くもあるだろうな」
大笑いを止めて苦笑いを浮かべた富蔵さんが続ける。
「もちろん必要ならやるけどよ、世間の目、特に貴族様が嫌がるだろ。『そんなせせこましい真似をしてまで利益を上げたいのか!』ってな」
そして馬を繋いだ従業員へ報告の催促をする。
「こうなっても馬鹿らしいだろ」
従業員から渡された紙へのサインを終えた富蔵さんは首を刎ねられるポーズをとった。
「……なるほど。それだけの魔法が使えるのに裸でうろうろしてるはずだ」
富蔵さんは紙を受け取り去って行く従業員一同を見つめながら俺へとこぼした。裸は必然だったのに……。ああ、もしかしたら富蔵さんが言ってた様に服も物質変換で創れるのかな? 今度やってみよう。
そうこうしているうちに幸子さんがバスケット片手に小屋からやってきた。
「サンドイッチとスープでいいかしら?」
「ああ、上等だ。飯は走りながら食うか」
そして御者台に乗る富蔵さん。幸子さんも荷台に乗り込む。……そういえば、まだ結構揺れるんだよな。日本で乗ってた車と比べてだけど。道路が舗装されていないことが大きいんだろうけど、他には車輪かな? これを物質変換でゴム張りのタイヤにするか? いや、その前に幸子さんの体は今のままでも十分なのかな?
――YES
ふむ。知ってしまった。あとは俺が我慢すればいいだけってことだ。快適な旅が目的でもないし、影響は最小限に抑えたいから我慢だな。
「おい、早く乗れって」
車輪のゴムタイヤ化を迷ってた俺を富蔵さんが急かす。
「あ、はい!」
俺は荷台に乗ろうとして立ち止った。
「馬の御し方を勉強したいので、そっちに乗っていいですか?」
富蔵さんは俺の申し出を不思議そうな表情で迎えた。
「まぁ、別に構わないけどよ。……しかし、本当に変わってる奴だな」
なにごとも経験の蓄積だ。知っているだけじゃ何もできないのは料理の時に痛感したし。
馬車の動かし方がなんの役に立つかはわからないが、できないよりはいいだろう。俺が御者席の端っこに座ると車輪はゆっくりと回り始めた。




