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訃報

 それはお嬢様が中庭で午後のティータイムに入っている時だった。

「馬野、今日の紅茶は中々でしてよ」

 お褒めの言葉を頂いた。例の『今日の気分に合う蒸らし時間』に頼らずに淹れた自信作である。じゃあ、俺の実力かだって? とんでもない!

 バトラーさんの言いつけに従って、新能力に慣れる様にそっちを使ってみたのだ。リラックス等の精神状態や体内の水分とかを測ってみたのだ。


 渇き:中度

 リラックス:やや緊張

 体温:軽く動いた後


 数字じゃなくて文字で出るのはいいね。体内水分とか、体温とかを表示されても困ってしまう。おそらくだが、学校から帰って来たばかりのお嬢様は緊張感のやや残ったリラックス状態、体温は高め、水分は不足気味、そんな測定結果なのだろう。で、これに従って、薄目の紅茶をやや(ぬる)めでお出ししたってわけだ。淹れてみてわかったことだが結論を数字でパッと出してくれる例の能力の方がやっぱり使いやすい。

 そして二杯目。


 渇き:なし

 リラックス:安定

 体温:平常


 渇きは癒えていた。リラックスもし始めていたので、喫茶自体を楽しめる様に熱めの紅茶を用意した。生体エネルギー炉とかいう不思議エネルギーで温めてから出した。すると先ほどのお褒めの言葉を頂けたのだ。なんだ、地味に凄いじゃないか。ありがとう宇宙人。気分は石田三成だ。お嬢様は武将に取り立ててくれるかな? って、やっぱなし。負け戦の大将は勘弁である。


 俺が宇宙人への感謝を捧げつつ未来への危惧を案じていると、メイドがお嬢様の所にやって来た。

「大旦那様の所から使者がやってきましたがいかが致しましょう」

「通しなさい」

 お嬢様の返事を聞くとメイドは一礼、先ほど来た道を戻って行った。

 そして暫くするとメイドに連れられたゴリラ、もとい大旦那様の所に居たマッチョの一人がスーツ姿でやって来た。そしてお嬢様の前まで来ると帽子を取り、深々と頭を下げた。

「ようこそおいでなさいました。なんの用でしょう?」

 お嬢様は紅茶のカップを置くとゴリラに発言を促す。

「大旦那様が先ほど息を引き取られました」

「……そう…ですか」

 一瞬の間が開いたものの、その声は落ち着いたものだった。実際にショックな事があるとあんなものなのか?

「それで葬儀は?」

「生前決めておいた通りに、権蔵様が喪主、財産等も全て竜安寺本家の方に相続させるという話です」

「わかりました。連絡ご苦労でした。下がりなさい」

 非常に淡々として、極めて事務的なやり取りに驚いた。ほんの数日前に大旦那様の前で純真無垢な笑顔を見せていた少女と同じ人物とはとても思えなかったのだ。

「お待ちなさい」

 一礼をして帰ろうとした使者をお嬢様が呼び止めた。

「お爺様の最後はどうでしたか?」

「心臓を押さえてから、すぐだったようです」

「そうですか。わかりました」

 使者は再び一礼をすると帰って行った。


 流石に堪えたのか、お嬢様は軽く溜息をついた。そしていつもの調子でバトラーさんに指示を出す。

「これより九十日の間、当家は喪に服します。バトラー、準備と周知は任せましたわ」

「かしこまりました」

「それとお父様の所に行って葬儀その他の手筈を話し合いますので馬車を用意なさい」

「それはなりません」

 バトラーさんにしては珍しくお嬢様の命令を拒否した。お嬢様が驚きと抗議の視線をバトラーさんに向ける。

「お嬢様は大旦那様の養子になっておられます。相続権を放棄しているとはいえ、葬儀などに関わるとあらぬ疑いをもたれかねません。あるいは、いらぬ干渉を呼び込む可能性もあります。ここは全面的に竜安寺本家……権蔵様に任せましょう。その方が本家も竜安寺の当主として箔が付くというものです」

 不満な様子のお嬢様を宥める様にバトラーさんはなおも続ける。

「お嬢様のお気持ちは解りますが、ここは喪に服し、雑事に関わらず、心安らかに大旦那の事を想われた方が故人……大旦那様も喜ぶ事でしょう」

 お嬢様は納得してないのか、疑いの眼差しを傾けながらそれを聞いている。

「大旦那様とは四十年来の付き合いでした。本当に望む所は心得ているつもりです」

 そこまで言われてお嬢様もようやく引き下がる気になったのか寂しげに呟いた。

「なにも出来ないというのは辛いものですね」

「それが喪というものです」

 大旦那様とは何回か話したから、悲しい……というか、寂しいことは寂しいのだが、俺の心に去来したのはお嬢様が悲しそうで辛いのと、この世界の『喪』って何をするのだろうかという下世話な疑問だった。


 その日の夕食は薄い塩味のスープ、というよりはお湯に塩を溶かしただけの液体に味の無い乾いたパン。副菜はなし。せっかく豆地獄から解放されたのにこれだよ。だけど、他の人もそんな食事なのだから、我慢である。

「あの喪って食事制限以外に何をするんですか?」

 沈黙が支配する食堂で黙々とパンをお湯に浸していた松尾さんに質問してみた。

「……」

 俺を睨んだかと思うと無視。俺、何かしたっけ? そんな俺の横で松尾さんは食事を再開していた。

 食事を終えて手を合わせ終えた松尾さんが、ようやく口を開いてくれた。

「食事中に話さないこと、歌や踊りを見ないこと、軽口を叩かないこと、生産活動等は維持管理に必要なこと以外は控えること、豪華な食事を控えること……後はこれらに沿って適当だな」

 また、記憶喪失が云々とか言われるんだろうな。と、思っていたらそうではない言葉が続いた。

「貴族の家でもなきゃ、あんまり厳しくやらないしな。自由民以下だと知らなくても仕方がないが、次からは気を付けろよ」

 そして「しかし、大旦那様も死んじまったかぁ~」と寂しげに呟いていた。


 見れば食堂の他の使用人達もどこか脱力感があり、俺は軽い疎外感を味わってしまった。それと同時に折角解禁されたおかずが食べられないと思ってしまった自分の下衆さに嫌気がさした夜だった。

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