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ぶらり散歩

「それじゃあ俺達は馬車に一工夫してくるからよ。その間、適当に街でもぶらついててくれ」

「あの実物はいいんですか?」

「ん? ああ、一応預かるよ。ありがとな。それとこれを持っておけ」

 富蔵さんは板バネを受け取ると、代わりというわけではないだろうが紙切れを渡してきた。

「街中くらいならこれで居場所がわかるからよ。改造が終わるか……長引きそうだったら呼びに行くよ」

 そして夫妻は何処かへと去っていった。色々と便利な物があるものだ。しかし、ぶらつくといっても金はないし、どうするかな。小遣いくらいは貰っておけばよかったと今さらながら後悔した。もっとも、今までは屋敷と学校の往復だったから街の中を知らないのだ。屋敷や学校がどうなっているかも気になる所だ。ここは一つ散歩と洒落込むことにした。

 とりあえずの目標は……位置的には学校だ。


 意味もなくやってきた学校は俺が知っている姿そのものだった。俺の感覚としてはついこの間まで通っていたのだが、客観的にはここは過去なワケで……今の俺とは縁もゆかりもない。そんな場所の校門前で45年後に起こった出来事に思いをはせた。……未来の出来事なのに「起こった」というのも変な表現だとは思う。

「おい」

 ぼんやりと校門を見ていたら守衛らしき人に声をかけられた。

「羨ましいのかなんだか知らないがお前のような奴がくる場所じゃない」

 守衛はそう言いて野良犬を追い払うかのような仕草をみせた。俺のなにを知ってるってんだ? 45年後には通っていたし! 心の中であかんべぇと舌を出して学校を後にした。


 屋敷へと向けてのんびりと歩く。途中で八百屋を見つけた。転校初日に『ぷにゅ』に大怪我をさせられて早退したらベアトリクスさんに抱きしめられた場所だ。柔らかさを思い出すとともに泣きたくなってきた。とはいえ、泣いていても始まらない。気持ちも新たに店先を覗く。『キカ』が並んでいた。あれって多分『柿』を逆さまにしたんだよな。今の俺のセンス的には『ビワ』の方が近い気がする。あるいは『オレンジボール』? いや『ビワボール』か? なんだか『ビアホール』みたいだ。思い出に引っ張られそうになるのをダジャレで誤魔化し、逃げるように八百屋を後にした。


 ほどなくして、かって俺が世話になった、いや、世話になるの方が正しいのか? とにかくも45年後には竜安寺貴子邸が存在しているはずの小高い丘に到着した。……そして丘を登る。

 ……。なんとなくわかってはいた。いや、遠景からもわかっていたことだし、道中でほぼ確信していたが、いざ到着してみると中々にショックだった。丘の上には建物なんかなかった。ここに至るまで道一つなかった。まばらに木が立っているだけのちっぽけな高台。あんなに広く感じたのに建物がなければこの程度だったのか。

 使用人用の門があるべき所から一歩進む。さらに歩数を数えながら使用人用の建物があった場所に行く。そこから朝練で松尾さんにしごかれた運動場があった場所へと走る。そして倒れた時に見えた空を眺めた。流石に昼過ぎの日差しは眩しい。次はお嬢様の特訓に使った屋内訓練場があった場所へ。なんども這いつくばった場所の地面をしげしげと見つめた。やはり地面と床では違う。そして屋敷があった場所を横切らないように回り込み裏庭の場所へ。お嬢様が優雅にお茶を楽しんでいた場所だ。そこである事を思いついたので、辺りを見渡し大きめの石ころを数個拾い、再び裏庭があるべき場所に戻った。


 物質変換:ティーセット作成


 よかった。石からティーセットの作成に成功した。原子レベルで完全に異なる物が創れるか少々不安だったが無事に作成できた。そして紅茶を注ぐ真似事。溜め息が漏れた。

「そうか……俺は一人なんだ……」

 言葉にするとなんともいえない色々なものが絡み合った複雑な感情が湧き上がってきた。

「今は何もないんだよなぁ……」

 再び天を仰いだ。


「……馬車の改造は終わったんですか?」

 遠くで俺の様子を窺っていた富蔵さんに声をかけた。

「……もういいのか?」

 富蔵さんが抑えた口調で確認してくる。

「なにがですか?」

「……」

「それにしても随分と早く終わりましたね」

「まぁな。親馬鹿かもしれんが権蔵の奴はなかなか大したもんだぞ」

 そして照れたように笑った。

「……お前を見つけた時には元気がなさそうで心配したんだが」

「そう見えましたか」

「ああ、泣いているように見えたからよ」

「そうですね……『もういい』のではなく『これからですから』」

 もし泣いていたのならこれが最後だ。俺は今の雇い主に従って屋敷があるべき丘を後にした。


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