知識チート?
俺は今、富蔵夫妻と王都の店で昼食を食べている。もちろん新しい服を着てだ。権蔵はというと馬車の積み荷の再編成らしい。一緒に食べればとも思うが、経験の一つらしい。う~ん、厳しい。
しかし、よくよく考えてみれば王都での外食というのは初めてだ。初体験の相手はチーズ抜きのピザみたいな食べ物である。登録名も“ピザ”というやる気のなさ。いや、それでしっくりくるんだけどさ。え、味? 不味くはないけど特別に美味しいということもない。酷い食事に慣れている俺がそう感じるのだから、日本の水準からしたら不味いのだろう。今の俺には十分な味なんだけど。
「お前の舌には合わねぇだろうが我慢してくれ」
俺が満更でもなく食べていたら富蔵さんに謝られた。
「これでも俺の店の中では一番貴族向けなんだけどな」
ここは富蔵さんの店だったらしい。
「いえ、十分美味しいですよ」
特別美味しいわけではないけれどね。
「貴族出身にそう言って貰えればなによりだ」
「え⁉ 貴族?」
「なんだ違うのか? 露出癖が酷くて出奔したか追い出されたものだとばかり思ってたんだが」
酷すぎる偏見である。好きで露出したわけではないっていうのに!
「なんでそう思ったんですか?」
「そりゃ裸で幸子の前に突っ立ってたり街のど真ん中で----」
「あの! そっちじゃなくて貴族の方……」
富蔵さんが面白くないといった顔になった。
「そりゃ、俺が燃やしても平気だったじゃねぇか。そんな魔法力を持ってる奴は貴族以外にはいないだろ。稀に生まれる庶民出身の奴なら有名人で俺が知らないはずがないしな。まして露出癖持ちとくればなおさらだ」
燃やしたって凄い表現だよな。そう言えば安寿は有名って話だった。と思いつつピザを一齧り。
「もし庶民出身なら今頃は露出の魔術師とかって街で評判だろうよ」
無視してピザをもう一齧り。
「それとね鉈が頭に刺さっても全然平気だったのよ。わたし、驚いちゃった。怪我もすぐに治っちゃうし!」
そこに幸子さんも参戦。
「でも魔法って意味じゃ富蔵さんも俺を燃やしたじゃないですか」
我ながら不思議な会話だ。それにしてもあれは酷かった。苦しかったし。
「ああ、俺は一応半分は貴族の血が入ってるしな。それでもお前みたいな無茶な回復力は持ってねぇよ」
そういえば、お嬢様にも少しは貴族の血が入っているって五月女だったかベアトリクスさんだったかが言っていた。富蔵さんの血筋のことだったのか?
「それじゃあ富蔵さんこそ貴族じゃないですか」
「うん? ガキの頃に手切れ金を渡されて縁を切られてるからな。……詮索して悪かったな。お互い事情があるってことで納めてくれや」
富蔵さんはあまり聞かれたくないのか話を打ち切った。
「そのお金で事業を起こしたんですものね」
そしてほじくり返す幸子さん。
「まぁ……な。おかげで幸子との結婚に支障が出なかったし不満はないさ」
「もうっ」と恥ずかしがる幸子さん。お嬢様に似ているだけに相変わらず妙な気持ちになる。
「それよりも幸子さんは置いていった方がいいんじゃないですか?」
富蔵さんの眉間に皺が寄った。
「なんでだよ」
不愉快さを隠さない声だった。
「ウマさんったら、馬車でもわたしをのけ者にしようとしたのよ。酷いと思いません?」
「ああ、全くだ」
告げ口する幸子さんに不機嫌な富蔵さん。なんで俺が悪役なわけ?
「ほら、幸子さんは妊娠してるわけですし」
「大丈夫だろ。なぁ?」
「ええ、大丈夫ですとも」
全然大丈夫じゃないって。前例上は。
「だけど万が一があったら……」
「縁起でもないことを言うなよ」
縁起とかそういう問題ではない。
「権蔵の時も大丈夫だったんだし……なぁ?」
富蔵さんが同意を求めると幸子さんが無言で何度も頷く。早産気味だったなら、大丈夫だったとはいわない。
「幸子さんやお腹の子を考えてるなら少しは……」
「お前の心配はありがたいんだが、夫婦の問題だからな。男二人旅とか華がなさすぎるだろ」
いちゃつく夫婦も目の毒ですけれどね。
「それよりもよ、これはなんだ?」
逃げるように話題を変えた富蔵さんがワイヤーロープをテーブルに置いた。この世界にはないのかな?
「えっと……ナイフを換えて……」
「そんなこともできるのか⁉」
富蔵さんが驚きの声をあげた。隠しておいた方がよかったのかな? でも隠すような話でもないよな?
「噂を流して襲わせたが思った以上の掘り出しものだな」
「噂?」
「竜安寺家の馬車に凄い財宝が載ってて、下男と夫人しかそこにいないってな」
なんだかサラッと凄い告白を受けた。
「あの……それって?」
「試験みたいなものだ。信用とか実力とか色々とな。さすがにいきなり全面的には信用できんよ」
富蔵さんは大笑いするとテーブル上のワインを一飲みした。
「そしたら予想外の連続で驚いたってわけだ。儂の予想では軽く蹴散らすか、盗むかのどちらかだったからよ」
もしかしてずっと見ていたのか?
「延々と遊んでるものだからよ。おかげで新たな護衛の噂は結構なもんだ。なにせ街中を馬車に引きずられてると思いきや、その目的は露出だもんな」
思わず溜め息が漏れた。こっちは結構大変だったのに。
「あの、言っておきますけど俺は露出狂じゃないですからね」
「おいおい、こんな感じで服も作れるんだろ? そんな奴が裸でウロウロしてたのに『露出狂じゃありませんって』……なぁ?」
鉄製のロープを弄る富蔵さんはなかなか痛いところを突いてくる。
「ところでよ、面白そうだからなにか作ってくれよ」
「わたしも見たいなぁ」
夫妻からまるで手品を頼むかのようなリクエスト。なんだかなぁ……。断ろうか? でもお嬢様に似ている幸子さんの願いは断り難いんだよな。変換するならなにがいいのかな? ナイフじゃ味気ないし……。そこであることを思い出した。そしてある“単語”を思い浮かべ時空コンピューターから様々な情報を引き出した。
「いいですよ」
俺はワイヤーロープと鹵獲したナイフを手に取った。これなら俺の目的にも合致する。
物質変換:ワイヤロープ・ナイフ→板バネ
これでいいんですよね? バトラーさん。
「なんだそりゃ?」
富蔵さんが板バネを不思議そうに見ている。
「これを大きくしたのを何枚も重ねて、それで車軸と馬車の車体を繋ぐんです」
「ふむ?」
「そしたら、この板が衝撃を吸収するので馬車の振動がだいぶ減ると思います」
おそらくこのためにバトラーさんは俺にサスペンションの話をしたのだ。そして忘れるなとまで念を押した理由なのだろう。俺が先ほど得た情報は板バネを重ねて作るリーフ式サスペンションに関することだ。
「なるほど、振動が減れば車体が長持ちするな。ちょっと貸してくれ」
いえ、幸子さんのためなんですけど。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか富蔵さんは板バネを受け取った。それをしげしげと眺めると確認するようにばねを押したり引っ張ったりする。
「なるほど。戻ろうとする力を利用するわけか。これなら鉄じゃなくてもできそうだな。いや、いっそベルトで浮かすか?」
富蔵さんは真剣な顔でぶつぶつ言うと板バネを俺に返してきた。
「なるほど。ありがとう。参考になった。細かい部分は権蔵に任せるとして、さっそく作らせるよ」
「俺が作らなくてもいいんですか?」
「さすがにそこまでして貰うわけにはいかないさ。それに何事も経験だ。作らせてみないとな」
「だけど、それだと今回の旅には……」
「もちろん、使う予定だ。使ってみてどんな塩梅なのか、どれくらい耐久度があるのかってことも知りたいからな」
「間に合うんですか?」
富蔵さんが不思議そうな顔をした。
「この程度ならそれの作成・馬車の改造含めて一日で終わるだろ?」
……おそるべし異星人。まぁ、これで幸子さんの子供は大丈夫なのかな?
――正解
浮かんだ文字に安心すると、俺は冷めきったピザを一気に食べた。




