竜安寺家の朝
「一撃で吹き飛んでたら組手になりませんよ!」
十歳児が組手相手の口から出す赤い液体と白み始めた空のコントラストを気にせずに罵声を飛ばす。
その児童の組手相手は誰だって?
それは当然、この惑星最弱候補筆頭である地球人の俺さ。
どうしてこんなに朝早くから組手をするかと言うと、理由は簡単だ。やるべき作業が多くて空いている時間が今しかないのだ。……そもそもなんで組手というのはこの際置いておこう。
それはそれとして、子供は無邪気である。全くもって情け容赦がない。遠慮のない一撃を次々に繰り出してくる。その一撃一撃が即死級の破壊力を持っているのだからナノマシンがなければ既に死んでいただろう。いや一撃ごとに死んでから生き返っているのかもしれない。
「ウマの兄ちゃん、真面目にやってくださいよ! なんで魔法力の移動で防御すらしないんですか!」
子供が地団太を踏む。ないものは移動も出来ないのだ。こんなに殴り飛ばされて不満はないのかだって? まぁ、好きで残った惑星ですから……としか言いようがない。
「ああ、もう日が昇ってきたじゃないですか! 今日も碌な組手が出来ないままに馬の世話ですよ!」
子供が相手なのだ。今日もこの辺で勘弁してやろう。三日連続で同じことを心の中で嘯いて、離れの馬房に向かった。
馬の世話の手順はこうだ。馬を放牧地に連れて行き、その間に飼い葉と水の交換。寝藁から馬糞を取り除くのも重要な仕事だ。馬車用に三頭ほど一時的に置いているだけらしいので、馬に特別な訓練とかは必要ないという。
「まだ轡を着け終えてないんですか?」
二頭に轡をかませ終えた十歳児が俺から轡を奪う。そしてその子供が手際よく轡をかませる。
「いい加減に作業を憶えてくださいね」
そして馬二頭の手綱を引いて移動を始めるお子様。俺も残りの馬の手綱を引いてそれに続く。
家の裏手の放牧地に馬を放つと、再び馬房に移動。
「また水とか飼い葉は重くて運べないって言い張る気なんですよね? いいですよ。そっちは僕がやりますから、馬房の掃除の方をやっておいてください」
諦め顔の十歳児。言い張るも何も事実なのに……。80リットルの水が入った桶を運ぶのは一般的な日本の16歳には無理だから。
一人になった馬房でピッチフォーク片手に時空コンピュータを起動。
サーチ開始……終了
馬糞や尿なりで湿った寝藁の検索を終える。時空コンピュータの制作者もまさか馬糞探しに使われるとは夢にも思わなかったことだろう。
馬糞や湿った藁をフォークで選り分けているとお子様が帰って来た。
「まだ終わらせてないんですか? そんなチマチマやってたら日が暮れてしまいますよ」
そう言って俺のピッチフォークを取りあげる。そして、豪快に寝藁をかき混ぜると、藁を跳ね上げて、器用に糞と湿った藁をフォーク上に残す。いや、俺が無能なのではない。道具が悪いのだ。あんな道具なんて使った事がないのだ。ゴミ拾い用のトングとかの方が時空コンピュータ持ちの俺には合ってるのだ。
「次は薪割りですね」
掃除を一気に終わらせた十歳児が次の作業を示す。それに唯々諾々と従う俺。
薪割り台の上に薪を置く。
「だから、逆ですって」
そしてダメ出し。
「根元の方を上にしてください」
時空コンピュータによれば、地球の木も同じらしい。収斂進化って奴なのか? ちなみに竹を割る時は上から下らしいが……この惑星にも竹はあるのだろうか? そんなことをぼんやりと考えながら、薪の上下を換える。そして斧を一振り。斧は木に刺さることなく余裕で弾かれた。空振りしなかっただけでも良しとしよう。
「……僕がやるんでもういいです」
そんな俺から権蔵少年が斧を奪う。その斧を薪に軽々と刺すと小さく振る。薪は小気味よい音とともに簡単に割れていく。異世界人とは体の出来が違うのです。仕方がないので、体育座りをして眺める。だけど、あれだな。自分がやった方が早いからと作業をさせない権蔵は間違いなく人を育てるのが下手。
「……見てないで何かやれることを探してみたらどうですか?」
薪割りの軽快な音と共に子供に注意された。俺が出来ること……何かあるか?
小枝でも拾うかと考えていると、家から富蔵さんが出てきた。
「おはようございます」
手持ち無沙汰な俺は軽快な挨拶を家主に捧げた。
「おう、調子はどうだ?」
出来ることがないのを誤魔化す様に挨拶をした俺に対して富蔵さんは横柄に応じる。
「調子以前に真面目に働いてくれません」
薪割りを続けながら、俺の代わりに答える権蔵少年。真面目ですよ? 出来ることが限定されているだけで……。
「うん? そうなのか。まぁ、労働力目当てで雇った訳じゃないんだから別にいいだろ」
「組手だって真面目にやってくれないし、本当に役に立つのですか?」
権蔵少年は中々に鋭い。いつか役に立てるようになるから長い目で見守ってください。そう願いながら曖昧な笑みしか浮かべられない俺。
「まだまだ甘いな。実際には弱くても魔法を使える奴が同行してるって噂だけで十分なんだよ」
「いや、解りますけど……」
権蔵は実に面白くなさそうだ。そりゃ、人手が増えたのに作業は減らないし不満も多いだろう。
「そうだ、竈に火を着けておいてくれ。今日の朝食は『クラムボン』だぞ」
何時だったかバトラーさんが言っていた『クラムボン』がまさかの登場である。って、歴代の誰かが、たぶん『やまなし』から貰って付けたのだろうが。
「朝から『クラムボン』なんですか?」
「おう、まぁな。ってことでウマ、火を着けるのを頼めるか? 俺はやることがあるんでな」
火は着けられる。ここで花代さんに習った火の着け方が役に立つとは……バトラーさんの仕業だな、うん。
「わかりました」
そんな俺の返事を背中に受けて富蔵さんが去って行く。
「薪は僕が運びますよ。どうせ運ぶ気はないでしょうし」
権蔵少年が手伝いを買って出てくれた。一言多い気がするが、正直に言って助かる。だけど訂正はさせて欲しい。運ぶ気はあるんだ。運べないだけなのだ。
竈に薪を詰め終えた。……主に権蔵少年が。だって、並べるコツがあるとか知らないもん。
「それじゃあ、火の方をお願いします」
そこまでやって俺に仕事を振る権蔵少年。自分でやればいいのに俺にも仕事をさせようってことだ。確かに俺の存在意義が問われていたからな。
「火を着ける棒はどこなのかな?」
例の光線が出るボールペンの様な赤い奴を要求した。そんな俺を権蔵少年が不思議そうに見つめる。イマイチ伝わらなかったのか?
「ほら、『着火』って言うと赤い光線が出る奴」
腕を組み悩む少年。
「う~ん。知らないなぁ。でも、確かにそんな道具があったら、火を着けるのが楽になりますよね。魔法が使えても僕みたいに火を着けるのが苦手って人はいますし、そもそも火を着けられないって人の方が圧倒的に多いのですから……」
なんて事だ、まだあの『ボールペン』は存在していないらしい。
「まさか……ウマの兄ちゃんも火を着けられないってことはありませんよね?」
不安気に見つめる少年。そんな目で見るなって。
「いや、大丈夫だよ」
少年を安心させるように言ったが……大丈夫だよな? きっと。
触って火を着けることも出来そうだが……ここは格好良く決めよう。そう決めた俺は指先を薪に向ける。そして熱線照射。……指先が熱くて痛い。痛覚、マジで邪魔。
熱線を浴びると同時に燃え上がる薪を少年が呆然と見つめる。少しは感心したかな?
「凄いですね! まさか、そんな風に火を着けるなんて思ってもいませんでした!」
予想以上に感動していた。ごめんね、普通の火の着け方を知らないんだ。そんな俺を他所に、少年は竈の火を見つめながらぶつぶつと続ける。
「確かにこのやり方なら……魔晶石を使えば……熱量を落とせば携帯できる……か?」
なにかのスイッチが入ったらしい。声をかけない方がいいのか?
「あら、おはようございます」
迷う俺は背後から逆に声をかけられた。高慢さを加えればお嬢様と間違えてしまいそうな声色の持ち主は幸子さんだった。
「朝のお仕事、お疲れ様でした。後は私に任せて二人は休んでいてくださいな」
幸子さんの口調はハートマークでもついていそうなものだった。それに魅了されたわけではないのだが、大人しくそれに従う。ここに来て俺達は漸く休むことが出来たのだった。俺はほとんどなにもしていないけど。
その後に出された『クラムボン』であるが、確実に言える事が一つあった。絶対に宮沢賢治の『やまなし』に出てくる『クラムボン』とは違うものだった。だが、もしこの料理を言い表すとすれば、まさに『クラムボン』であった。いや、むしろ、それしか言い表し様がないとも言える。流石は俺、同じ感性で名付けるものであると、感心・納得するしかないのであった。




