就職
「見ての通りのあばら屋だが、女房子供と住むには十二分なんだぜ」
のちの大旦那様、竜安寺富蔵に案内された家はなんとも拍子抜けするものであった。俺の知っている屋敷と同じ場所にあるのだが、そこには、あの悪趣味な大豪邸が存在していなかった。森を切り開いただけの広場に、木造の粗末な、それこそ西部劇の開拓者が住んでいる家といった感じの家がそこにあったのだ。元……というか、未来の豪邸を知っているだけに今の竜安寺富蔵邸には違和感しかなかった。
「おいおい、ぼんやりしてるがどうかしたか?」
「え、あ……いえ」
「ボロ家に見えるかもしれんが中は意外としっかりしてるんだぞ? 百聞は一見に如かずだ。とりあえず入れって」
竜安寺富蔵はそう言ってドアを開けると家に入るように促す。驚いただけで入るのが嫌だったわけではないのだが、勘違いされたようだった。
「権蔵! 風呂に水を張っておけよ」
そして子供を酷使する富蔵さん。これが45年後には挨拶すら避ける関係になるのだから人間関係は複雑である。
家は平屋建て、木張りの床に手作り感あふれるテーブル。後の大富豪の家とは思えないものだった。
「適当に座っててくれ」
俺に腰をかける様に促すと、富蔵さんは棚をごそごそと弄りながら、家の奥の方に声をかける。
「何か適当に摘まみを頼む。それと飯も用意してくれ」
俺の居る場所からは見えないがおそらくは台所があるであろう奥の方から「は~い」という声が聞こえた。関係はないが幸子って名前はどうにも幸が薄そうである。
「おい、イケる口か?」
富蔵さんは二杯のショットグラスに琥珀色の液体をなみなみと注ぎながら聞いてくる。順序がおかしいのですが、それは……。
「それじゃ……ま」
富蔵さんは乾杯のつもりか、グラスを俺に軽く傾けると一気に飲み干す。俺も飲まないといけないのかなぁ? 酔わないから別にいいのだけれど、さりとて美味しいものでもないし……。できればコーラがいいな。暗黒色のシュワシュワ。砂糖の甘さが効いている奴。ダイエットとか商品名に付いている人工甘味料で味付けしたのは偽物だと思う。
「どうした? 飲まないのか?」
二杯目を注ぐ富蔵さんが不思議そうに聞いてくる。俺が飲める前提ですか、そうですか。まぁ、飲めるんだけどさ。
俺はテーブルに置かれたグラスを手に取ると一飲みで空にする。
「なんだ、イケるじゃねぇか」
そして俺のグラスに琥珀色の液体を満たす富蔵さん。ルゥとも飲み比べをしたのだろうか? しかし、全く持って美味しくない。大人の味覚はおかしい。そう思いながら、二杯目も飲み干す。
「顔色変わんねぇなぁ」
そして再び注がれる。エンドレス。
「あなた、なにしてるんですか?」
幸子さんがやってくるなり、富蔵さんに質問を飛ばす。
「え、いや、酒を飲まして遊ぼうと思ったら存外に強くてな……」
酔い潰すつもりで飲ませていたらしい。
「あら、子供かと思ったら意外ですわね」
幸子さんは楽しそうに笑うとナッツと干し肉が盛られた皿を置く。って、子供の飲酒に寛容な人ですか? そこはポジション的に「子供に飲ませないで!」って叱る立場じゃないの? まぁ、子供が飲んじゃダメってのは日本とかの法律っていうローカルルールだから仕方ないんだけど・・・・・・それでは誰がこのおっさんを止めるのさ。止まらなくても俺の場合は酔いつぶれないのだけれど。
「それじゃあ、あたしはお台所に戻りますわね」
幸子さんはそう言って再び去る。華が去って行ってしまった。おっさんとサシで飲むとか嫌だなぁ。しかも俺は酔えないし。
「お前は酔わないからツマラン」
と、思いきや、早々に解放された。
「ワインにするぞ」
気のせいだった。そして新たなグラスに注がれる紫の液体。舐めてみる。酸っぱい。これなら、ぶどうジュースの方が良い。大人になると味覚障害を患うのか?
「そういや、手伝えって言ったが、俺の仕事を言ってなかったな」
言われなくても知ってるけどね。運送業を中心に手広くやっているんでしょ?
「運送と各地の物産の買い付けでな。それと馬車用の牧場と馬車造りとか他にも細かいのを幾つかやってるんだ」
俺ってばエスパーみたい。未来で聞いたからなんだけど。
「自分で言うのもなんだけどよ。結構羽振りが良いんだぜ? この家からは想像できないだろうが、今は事業拡大中で家とかメイドとかに使う金があったら、そっちに回す様にしてるからよ。竜安寺商会って……聞いたことないか?」
「お孫さんの所で働いてました」なんて言うわけにもいかず、とりあえず沈黙。
「ん? 知らないか。まぁ、いい」
富蔵さんは少しがっかりした感じで続ける。
「儲かってきた所為で、さっきみたいに女房や権蔵を誘拐しようとする連中が出始めてな」
そこまで言って、富蔵さんは面白くなさそうに木の実を幾つか口に放り込むとワインでそれを流し込む。
「お前が遭遇したのもそのワンシーンなワケだ。自分の家の庭だと思って、正直油断していた。結構危なかっただけに、改めて礼を言わせて貰うよ」
一応は感謝していたらしい。燃やされたり、それを笑って誤魔化されたりしたけれど。
「そこで本題だが、お前を雇いたい。今までは儂一人で余裕だったのだが、家の周りまで来るようになると流石に一人では手にあまるからな。女房達の護衛兼商人見習いみたいな感じでどうだ? もっとも、権蔵を入れると三人も魔法を使えるんだ。そんな馬車や家を襲う怖いもの知らずはいないだろうが」
護衛って……俺の力を過剰評価しすぎですって。俺のは魔法じゃないし、体力的にはぷにゅにも負けるんですよ?
「魔法を使えない護衛をゾロゾロと連れて歩くのは効率が悪いし、そんな人員がいるのなら別の輸送路に回したい訳よ。それに女房に色目を使う奴が出ないとも限らんしな。その点、ウマは露出狂なだけで安心だ」
露出狂と呼んで頼む富蔵さん。驚きの交渉術である。ここの文化のスタンダードなのか?
それはそれとして、富蔵さんの勧誘を受けるには大きな問題がある。俺は『執事の穴』にいって『バトラー』に成らないといけない訳だ。『竜安寺商会』に就職したら『執事の穴』にはいけず『バトラー』にもなれないんじゃないか? っていうか、年表というかイベントの予定表みたいなのが欲しいな。
困っていると脳に情報が流れ込んできた。
--現バトラーは生存しており『執事の穴』に入る正規の手続きにはこの人物からの推薦状が必要である。ただし、記録上は過去に34人の『瀬野悠馬』が推薦状を依頼したものの何れも不首尾に終わっている。記録に残っている『瀬野悠馬』は例外なく自動筆記モードにて、後のバトラーの知識を利用して体裁としては真正の推薦状を用意している。現バトラーが死亡するまで五年程度---多少の揺らぎがある---必要である。それまでの間、不慣れな世界に適応する為に物見遊山をしたり、時空コンピュータの習熟に費やしたりするのが定番となっている。ちなみに、少なくとも過去58回は竜安寺富蔵とともに世界を旅している。Ver.147より。
Ver.147って、バトラーさんからの伝言なのか? う~ん……。歴代の俺の四割はここで同行しているってことかな? バトラーことVer.147、すなわち先代の『瀬野悠馬』も大旦那様と親しくしていたみたいだし、このルートでいいか。無理に冒険する必要もないみたいだし。
「それじゃあ、お言葉に甘えてお世話になっちゃいましょうか?」
「おお、歓迎するぞ!」
俺の事を過剰評価している富蔵さんが嬉しそうにワインを一飲みにした。なんか騙しているみたいで気が引ける。
「ただ、ずっと雇われるってわけにはいかないんで、好きな時に辞めるって感じで良いですか?」
「あ~……。使用人って訳じゃないんだから、辞めたい奴は止められねぇよ。それよりもクビにならない程度には働いてくれよな」
竜安寺富蔵はそう言って大笑いした。そうだよなぁ……クビってのがあるんだよな。メッキが剥がれたらクビになりそうだし、少しは頑張らないと。不安を誤魔化すという訳ではないのだが、目の前で美味そうにワインを飲み干す竜安寺富蔵に釣られてグラスに口を付けた。
その味は……やっぱり酸っぱかった。




