誤解
「いやぁー、悪い、悪い」
つい先ほど俺を燃やした人物に謝られた。
「女房の前に裸で立ち塞がってる男が居たんで勘違いしたんだよ」
精悍な顔つきをした三十代の男が恥ずかしそうに頭を掻く。
「なんて言うか……わかってくれるよな? 不審者が居たらお前だって燃やそうとするだろ?」
不審、即、燃。わかりません。出来ません。不審者は燃えるゴミじゃありません。燃えないゴミでもないと思うけど。もっとも萌えないことには違いない。いや、俺が生まれる前に大ブームを起こしたというギャルゲーだとストーカーが隠しキャラとして結構な人気だったらしいから可愛ければ萌えるのか? だけど俺は可愛くないから燃えない……よな?
「いやぁ、しかし儂の魔法を喰らって無傷とは中々に大したものだ」
男はそういうが、豪快に燃えましたよ。おまけに息が出来ずに苦しかった。体内で酸素を合成したのか、酸欠って感じにはならなかったけどさ。
鉈で頭を割られようが、燃やされようが、呼吸が出来なかろうが、あまり影響がないって、俺ってば人間を辞めたのか? 自覚はないが、なんとも薄ぼんやりとした現実感の無さを含めて色々と感覚が変である。鉈で襲われても平然としてた自分にも今更ながら驚いている。
「それはそれとしてよ、お前はなんて名前なんだ?」
「ああ、馬……」
そこまで言って考える。『馬野骨造』じゃなくてもいいんだよな。っていうか、俺が『馬野骨造』を名乗ると、後続の『瀬野悠馬』が困るんじゃないのか? それじゃあ、思い切って本名の『瀬野悠馬』にするか? だけど、この世界の人って名字があったりなかったりカタカナだったり日本風だったりと、法則がありそうなんだよなぁ。人名は歴代の俺が適当に付けている可能性もあるんだけど。
「『ウマ』って名前なのか? 随分と変わった名前だな」
俺が沈黙していたために、『馬』を名前と思われてしまったらしい。そんな名前あるかよ。
「あなた、人様の名前をそんな風に言ったら、メッですよ。メッ」
俺が訂正を差し挟む前に、お嬢様似の人妻さんが旦那を叱る。それにしても『メッ』はないだろ『メッ』は。幼児を叱るわけでもあるまいし。
「そう? やっぱりダメだよね?」
言われた方は、先ほどまでの精悍さはどこへやら、顔をだらしなく歪め、頭を下げる。
「父上。頭を下げる相手が違います。客人に……」
「うるせぇ! 儂が喋ってるんだ! 出しゃばるんじゃねぇ!」
魔法を使っていた少年が年齢に合わない大人びた口調で男を窘めようとするが、逆に怒鳴りつけられた。あんな虐待を受けていては碌な大人にならないな。しっかりしているだけに可哀想だ。
「いや、悪いな。当主が喋っている時には横から口を挟ませない様に躾けてるんだが、生来の気質か油断するとつい口を出しちまうみたいなんだ。盗賊まがいの連中に負けるくらい弱っちい癖に口だけは一人前でいけねぇ」
男が俺に謝る。子供に対しても容赦しない教育方針らしい。引き籠もりを許してくれた俺の両親とは大違いだ。
「魔法は使うし、名字無しだし、まさかとは思うが貴族サマなのか?」
名前のルールに触れてしまったのか? どう返事をしたものだろうか?
「……なーんてな! 露出狂の貴族サマなんていうのは聞いたことがねぇや」
俺が迷っていると男が笑い飛ばした。俺だって好き好んで真っ裸な訳ではないのに……。
「とりあえず、その汚い物を仕舞え。見苦しい」
男が羽織っていたコートを寄越してきた。ええ、どうせ粗末で使うあてもないものですよ。……そんな自虐的な思いと共にコートを受け取る。もっと早く貸してくれればいいのに。
「それじゃあ、ウマさんとやら。そんな格好でうろついているくらいだ。どうせ、行くあてもないんだろ?」
男は裸の俺をどう捉えたのか、そんな風に話を振ってくる。行くあてがないのは確かなのだが……。
「良かったら、俺の所で働け。魔法を使える奴なら、歓迎するぞ」
魔法なんて使えないのだが、傍から見ると魔法に見えるらしい。そりゃ、割れた頭が治ったり、燃えた体が無傷だったりしたら、魔法か手品の世界だもんな。
「とりあえず、儂の家はすぐそこだ。女房と子供が世話になったんだ、飯くらいは奢らせろ。ついでに服もやるからよ」
男が続ける。
「ああ、自己紹介がまだだったな。儂は竜安寺富蔵。あっちは女房の幸子。それと倅の権蔵だ」




