第一過去人発見
食べ物や服を求めて人家は何処と大旦那様の屋敷があった場所に戻ろうとしたが、少々困ったことになった。
何が困ったかというと、橋がない。バトラーさんと別れた川まで来たのだが、それ以上進めないのだ。
迂回しようか別の方向に向かおうかと迷っていると、対岸でなにやら揉めているのが見えた。一組の母子を柄が悪そうな数人の男が囲んでいる感じだ。それを見て俺は決心した。
『うん、別の場所に行こう!』
君子は危うきに近寄らずというわけでもないが、俺が行ったところで何かできるとは思えないし……。いや違う、それよりも……そう! ほら、川があって渡れないから仕方がないんだよ! いやー、残念! もし、渡ることが出来たら悪党どもを、パパッと倒したんだけどなー! ってことで、どうかご無事で!
母子の無事を祈りながら背中を向けると……
磁場操作モード:ON
なんか出た。磁場とかっていまは関係ないじゃんよ。さらば母子。また会う日まで。もう会うことは無いんだろうけど。
そこで……なんでそのタイミングで思い出したのだろう? 過去のある場面が脳内で再現された。
『水には反磁性っていうのがあってね。磁力に反発するだよ。だから、強い磁力の上だと、水気が多い蛙はこの写真みたいに浮くんだ』
俺が小学生の時に弟が高校だか大学だかの参考書を片手にそんな事を言っていた。それに対して『じゃあ、モーゼは磁力で海を割ったんだな』なんて言ったら『そんなエネルギー量は確保できないって! それこそ宇宙人とかSFの世界だよ』なんて弟に鼻で笑われた嫌な思い出だった。結構、本気だったのに。
それは兎に角としてだ。……浮くことで歩いて渡れるってことなのか、これは?
恐る恐る川に近づくと……押し返されるような感じで、接近するのも大変である。そして弟の話が事実であったと実感した。
あー……これは水の上に浮くな。本当に余計な事をしてくれる。渡れないなら諦めもつくのに、こうなったら渡らないと寝覚めが悪いじゃないか。
一歩、一歩と転びそうになりながら----実際には転んだ挙げ句に滑るように対岸に渡ったのだが----這う這うの体で川に近づき、滑るように……ってか、実際に滑って対岸に渡る。竹生島の水練の達人が琵琶湖を歩いたとか古文に出てきたのをなんとなく思い出した。まさか、こんな無様な恰好で浮いていた訳ではあるまい。
ようやく渡り終えた俺が見たのは、亜麻色ロングヘアの女性の後ろ姿とその前で女性を庇う様に手を広げる十歳くらいの黒髪の男の子。そして、それを取り囲む遠目以上にいかにもで怖そうな人達。やっぱり来なければ良かった。連中は鉈とか斧とか持っているし。いや、でも俺ってば不死身らしいし、逃がすくらいは出来るのか? だけど痛覚はあって痛いらしいしなぁ~。それに首を刎ねられたら流石に死ぬと思う。再生するらしいけど。頭から再生するのか体からなのかは知らないができれば経験したくはない。
次の一手を迷っていると……
「うぎゃあ!」
呻き声とともに、男の一人の顔面で爆発が起きた。そして男は顔を両手で覆って転げまわる。
「魔法かよ⁉」
男達がどよめき、四散しかける。
「落ち着け、ガキじゃねえか! 攫えば金になるんだ! ツイてるぜぇ、オレ達は!」
男達の一人がそう制止すると「おぉ、そうだな」なんて感じで集団は納得しはじめる。
誘拐現場だよ! 子供の売買だよ! 第二のベアトリクスさんだよ! いや、今の方が時間軸では過去なのか。ベアトリクスさんがアラシス----六十歳近辺----とかではなかったらこっちの方が古い事件だな。しかし、アラシスの語呂の悪さ。
「うおっ⁉」
再びの爆発。が、今度の男は爆発にも構わず、少年を張り倒した。少年が二メートルくらい吹き飛ぶ。子供にも容赦しない悪い奴だ。よし、見なかったことにしよう。
覚悟を決めた俺は、そっと立ち上がる。うん、寒いし……それにお腹が空いているから仕方がないよね? ほら、朝食を食べないと力が出ないって言うし、うん。
「おい、お前。さっきからなんだ?」
俺の方を見ていた一人の男が独り言を呟く。
「川を急いで泳いで渡って来たかと思ったら、寝そべったままでこっちを見てたりよ」
俺は泳いでいないから、俺のことではないはずだ。仮に対外的にそう見えても違うはずだ。聞こえない、聞こえない、見えない、見えない。見られていない。
そして鼻先に突きつけられる鉈。あー……これは見られているな。透明モードにしておけばよかった。
「大丈夫、帰りますよ!」
180度方向転換、転進を始めた俺の頭に衝撃が走る。同時に頭が重くなった。
「バァーカ」
後ろで嘲る笑い声が聞こえる。そして視界の先に映るのは、紅く濡れた鉈の先端。後ろから頭を真っ二つ? 重いのは純粋に鉈の重さ? そして真実味を帯びるバトラーさんの伝言。
「あの……」
体の向きを変えて声をかけようとするものの、鉈をがっちりと掴まれてるのか、体がビクとも動かないので、そのままの姿勢で声をかけてみた。
「……まだ、生きていやがる」
後ろで声が聞こえる。相手を見ないで話すのはなんとも落ち着かない。そう思っていると、頭が軽くなった。鉈が引き抜かれたのだろうか? そう思ったのも束の間、再び、頭に鈍痛と衝撃。
女性の悲鳴が聞こえる。先ほどの母親だろうか? そして、先ほどとは違う角度で見える血塗られた鉈の先端。容赦なく、二撃目が来たらしい。やはり鉈が刺さって体が動かないので、頭を下げながら、強引に鉈を引き抜く。そして、体を翻し、男と対峙した。
「いきなり酷いじゃないか!」
我ながら情けない第一声である。だって、問答無用で頭をカチ割られたことがないし、仕方がないよね? むしろ頑張ったよね?
「傷が塞がっていく⁉ こいつ……治癒魔法を使うのか!」
俺を見た男が驚いている。ナノマシンが傷を塞いでいるようだが、傍から見たらそう見えるらしい。っていうか、ナノマシンがなければ即死だったのに、その反応って酷いよね?
頭に来た俺は、鉈を持っていた男の肩に照準を合わせて指先を構える。そしてそのまま照射。指先からの光線で肩を貫いてやった。
「……えっ⁉ う、うわっ? うわっ!」
何が起きたのかわからなかったのか、一テンポ遅れて男が喚く。実は指先がかなり痛かった俺も叫びたい。もう治ったけど。
「ヤバイ、ヤバイ! 逃げろ!」
男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。光線を魔法と勘違いしたのだろう。お嬢様達といる時には気が付かなかったがこの世界の魔法、言い換えるなら貴族の力って奴の恐怖は中々のものなのだと目の当たりにした気分だった。
助けるつもりもなく助けた形になった母子はといえば、母親が張り飛ばされた息子に話しかけたかと思うと、子供の手を引いて俺の方へとやって来た。その母親を見て俺は驚いた。
「お嬢様⁉」
思わず声に出るほどだった。いいか、落ち着け、俺。ここにお嬢様が居るはずがないのだ。それにお嬢様の髪はあんなサラサラロングじゃない。グルグル縦型ロールだ。髪の色だって違うだろ? お嬢様のは輝く様なブロンドヘア。この人は亜麻色だったはずだ。それにこの人はどう見ても二十代。連れてる子の母親だとしたら三十くらいでもおかしくはないわけで、若作り……違った、そういう問題ではなくて、明らかにお嬢様よりも年上だ。それに体形だって、お嬢様よりも大人びている。具体的には、おっぱ……じゃなかった、母性を帯びたベアトリクスさん体形といった感じだ。
「危ない所をありがとうございました」
そのお嬢様似の母親が子供の手を引いて柔和に微笑む。あ、絶対にお嬢様ではない。こんな風に笑わないもん。それに素直にお礼を言うはずがないし。
その時、突然に体が燃えた。熱い! いや、それ以上に呼吸が出来ずに苦しい!
「はははっ。燃えて燃えて悶え死ね。この変態野郎」
どこかから、そんな声が聞こえた。




