一時帰宅
「あれ、馬野クン。こんな所でどうしたの? ……って、血だらけじゃないか! またぷにゅにやられたの⁉」
地面に伏す俺に登校してきた五月女が声をかけてきた。
その声で俺は我に返った。ああ、そうだ何かしないと。動転しながらも五月女に応じた。
「いや、違う。それどころじゃないんだ。大変なんだよ。俺の所為なんだ。そうだ、バトラーさんを探さなきゃ」
「何を言っているのかわからないけど、落ち着きなって。それと怪我を治さなきゃ」
そして俺を担いで校門をくぐる五月女。とにかく落ち着かないと。
血圧の上昇確認、脈拍の上昇確認、過度のストレス有り……エンドルフィン精製
字が出た。すると、なんとなく落ち着いた気がした。
「そこに降ろして」
五月女を黒服が止めた。五月女が指示に従って俺を降ろすと黒服が俺に手をかざした。
「たいした効果はないが応急処置にはなるだろう」
治癒魔法でも使ってくれたのだろうか? いや、今はそれどころじゃない。
「お嬢様が攫われたんだ」
お礼を言うのも忘れた俺は五月女に事実を伝えた。
「ええっ!」
「いや、正確には俺の所為でスチュワート……様に付いて行かざる得なくなったんだ」
「そりゃ大変だ! 助けに行かないと! 僕も行くよ」
五月女が息巻くと横から声がした。
「お気持ちはありがたいのですがお断りいたします」
いつの間に来ていたのか、声の主はバトラーさんだった。
「あの俺の所為で----」
バトラーさんは言いかけた俺に手を向けて発言を制止した。代わりに五月女が大声を張り上げる。
「なんでだよ! ボクは竜安寺さんとは友達なんだし、虹色軟膏の借りがあるんだよ? 足手まといにはならない自信もあるよ」
「これは当家の問題でございます」
「だけど……」
「相手は貴族です」
「でも!」
「五月女様だけの問題ではなく、ご両親にも迷惑がかかります」
なおも食い下がろうとする五月女にバトラーさんが続ける。
「それにハッキリと申し上げますと、足手まといでございます」
「そんな!」
「五月女様に人が殺せますか? それに殺される覚悟があるとも思えません。そして実家の方々への影響も真剣に考えていますか?」
「……」
悔しそうな五月女にバトラーさんが微笑んだ。
「なにより五月女様になにかあったらお嬢様が悲しみます。お嬢様の為に残って……お嬢様が帰って来た時に友人として接してくださるのが、貸しを返すことになるかと思います」
五月女が俯いているが、今はそれどころじゃない。
「バトラーさん! 俺っ、俺……」
「言わなくてもわかっています。今日でなければ明日。明日でなければ明後日。遠からず起こったことです。……歴史の必然として受け入れましょう」
バトラーさんは俺の目を見ながらも、まるで自分に言い聞かせるようだった。
「何としてでもお嬢様をお助けしなければなりません。馬野、同じ失敗は許されませんよ」
俺には頷くことしか出来なかった。
「そ、そうだ! 安寿を連れてくるよ! 馬野君の怪我を治さなきゃ!」
五月女が思い出したかのように叫んだ。
「不要でございます」
その五月女をバトラーさんが止めた。
「馬野、立ちなさい。帰りますよ」
促されて立ち上がる。不思議と体は痛くないし怪我がある感じもない。舌で確認すると折れたはずの奥歯も治っていた。
「あの、本当に大丈夫なの?」
心配そうにのぞき込む五月女に対して無理に作った笑顔を向けるとバトラーさんと共に家路に着いた。
バトラーさんは家に着くまで終始無言であった。
「それでどうするんですか?」
帰りついた俺は指示を仰ぐ。
「……そうですね」
バトラーさんはしばらく考えた様子で間を空けると続けた。
「とりあえずお茶でも淹れましょう」
俺を席に着かせるとバトラーさんが台所に向かおうとする。
「あ、俺が淹れます」
「君は座って待ってなさい。色々とあって疲れたでしょう」
バトラーさんはそう言い残すと台所へと消えていった。
『もしもし』
バトラーさんが台所へと行ってから、ほどなくしてどこからか声がした。思わず辺りを見渡すが人の気配はない。
『周りを気にせずに自然でいなさい』
どうも声の主はバトラーさんらしい。テレパシーって奴なのか? あの人はなんでもありだな。
『むしろ携帯電話なのですが……まぁ、いいでしょう』
こっちでは携帯電話をみたことがないけど……。バトラーさんだから仕方がない。俺が考えていることに答えてしまうくらいなのだから。
『ええ、そして会話をしたいのですが……よろしいですか?』
あ、はい。もちろん。
『まず、私は監視されています。幸いにも君は監視されていませんので、今のうちにやってもらいたいことがあります』
監視って⁉
『私がお嬢様の奪還に向かうのは目に見えているので当然でしょう。……君にやってもらいたいのは“透明化”です』
さらっと言われましたが無理です。人間は透明にはなれません。
『君の場合は出来るのですよ。方法は幾つかあるのですが……今は時間がありません。一番簡単な方法をとりましょう』
あの……もしもし?
『全身をディスプレイとカメラを兼ねたものとイメージしてください。写した風景をその反対側の面に映すといった感じです』
もしも~し。聞いています?
『そうやって自分を透過してみせる方法です。視覚的には光を屈折させる方が好ましいのですが……今の君には難しいでしょう』
どっちも無理ですよ?
『いいえ。無理ではありません。撮影と映写を同時にやりながら歪みの補正もするなど普通では素材的にも情報処理的にも無理ですが、君は普通ではないものを持っているでしょう?』
例の時空コンピューターやら、ナノマシンやら生体エネルギー炉やらのこと? 超技術っぽいからできるのかな? 昔、米軍がそんなカメレオン的な服を研究しているってニュースで見た気がするし。
光学迷彩・投影モードON
半信半疑ながらもそう思っていると文字が浮かんだ。
『どうやら無事にできたようですね。今度はそれをOFFにしてください』
指示通りに切ろうと思った。するとやはり文字が浮かぶ。
光学迷彩・投影モードOFF
『それでは今からそちらに向かいます。いつでもONとOFFを操れるようにしておいてください』
練習時間はなしかよ! って突っ込む間もなくバトラーさんが紅茶を持ってやってきた。
「お待たせしました」
そして俺の前に紅茶を置いて、自身も席に着く。
「急いてはことを仕損じると言います。まずはお茶でも飲んで落ち着きましょう」
そしてクッキーらしき物を俺の方に勧めてきた。なにを考えているのか理解できない。
『馬野、先ほどの迷彩モードをONにしなさい』
バトラーさんは紅茶をくゆらせながら、声もなく命令してきた。俺はそれに応じて透明化を念じた。
光学迷彩・投影モードON
無事に文字が浮かんだ。
『それでは行きますよ。声を出さずに、足音も静かにしなさい。極力こちらで遮断しますが』
バトラーさんはそう言うと立ち上がった。いや、分裂した。立ち上がったバトラーさんと紅茶をくゆらせるバトラーさんが重なっていたのだ。
『ホログラムの一種です。ある程度は監視の目を誤魔化せるでしょう』
ってことはバトラーさんも透明化しているのか。俺が感心していると先ほどとは一変した厳めしい口調でバトラーさんの指示がもう一度飛んできた。
『事態は一刻を争います。急ぎなさい』
言われるがままに俺は家を後にした。




