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校門前にて

「バトラー、通学にまで付いて来なくても結構です。あなたには残務処理という仕事があるはずです」

「しかしですな……」

「しかしも何もありません。鞄を寄越しなさい」

 学校まで見送りたいとのバトラーさんの申し出をお嬢様が拒絶した朝の一幕であった。

 バトラーさんの気持ちはわかる。後ろ盾だったルゥは帰国したうえに、スチュワートはお嬢様を付け狙っている。実際に昨日の下校時にはそのスチュワートが接触してきたのだ。登校中は朝だからといってもスチュワートがやってこない保証はどこにもないのだ。

「馬野、お嬢様の鞄です」

 バトラーさんは諦めたのか、俺に鞄を差し出してきた。そして受け取る俺に小声で話しかけた。

「いいですか、絶対に短気を起こしてはなりませんよ。学校内であれば手出しは出来ません。学校の敷地に入ることを最優先で考えなさい。帰りは迎えに行きますから、それまで学校の中で待っていなさい。お嬢様をなんとしても引き留めるのですよ」

「馬野! 鞄を受け取るのに何を手間取っているのです? 行きますわよ」

 お嬢様が急かす。ベアトリクスさんの魔法が効き過ぎたのか、お嬢様にしては珍しく寝坊をしたのだ。とはいえ、遅刻とは無縁の時間帯なのだが、お嬢様はそんな自分が許せないらしく、朝から気が立っている。ベアトリクスさんの所為なのに……。

「馬野!」

「は、はい! ただいま行きます」

 再びの催促に急いで返事をした。バトラーさんに了解の頷きを寄越すと、我慢が出来ずに先行するお嬢様を走って追いかける俺だった。



 なんでこんなことに限って危惧が的中するのかな。学校が見えてきた俺の感想である。

 校門の前ではスチュワートの馬車が陣取っていた。引き返すか、裏門に迂回するか、駆け足で校内に駆け込むか。俺が迷っているとお嬢様が悠然と言い放った。

「馬野、何を物怖じしているのです。天下の公道、堂々と歩けば良いのです」

 いや、理屈はそうでもあいつらに道理は通じませんってば。俺が制止する間もなくお嬢様は歩みを止めずに進んで行く。そして案の定開く馬車の扉。やっぱりね。


「これは、これは。昨日に引き続き会うとは偶然とは重なるものですね」

 馬車から降りてきたスチュワートがお嬢様に声を掛けてくる。何が偶然だ。これが偶然なら、ストーキング中に出会うのは運命のめぐり合いだ。

「お嬢様、行きましょう」

 馬車を後ろから迂回しようとするが、薄汚れた黒のぼろ(きれ)に身を包んだ酷く猫背な小男に道を阻まれた。

「クロウ、通してやれ」

 なぜかスチュワートは小男にそう指示した。ベアトリクスさんが言っていたのはこいつの事なのだろう。クロウはお嬢様を上から下まで値踏みするようにねめまわすと名残惜しそうに道をあけた。

 校門には黒服が二人。一人には見覚えがある。メアリー様の手を取っていた男だ。彼らは俺達の様子を見ている様だった。もしかしたらバトラーさんの言っていた「学校内では手出しができない」とはこれのことなのだろうか。

「そうだ! 竜安寺権蔵がどうなったか知りたくないかね?」

 背後のスチュワートが大声で尋ねてきた。

「お父様には立場に相応する覚悟があったはずです。学校もありますし、失礼いたしますわ」

 お嬢様は振り向きもせずに応じる。お嬢様らしからぬ対応であるが、それだけ動揺があったのだろう。だが、俺としては助かる。さっさと校内に逃げ込みたいのだ。

「それでは母親に関してはどうですかな?」

 校門の前まで来ていたお嬢様の足が止まった。

「お嬢様、どうせ碌でも無い話です。早く門をくぐりましょう」

「……」

 俺が声を掛けても無視。いっそ突き飛ばして学校内に押し込むか? ……う~ん、俺の力じゃ無理だろうな。

「生まれてから一度も会ったことがない母親の事は流石に気になりますか」

 スチュワートは憐憫を込めた調子で続ける。

「実はですね、権蔵にあの女を紹介したのは私なんですよ」

 お嬢様が思わず振り返った。いや、校内に入ってから振り返りましょうって。

「戸籍上はへウル候の養女でしたな」

 お嬢様が無言で頷く。

「へウル候の遠縁にあたる娘で、権蔵をナウル伯にする為に候の養女として迎え入れた上で婚姻を結んだと聞かされているはずですな」

 スチュワートはお嬢様の様子を窺う様に真っ直ぐに見据える。

「へウル候の遠縁……」

 スチュワートは再び言うと、何が面白いのか目を覆って大笑いを始めた。

「いや、失礼……。あれは真っ赤な嘘でした」

 指の間からお嬢様を凝視すると、真っ赤な舌を出し明らかな敵意を見せてきた。

「お嬢様----」

 俺はお嬢様の手をとって強引に校門の方に引っ張ろうとするが、振りほどかれた。

「お前らみたいな……どこの馬の骨ともわからない成金に娘をくれてやる貴族などいるものか」

 そして不愉快な哄笑。

「貴様らに相応しい程に下賤な女など滅多にいないから探すのに苦労したぞ」

 スチュワートは苦労話を思い出すかのように感慨深げであった。

「いや、あの女は見事な程に薬中の淫売だった。まさか妊娠できるなどとは夢にも思っていなかったから、お前が生まれた時には驚いたぞ」

 お嬢様の肩が震える。

「お嬢様、耳を貸す必要なんてありません。学校に行きましょう」

「お前が生まれた時期がな、逆算すると権蔵と引き合わせた時と計算が合わないのだよ。もしかしたら父親が違うかもしれんなぁ」

 お嬢様の耳に俺の言葉やスチュワートの侮辱が届いているかわからないが、目の前の男は構わずに続ける。

「流石の権蔵でも、あの女を抱く気を起こすとは思えんしな」

 大笑いのスチュワート。なんだ、コイツ。あの口を閉じさせる手段はないものだろうか。

「ああ、そういえば淫売の行き先だったな」

 スチュワートは笑い過ぎたのか目に浮かべた涙を拭きとる。

「知らん。権蔵にでも殺されたのでは?」

 そして再び大笑い。我慢だ我慢。


「お嬢様は学校があるのでこの辺りで----」

 勘弁して欲しいと言いかけた俺の頬に衝撃が走った。そして同時に跳ね飛ばされたと理解できた。クロウなる小男に顔面を叩かれたのだ。俺はその勢いで地面にはじき飛ばされた。口の中に血の味と固形物が残る。奥歯が折れたらしい。

「勝手に話に入り込み、許可なく話しかけるとはナウル伯スチュワート様に無礼であろう」

 クロウは嬉しそうな笑みを浮かべて俺に近づく。

「おやめなさい!」

 クロウはお嬢様の制止を一瞥すると鼻で笑う。

「命令される筋合いはねぇな」

 クロウは躊躇(ちゅうちょ)なく----おそらく実際には死なないように絶妙の力加減を」して----俺の腹を蹴り飛ばした。凄まじい衝撃と血が食道を駆け上がる感覚に襲われる。そして蹴られた勢いでスチュワートにぶつかった。

「……血で汚れたな」

 スチュワートは面白くなさそうに呟く。俺はというとそのスチュワートに寄りかかってグロッキー状態。よくも死なないもんだと我ながら感心していた。その俺の首根っこをクロウが掴んだ。痛いとか感じる暇もないや。と思いきや……


 ----痛覚遮断中----


 なんか出ていた。しかし、それについて考える時間はなかった。

「こいつは連れ帰りますか? 従者じゃなかったはずですよね」

 俺の首を掴んで持ち上げているクロウがスチュワートに伺いを立てている。

「馬野を放しなさい!」

 お嬢様が厳しい声を飛ばしている。

「スチュワート様の御衣(みぞ)(けが)したんだ。放す理由はないだろ」

 俺をスチュワートに向かって蹴り飛ばした男がお嬢様の訴えを一蹴する。

「腕を二本切り落とすくらいか」

 スチュワートがさらっとトンデモないことを言って馬車に乗り込もうとした。

「……お待ちください」

 それを止めるお嬢様。なんとも現実感のない時間が過ぎる。

「彼を雇っているのはわたくしです。不始末の責任は雇用者が負うべきですわ。彼を置いてください。わたくしが行きます。それでいいでしょう?」

 お嬢様、仰っている意味がわかりません。それを受けてクロウに頷くスチュワート。同時にクロウの舌打ちが聞こえたと思った次の瞬間、俺は地面に叩きつけられた。


 お嬢様は無様に寝転ぶ俺を一瞥すると馬車へと向かって歩き始めた。

「い、いけません。お嬢様……」

 ようやく事態を理解できた俺はなんとか言葉をひねりだすが、耳を傾ける者は誰もいない。

「だ、誰か……」

 と、周りに助けを求めても面倒ごとに巻き込まれたくないのか遠巻きに見ている人すらいない。いや、正確にはメアリーと共にいた黒服が校門横で見ているが彼らも干渉する気はないようだった。

 そしてお嬢様は馬車に乗り込もうとする。やるしかないと覚悟を決めた俺は指先をスチュワートに向けた。


 ↗


 矢印は俺の指先から真っ直ぐに伸び、光線が当たる場所に示している。スチュワートの胸に照準を合わせると「撃て」と念じた。

 指先に激痛が走った。が、その痛みは直ぐに肉の焦げた臭いによって打ち消される。そして信じられない光景が眼前にあった。

 胸の前で手の平を広げているスチュワート。その手の平からは煙が一条。スチュワートは手の平を確認すると驚きの表情でそれを見ている。

「この技は……。お前はウマの……いや、そんなはずはないな」

 いや、馬野で合っている……それどころじゃない。無念だ。

「殺しますか?」

 俺の攻撃を確認して平然と述べるクロウ。俺も殺そうとしたんだ。文句は言えないよな。言いたいけど。

「……棄ておけ。竜安寺のお嬢さんの気分が変わっては面倒だ。それに薮蛇だったら面白くない」

 スチュワートはそう言ってお嬢様を馬車に乗り込ませると自身も続く。クロウは面白くなさそうに俺を見ていたが、すぐに興味を失ったのか御者の横に陣取った。そして馬車が走り出す。


  俺はそれを茫然と見送ることしかできなかった。


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