表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/73

ある少女の話

 ベアトリクスさんはゆっくりと口を開いた。

「……あれは今から何年前の話になるのかな」

 それは子供童話を聞かせるかのようだった。

「ある所に小さな、小さな領地を持つ領主サマが居たの」

 ベアトリクスさんはお嬢様を殺しに来たとは思えない程に穏やかな表情で続ける。

「領主の夫人とは呼べない程に大らかな奥さんに娘が一人。貴族と呼ぶにはあまりにも質素で家庭的な領主サマ。領民に対してもそう。低い税金に親身な領主。貧しいながらも住みやすい領地だったと思う」

「……」

「領地には鉱山があって、領地の経済はほとんどそれに依存していたの。領民の働く場所もそこ。そういう意味では経済以外も全部鉱山に依存していたんだろうね」

 話しながらも暇になったのか、小刀を回す。

「ところが、技術の進化って奴? 他の鉱山では採掘の主力がゴーレムになっていく中で、ここの領主サマは高いお給料が必要な人間による採掘を改めなかったの。理由は解るかしら?」

「……」

 俺の無言を見てベアトリクスさんが苦笑い。

「随分と嫌われちゃったみたいね。でも、いいわ。続けるわね。領民の大部分が鉱山関係で働いていたものだから、もし採掘の中心がゴーレムに移行したら町中が失業者で溢れちゃうでしょ? 当然ながら治安だって悪化するし、場合によっては領主を倒せなんて、一揆も起きるかもしれない。……なんて、普通の領主は考えるかも知れないけど、この領主サマはお人好しなの。単に働いている人とその家族の生活を心配して、領民の生活維持の為にゴーレムを導入しなかったの」

 ベアトリクスさんが呆れつつも懐かしむような笑みを浮かべた。

「その結果、競争力を失った鉱山は大赤字を生み出したの。ゴーレムを導入するなり閉山なりをすればいいのに、領民の雇用先だからと領主サマは頑張っちゃった。しかも出来るだけ……と、高いお給料を出す始末。領主サマが借金まみれになるのは時間の問題だった」

 哀愁を帯びた笑みはいつしか愉快なそれに変わっていた。

「ついには担保に入れていた鉱山が人手に渡るの。新しい所有者は当然ながら効率化の為にゴーレムを導入、大部分の人は解雇で働いている少数の人間も他所から連れてきた技術者や管理人と入れ替わり。優しい、優しい領主サマの配慮は最悪の結末で幕を閉じましたとさ、メデタシ、メデタシ」


「それとお嬢様が殺されなければならないのと何の関係があるんですか?」

「焦らない、焦らない。物語には第二幕があるのよ。職を失った領民たちに心を痛めたお優しい領主サマは、領地と爵位を二束三文で売っちゃって、それを元手に商売を始めたの。もちろん元領民達を沢山雇ってね。そんな商売が上手くいくと思う?」

 流石に首を横に振るしかなかった。

「うん。お察しの通り、お人好しのお殿様がいきなり商売を始めて儲かるほど世の中は甘くなかったのよ。そのうち奥さんは男と逃げちゃったり、商売相手には騙されたり、温情で雇った人にはお金を持ち逃げされたりと散々だったみたい」

 ここで、ベアトリクスさんは息を吐く様な笑いを一つした。

「それでも少しでも元領民達に給金を出そうと借金に借金を重ねたの。だけど、鉱山は手放した、爵位や領地も売った。家宝の類を処分してもたかが知れてて、給料の未払いなんかも続いてね。元領民達にお金を出せと責めたてられた領主サマはついには自殺」

 ベアトリクスさんは、喉に手を当てると舌を出して不謹慎におどけてみせる。

「大変なのは残された娘さん。従業員達が少しでも金目の物をと安物のお皿一つを巡って大喧嘩しながら残さずに持って行くの。その娘が見ていようともお構いなし。それどころか昨日まではお嬢様、お嬢様と可愛がってくれていたメイドさんが目の色を変えて、娘が赤ん坊の頃から大切にしていたクマの人形を取りあげる始末。ただ、もっと大変だったのは娘さん自体が借金の担保に入っていたことなの。領民の事を想い続けた領主サマは家族のことは考えなかったみたいね。そりゃ奥さんも逃げ出すわ。そして第三幕の開幕、開幕~」

 いつの間にか小刀を仕舞っていたベアトリクスさんが小さく拍手をする。俺が相手なら刃物は必要ないってことなんだろう。事実なのだが何とも屈辱的だ。


「人買いに引き取られた娘さんは、それはそれは大事に扱われたそうよ。なにせ貴族の血を引いているんだもの。上手に育てれば貴族に鬱屈した感情を持っている連中の夜のお供から、血の力を活かした傭兵まで、色々と高く利用できるんだから。もっとも、お茶の淹れ方一つ知らない女の子だったんだから、そういう使い道しかできなかっただろうけどね」

「……」

「そして娘さんは暗殺者ギルドで立派な暗殺者として育て上げられたの。男なんて言うのは一晩一緒に過ごせば油断するでしょ? そこを魔法で眠らせて短刀で一刺し。暗殺の仕事がない時は好事家と一夜を伴にとかね……。そんな予定でみっちりと鍛え上げられましたとさ」

 一晩一緒に過ごせば油断するでしょ? なんて聞かれても俺が知るはずがない。童貞を舐めんな。しかし、なんという落魄(らくはく)ぶりであろうか。お嬢様にだってあり得るって言いたいのか?

「でも、その子は運が良かったんだろうね。本格的な仕事に手を染めていく前にある男に買われたの。性的な意味じゃなくって、人身としてね。貴族の血が入った、それも特殊な訓練を施した子なんだから桁違いに高かったんだろうけど、現金で一括だってさ」

 ベアトリクスさんの独演会はまだ続く。

「それからの暫くは少女の人生における最良の日々だった。金で少女を買った男は実の父の様に接してくれたの。そして娘が長い事忘れていた人並みの生活を提供してくれた。いえ、彼女に物心がついた頃には鉱山経営は左前。父親は領民の事で頭が一杯だったから、実質は初めてだった。紅茶の淹れ方、掃除の仕方そんな日常の些細な事から、感情の表し方みたいな人としては当然の事まで。傑作な事に、その子は笑い方まで訓練されていて、何を思っていようとも機械的に『表面上は完璧な笑顔』を作れるけど、本当の笑い方を知らなかったんだから。もっとも知っていても、笑えるようなことなんて自分の人生以外なかったんだから、笑える機会なんて来なかっただろうけど」

 ここで初めてベアトリクスさんが切なそうな表情を見せた。

「そんな娘に転機がやって来たのは数年後。男はある貴族に仕え始めたの。娘もそれに従ったけど、仕官先を知って衝撃を受けたわ。だって、九歳かそこらの女の子がその貴族なんだから。しかも爵位は自分の父親が所有していたもの。思い出の鉱山までもが彼女の物だった。正直に言って笑うしかなかった」

 それって、もしかして……。

「衝撃の次に襲って来たのは歓喜。だって、考えても御覧なさい? 自分が失った全てを持っている少女が目の前にいるんだよ? アタシが泥水を啜るような思いをして、人間として踏みつけられている間に、貴族の娘として全てを与えられて何一つ不自由していない小娘がそこにいて、今後はそれに仕えるのよ? アタシの気まぐれで……教え込まれた技術で首を一捻りできる距離にそんな子供がいるんだから」

 ベアトリクスさんは最早『娘』などとは言わなくなっていた。


「だけどね、逆恨みとは知りつつも、自分の全てを奪った相手の娘の生殺与奪権を握っている。そんな歓びは直ぐに悲しみと失望に変わったの。父親の様に慕っていた男の愛情は全てその少女に向けられていることに気が付いちゃったから。再び親に棄てられた様な悲しみと惨めさを味わったわ。それだけじゃない、バトラーさんがアタシに紅茶の淹れ方とかを教えてくれたのも全部彼女の為だったんだって思い知らされたの」

 ベアトリクスさんの頬に一条の光が這った。

「だけど……それでも、バトラーさんを恨めなかった。こんな気持ちになるのなら、感情なんて取り戻さなければ良かったのにって思ったわ。それならいっそお嬢様を殺して、どこかに逃げようかとも悩んだ」

 自分の事と隠さなくなったベアトリクスさんは止まらない。

「だけどね、お嬢様が父親からの愛情を一切受けていなかったり、小さいながらも精一杯背伸びをして貴族の誇りを守ろうとしていたり、不器用で才能の欠片もないのに弱音一つ吐かずに誰よりも頑張ってるのを見ていたら……殺そうなんて気持ちはなくなったわ。それでもアタシの中にはドロドロとした気持ちが堆積していく。お嬢様がロクデナシの貴族だったなら……殺すのに躊躇しないような相手だったならば、どれ程楽だったろうかと悩み苦しんだ」

 ここで、ベアトリクスさんは自身を落ち着かせるように深く長い呼吸をした。

「……そんなある日にスチュワートから誘われたの。どこからかアタシが旧マサラ子爵の娘って調べたみたい。お前『も』竜安寺に恨みがあるだろう、って。アタシはバトラーさんを取られた嫉妬とお嬢様への尊敬で葛藤してるんだっていうのにさ。ま、それはそれとして、苦しさから逃れる為に二つ返事で協力したわ。協力って言っても情報を流すだけだけど」

 ベアトリクスさんの告白はまだ続く。

「バトラーさんはそれを黙認していた。もしかしたら、アタシの流す情報でスチュワートの動静をコントロールしていたのかも知れない。だけど、それはバトラーさんの理屈。バトラーさんのことはやっぱり好きだったし、時間と共にお嬢様のこともどんどん好きになっていった。アタシは罪悪感で何度逃げだそうかと思ったことか。それこそ、少年をダシにしてでもね」

 そういえば、以前に賊が爆弾を仕掛けた時に俺と逃げようとしていたし、竜安寺家の解散の時にも誘ってきた。そのベアトリクスさんが俺にウィンクをしてきた。

「あの時はマサラ鉱山には行きたくない……ってのもあったんだけどね」

 ベアトリクスさんはマサラ鉱山への道中を思い出す様に大きく伸びをした。

「六年分の不満をブチ撒けたらスッキリしたわぁ」

 そして肩を回す。一転、真剣な表情になった。


「スチュワートはアタシと違ってお嬢様の事を好きじゃない。そしてアタシを誘うくらいに竜安寺に恨みを持っているの。おそらくだけど、アタシと大差のない経験をしているんだと思う。もしアタシが報復に全霊を傾けていたら、絶対に普通には殺さない。自分の苦しみの万分の一でも返せるようにするだろうね。自分の苦しみ以上を与えたいって考えていても不思議じゃないよ」

「だからと言って、殺そうとしなくてもいいじゃないですか! バトラーさんだっているんだから十分守れるんじゃ……」

「少年は権力を甘く見過ぎてるよ。アタシはバトラーさんと十年近く一緒にいたんだ。あの人は少年が思っているほど完璧じゃないんだよ。料理が全然駄目だったり、虫が苦手だったり、不死身のバトラーなんて呼ばれている癖に痛みに弱かったりね」

 料理以外は初耳である。しかし二つ名って言うのは聞いているこっちが恥ずかしくなる。って、以前もベアトリクスさんの二つ名を聞いた時に思ったな。

「想像できる? 拷問で瀕死にした後に治癒魔法で完治させてから、再びの拷問とか。 見たことある? 治癒魔法で治されて傷一つなくなった屈強な男が涙ながらに「殺してくれ」って懇願する姿を。 感じることが出来る? 大切な人が目の前に連れて来られて、拷問に苦しむ姿を見せられる気持ちを」

 そんな事を言われてもわかるはずがない。

「アタシはそれを全部見てきたし、時としてそれに加わった。スチュワートの一味にいる暗殺者ギルドのクロウって男の下でね。あいつは恨みがなくても楽しみでそれをやる男なんだよ。スチュワートがクロウに身柄を引き渡すだけで復讐完了。人間をどこまで痛めつければ死ぬのかを熟知している癖に、さらなる限界を求めた実験の材料にされるんだよ」

「そうならないために……バトラーさんとかが……」

「無理だから。わかったら退()いて」

 退けるはずがない。俺は階段の前で立ちふさがった。そんな俺にベアトリクスさんが溜息をつきながら頭を掻く。

「恨みを持っていると思われているアタシがお嬢様を楽にしてあげるのが、少年の為にもバトラーさんの為にもお嬢様の為にも一番良いんだけど……解んないかなぁ」

「解るはずないじゃないですか!」

 思わず怒鳴ってしまった。

「うーん……正直な所を言うとね、アタシだって竜安寺家への恨み自体は残っているんだよ? 遠からずうちは破産したんだから、それなのに買い取った側を恨むのは筋違いってのはわかっちゃいるんだけどね。だけど……恨みの一つも払させちゃくれないかい?」

「お嬢様は関係がないでしょ!」

「そっか、少年もお嬢様、お嬢様か……」

 俺としてはそんなつもりはなかったのだが、ベアトリクスさんは寂しそうに呟いた。


「バトラーさんも帰って来たみたいだし、アタシの暗殺も失敗だね」

 ベアトリクスさんの後方、廊下の先には、何時の間に帰ってきていたのか、バトラーさんの姿があった。

「ベアトリクス----」

「何も言わないでください。自分の幼稚さと惨めさで辛くなるだけですから」

 バトラーさんが声を掛けようとするものの、ベアトリクスさんはそれを拒絶した。そして、ベアトリクスさんはバトラーさんの方へと歩いていく。

「アタシはバトラーさんにどう思われていようと、感謝を忘れたことはありません」

 そしてそのまま通り過ぎ、擦れ違い様に一言「ありがとうございました」とだけ告げてそのまま去って行った。


 色々あり過ぎてぼんやりとしていたが、ここにきてようやく我に返る。

「あの、バトラーさん、ベアトリクスさんが……」

「何も言わなくてもわかっています。あの子は素直じゃない所があるので、『お嬢様を殺しに来た』とでも言ったのでしょう?」

「……はい」

「その気なら君を突き飛ばして、さっさと終わらせていますよ」

 言われてみればそうだった。

「大方、眠らせている間に警告文でも置いて、君を遠ざけようと思ったんじゃないですか? あの子の中では君は『儚い』らしいですし」

「その為だけに?」

「まさか。私が帰って来るまでの間、警護をするつもりだったのでしょう。お嬢様が攫われる可能性もゼロではありませんでしたから」

 ああ、だからダラダラと話していたのか……と今更ながらの納得である。随分と酷い事を思って横柄な態度を取ってしまったものだと後悔した。

「後悔をしたのなら訂正をすればいいのですよ。幸いにもその機会はあるのですから」

 何を言っているのかと思ったが、それは女性の声に妨害された。

「そうだ、そうだ、少年に言うことがあったんだ!」

 先ほどのしんみりした挨拶はどこへやら、ベアトリクスさんが明るい声と共に舞い戻って来た。

「少年は弱いんだから無理しないで----」

 そこまで言ってベアトリクスさんは言葉を止めた。

「ううん。違うね。眠らなかったんだし、勇気を出してアタシの前に立ち塞がったんだ。以前の儚い少年じゃないんだよね」

 そして嬉しそうに笑う。

「うん。アタシの邪魔をしたんだ! 死んでもお嬢様を守るんだよ!」

「ベアトリクスさん!」

 去ろうとしていたベアトリクスさんが足を止める。

「さっきは失礼を……、いえ、今までありがとうございました!」

 ベアトリクスさんは大きく二、三度瞬きをすると、先ほど以上に嬉しそうに笑い、それじゃねーと軽い言葉が出そうな感じで手を振ると再び消えていった。


 俺がベアトリクスさんが居た廊下の先を見つめていると咳払いが一つ聞こえた。

「さて、馬野君」

 バトラーさんはいつになく神妙な面持ちだった。

「あの子が言っていた拷問云々は可能性としてはあり得ることを肝に銘じておきなさい」

 真剣な表情を崩さずに続ける。

「それと……あの子が言っていた様に、私は彼女の感情を利用して手駒の様に扱ってきました。軽蔑しますか?」

「軽蔑というか……。ベアトリクスさんの生い立ちが不幸だなぁとは思いましたけど」

 俺の返答をどう思ったのか微笑むバトラーさん。

「君がどう思っていようとも、どうしようもない下衆が黒く濁ったヘドロの中に沈んでいる。それが私です」

 表情に似つかわしくない言葉を吐いてきた。

「そして君も……気が付いていないかもしれませんが、既に人を人とも思わない道に一歩……いや、全身が浸かって引き返せない所まで引き込まれているのですよ」

 いや、俺って何もしてないよな? むしろ松尾さんとかのリンチにあったし……むしろ被害者側だよな? 栗林の足を引っかけて転ばしたけどさ。

「そのうちにわかりますよ。今日はもう遅いから寝なさい」

 バトラーさんに何時もの柔和な表情で言われてしまった。そんな風に気になることを言われたら気になって寝られるはずが……今日は色々とあり過ぎて疲れたからぐっすりと眠れるだろうけどさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ