魔王との決戦目前で、問題が発生しました
初投稿なので、温かい目でお願いします。
――――ズシュ
気付いた時には、突き刺さった音を聞き胸を貫く刃を見た後だった。
* * * * *
俺は遂に辿り着いた魔王城へ仲間たちと地下迷宮から潜入した。
だが、次々に襲う格の違う魔物や罠で深傷を負い、身体を倒した壁にちょうど隠されていた回転式扉により仲間たちと逸れどこかも分からない場所へ放り出された。
そこには溢れんばかりの財宝――――金銀に輝く硬貨、色とりどりの調度品、宝石があしらわれたアクセサリー、麗容な細工が施された武器――――が部屋中を埋めつくしていた。
それに俺は一瞥すると、一刻も早く仲間と合流するため生物の気配もない無機質なものの中を踏みわけながら扉へ向かった。
『我が息子以外で生きて此処へ訪れる者も久しいな』
だから、突然何処からともなく響いた不気味な声を聞いた俺は、驚きの声を飲み込むことしか出来なかった。
慌てて注意深く周りを見渡すと、宝の山に突き刺さる長剣から異様な気配が漂っているのを感じ取れた。
刃に亀裂が走った歴戦を思わせる煤汚れた中で鈍く光る漆黒の剣だった。邪悪の根源はどうやら柄に施された深紅に染まる宝玉のようだ。
『ほう、我の邪気が察知出来るとはなかなかの手練れ。もしや主は勇者か?しかもその"色"、召喚された者ではないか。これは一驚じゃ』
驚いたというわりに、心底面白そうな笑い声に勇者と呼ばれた俺は眉を寄せた。
そんな大層な者ではないし、得たいのしれないものに良いようにされるのは不愉快だ。こんなものに構っている暇はない。
そのまま無視し再び歩き出した。
『まさか再びその色を拝むことになろうと―――て、まて待て!!話の最中に去っていくとは何事じゃ!!話は最後まで聞くものと教わっとらんのか!?コラッ止まれ!!貴様止まらぬか!!!…ちょっと止まって。待ってくれ。ねぇ本当に待って。最近息子も来なくて話すのも息子以外に会うのも久しぶりなものだから調子に乗った。すまん、ちょっ一つ質問に答えてくれるだけでいいから止まって話聞いてください』
「……なんだよ?」
けれど、偉そうな物言いが一変し懇願する口調になり、あまりにも必死っぽかったので、つい立ち止まり話を促してしまった。
『おぉ感謝するぞ!質問だが、主は財宝や魔法具にも興味がないようじゃが欲しくないのか?
此処のものを手にすれば、女子に財産や権力など思いのまま――世界を手に入れたも同然となるのだぞ?』
「――くだらない。必要最低限あれば事足りるし、護りたいものが護れれば俺はそれでいい。
もしそれが手に入ったとしても、それは欲望と悪意で塗り固められた仮初めのものばかりだ。そんな空しさしかない世界に俺はしたくない」
『――ふむ、なるほどな。人が持つには巨大な力に溺れ驕ることなく、世界ではちっぽけな力だと見定め己ができる範囲を辨えておる。強い芯を感じるが危うい面もある………悪くないな』
その訳の分からない反応をする剣の様子で先程答えた内容に気付き、自分で言っておきながら狼狽えてしまった。
正体不明なものに何を馬鹿正直に本気で答えているのか。
「も、もう『よし、決めた』――ッ!?」
ズシュッ
――これ以上掻き乱されないよう去ろうとしたときには、遅かった。いや、遅すぎたのだ。
此処に来てしまったときには、既に手遅れだったのだ。
「――かはッ」
ほんの少しの動揺を衝かれた俺は、胸に深く突き刺さった剣と口から吐いた血の量を見て、もう助からないだろうと朧気ながら悟る。
剣を抜きたいところだが上手く力が入らず、抜くどころか柄を掴むことも出来ない。身体は力と共に失っていくかのように崩れ落ちてしまった。
―――俺は、一体何をやっているんだろうか。
平凡に過ごしていた日常から一人見たこともない異世界に連れてこられ、魔王を倒さないと帰れないと言われ、悪意と欲望にまみれた者共に嫌気が差しながら、苦しげに悔しげに助けを求める人達を見捨てられず手を貸して、平和に過ごした身体で闘いという名の殺し合いを命を削るように殺し、殺されかけて、また殺して。
ようやく、此処まで来たのに、こんな訳のわからないところで終わってしまうなんて……。
結局、俺は―――。
そんな支離滅裂な思考や血液が大量に流れ出る感覚。しまいには保っていた意識も怪しくなり、後は無念を抱えながら暗闇に飲まれ俺は深い眠りを待つのみ。
だが、それを阻むかのように突き刺さったままの剣が、今までにない邪気を放ち始めまとわり憑いてきたのだ。
「…な、に…を」
『我、此処に継承する。剣の"鞘"(さや)となり、導き手とならんことを』
そう宣ったと同時に俺の意識は、混乱の最中近づいてくる人影を捉えたのを最後に途絶えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『――ぃ、――ろ―』
誰かの声が聞こえる。
朧気に聞こえたのは、低く響く深みのある、静かだけどよく通る声だ。
俺が覚えている限りでは記憶にない。それなのに、妙に心地よく感じる。錯覚なのではと思うくらいにだ。
というか、何故声が聞こえるのか――俺は死んだはずではなかっただろうか?
『…おい、意識が戻ったなら起きろ』
今度は鮮明に聞こえたことで、寝ぼけた脳が意識がなくなる経緯を思いだした。
慌てて跳ね起き、長年の相棒でもある聖剣の柄に手をかけるが、そこにあったはずのものはなく焦って周りを見渡し武器を探す。
「何を探しているのだ?」
すると、先程の声がして反射的にそちらへ振り返り、俺は息を呑んだ。
流れるように艶やかな黄金色の長い髪に精悍な容姿。
細微な刺繍が施された衣装に闇に溶けるほど真っ黒なマント。
服の上から見ても鍛えられていることがわかる肢体。
その肢体が纏う禍々しく威圧的で強大な魔力と漆黒の翼。
病的なほどに白い肌、尖った耳、口唇から覗く鋭い牙、整った高い鼻。
そして、眼を惹くほど聡明で真っ直ぐな眼差しの淡く深い、碧眼。
俺は、その情報を認識して戦慄した。
情報の人物と該当した目の前にいる人物はまさしく、長年の最終の敵。
「ッま、魔王!!」
「ほう、無知ってわけじゃないようだな」
気配を探ったところ、この部屋には俺と魔王の二人だけ。
ここは魔王のフィールド。余裕綽々の魔王の腰には長剣が携えてある一方、こっちは丸腰。
おまけに、魔力を練り上げようとしてもまったく力が集まらない。首や手足に違和感があるから、恐らく魔封具をつけられたのだろう、これでは攻撃する手段が全然ない。あるのは己の身体のみ。
まさしく、絶体絶命、万事休す。
―――なんで助かったかわからないけど、ここまでなのか?
魔王へと身体を構え、嫌な思考に冷や汗を流し意志が揺らぎそうになった。その時。
「”サタン族の女”よ。何故あの宝物庫にいた?」
「へ?」
魔王の質問、正確に言えば魔王の呼びかけに、思考が真っ白になった。
身体は頭が拒否しているのに関わらず、魔王のコトバを理解しようと動く。
目線を魔王から背中へと動かせば、ふさふさと見事な漆黒の翼が。
手を口元と耳に動かせば、口元から出ている固いものが。異様に尖った感触が。
次に手を胸と下に動かせば、胸にあるはずのない弾力が。下にあるはずのものがない喪失が。
それらを知覚して、蒼褪めているだろう顔を恐る恐る下へ向ければ、サラリと肩から落ちてきた長い黒髪とともに適度に膨らんだ胸を視界に収めた。
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?!?!?」
声にもならない悲鳴を、俺は上げるしかなかった。
【魔王との決戦直前に、問題が発生しました】
《自分の体が魔族の女になりました》end.