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第三シリーズ

001 後日談?

 今日も今日とて、金髪少女リナは援助交際にて春を売っていた。

 待ち合わせに来たおじさんと共にホテルへと並んで歩いていたのだが、今日は相手の様子がおかしかった。不審というわけではなく、どちらかというと、落ち込んでいるように見えた。

「ちょっとおじさんどうしたの~ほらほら女子高生だよ~」

 退学してるけどね、という言葉を心の中だけで呟き、私服化している制服を見せるようにして男の視界に入る。けれども軽く苦笑しただけで、リナには何でもないように振る舞おうとしていた。

「ごめんごめん、実はこの前仕事に失敗してね……」

 愚痴コース確定だが、このまま暗い空気でホテルに入るよりはましか、とリナは思い直して、そのまま男の話に聞き入った。

「ある男を取り立て、いや業務の関係で人探しの仕事をすることもあってね。手掛かりを見つけて他の社員達と追いかけたんだけど、逃げられちゃってさ……」

「……ん?」

 どこかで聞いたような話だと、リナは不思議そうに首を傾げた。

「というのも、班ごとに分かれて追いかけようとしたのに、誰かが駐車場中の車のタイヤをパンクさせちゃってさ。おかげで逃げられたから上から大目玉。流石にいたずらだったから修理代は経費で落ちたけど、勤務評定がもうがたがたで……」

「……あ」

 そこでようやく思い至った。どうやら相手は以前、リナが気まぐれで邪魔した闇金業者の一人らしい。思わず謝りそうになるが、流石に説明できないので、どうにか堪える。

「他の仕事に影響でるからって、部長が気を利かせて関係社員に風俗斡旋してくれたんだよね、今回は」

「あ~なるほど~」

 どうりで強めに頼み込まれたわけだ、とリナは内心納得した。

 昔風俗でぼったくりにあった奴がいるから相手してやってくれ、って常連の一人に頼まれて来たのだが、まさかそこで働いているとは思わなかったのだ。

「世界って狭いな~……」

「何か言った?」

「いえいえなにも~」

 口は禍の元、と唇を引き締めるリナ。

 ほんの気まぐれに巻き込んでしまった分、今日はサービスしとこうと心の中で誓い、胸が当たるように腕を組んだ。

「せっ、積極的だけどお金は……」

「だいじょうぶだいじょうぶ、さっき結構な額貰ってますから~」

 一回の代金が高いとはいえ、いつも通りとは言わず、リナは気分的にサービスするように男をホテルへと連れ込んだ。




 それとほぼ同時刻、人気のない路地裏を彷徨う影があった。

 その瞳はネオン光に包まれた隣の通りを見つめ、あるものを探していた。

「どっ、どのホテルに行こっか?」

「どこでもいい、っての……」

 視界に映ったのは二人の男女、自信なさげな中年間際のスーツ男と、明らかに未成年に見える茶髪プリンのギャル。携帯をいじりながら男についていく女を、影は静かに見つめていた。

 そして……




002 訪問

 ドンドンドンドン…………

「クロ~ちょっと出て~」

「うん……ふぁぁ」

 一般人の活動時間である昼日中、布団にくるまって寝ていたリナは、突然の訪問者が鳴らしているノックに嫌気が差し、隣の布団で寝ていた青年に声をかけた。

 元ホームレスの青年、クロは飼い主であるリナの命令に忠実に従い、欠伸を噛み殺しながら布団から起きあがった。寝癖だらけの髪に頓着せず、チェーンがかかってることを確認してからドアノブを握る。

「どちらさ」

「リナ起きろ一大事!!」

 玄関のドアを開けたクロに構わず、赤いメッシュを入れた少女、ミサは隙間から部屋の奥に届くように叫んだ。




「う~ん……あと3時間」

「起きろこの昼夜逆転女!!」




 ミサの声も届かず、リナは布団の奥深くへと潜り込んでいった。それで埒があかないとみるや、今度はクロの方を向く。

「ちょっとあんた、今すぐリナを叩き起こして!!」

「と言われても……」

 流石にクロは悩んだ。

 散々世話になっているご主人様を勝手に起こしていいものかと。下手したら食事えさ抜きになりかねない。

 そこでようやくこの家の人間関係を思い出したのか、ミサは代案を即座に思いつき、実行に移そうとした。

「わかったもういい。……そのかわり下がってて」

 何をする気かは知らないが、いやな予感がした。

 言われたとおりに玄関から離れたクロを確認して、ミサは一歩下がった。そして、一息に身体を捻り、

「……らぁっ!!」

 びゃきゃっ!!!!

 鋭い回し蹴りをドアに叩き込み、蝶番を全て弾き飛ばした。本来開く側はチェーンにより固定され、逆に開いたドアをくぐる。

「えっ、なにちょっ……!!」

 土足のまま乗り込んだミサは、慌てて起きあがるリナの右手首を正確に踏みつけ、身体を屈めて顔だけを近づけた。

「起きろおら一大事だっつってんだろこら」

「分かったから足降ろして、靴脱いでくれないミサ……手が痛い」

 眠い頭を揺らしながら、右手に握っていた小型の自動拳銃を元あった枕元に置いた。

「で、なによもぉふぁぁ……むぁら就寝時間じゃない」

「だぁから一般人の活動時間だっつってんだろこのバカ女」

 伸びをするリナを放置し、ミサは玄関に戻ってようやく靴を脱いだ。その様子を見て、クロは思わず呟いた。

「……銃に関してはスルー?」

「元々知ってたし、武器が違うだけで、修羅場の数はリナの比じゃないのよこちとら」

 立ち上がって腰に手を当てたミサは、クロを見上げながらも、堂々と啖呵を切った。




「元暴走族ヘッドの女、舐めんな!!」

「……………………………………え?」




 珍しく驚いてるな~とリナは遠巻きにクロの顔を見つめながら思った。




003 通り魔

「……で、ミサ、いったい何なの~」

「煙吸ってでもさっさと頭を覚ませ」

 手早く布団を退け、座卓を置いてから、リナとミサは向かい合って腰掛けた。その間、クロはコーヒーを人数分淹れている。

 煙草を口に咥えて火を点け、煙を肺に吸い込んでどうにか脳を活性させようとする。しかし、覚醒したのはクロに差し出されたマグカップのコーヒーを口に流し込んでからだった。

「眼え覚めた?」

「どうにか~むぁ」

 欠伸を噛み殺し、どうにか頭が働き出したのを見て、ミサは漸く口を開いた。

「今朝電話があったんだけど、その娘の知り合いが殺されちゃったんだって」

「それがどうしたの~知り合いの知り合いなんて他人じゃん。ワタシにとっちゃ知り合いの知り合いの知り合いだから完全に赤の他人だしさ~」

「……その殺した奴が問題なのよ」

 同じくクロから受け取ったマグカップのコーヒーを流し込み、ミサは本題に入った。

「リナ、あんた知らない? 別の街で援交やってる未成年ばかりを殺して回る通り魔の話」

「……”切り裂きジャック”」

 ミサの話に答えたのは、台所で立ったまま話を聞いていたクロの方だった。そして正解らしく、青年に頷きで返した。

「どうもそうらしいのよ。もしそれが本当なら、わたしらの商売も結構影響でてくるじゃないの」

「模倣犯じゃないの~?」

 しかし危機感が薄いのか、完全に覚醒しきれていないのか、未だに眠たげに答えてくるリナに、ミサはそれを否定した。

「状況が似すぎてるのよ。そもそも……」

 一旦言葉を切り、ミサは続けた。




「目撃者どころか商売相手の男無視して、援交やってる女だけ殺すなんていかれた通り魔なんて、他にいると思う?」




 結論は、いない。

 話を聞く限り、明らかに援助交際をやっている女の子に焦点が置かれている。何らかの恨みがあるのかどうかまでは分からないが、目的のはっきりしすぎている通り魔ならば、まず同一犯で間違いないだろう。

「……まあ、同一犯であれ模倣犯であれ、暫くは援交しない方がいいってことでしょ?」

「そういうこと、できれば夜も出歩かない方がいいかもね」

 コーヒーを啜る音が、部屋の中に響く。

「でもなんで切り裂きジャックなんて呼ばれてんの。クロ、そいつって有名なの?」

「多分、この地方でしか知らないと思う。世間体もあってか、新聞にもそこまで大きくは書かれていなかった。……そう呼ばれているのは、犯行の対象が身体を売っている少女だからだよ」

「どゆこと?」

 首を傾げるリナに、クロは答えた。

「実際の切り裂きジャックの被害者は、皆売春婦なんだ。だから現代の切り裂きジャック、ってゴシップ記事が飛び交っているんだよ」

 ところで、とクロは一旦話を切り、ミサの方を向いた。

「アカネ、って娘にも話したの?」

「うん、とっくに」

 話は終わりと思ったのか、ミサはコーヒーを一息に飲み干す。

「だから暇な大学生捕まえて、明るいうちに稼いでから帰るってさ」

「うわぁ……私よりもアカネの方が大事なんだ~」

「どうせ寝てる奴最後にして何が悪いって?」

 軽くにらみ合う二人だが、クロの言葉に顔色を一瞬にして変えた。




「あれ、でもその通り魔って……昼間でも一度、暗い路地裏で犯行に及ばなかったっけ?」




004 遭遇

「こちら、ですか?」

「そうそう、そこのホテルが結構いい設備しててね……」

 明るいながらもけばけばしい女達が立ち並ぶ通りを歩く二人。性風俗の店舗の間を抜けて、薄暗い裏路地を歩いていた。その奥にもホテルがあるのか、男の方がアカネを案内している。

「ところでお願いしたことなんですけれど……」

「夕方までに帰りたいんでしょう。大丈夫大丈夫」

 男は軽く手を振って応えた。

「俺も流石に通り魔に遭うなんて御免だからね。まだ陽の沈みも遅いし、一、二時間で帰ろっか?」

「はい、お願いしますね」

 ニコリと笑うアカネ。

 大学生の男は、実は一人暮らしで今月の仕送りを援交代にあてようと考えていた。しかし単価が高く、アカネの都合で少し安くしてもらえたが、それでも仕送りの半分が飛んでしまう計算になる。

(後悔しない。明日から大学サボってバイトだ!!)

 そんな考えがよぎったためだろう。

 周囲に気を配ることがなくなり、建物同士が並んでできた狭間に意識が向かなかったため、




 …………反応が遅れた。




 ドカッ!!

「ぎゃふっ!?」

 男は突然の衝撃に踏みとどまることもできず、そのまま壁にぶつかり、頭を打って気絶した。アカネは突然のことに思考が追い付かず、悲鳴を上げることもなく、暗がりから出てきた存在に目を向けた。




 おそらくは、人間の男性なのだろう。




 異様な風体だった。

 身体に黒い布地のようなものをミイラみたいに巻き付け、その上から複数のベルトで固定している。しかもそのベルトには鞘に納められた大小様々なナイフが取り付けられていた。顔も黒い布で覆っているので、相手の顔色は分からない。

 けれどもアカネは、その顔を見て逆に恐怖した。




 瞳を布で覆われた顔が、アカネの方をゆっくりと、しかし迷いなく向いたからだ。




 だからアカネは逃げ出そうとした。

 元々持っていたが援助交際をする上で有利になると意識して強調していた清楚さも、本来の性格である大人しさもかなぐり捨てて、恐怖から身体を反転させ、駆け出そうとした。

 しかし、謎の男性から投げつけられたナイフが左足に刺さり、アカネは俯せに倒れ込んだ。

「きゃっ!?」

 そのまま口を閉じて、足の痛みをこらえようとする。しかし、黒い布で覆われた男がアカネの傍まで近寄り、更に刃を突き立ててきた。

「イタッ!! いやっ!? いやぁ!!」

 異常な光景だった。

 痛みに泣きじゃくる少女に、あえて急所を避けながらナイフを突き立てていく男。しかし刃物で刺される以上に、執拗に攻撃する光景が更に恐怖を増長させている。

「夢だ。アカネちゃんが、ゆめだ……」

 目を覚ました大学生の男の方は、朦朧とした意識と異常な光景に、夢だと思い込んでまた気を失ってしまった。

「ひっ、ひっ……」

 ……血を流しすぎた。

 身体中に刺さるナイフの痛みに、アカネは苦痛だった初体験を思い出しながら、目を閉じた。

 これ以上は死ぬだけだろう、そう判断した男は、手持ちの中で一番大振りなナイフを鞘から抜き、両手で握ると、上段で振りかぶった。刃物は勢いよく、アカネの頭目掛けて振り下ろされ…………




 ガリガリガリガリ……




 男は顔をあげた。そこには女子高生らしき少女が二人、一台のバイクに乗ってこちらにつっこんできていた。




005 VS通り魔

「リナ、次どっち!?」

「そのまま真っ直ぐ、路地裏入って!!」

 車幅がぎりぎりとれるかどうかという狭さなのにも構わず、後ろにリナを乗せたミサは、バイクを巧みに操って路地裏に潜り込んだ。

「GPSだとこっちに……いた、目の前!!」

「あのヤロ……リナ、捕まって!!」

 さらにエンジンを加速させ、障害物を駆使して飛び上がったバイクの前輪は、そのまま黒い布で覆われた男に直撃した。

「ぎゃっ!?」

「……間違ってアカネ踏んだ?」

「いや、違うみたい」

 リナが指差した先をミサは見た。

 どうやら気絶していた大学生の男の手を、勢い余って轢いてしまったらしい。

「……今はアカネが最優先!!」

「それでいこう。アカネ大丈夫!?」

 哀れ大学生。

 勢いで強引に誤魔化し、バイクから飛び降りたリナ達はアカネに駆け寄った。本人は虫の息だがまだ生きていた。しかし、複数のナイフが身体に刺さったままになっており、そこからの出血がひどかった。

「やっば……こりゃ完全に病院だわ」

「そんじゃさっさと……野郎を追っ払うか」

 アカネを庇うようにして、リナとミサは立ち上がった。

 目の前には通り魔と思しき男、しかし黒い布と大量のナイフが彼を一般人の枠からはみ出させていた。

「……気付いてる、ミサ」

「分かってる。あれ……血でしょ?」

 元々黒い布だったのだろうが、その色はどこか黒ずんでいると表現できた。そして所々赤ずんでもいる。血糊がべったりとこびりついたような、不快な色合いだった。

「こりゃ手強いかもね~どうする?」

「どうする、って決まってるでしょ」

 ミサは建材の余りなのか、路地裏に転がっていた錆びた鉄パイプを拾い、槍を持つように構える。同時にリナも小型の自動拳銃を抜き、入っていたスクバを横に投げ捨てた。

「あいつ追っ払ってアカネを病院に連れていく」

「……賛成」

 方針は決まった。後は実行に移すだけ。

 二人の行動に男はナイフを構えるが、突然身体を反転させて逃げ出した。

「ちょっ、なん……」

「後ろ、多分警察と救急車」

 近づいてくるサイレンの音に気付いたリナは、突然逃げ出した男に放心しているミサの身体を後ろへと向ける。

「ワタシ追いかけるから、ミサはこっちで……」

「駄目」

「ぎゃっ!?」

 一先ず追いかけようとするリナを、ミサは止めた。足払いで。

「何すんの!?」

「今回はこっちの負け。アカネを助けてから体勢を立て直した方がいい」

「でも今逃がしたら、っ!?」

 起き上がり、詰め寄ってくるリナを、ミサは胸倉をつかんで引き寄せた。

「少しは落ち着けよバカ女……ブチ切れてんのはこっちも一緒なんだよ」

 ミサ自身も語ったことだが、リナも内心は理解していた。

 少なくとも覚えている限り、修羅場をくぐった経験はミサの方が上だということを。

「今は引く。警察にはわたしが見つけたことにするから、あんたはさっさと帰れ」

「……ミサは?」

「警察に知り合いがいる。そいつに頼んで大事にしてもらわないようにするから……だから拳銃やばいもの持ってるあんたが邪魔なの」

 ……リナは黙って、スクバを拾って拳銃を突っ込む。そのまま背負い、男が通ったのとは別の路地を見つけて振り返る。

「終わったらちゃんと教えてよ。アカネのこと」

「……りょ~かい」

 言葉はそっけないが、緊張が解けたような口調に、リナも肩の力を抜いた。

 そして二人は別れ、リナは家路に、ミサは警察に、アカネは病院に運び込まれた。




 ……少女達と通り魔の最初の戦いは、彼女達の負けだった。




006 後日談

 通報したのはクロだった。

 通り魔が昼間も出歩いている可能性を指摘した途端、駆け出した二人を見て万が一があっては困る、そのために携帯で電話をしたのだ。場所に関しては、この前の闇金業者との一件で興味半分に、あらかじめ発信器を仕込んでいたので、リナ達の居場所はすぐにわかった。

 もしかしたら、通り魔に遭遇せずに警察に捕まるかもとは考えたのだが、大丈夫かとクロはそのまま通報したのだ。

 それを帰ってから聞いたリナは、

「タイミング的には助かったけど、今度からは事前に言っといてよね~」

 とスクバの中に入っていた発信器を弄びながらつぶやく。

 発信器そのものは捨てられた古い機種の携帯ガラパゴスからGPSの部品だけを抜き取って作ったものらしく、メールを送ると現在地がクロの携帯(違法改造品)に文章で返信する仕組みらしい。

「……というかクロ、携帯持ってたの?」

「一方的にかけることしかできないけどね。メアドはともかく、これ電話番号はないし」

 だから逆探知の心配もないよ、とクロは話したが、詳しくは聞かないでおこう、とリナは思った。

 とりあえず腰を下ろし、再び襲ってきた眠気を堪えて欠伸を噛み殺す。

「今日はもうおやすみ。……ああ、そうだ」

 寝間着に着替えるのも億劫なのか、外へ出るのに慌てて着込んだ私服代わりの制服を腰掛けたまま脱ぎ捨て、下着のまま布団に潜り込む。

「ミサから電話来たら、代わりに出といて。それ以外は無視していいから」

「……了解、おやすみ」

 投げ渡されたアップルフォンを受け取り、クロはリナが眠り込むのを眺めながら、胡坐をかいて考え込むように俯いた。

「目を含めた全身を黒い布で覆った通り魔。同一犯は確実で、基本は夜に活動する。……まさか、な」

 クロは眠ることなく、リナが起きるまでその通り魔のことを考え続けた。




 結局、ミサが連絡を寄越したのは翌日のことだった。

 早朝にかかってきた電話で聞かされたのは、通り魔が未だに見つからないこととアカネが入院している病院の名前、そして……アカネの家族が引き取りに来たことだった。

「えびな……って何?」

『新聞読むかあんたのペットに聞け。蛯名財閥っていったら貿易を中心に利益を上げている大財閥でしょうが。そんなことも知らないの?』

「だって興味ないし……というか、本当なの?」

 朝方だと流石に寒いのか、ブラウスを羽織っただけのリナは、アップルフォン越しにミサに尋ねた。

「アカネがその蛯名財閥とかいうところのお嬢様だってのは」

『間違いないみたいよ。警察の知り合いから聞いたら、前々から捜索願が出されてたんだって。……まあ、流石に表沙汰に出来なかったのか、知ってるのは口の堅い人間に限られていたらしいけど』

 煙草の煙を燻らせる。話が話だけに、若干思考が追い付いていなかったのだ。

『ま、何にしても一回見舞いに行くわよ。昼過ぎには迎えに行くから……ちゃんと起きてろよこら』

「りょ~かい、わかってるって。……ああ、でも」

『でも何?』

 灰を落とし、ほとんどフィルターだけになった煙草を灰皿に押し付けながら、リナは呟いた。




「……あの話、どうする?」

『とりあえず行ってみる。それで判断するしかないでしょ』




007 アカネの過去と現在

 リナ達の援交仲間である清楚系の黒髪少女、名前をアカネという。

 本名は蛯名朱音えびなあかね。蛯名財閥の令嬢だが、親族内での権力争いに嫌気が差していた時に誘拐事件に巻き込まれた。身代金の引き渡し時に望み通りの結果に変えようと他親族の介入があり、その騒動に紛れて逃亡、周囲から家出少女と勘違いされたまま、なし崩しに援助交際で金銭を稼ぐことになった少女である。誘拐された際に純潔をなくしたとはいえ、当初は身体を売ることに抵抗を感じていたが、家に帰っても汚れた身体では勘当されてもおかしくないと考え、実際に家出をすることにしたのが、彼女の顛末である。

 そして今、病院で身動きの取れないままベッドの上で寝ている少女の横には、仕立てのいいスーツを身に纏った壮年の男性が、備え付けのパイプ椅子に腰掛けている。

 言わずもがな、アカネの父であった。

「こんな形で再会するとは思わなかった……」

「……私もです。お父様」

 ここ数年行方をくらませていた娘が、身も心もボロボロになって帰って来た。父親として、どのような顔をすればいいのかが分からないというところだろう。

「お母様は?」

「ああ、そうか。知らないだろうな。……死んだよ、権力争いの重責で、精神を病んでそのまま」

「そうですか……」

 元々入婿だった父は、庶民的な思考もあってか、権力争いに興味を持てなかった。しかし、蛯名財閥現当主の長女として生まれたアカネの母は違った。自分より劣る兄を蹴落とし、優秀な弟妹を欺いてでも次期当主になろうと躍起になっていた。しかし自分が失敗した時のために育てた娘の誘拐事件、そして皮切りに始まった権力闘争。

 正直、ただアカネを救うだけだったならば、こんなことにはならなかったかもしれない。実際、裏には誰もいない、突発的な犯行だったのだ。しかしことを公にしてアカネの母を失脚させようとしたその兄、裏で誰かが暗躍していると疑心暗鬼にかられた彼女を含む周囲の人間、事件の解決すら視野に入れられていなかったのだ。

 そして権力争いで不利になる破瓜から家出したアカネ。もはやまともな状況すら期待できなかっただろう。無暗に争わせないように子供を一人だけ生み、他は流産させていたことも要因となったのかもしれない。

 しかし、父親は娘を見つけた。

 援助交際で生計を立てていた時に、通り魔に襲われて入院した彼女を見つけたのだ。何を言えばいいのか、互いに分からないまま沈黙が病室を支配している。

 先に沈黙を破ったのは、父親の方だった。

「実はな、父さんも蛯名の家を追い出されたんだ。今は、系列会社の重役として働いている。……お飾りの相談役だけど、その間に次の転職先を見つけたんだ」

「それは……おめでとうございます」

 アカネにとって、たとえ父親でも、今この隣にいる男は他人だった。

 生き残るために見知らぬ男達に身体を明け渡してきた、汚れた身体の娘等、勘当されてもおかしくない。

 けれども、父親は来た。現状を知りつつも、ボロボロに傷つけられた娘のいる病室に、治療を終えてすぐに駆け付けていた。




「だから……一緒に暮らそう。財閥や権力争いからは身を引いて」




 最も、財閥の血縁者である母親はもういないから、どちらにしても無理だけどな。そう茶化してくるが、それでも、アカネは口を開いた。

「私は……援助交際をしていました」

「そうだな」

「私は、もう……汚れています」

 できれば、もう二度と会いたくなかった。これからも自分一人の力で生きていくのだろう。そう考えていたのに、アカネの父は否定した。




「どうかな、単に経験人数が多いだけだろう。……気にするだけ無駄だ」




 それでも、けど、とアカネは口を開くが、同時に、涙腺も開いていた。

 次々と零れ出る涙と言葉を、アカネの父は静かに聞き、受け止め、そして否定し続けた。




 二人の会話を、病室の外から聞いていたリナ達は、この場を去ることを決めた。

「……帰ろっか」

「賛成」

 手土産の入った紙袋を近くを通った看護師に預け、二人は病院を後にした。




008 約束

「……どこ行く?」

「公園、煙草吸いたい」

 二人は人気のない公園に入り、人の目がない奥にあるベンチに並んで腰かけた。

 スクバから取り出した煙草を一本抜いて咥えようとすると、横から手が伸びてきた。

「……一本ちょうだい」

「あれ、ミサって煙草吸うっけ?」

 少なくとも、吸うところを見かけたことはない。

 不思議そうに見つめるリナを無視して、ミサは手に持っていた煙草を奪い取ってそのまま口に咥えた。

「まあ、赤ん坊ができてると知ってからはやめてたけどね。育児にゃ完全に邪魔ものだからさ」

「ふぅん。……え?」

 もう一本の煙草を抜いて口に咥えた。

 そのままライターを取り出して、火を点けようとした手が止まる。聞き間違いだと思い、リナは聞き返した。

「子供って……ミサの?」

「ん、ああ……言ってなかったっけ」

 火を点けようとしないことに業を煮やしたのか、リナからまた奪い取ったライターで咥えた煙草に火を点けてから、ミサは煙を吐きつつ答えた。




「わたし、一児の母やってんのよ。一応」

「うそだっ!?」




 あまりの衝撃に、リナは咥えていた煙草を地面に落としてでも、嘘だと断言した。

 しかしミサはスマホンを取り出して操作したと思えば、一枚の写真を表示してリナに見せた。

「ほらこの子。旦那の忘れ形見育てんのに援交やってんの。……言ってなかったっけ?」

「聞いてないっ!?」

 つうか仕事ない時とかアカネと三人で遊んでたじゃん!!

 そう思っていたリナだが、ミサは更に事実を重ねてきた。

「まあ、流石に育児の経験ないから、その辺りは旦那の舎弟とか知り合いのデリヘル嬢とかに金銭含めて協力してもらってんのよ。……おかげで周りに頭上がんないわ」

 煙を吐き出すと同時に、ベンチの背もたれに体重を掛けるミサ。目は空を向いてはいるが、見つめているわけではないらしい。ただぼんやりと見上げているだけだろう。

「だからアカネの父ちゃんはすごいわ。わたしなら何発かぶん殴ってから、自分のこと無視してきれいごと並べ立ててたかもしんない」

「……そりゃこっちも似たようなもんだけどね~」

 ライターを返してもらい、新しい煙草に火を点けたリナは、ようやくありついたニコチンを味わうように燻らせる。

「しっかし子供か~その子今いくつなの?」

「もうすぐ一歳。食べ盛りだからもうちょい稼がないとな~」

 普段やっていることこそ妊娠のための行為だが、子供を産むという意識は今までなかった。身近に子供を生んだ同世代がいて初めて認識したといえる。

「それってアカネも知ってるの?」

「知ってる。というかよく遊んでもらってた」

「ワタシも誘えよ~」

 駄々をこねるように肩に手を伸ばすが、すげなく払われてしまい、リナはふてくされながら煙を吐き出した。先に吸っていたのでもうフィルターしか残ってない煙草を吐き捨て、ミサは言葉を漏らす。

「……ま、少なくとも当分はもう、遊んでもらうこともないけどね」

 リナも無言で煙草を地面に落とし、靴の踵で火種を踏み消した。




 リナ達三人だけではなく、援交仲間全員で決めていることだ。

『どちらかが援交をしていて、もう一方がやってない場合は絶対に関わらない』

 誰かが援助交際に手を出さなくなると、無理矢理引き戻すことなく、幸せになることを祈ろうと、全員で約束していた。また戻ってきたり、自分が辞めたりした時はその限りではないが、それでも、余程の恨みがない限りは相手の幸せを尊重しよう。そう取り決めているのだ。

 だからもう、アカネは死んだ。

 今父親と再び暮らそうとしているのは、蛯名朱音という、援助交際とは縁のない普通の少女だ。もう二度と、少なくともリナやミサが援助交際をやめない限り、互いに関わることはないだろう。

「……そんじゃま、行きますか」

「そうすっかね」

 互いに落ち合う場所を決めて、二人はバラバラに家路についた。しかし、二人の心の内はもう決まっていた。




 第二ラウンドの開始と……アカネの敵討ちに。




009 装備

「……というわけで武器が必要なわけよ。分かる、クロ?」

「分かるけど……拳銃以上の武器なんて用意できないよ?」

 帰宅してすぐ、リナはクロにすり寄った。何かと器用なペットだ、もしかしたらすごい武器を用意してくれるかもしれない。

 しかし、期待した答えは返ってこなかった。

「それこそ例の売人に頼んで用意してもらったら? 流石にお金はかかるかもだけど……」

「……これ」

 そう言って差し出されたのは、リナのアップルフォンだった。

 どこかに電話でつながってるらしいが、クロの耳に流れてきたのは、『この電話番号は現在使用されていません』という意味のアナウンスだった。

「あの売人、定期的に電話番号替えてんのよ。だから次の仕事までは、こっちからは掛けられないの」

「なるほど……」

 アップルフォンをリナに返すクロ。しかし、彼自身も代案が浮かぶわけではない。

「まあ、個人的な護身具位なら用意できるけど、それでもいい?」

「それっきゃないかな~じゃあさ、クロ」

 何、と首を傾げるクロに、リナはある提案をした。




「なんか特殊弾とか作れない? ほらテレビとかでよくある、壁を吹っ飛ばしたり、当たった瞬間に爆発するようなやつ」

「無理」




 なんでさ~、とふてくされるリナに、クロは座卓に転がっている銃弾の一つをつまんで掲げた。

「あのね、拳銃弾っていうのは大雑把に言うと、先端の弾丸ブレットと、薬莢ケースって呼ばれる弾丸の後ろに付けられている筒でできているんだよ。そして銃っていうのは、この薬莢のお尻を叩いて、中の火薬を爆発、その勢いで先端の弾丸を飛ばして攻撃するの。ここまでは分かる?」

「……まあ、大体?」

 クロは弾丸を差していた指を降ろし、肩を落とした。

 しかし気を落としてはいけない。大抵の人間は手持ちの道具の使い方は理解していても、その原理までは詳しく語れないのだ。興味を持たないのは当然であり、むしろ理解していない周囲だと『オタク』とか言い出すアホの方が多いのではないだろうか。

「で、無理な理由その一。この弾丸が小さすぎて細工不可能」

「たしかに、あらためて見るとちっこいなぁこれ」

 リナも弾丸を一つ指で掴み、しげしげと眺める。本来ならば用途に応じて弾丸の大きさが違うと教えるべきだろうが、意味がないだろうとクロは一先ず流した。

「そして理由その二。火薬を増量して威力を上げる手もあるけど、材料もないし、下手したら暴発するかもしれない」

「暴発?」

「火薬の爆発が大きすぎて、銃が耐えきれずに壊れること。最悪持っている手が吹っ飛ぶ」

 うげぇ、とリナはつまんでいた弾丸を座卓に落とした。

「じゃあ最後に理由その三。小型の拳銃そのものが携帯性と間接的な射撃用途に特化しているから、わざわざ細工した弾丸の需要がほとんどないってこと」

「携帯性は、隠し持てるってこと?」

 ようやく理解できたリナの発言に、首肯するクロ。

「じゃあ、間接的な射撃用途って何?」

「暗殺」

「ああ……納得」

 そういや昔も、隠し持ってた銃で悪徳警官殺したっけ。

 リナは過去を反芻し、改めて自らの拳銃を眺めた。

「むしろ拳銃用のオプションをつける方が主流なんだよ。ところで、この前使った減音器(サウンド・サプレッサー)LAM(レーザー・エイミング・モジュール)の他には何かあるの?」

「そうだな~」

 点検も含めて、関連するものを全て畳の上に広げているのだが、元々護身用として持っていたので、メンテナンス用のものが大半だ。

 その中から、リナはまだクロに見せてなかったものを取り出した。

「あとはこれくらい?」

「ロングマガジンか……」

 差し出されたのは、リナの拳銃用の弾倉だったが、その長さが違った。本来使っているものよりも長く、グリップからはみ出してしまうくらいだが、その分込められる弾の数が違う。

「闘うならこっちにした方がいいかもね。弾数が多い分、攻撃回数も増えるし、弾倉を入れ替える回数も減るから」

「ふむふむ……」

「後は、護身具だよね……」

 弾倉を置いて、クロは懐からビー玉大の丸い玉を取り出した。色は黒だが、周囲には何かが埋め込まれていた。

「壁か何かに強く擦りつけてから、すぐに投げつけて。いくつかあるから、なんなら闘う前に試してみてもいいし」

「ふぅん……なにこれ?」

 不思議そうに玉を摘んで眺めるリナに、クロは一言だけ答えた。




「秘密兵器」





010 囮

「おっ兄さぁん~待った~?」

「別に、いいから行こうぜ」

 黒髪を揺らした、ショートパンツにパーカーを羽織った少女が、少し上くらいのニット帽を被った少年の腕に抱きついた。ビジュアル系な服装だが、向かっているのはクラブやライブハウス等ではなく、人気のない路地裏だった。

「え~もうホテルに行くの~」

「嫌か?」

「もうエッチ~」

 少年の方は無愛想なままだが、少女の方はきゃはきゃはと楽しげだ。

「まあエッチでもいいけど~ちゃんとお小遣い弾んでね~」

「安心しろ。今日は懐が暖かいんでね」

 日も暮れ、周囲は夜に包まれていた。おまけに路地から離れたので、もう蛍光灯の明かりすら届かない。

「いっそ外でやるか。……我慢できない」

「きゃっ!? もう仕方ないな~」

 頭の悪い会話が路地裏に満たされる中、二人に近づく気配があった。例の通り魔である。それは身体中につけられたナイフを鳴らさないように最低限の動きで近づき、少女を抱えて壁に押さえつけた少年の背中を見つめる。

「ちゃんとエロい下着履いてきたんだろうな?」

「当たり前~んちゅ」

 少女は少年にキスし、股間に手を伸ばした。同時に少年は少女の胸を服越しに掴んでいるのが通り魔の目に映る。

「…………」

 通り魔は近づき、ナイフの一本を片手に構えて膝を曲げる。

 少年を蹴り飛ばして、少女を殺す。

 その一点で身構え、音を立てないように駆けだした。いつも通りの通り魔の犯行だった。




 ただし相手が行っていたのは、ただの『援助交際』じゃなかった。




 パンパンパン!

「あ、外した」

「下手くそっ!!」

 少年は振り返り、腰のベルトから抜いた短い鉄の棍棒を強く握り、とっさにとびのいて体勢を崩した通り魔に殴りかかった。

 通り魔はナイフを盾にするが、しょせんは刃物だ。頑強な棍棒になすすべなく、叩き折られてしまう。しかし相手も手慣れているのか、素早く別のナイフを抜き、横凪ぎに振る。

 それをかわすために少年が下がり、通り魔はそのまま逃げようとするが、

 パンパンパン!

 再び響く銃声。通り魔は凶弾を避けようと再びとびのくが、その横を潜って少年ーー男装していたミサが逃げ道を塞ぎ、被っていたニット帽を脱ぎ捨てた。

「ったく、さんざっぱらわたし等みたいなの襲っといて、自分だけ逃げるなんざ許されると思ってんのかね」

「いやいや逃げるのは当たり前だって~で、も、ね」

 空になった弾倉を拳銃から抜き、代わりにロングマガジンを銃床に叩き込んだ少女ーーリナは同じく黒髪のカツラを地面に投げ捨てた。




「今日の鬼ごっこはワタシ達の勝ち~」

「罰ゲームは、リンチってか……笑える」




 兎は自らの肉体を餌に、狐を炙り出した。しかしその兎はただの肉片に非ず。

 本来襲われるだけの兎達が、鋭い牙を剥いて狐に襲いかかる……!!




011 VS通り魔2

 武器にも相性がある。

 ナイフと刀では刃渡りが違うように。

 刀と銃では間合いが違うように。

 銃とバズーカでは威力が違うように。

 目的と用途に応じて、武器は多岐に渡って存在する。

 だからこそ、その武器ではこの武器に立ち向かうことができない。場所が悪いから向こうの武器の方がこの武器より使い勝手がいい。それらを総じて『相性の良し悪し』と呼ばれるものが、武器を使って闘う度に生まれてしまう。

 そして、ミサの棍棒は通り魔のナイフに対して有効な武器となった。そもそも叩き壊す棍棒相手では、切り裂くことに特化し、頑強さの優先度合いが低いナイフ等簡単に折られてしまう。

 例え数を用意していても、相手の武器が壊れないと思えば大した驚異にはならない。ならば投擲、と考えても路地裏の狭さではうまく身動きがとれない。そして、運良く逃げられたとしても、

 パパン、パン!

 今度はリナの拳銃が狙いを定めている。しかもミサと通り魔が闘っている間に取り付けたのか、LAM(レーザー・エイミング・モジュール)から照射されるレーザー光線が通り魔を容赦なく追いかけていく。

 結果、射線を避けるために、自らに不利な武器を持っているミサと近接戦闘を行わざるを得なかったのだ。しかし、相手は元暴走族の関係者、通り魔よりも圧倒的に戦い慣れしていた。




(やっぱり……動きが素人くさい)

 刃渡りの小さいナイフを二本まとめて叩き折り、顔面に振り降ろした一撃をかわされながら、ミサは内心で通り魔の戦い方を分析していた。

(不意打ちに特化しているからってわけでもない。むしろ何か……)

 大振りの一撃をしゃがんでかわし、そのまま身を沈めてリナの援護射撃の射線から外れながら、四つん這いで地面に手をつき、威力をつけながらつっこんでいく。

 しかし、今度は通り魔の靴に仕込まれたナイフを、身体を起こしてかわさなければならなかった。

 体勢を崩しつつも、どうにか武器は手放さずに通り魔の方を向き続ける。

(大きな力を使っていたはずが逆に振り回されて、身体が追いついていないような……)

 横目でリナを一瞥してから、棍棒を握り直す。流石に鉄製なので、その重量から、ミサの腕はすでに疲れで握力が落ちかけていた。

 そもそも服といい、武器もみんな旦那譲りなのだ。いくら修羅場を潜っているとはいえ、本来戦闘担当ではないミサでは、やはり荷が重かったのかもしれない。

「リナ、交代!」

「やだメンドい」

「てめぇ後でぶっ殺す!!」

 等と言いつつも、リナは銃口を上に向け、ビルの上に取り付けられている配管や補強用の鉄材に弾丸を当てて、通り魔に当たるように外し落としていく。

 今ので弾が切れたのか、リナは弾倉を取り替えながら、ミサの隣に移動した。

「エアコンのやつがあれば結構効くんだけどね~……ところで外側でエアコンと繋がってるあれってなんて名前?」

「知るか」

 取り留めもない雑談だが、息を整えるには十分だった。

 ガララ、と物同士がぶつかり合う音が響く。同時に身構えた二人の前に立ち上がったのは、所々巻き付けた布が捲れ、取り付けていた鞘が数本落ちた、あの通り魔、のはずだ。

「うげぇ……」

「そりゃ目も隠すわ……」

 男の顔に対しての印象はなかった。




 美醜を感じる以上に……顔面から飛び出さんばかりに盛り上がった眼球の異形さに戦慄を覚えたからだ。




012 VS通り魔3

 今度は通り魔の方が襲いかかってきた。

 とはいえいくら拳銃を振り回そうとも、どれだけ修羅場を潜ろうとも、結局はただ援助交際していきがっている小娘二人である。

『ぎゃあぁぁぁぁ!!!!』

 だから二人は全力で逃げ出した。拳銃を撃ったり、道端に転がっている物を棍棒で叩き飛ばしたりしても、その勢いは止まらない。

「そうだ、これは夢だ。目が覚めたらかわいいペットの用意してくれた、あったかい朝ご飯がワタシを待っているんだ!!」

「あんたの朝ご飯は世間では晩飯って言うんだ覚えとけ!! つかあれかわいいの!?」

 しかし通り魔の方も何かのスイッチが入ったのか、今度は逃げずにリナ達を追いかけてくる。しかも今度は襲いかかる銃弾をかわし、飛んでくる障害物を巧みに避けてきていた。

「バイクで逃げる!!」

「エンジンかける前に捕まる。他に武器は!?」

 そこでようやく、クロのくれた秘密兵器の存在を思い出した。囮の猿芝居に向かう前に公園で試していたので、その効力も十分承知している。

 ……だが相手の方が早かった。

「追いついてきたっ!!」

「こなくそっ!!」

 リナを前方に蹴りとばしたミサは、

「ぎゃっ!?」

 その勢いで反転し、棍棒を突き出すようにして身構えた。リーチは短いが、突きならば振り降ろすよりも勢いがある上に点での攻撃、防ぐのは難しいからだ。

 そう、防ぐのは難しかった。

「なっ!?」

「ミサ右っ!!」

 しかし点である以上、面での制圧はできない。普段から喧嘩っ早い、簡単に突撃してくる直情的な男達を相手にしていた分、『かわす』という当たり前の動作を忘れていたのだ。

 右の壁に飛びつくようにして避けた通り魔は、そのまま壁を踏み台にしてミサに跳び蹴りをかました。

「がっ!?」

「ミサっ!?」

 身体をひねってとっさに巻き戻した腕で防御したのはいいが、体格差がもろにでてしまい、ミサは反対の壁に叩きつけられてしまった。

 リナも発砲しつつ通り魔を牽制し、ミサの元に駆けつけようとしたが、今度の標的はそのリナだった。

「なっ、こっ、このっ!!」

 引き金を引く度に、通り魔の男が飛び出した眼球を動かし、それに合わせて身体が飛んでくる弾丸をかわしてくる。

 LAM(レーザー・エイミング・モジュール)で射線がばれていると思い、とっさにレーザー光を消しても、状況は大して変わらなかった。

(やっぱりか……あの男)

 脳震盪を起こしたのか、まともに立ち上がれないミサは、顔だけを向けてリナ達の攻防を見つめた。そこで見たのは、異形の顔めがけて発砲するリナと、放たれた銃弾を縦横無尽に駆けてかわす通り魔の男だった。

(銃口と引き金を見ただけで弾丸をかわしてる……)

 とうとうリナは追いつめられ、首を握られたまま壁に叩きつけられた。その衝撃で銃も落としてしまっているが、銃身のスライドが下がりきっている。もう弾切れなのだ。

「ぐぐっ……」

 リナのピンチであるにも関わらず、ミサは朦朧とする意識の中、通り魔の力の正体を解き明かした。

 暗がりを好むのは不意打ちを狙うだけでなく、単純に得意な領域であること。昼間にでないのは、目を布で覆っていても、日差しが眩しすぎてでてくることができないから。おまけに動く物体に対しても、即座に見極めて脳に命令を送ることができる。それが早すぎるから、身体の方が追いつくことができていなかったのだ。

 つまり……




(あいつ……目が良すぎるっ!!)




 通り魔の正体は、視力特化の異形だった。




013 VS通り魔4

 意識が朦朧とする中、リナは息苦しさに喘いでいたが、それだけだった。

 武器もない、酸素もない、首を掴む手を払う力もない。

 こんな生活をしているのだ。いつ野垂れ死んでもかまわないと考えていたのに、それでもリナはあがこうと、無意識に蹴りを通り魔に叩き込んでいく。しかし、体格差が災いして威力がない。

 このままでは死ぬ。リナも、通り魔も同じことを考えた。そんな中、ミサは頭を動かさないようにして脳震盪の回復を待ち、棍棒を掴むために目だけで探している。

 もう限界……誰もがそう考えた瞬間、リナの手は力なく落ちた。

 通り魔の男はこれで終わりだと思ったのだろう。首を掴んでいた手をゆるめた。

 その一瞬だった。




 びゅっ……!!




「が? があああぁぁぁぁ……!!!!」

 突如、通り魔の意識の外から煌めいた白刃が、リナの首を掴んでいた腕を切り裂いたのだ。

 その正体を探ろうと、視界を巡らせると、いた。

 膝を畳み、地面にナイフを持ったままの片手でついた、金髪に染めた少女の姿が。

「が、がが……?」

 通り魔は一瞬狂気に駆られた。それでも状況を確認しようと常人越えした眼差しを動かす。

 何故生きている? 死んでいないからだ。

 何故ナイフを持っている? 俺から盗んだからだ。

 では何故、




 何故黙ったまま身構えている?




 性格が変わった? 何かの思考のスイッチが入った? 違う、意識が飛ぶほどブチ切れているのだ。

 じゃあ何故、ガムシャラに襲いかかってこない?

 まさか、まさか? まさかっ!?




 ……俺を殺そうとしている?




 通り魔はナイフを構え、その勢いのまま駆けだした。しかし、同時にリナのもう片方の、ナイフを持っていない方の手が動く。

 背後の壁に何かを擦りつけ、そのまま投げつけてくる。

 何だ、と通り魔は考えるが、その前に答えがでた。




 ピカッ……!!




 それはクロが用意した護身具、マグネシウムとマッチ箱に使われている赤燐等を混ぜ合わせて作られた手製の閃光弾だった。

 閃光に視界を奪われ、通り魔は目を覆い、タタラを踏みつつも後方に下がろうとする。




 ダンッ!!!!




 しかし、何かを強く踏みしめる音がしたかと思うと、次の瞬間にはリナが通り魔の懐に入り込み、ナイフを深々と、鳩尾めがけて刺し突いた。

 そのまま相手を突き飛ばし、地面に倒してから飛び退く。いつの間に抜いたのかまた盗んだ別のナイフを、今度は通り魔の顔面めがけて突きだした。

「あ、あが……」

 鳩尾への刺突、そして飛び出た眼球に直接刺されたナイフにより、通り魔は死んだ。




 ザクッ、ザクッ、ザクッ…………




 それでもリナは、ナイフを刺しては抜くを繰り返した。

 リナは……止まらなかった。




014 暴走

「ああ、やっぱりか……めんどくせ~」

 絶命しても馬乗りになってナイフを突き立てていくリナを眺めつつ、脳震盪からようやく回復したミサは、身体の調子を確かめるように、ゆっくりと立ち上がった。

「ほんと、記憶なくしてる間何やってたのよ、あいつ」




 出会った時から、リナという少女は時折暴走することがあった。

 乱交等セックスしている時はまだいい。暴走しても精々相手を搾り取るだけだから(相手からしたら迷惑な話だが)。

 しかし、犯罪でもある以上、暴力沙汰なんて良くある話だ。だからリナもミサも自己防衛の手段を必ず用意していた。けれども、その暴力沙汰でリナが暴走した時がまずかった。

 ……ただ相手を殺すのだ。性交ではなく、暴力というスイッチが入るのだ。

 意識が飛んだまま相手の喉に食らいつく程度ならまだいい。直情的な獣が冷徹な人間に適うわけがない。けれども、その獣の方が冷徹なのだ。

 まるでどこかで徹底的に訓練されたかのような戦い方。相手を確実に殺すナイフ捌き。うまくはない、だが明らかにプロから学んだかのような戦術を、暴走したリナは振り回した。

 今でこそ、相手を異形の通り魔に見定めてはいるが、次は確実にミサだろう。

「っとに出会った時から迷惑かけやがって……はいはい、こっちこっち」

 ゴンゴン、と拾った棍棒で壁を叩きながら、通り魔を滅多刺しにしていたリナの注意を引く。手を止め、冷徹な獣のような目を向けてくる援交仲間に、ミサは首を鳴らしつつ身構える。

 本来ならば不意打ちでもかませばいいのだろうが、ミサはあえてそうしなかった。そうする必要がないからだ。

「ほら行くよ~」

 気の抜けた声と共に、ミサはリナへと近づいて行った。

 慣れた調子で近づいてくる人間に、獣は通り魔から飛びのき、右足を大きく持ち上げ……

「いつも思うけど……それ何の癖?」




 ドガゴン!!




 リナが強く踏み込むと同時に、ミサは左手で隠し持っていた瓦礫をその額に投げつけた。後ろにたたらを踏む彼女に対して、飛び込みざまに腹をタックルして地面に叩きつける。

「ああ終わった終わった……ほらリナ起きろ~」

 仰向けに倒れたリナの横に転がり、ミサは頬を叩きつつ声を掛けた。

 少ししてようやく意識が戻ったのか、軽く呻いてからリナは目を覚ました。

「っ~……何、またやっちゃったの?」

「やったやった。何度もやってると簡単に対処できるわ」

 リナが暴走することは本人も良く理解していた。そしてミサがいる時は、大抵彼女が止めてくれることも知っている。

「にしても何なの、あんた。最初に必ず右足を踏み込むような戦い方、聞いたことがないんだけど?」

「う~ん……震脚、とか?」

「最初に必ずやる理由が分からん」

 一通り回復し、二人は立ち上がって通り魔の死体を見つめた。

「……帰ろっか」

「さんせ~い。……でもさ~毎度毎度額に物ぶつけるのやめてくれない。傷残ったらどうするの~」

「それくらいなら手当すりゃ大丈夫だっての。わたしなんて昔、額に鉄アレイぶつけられそうになったことがあって……」

「それ結局あたってないじゃ~ん……ああ、目がまだちかちかする~」

 二人の少女は姦しく、死体と化した通り魔に背を向けた。




015 後始末

 ……ガチャッ!

「これでよし。後は警察に任せればいいわね」

「はいお疲れ~ふぁああ」

 公衆電話で警察に通報したミサは、その横で欠伸しているリナとその場を離れた。流石に詳しく話せば面倒なことになるので、不審者を見たという程度の通報だが。

「これでアカネも満足して天国に行けるよね……」

「いや死んでないから。援交やめただけだから」

 リナのボケにミサはツッコミを入れつつ、近くに止めていたバイクに跨った。

「そんじゃ帰るけどさ……一つ聞いていい?」

「ん~なに~」

 流石に疲れているのか、普段は起きているリナでさえ、眠気に襲われている。それでもミサは気になり、あることを口にした。

「あんたあのペット、まだ飼い続けるの?」

「え、だって追い出す理由がないし?」

 何言ってんだこいつ、という目をしてから、流石に辛くなったのか、さっさと背を向けて帰っていった。

 家路についたリナを見つめつつ、バイクのハンドルにもたれながら、ミサは呟く。

「普通、身近な人間が死地に向かっているっていうのに、通報や武器の提供だけでじっとできるわけないでしょうに……」

 本人もおそらくは気づいているのかもしれない。けれども、それでも何も言わないなんてどうかしているとしか、ミサには思えなかった。




「あのクロとかいう男、いったい何を考えてるの……」




 善悪も損益も、おそらくは生死も厭わないのだろう。クロという青年がリナという少女にどのような感情を抱いているのか。

 ミサは一抹の不安を抱きつつも、眠っていたバイクのエンジンを叩き起こした。




「ただいま~眠い」

「おかえり。お風呂湧いてるよ」

「ううん、もう寝る~」

 丁度布団も敷かれていたこともあり、リナはそのままダイブして寝転がった。そのまま寝ようとしたご主人様に、クロは声を掛けた。

「それで、通り魔どうなったの?」

「殺して通報した~だからご飯は野菜うどんでよろしく~」

 完全に意識が落ちたのか、寝息を立て始めるリナを見つめるクロは、小さく呟いた。

「明日の新聞次第だな。少なくとも夕刊までは確認するとして……」

 その日、クロは眠ることなく、新聞やテレビに注意を向けていた。まるで、その時が来たのかを確かめるように……




「ちょっといい?」

「ん~、どうしたの、クロ?」

 丸一日たったあさ。流石に今日は休もう、とアップルフォンを枕元に投げ捨てながら、リナは寝転がったままクロの方を向いた。

「前に話したよね。その時が来るまで、一緒にいるって」

「話したね~それがどうかし、た、の……」

 疲れていたからか、リナの反応は遅れた。クロの声色が変わっていることに。

「その時が来た……だから聞いて欲しい。俺の話を、俺が何から逃げているかを」




 リナ達が通り魔を殺して丸一日が経過したが、その死体がニュースに流れることは、終ぞなかった。




登場人物

リナ

 援助交際で生計を立てる少女。諸事情で親に捨てられたも同然な状況で生きている。染めた金髪と左耳のピアスが特徴。高校にも通っていたが、約半年で退学。今年17歳になるが、身体だけでなく飲酒喫煙も経験あり。


青年クロ

 元ホームレスの青年。リナに拾われてそのまま居着いた。何故ホームレスだったかは不明。その割には家事能力が高く、資格も色々持っている。今年で23歳になるが、アルバイトすらせずに家に引きこもっている。


ミサ

 リナの援交仲間。赤いメッシュを入れている。


アカネ

 リナの援交仲間。清楚系の黒髪少女


ゴロウ

 リナの固定客にして、拳銃等の違法物を取り扱う売人。東洋系の顔立ちで、中国語も話せるらしい。中国人の血が混ざってるかもしれないとリナは考えているが、詳細は不明。


カオル

 リナの新しい固定客。三十代前半位でグレイカラーのスカートスーツを着た女性。髪にゆるくウェーブをかけている。


闇金業者の方々。

 金融業者から借用書を買い取り、暴利にして徴収、利益を上げている方々。業務内容以外はアットホームで、社員全員で旅行に行くこともあるとか。


通り魔

 援助交際を行っている少女だけを殺して回る殺人鬼。そのため、紙面上では”切り裂きジャック”と呼ばれている。顔を含めた全身を黒い布で覆い、その上から大量のナイフを巻き付けている。

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