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第八話

 馬車が速力を緩めた頃、ガラガラと門が開く音がした。誰かに聞かずとも、ここよりモンセン家の敷地内だということは察せた。

 そこからおよそ十五分馬車は進んだ後、完全停止する。到着したのは、城とも見まごう、立派な屋敷だった。


 雄大な庭は、通路以外には芝生が引き詰められている。ちょっとした池ほどのサイズの噴水からは、きらきらと輝く水しぶきが上がり、見る者の心を和ませる。

 また、舗装された通路には、贅沢に面積が取られている。これなら、大規模な招宴で何台もの馬車が集まることになったとしても、列を連ねることはないだろう。


 緊張しながらも、ルートヴィヒさんと共に、屋敷へ入る。玄関ホールには、幾人もの使用人たちが並んでいる。

 制服は支給制なのか。よく見てみると多少の違い――階級や持ち場によって分けられているのだろうか――はあれど。似通った服装をしていた。

 足首まで丈のある黒いワンピースに、少々のフリルの付いた胸当てエプロン。頭には、髪がはみ出ないように思慮されたキャップを被った女性使用人。

 また、ジャケット、ベスト、スラックスの三点が、全て同一の黒の生地で仕立てられたスリーピース・スーツを着用した男性使用人。

 様相の似た者が、揃って此方に視線を向ける光景は圧巻だった。


 また、その中心に立っているのは一人の女性。

 黄檗色の長い髪をサイドアップに纏めており、すらりと高い身長はファッションモデルを思わせる。首回りや、髪の留め具には所々に花を模ってある宝石のアクセサリーが付けられている。今まで男性が付けていたアクセサリーは単色ばかりであったが、彼女の場合はピンクやオレンジといった鮮やかな色の組み合わせだった。これにより、元々の美しさに華やかさが加わっているように思う。

 顔立ちはというと、どことなくルートヴィヒさんに似ている。男性の直線的な輪郭に対して、女性の曲線的なそれ。また、赤くふっくらとした唇など、細部でいえば異なりはある。だが、意志の強さを感じさせる眼光といった目元は類似している。


「お帰りなさい、ルーク」

「お迎えありがとうございます、母上。留守中、お変わりありませんか?」

「ええ。家のことはカシュが代理として立派に勤めていたし、私も変わりないわ」

「それは安心致しました。ところで、カシュの姿が見えませんね」

「後から、直接応接間へ向かうそうよ」


 和やかに会話をする二人。何の変哲もない行動ひとつ取ってみても、作品の題材になりそうなほどに美しい型を持っている。

 しかし私は、思いもよらない事項と遭遇したことにより、見とれているどころではなかった。驚くべきは、この女性がルートヴィヒさんの御母上ということだ。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしながら、ルートヴィヒさんの御母上を、再度確認する。


 美貌に目が行きがちではあるが、確かによく見てみると、様々な人生経験を経てきた者しか醸し出せない貫禄があった。えばり散らすようなそれではなく、落ち着いた物腰もある。まさに、女傑という言葉が相応しい。

 二十代やそこらの小娘には有り得ないことは分かり切っている。しかしながら、だからといってルートヴィヒさんほどに立派なお子さんがいるようには、とても見えない。


 疲れた様子など皆無。陶器のように白い肌は艶やかで、シミ皺が見当たらない。見事にくびれた腰は、出産後のしゅの字も想像させないだろう。身に纏っているのは、体系に似合った流行のドレス。動くたびに布地は揺れるのであるが、同時に色香も漂うようだ。

 そんな麗しい彼女の年齢は、ルートヴィヒさんが二十代後半だとすると……。


 惑星ラーグでの結婚適齢期がいつかは知らない。それでも、大体の検討はつけられる。頭の中に浮かんだ数字に、私は驚愕してしまう。


「――それで、こちらが勇者様ね。ようこそモンセン家へ」

「お招き頂きありがとうございます」


 ルートヴィヒさんの御母上は、私に向かって笑った。瞬間、宙に薔薇が咲いたようである。美貌と相まって、思わずたじろいでしまいそうなほどの雰囲気があった。


「今、応接間へ案内させるわね」

「よろしくお願い致します」


 移動した応接間は、落ち着くような雰囲気があった。歓談のしやすさを考慮して、家具が配置されているのだろう。可愛らしい花が活けられた、小ぶりな花瓶が置かれたテーブル。これを囲むようにして、ゆったりとしたソファがあった。

 勧められるがままに、私は上座へと座った。そこで改めて、周囲を確認すると。

 いつの間に、指示を出していたのだろうか。あれほど多く並んでいた使用人は、数少なくなっていた。執事と思われる年配の男性使用人と、年若い女性使用人のみが、この場にいる。


 また、私の正面に座るのは、ルートヴィヒさんの御母上だ。清々しいほどの満面の笑みを浮かべている。

 無言の威圧感とでも表現しようか。迫力に、一瞬面食らってしまう私がいた。だが、腰を据えて私と対話しようとしてくれているのだから、応じなければ。私は、わざとらしいほどの笑顔を見せた。


「マヤさん、と言ったかしら」

「はい。マヤ・ハシバと申します。ご歓待頂きありがとうございます」

「私はルートヴィヒの母、マリアンヌよ。ご自分の家のように、ゆっくりなさって」

「感謝致します」


 マリアンヌさんは、口火を切り。初対面である私へ、いくつかの質問をしたい、と提案する。

 無論、質問内容は知る由もない。また、これに応えて良いものなのかも分からない。だが、今後の関係を考えると、断る訳にはいかないだろう。私は、念のためルートヴィヒさんに目配せをする。コクリ、と小さくだが確かに頷かれたのを確認する。

 許可されたということはきっと、この場にいる者は、情報規制の範囲内なのだろう。「勿論です」とにこやかに答える。


「よかった。じゃあ早速だけれど、ミドスタン王国に来る前は何をなさっていたの?」

「二十二歳まで教育を受けてから、物を売る仕事に就いて二年になります」

「お仕事をされているのね。どのような?」

「生活用品。例えば、石鹸や整髪剤など販売しておりました」


 マリアンヌさんの口調の特徴は、ゆったりと余裕があることだ。だが、その眼差しには怖いくらいの真剣味が込められていた。他愛無い質問の数々が、単なる世間話ではないのは、考えるまでもなく分かった。

 マリアンヌさんは、地球で私がどのように過ごしてきたのかということを通して、私の人となりを感じ取ろうとしているのだろう。

 自分の大切な領域に、勇者を名乗る異世界人が侵入してきたのだ。見極め、場合によっては早急に対応をしたいと思うのは当然のことだ。理解こそすれ、不快感など抱くはずがない。

 私は、マリアンヌさんの知りたがることに、協力的に答えることを決めた。


「まあ。石鹸をお作りになるの?」

「いえ。製造には携わっておらず、完成した石鹸を売り込む役割を担っておりました」


 日用品のメーカーに勤め、営業職であったことを噛み砕いて説明する。

 日用品というと、幅広い。ひとつひとつ説明しだすと、キリがない。そのため、例示するのは女性が興味を持ちそうな美容関連のものにする。美容に意識が高そうなマリアンヌさんのことである。日常的に、何らかの美容製品は使用しているだろうし、具体的なイメージが湧き易いだろう。


「肌質は人によって違うことはご存知でしょうか?」

「肌の色の違いということかしら」

「日焼けを含めれば、それも言えますが……吹き出物が出やすかったり、刺激のあるものが苦手だったりと、個性が御座います」

「確かに昔、お茶会で評判だった石鹸や化粧品を試して、肌がピリピリしたことがあるわ」


 巷には、多くの美容製品が流出している。また、シーズン毎に新商品も販売される。これはどうだ、あれはどうだと色々と試してみるのが女性であろう。

 であるからして、誰でも一度は、美容製品が肌に合わなかった経験を持ち合わせている筈だ。マリアンヌさんも例外ではないようで、深く頷きながら、語っている。私は、それだ、と大きく肯定した。


「使用しないと相性が分からないとはいえ、たった一度の使用で肌が大きく荒れてしまうことも御座います。それを避けるために、特別このような肌を持つ人にお勧め、といったような石鹸の特徴をお伝えしておりました」

「私も、今でこそ合うものが分かっているけれど、若い頃は色々試したものよ。きっとアドバイスがあれば、多くの女性が助かるでしょうね」

「ありがとうございます。そういえば、石鹸の他には――……」


 美容を中心にした話題ということもあり、ルートヴィヒさんが話題に参加することは数えるほどしかなかった。

 とはいえ、ルートヴィヒさんのことを、マリアンヌさんは当然よく理解している。そして私も、馬車の中で長らく語らったということもあり。特に気まずくなることもなく、会話は進んでいった。


 また、話は美容から次々と派生していった。仕事のみならず、私の学生時代の話や好きなお菓子。そして、私の家族の話題にも触れられていった。

 深く話せることばかりではなかった。

 しかし、社会人生活の中で培われた営業・接待トークの技術をフル活用させた。さり気ないヨイショと、年上に可愛がってもらうための素直さを含ませることを忘れない。お陰で、時間の経過と共に場は和み。友好的に話せるようになった頃、応接間へ新たな訪問者があった。


「ルートヴィヒ様、カシュヴァール様がご到着です」

「ああ、入れてくれ」


 カシュヴァールさん、とやらの到着に、ルートヴィヒさんは応じた。初めて聞く名前である。この場に来るということは、私と今後も関係することになるのであろう。

 クエスチョンマークを浮かべながら、扉に注目していると。そこから現れたのは、艶やかな銀の短髪を持つ男性だった。


 一瞬感じたのは、ルートヴィヒさんを若くしたら彼のようになるのか、ということであった。スッと通った鼻筋から、唇の薄さまで、非常に似通っている。しかしながら、澄んだ青い目には燃えるような力強さが宿っており、ルートヴィヒさんの冷静なそれとは一線を画す。加えて、髪から覗くのは猩々緋や紅色といった赤系統の宝石のピアスで、その色が彼の情熱を表すようだった。


 だがその情熱は、今は、淡々と凍り付いていた。絶世の美貌を持つ彼は、入室してから何も言わずに、私をじっと見つめているのである。それも、無表情で、ピリピリとした緊張感を醸し出しながら。

 人を寄せ付けないその態度に、どうしたものかと戸惑っていると。見かねたルートヴィヒさんが言葉を発する。


「カシュ、まずは彼女に挨拶を」

「……この度はモンセン家へようこそ」

「お招き頂きありがとうございます。私、マヤ・ハシバと申します。」


 ようやく発されたその声にかこつけて、自己紹介をする私。しかしながら、それに対しても無反応の彼は、ただこちらを凝視するのみ。

 再びルートヴィヒさんが「カシュ」と声を掛けるのを合図にし、彼は自らの名前を名乗った。


「……カシュヴァールだ。」

「よろしく、お願い致します」


 それだけを発し、再び沈黙するカシュヴァールさん。

 彼は、拒絶をしている。分かりやすいほどの頑なさが、彼にはあった。


 せっかく明るくなった空間も、辺りに漂う空気が湿気の全てを吸ってしまったかのように重たくなってしまっている。そのような中で、まさか、能天気を装って話題を振るわけにもいかない。どうすればいいのか対応に困っていると、私へ謝罪するのはルートヴィヒさんだった。


「私の弟がすまない、マヤ」

「いえ、大丈夫」


 弟? 容姿からいって、ルートヴィヒさんと血の繋がりがあるのは明白だった。だが、ルートヴィヒさんの弟は、まだ幼いのではなかったか。疑問に思いながら、謝罪を受け入れると。


「なぜ兄上が謝られるのですか!」


 たちまち激情するのは、カシュヴァールさんだった。発している言葉はルートヴィヒさんに対してのものだが、視線の先にいるのは私。親の仇を見るかのような鋭い眼光で睨み付けている。


「カシュ」


 あまりの剣幕に、狼狽してしまう。何も言えない私に代わって、ルートヴィヒさんが窘める。ルートヴィヒさんに対しては反抗の意がないのだろう。それきり彼は、口を噤んだ。

 そうはいっても、苛立ちを隠す気はないようだ。唇を噛み締める様には、憤怒が現れていた。先ほどよりも一層、怒りが増しているようにも思える。


 何が原因で、それほどまでの感情を向けられているのか……。心当たりがない私の顔は、困惑の色で染まっていた。






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