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第六話


 色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれた天窓と、出入り口となる扉以外には、外が覗ける場所は皆無。神秘的な雰囲気漂う小さな個室に、私、ベイツさん。それと、ルートヴィヒ・モンセンという、私を預かることになる男性がいた。

 最上階に唯一存在している部屋であり、扉の外には、長い階段が下の階へと繋げていた。階段を降りると、ここよりも一回り程広げただけの簡素な部屋がある。数人の鎧の男が、待機しているはずだ。したがって、誰にも知られずに部屋を盗み見るのは、まず無理だろう。


「久しいな、アドニス」

「お久しぶりです、ルーク。襲爵されてからお会いするのは初めてですが、多忙以外はお変わりないようで」

「忙しいのはお前もだろうが。小気味悪い口調になりおる程に仕事漬けのくせに」

「人聞きの悪いことを仰らないで下さい。ルークこそ、その高圧的な口調を直さなければ、お優しい領主様の名に傷がつきますよ」

「お前のように、上辺だけで判断されているわけではないから安心しろ」


 三人しかこの場にいないということもあり。ベイツさんとモンセンさんが、軽口を交わしあう姿があった。


 流れるような銀の長髪を、後ろで三つ編みに束ね。空色や群青色といったブルーを基調としたシンプルな宝石の、数個のピアスが、彼の美しい髪を引き立てている。端正な顔立ちは、知性を覗かせる青い瞳と相まって、どこか冷たく感じさせる。しかし今は、彼の薄い唇には笑みが浮かんでおり、楽しげである。

 それと同じように。仮面のようにいつも貼り付いているベイツさんの笑みも、私に向けられていたそれとは違って見える。

 二言三言、やり取りを聞いただけにも関わらず、二人が気の置けない関係であるのは伝わってきた。モンセンさんとの生活を不安がる私に対して、大丈夫と妙に自信ありげだったのは、彼の性格を熟知した上でのことだと思うと、なんだか安心してしまう。



「――それで。そちらの彼女が、異世界からの?」

「ええ。マヤ・ハシバさんです」

『ご紹介に与りました、麻耶・羽柴です。この度は守護役をお受け下さり、ありがとうございました。よろしくお願い致します』


 ベイツさんより、私が紹介されていることに気付く。いつの間にか、自分の話題へと転換していた。会話よりも、モンセンさんの観察へと意識を向けていたのを悟られないよう、素知らぬ顔で自己紹介を行った。

 初対面ということもあり、用いた言葉はミドスタン王国の公用語。



 ベイツさんやベルさんは、自然な日本語を発していた。てっきり、ミドスタン王国でも日本語を公用語としているのかと思っていた。確かに、流暢な日本語を話す中で、私の名前を呼ぶ時のみ妙に訛っていると疑問には思ったのだが。ミドスタン王国では珍しい名前だからだと考えるだろうに。

 そのため、ミドスタン王国の国民が日常生活で使う言語が、地球と異なることを知ったのは遅かった。チェストの中にあった常識本を読み進めていった中で、ようやく言語に関する記述を見つけたのである。

 しかも、そこに掲載されていたのは、「よろしくお願いします」「ありがとうございます」「もう一度言ってください」といった簡単なものだけ。慌てた私はベルさんに、自己紹介の一文の教えを乞うた。


 無論、ベルさんには多くの仕事がある。いつまでも付き合わせる訳にはいかない。

 したがって、真っ先に行ったのは。ネイティブであるベルさんに、マヤ・ハシバの自己紹介を発音してもらうことだった。これをスマートフォンで録音し、語学の教材とした。

 何度も何度も再生し、慣れないミドスタン語を発音し。ベルさんが私の部屋に用事で訪れた際には、ベルさんを初対面の人に見立てて、自己紹介をさせてもらった。それに対する、ベルさんの的確な一言アドバイスのお陰で、実践に移せたのである。


 ミドスタン語を学ばなければ、意志疎通出来ないと思ったのではない。

 勇者の出身地の公用語「日本語」として認識されており、貴族の必修科目のひとつとなっていることは本に掲載されていた。このことから、私が慌ててミドスタン語を勉強するよりも、相手方に日本語を話してもらった方がよほど有意義な会話が成り立つと自覚していた。

 しかしながら、せめて初対面の挨拶位は、現地の言葉で行いたかった。例え拙かったとしても、外国人の俳優やミュージシャンが覚えてきた日本語を披露して嫌な気持ちになる人は少ない。それを真似ることで、害意がないことをアピールできるかと思ったのだ。


 私の自己紹介を聞いたモンセンさんは、なるほど、と一つ頷き。


『私の名は、ルートヴィヒ・モンセン。こちらこそ、よろしく頼む』


 と、ミドスタン語による自己紹介を行った。

 その短い言葉には、私の言葉が通じた、という意味表示と。付け焼刃の私でも聞き取れるようにゆっくりと話してくれている、という彼の思いやりが込められている。


「マヤ、と呼ばせてもらおう。私のことは、ルートヴィヒと呼ぶように。言葉も砕けていい」

「でも、これからお世話になる訳ですから……」


 モンセン家の屋敷へ行くということは、彼以外にもモンセンさんがいらっしゃるということだ。このことから、名前で呼ぶことの意義は理解できる。

 しかしながら、守護してもらう立場にある上に、彼はおそらく年上である。気安く話しかけることなど、出来そうもない。


「だからですよ」


 強い抵抗感と困惑を抱く私に声を掛けるのは、ベイツさんだった。


「勇者は貴族階級から独立した存在です。もしかしたら、ルークと共にいるときに、他の貴族と顔を会わせることもあるかもしれません。そのような時に、勇者に敬わせている、と他の貴族から判断されては困る訳です」

「――なるほど。それでは、ルートヴィヒさん。心掛けま……るわ」

「ああ」


 相手に不快感を与えないための敬語が、逆効果で不利益となるというのならば仕方がない。ベイツさんの言葉を飲み込んだ私は、渋々ではあるが承諾した。そして、慣れない言葉遣いにドギマギしながらも、なんとか言葉を絞り出した。

 それでいい、とルートヴィヒさんが頷いたのを確認したベイツさんが、「さて」と威儀を正した。


「双方が納得されたところで、守護関係の取り決めの儀を行わせて頂きます」


 ベイツさんは、聖餐台と思わしき場に立つ。私も、表情を改める。ベイツさんは、一拍置いてから口上を述べ始めた。


「天にまします我らが神は、蹂躙された惑星ラーグの未来を憂い、勇者を地上へ遣わされました。神に代わり、我、ブルジョワ制度最高責任者アドニス・ベイツが見届け致します。汝、ハシバ・マヤは、神の御心によってこの地を離れるその時まで、勇者として惑星ラーグの栄光と発展に尽力することを誓いますか?」

「誓います」


 聖書に用いられている祈りの言葉や、結婚式で神父が述べる誓いの言葉をどことなく思わせる。感心するあまり、私に問い掛けられているということを聞き逃しそうになるが、なんとか返答する。

 ベイツさんは、今度はルートヴィヒさんに尋ねる。


「汝、ルートヴィヒ・モンセンは、神に代わりに、勇者ハシバ・マヤに陰る絶望から守護することを誓いますか?」

「誓います」


 私と反して、至って平静に誓いを終えたルートヴィヒさん。

 私とルートヴィヒさんの顔を交互に見たベイツさんは、聖餐台の下から、木製の手持ち盆を取り出した。上には、二枚の用紙と、見覚えのある一つの小さな箱が載せられている。


 用紙は、私とルートヴィヒさんそれぞれの手に渡される。中身を開いてみると、先日サインをした同意書の写しであった。間違いないことを確認すると、衣嚢へと仕舞った。


 それが終わると、小さな箱に手をかけ、蓋を開くベイツさん。差し出された箱の中身――欲しいと願った、美しい白指輪――を手に取り。緊張で高鳴る胸を静めさせる努力をしながら、自らの指に嵌める。するとそれは、私のために作られたかのように、ぴったりであった。

 手を目線の位置で掲げ、指に嵌められた指輪に魅入っていると。その様子を微動だにしないままに見つめていたルートヴィヒさんが、指輪が嵌められた方の手を唐突に取った。そして、その手に向かって振り上げるのは、懐から取り出した半透明の黒い石で作られた細長い棒。


「勇者の行く先に幸運があるよう、願いを込めて」


 その台詞と、杖と石が軽く触れ合うタイミングが重なった瞬間。指輪は、強い光に包まれた。




「―――これで、守護関係の取り決めの儀を終わります」


 神聖な空気は、ベイツさんのその言葉によって離散された。何事もなかったかのようにいつもの笑みを浮かべるベイツさんだったが、私が無視できないのは突如光りだした指輪の意味だった。


「ちょっと。待ってくださいベイツさん。今の光は?」

「……ああ、魔法のことですね」

「魔法?」


 存在を聞いてはいたが、初めて目にする魔法とやらに目が点になる。図りかねているのを見て、ベイツさんは説明を加える。


「惑星ラーグには、魔法が存在しています。その例が、今しがた行われました、物体を対象にした魔法です」

「今、ルートヴィヒさんは指輪に魔法を掛けたのですか?」

「はい。黒色の石は魔石であることを表します。魔石が加工された杖は、所持者の魔力を伝達し、魔法として放出させます。また、魔法が発動するには、呪文とイメージが必要となります。今ルークが行ったのが、それですね」

「それで、どのような魔法を?」

「ルークの言葉通り、勇者の行く先に幸運があるように――簡単にいうと、厄除けです」


 そういえば、地球にも厄除けの小物が売られていた。

 例えば、パワーストーン。謳い文句としては、悪い影響や不運から身を守り、状況をプラスに転換してくれるというものだったと思う。

 正直な所、そのような類は眉唾物だと感じていた。とはいえ、実際に魔法が掛かったという様子を見ると、何の変化もないように見える指輪が、より有難く感じてしまうものだ。異世界の魔法は、抽象的な効果までをも生み出すことが可能とは。便利だと、感心してしまう。


 興味深げにしながら、私は再び、指輪を凝視する。秘められた魔法の力を受けて、今後の生活も、上手くいってくれたら良いのだけれど……。

 そう思う私の姿を、二人は黙って見守ってくれていた。






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