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第四話


 外はすっかり陽が傾いていた。窓には厚手のカーテンが引かれており、誰からも覗かれぬようにしてある。当然のことながら、室内は暗くなる。

 それに気を取られていると、ベイツさんは起立した。部屋に灯りをともすために、照明器具の方へ向かったのだ。

 普段は彼がやることではないのだろうが、部屋に二人しかいない今。建物の内部関係者である彼しか、行える人はいない。


「いつの間にかこんな時間ですね、気が付きませんでした」


 柔らかく言いながら、ライトの傘の中にベイツさんは手を入れる。何をしているのかと思うと、中から拳大ほどの石を取り出した。ゴツゴツとした灰色のそれは、道端に落ちているものとさほど変わらない。しかし、彼が何の気なしに撫でた途端、たちまち石は眩い光を放つ。

 ラインという宝石は、異世界への道が開かれたときに光ると言っていたが。この石には、撫でると輝くという性質があるのかもしれない。


 面食らいつつ考察していると、彼は傘の中にそっと石を戻した。するとそれは、室内を照らす光となった。

 明るい部屋で改めて彼を見てみると、長らく話していたためか。どことなく疲労の表情が見える気がした。もしかしたら、彼も私を見てそう思ったのかもしれない。


「お疲れでしょう。部屋と食事を用意しておりますので、今日はお休みください」

「ありがとうございます。お手間を取らせてしまいますが、続きは明日以降によろしくお願いします」


 照明を付けてから此方へ戻ってきたベイツさんは、今日はもう切り上げるという提案をしてくれた。

 ありがたいことだった。情けないが、これ以上は自分のキャパシティを越えると自覚していた。例え時間を割いてもらったとしても、耳から耳へと素通りしてしまうか。ひとつの事柄を理解するのにモタつく事態になりかねない。

 ベイツさんは、礼を言う必要はないとばかりに首を横に振った。


「実をいうと、此方としてもその方がありがたいのですよ。ハシバさんをお守りする貴族の選定と、選定された貴族への通知を行いますので」

「よろしくお願いします。それでは、次回はいつ頃がご都合よろしいですか?」

「明日の夕方頃にお呼び致します」

「明日、でよろしいのですか?」


 今日惑星ラーグにやってきて、明日には私の身の拠り所が決まるというのか。迅速な処理に尊敬する一方で、早すぎるともいえるそれに驚愕してしまう。

 恐らく、私とそう変わりない年齢のベイツさん。統括者の立場にあるということは、間違いなく仕事が出来る人なのだろうが。随分短期間に事を済ますのだな、と不安にならざるを得ない。


「事前に候補者が絞り込んであるというだけで、選定は綿密に行っておりますのでご安心下さい」

「そうですよね……申し訳ありません、失礼いたしました」

「いいえ。慣れない環境にいるハシバさんにご配慮足りませんでした」


 もはや、表面上だけでも取り繕う気力すらもなかったようだ。私の不信感は、ベイツさんに易々と見破られてしまった。

 今まで時間をかけて状況説明をしてくれていたのだから、ベイツさんの仕事に対する姿勢は実直だと感じ取れている。にも関わらず、ここにきて詳しい話も聞かないままに仕事への質へ疑念を持ち。ましてや、それを表に出すなど、考えるまでもなく失礼な態度である。

 だが、ベイツさんは嫌な顔ひとつしない。そして、私の憂心を解消するために、更に詳しく話し出す。


「ハシバさんが此方に滞在するのは、おそらく四日から七日です。その間は、我々の方で異世界への道が開いたかどうかを確認致します」

「今日から指輪をお借りする訳には?」

「指輪は、守護者とハシバさんがご対面する際にお渡し致します」


 すぐにでも指輪を借りられると思っていただけあって、困惑してしまう。慣れない私が開閉を判断するよりも、ベイツさんにお任せした方が安心なことは分かっている。だが、やはり自分の目で見定めたい。そうでなくても、なんとなく、指輪を手にしているだけで落ち着く気がした。


「これまでの異世界からの来訪者も、ハシバさんと同じように、自分で見定めたいと思われていました。とはいえ、指輪をお渡しする前に手続きを済ませなければなりません。ですから、指輪がない状態で過ごす日数を極力少なく済ませるようになりました」


 貴族の選定作業が迅速なのも、これが理由らしい。

 ブルジョワ制度が出来たばかりの頃は、これほどスムーズではなかったという。短期間でも二週間。長くなると、平気で数か月待ちがあったらしい。そうなると、本当に帰れるのか。もしや、謀られているのではないか。こんなのは監禁状態だ! ……という風に、疑心暗鬼に陥り、時には発狂者も出たという。

 確かに、数日間であれば耐えられたとしても。何十日と続くとなると、気が滅入りそうだ。

 納得した私は、ベイツさんに頭を下げて礼を言う。


「ベイツさん。ご迷惑をお掛けしますが、お手続きよろしくお願いします」

「はい。ご質問がありましたら、ご遠慮なくどうぞ。ハシバさんのお世話は、ベルという女中に任せますので、彼女を通じてもらえれば取り計らいます」

「ベルさん、ですか?」

「はい。今、呼びますね」


 ベイツさんは、卓上ベルを左右に揺らす。軽やかな鈴の音が響き渡ると、間もなくしてノック音がする。入室してきたのは、年若い女性だった。


「彼女がベルです。ベル、挨拶を」

「ベルと申します。ハシバ様のお世話をさせて頂きます。よろしくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 初々しい顔つきをしており、見た所まだ十代である。だが、極秘情報を扱う場で働くに相応しい理由があるのか。若さ以上の落ち着きと利発さが漂っている。


「ベル、ハシバさんを部屋へ案内して下さい」

「かしこまりました」


 私の世話は、ベイツさんからベルさんへと引き継がれた。

 ソファから立ち上がった私は、まず、ベイツさんに向き直った。そして、腰から上半身を傾けた。


「ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

「こちらこそ。それでは、また明日」


 ベイツさんは、着席したままではあるが、私に向かって頭を下げた。私と同じように、日本式の礼を行ってくれたのである。その姿は、外国人が着物を着たり、木刀を構えたりする様子にどこか類似している。和んだ私は、思わず微笑んでしまった。


 彼は、良い人だ。

 完全なる純粋潔癖な人間とはいえないだろう。腹に一物はあるだろう。だが、ごく自然に私の行動を模倣する様は、人間性を象徴しているように思えた。きっと、私のような異世界人に対する同情心は本物だ。

 心中で再度礼を言った私は、ベルさんに付き添われながら、退室した。




------------------


 ベルさんに案内されたのは、八畳ほどのゲストルーム。

 シングルサイズのベッドと、チェストの上には小型のランプ。ベッドの上には、バスタオルとハンドタオルが置かれている。使用後は入り口付近の床にある洗濯籠に放り込んだら良いらしい。また、他の衣服も、この籠に入れてあれば洗ってくれるそうだ。

 それ以外には、テーブルと椅子があるだけという、比較的シンプルな部屋だった。

 家具のひとつひとつは高価そうではあるが、派手な装飾がない分、幾何か気が楽だ。例えばロココ調などの、プリンセスのような部屋は見ている分には可愛らしいと思う。だが、実際自分が過ごすとなると、息苦しくなってしまいそうだった。杞憂でよかった、と胸を撫で下ろす。


 次に、部屋の奥にあった二つの扉に目を付けた。


 一方は、クローゼット。普段着と思われるワンピースが二着、薄手のナイトウエアが一着、下着が上下二セット入っていた。

 着る者を限定していないからこそ、体型が違ったとしても融通が利くように。紐で細かいサイズ調整をするタイプだった。惑星ラーグには、もしかしたらゴムが流通していないのかもしれない。

 ちなみに、ブラジャーの代わりに、胸囲に関係なく着用できるカップ付きキャミソールが用意されていた。心許なさは否めないが、砂で服や肌が汚れている私には、特別有難く感じられる。


 もう一方は、浴室だった。映画でヒロインが入浴しているような、猫足のバスタブが目に入る。猫足のバスタブというだけで、どこかロマンチックな雰囲気が漂う。また、洒落ているだけではなく、シャワーヘッドや水洗トイレまでが付いている。思いの外、機能的だ。

 さっそくバスタブに湯を張るために、蛇口を捻った。水道管から出てくるのは、湯気の立ったお湯。温度チェックの意味も込めて、お湯に手を伸ばした。

 なめらかなお湯が私の肌に触れる。そして、皮膚がお湯を弾く。飛沫を上げながら、バスタブの水かさは増していく。その様を、私はぼうっと見つめた。


 考えるのは、惑星ラーグのことだった。

 ここまで来ると、惑星ラーグが異世界というのを否定できない。


 水道管が整備されていることなどから、一見、日本以外のどこかの外国のようだった。だが、現代的な一面がある一方で、光る石が照明代わりという夢想的な場面が自然に見られる。

 そのような奇特な物の存在を聞いたことがない。地球上のどこを探しても、珍妙な国、ミドスタン王国は存在しないだろう。ここは、異世界だ。


 ぽたり。蛇口から出るのとは違う水が浴槽に落ちる。水面をなびかせた後、すぐにまぎれてしまう。それを皮切りにし、次々と私は頬を濡らした。湯船に落ちると、涙のどれもこれもが消えてしまう。

 泣いたとしても、誰にも分からない。そう教えてくれているようだった。歯止めを失った涙腺は、制限なく涙を増やし続ける。嗚咽で息もできなくなる。


 泣くのは、久しぶりだった。強い人間であろうとする私にとって、涙は邪魔なものだったからだ。人に頼られることが誇りで、誰に頼らなくても平気でいたかったのだ。

 だというのに、いざ、何があっても誰にも頼ることができないと知ると。どんよりとした暗雲がたれ込めたような悲壮感が私を襲ったのだ。

 私の心の中を、不思議な絶望が占めていた。







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